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第4楽章〜フィナーレ〜⑫

ー/ー



 同日 午前9時〜

 〜佐倉桃華の想い〜

 吹奏楽部の合宿最終日の全体練習は、午前9時に始まった。
 前日と違い雪乃が不在だったので、ワタシは、くろセンパイ、きぃセンパイとは離れた場所で一人でカメラを構えて、吹奏楽部の演奏の撮影を行う。

 こうして、練習風景の撮影を行いながらも、ワタシの頭の中は、今回の合宿期間中のことでいっぱいだった。

 センパイたちと違って、ワタシにとっては、一泊二日の短い密着取材だったけど……。

 合宿参加前の多忙なスケジュールも含めて、その濃密な一連の出来事は、夏休み中の思い出としては、十分過ぎるほどのインパクトを持っている。

 同じ学年の雪乃とは、高校野球の開幕式に関する取材や編集作業、そして、前夜の肝だめしなどを通じて、打ち解けることができたので、そのこと自体は、とっても喜ばしいことなんだけど……。

 なんだけど――――――。

 一緒にいる時間が、あまりにも短かったせいもあるけど、結局、ワタシ自身は、くろセンパイとの距離を縮めることは出来なかった。
 それどころか、センパイは同じクラスの紅野さんとなんだか良い雰囲気になっているみたいで、()()()()()()()もあって、二人の心理的距離が、より一層、近くなるんじゃないか、という心配が、昨夜の出来事以来、自分の心の中をずっと占めていた。

 おまけに、自分は、紅野さんとセンパイのハプニングが発生したとき、もう一人の上級生とともに、彼の横っ面を平手で叩いてしまった。

 くろセンパイに、なにか非難されることがあったわけではないということは、自分でも理解しているつもりだったけど、そうした冷静で理性的な考えの前に、ワタシ自身の感情のあらわれとして、思わず手が出てしまったことに、心が痛む。

 そして、それと同じくらい、

(このまま。くろセンパイと紅野さんの仲が進展したら、どうしよう……)

という不安で、ワタシの心はチクリと傷んだ。

 中学生のとき以来、ずっと、密かに想っていた相手と他の女子との仲が近づいて行く。

 その事実と彼のほおを思わず叩いてしまったことに対する罪悪感で、気持ちが酷く乱れていたワタシは、昨日の夜以降、くろセンパイと顔を合わせることに気まずさを感じていた。
 
 今朝の大食堂での朝食のときも、食欲がなかったワタシは、和食のメニューにほとんど手をつけることなく、食器を片付けて、寝泊まりのために用意してもらった一人部屋に戻ってしまった。

(こんなハズじゃなかったのにな……)

 美しい夕陽が見える海岸で、センパイと二人きりで語り合う――――――。

 合宿に参加する前は、こんなロマンティックなシチュエーションがあるんじゃないか、と淡い期待を抱いていたけど、そんなワタシの甘い考えは、見事に打ち砕かれた。
 
 一方で、肝だめしのとき、くろセンパイとペアになった紅野先輩は、昨日の練習のとき以上に、しっかりと演奏に打ち込んでいるように感じる。

(あの展望台で、くろセンパイと彼女は、どんなことを話し合っていたんだろう……?)

 サックスでソロパートの演奏を行う紅野さんをカメラに捉えながら、その堂々としたパフォーマンスに心が揺さぶられる。

 彼女の存在を初めて認識したのは、中学を卒業したあとの春休みに、くろセンパイが(ミンスタグラム)のアップロードしていたショート動画が、キッカケだった。

(女子には縁も興味も無さそうだった、()()くろセンパイが好きになった人って、どんな人なんだろう?)
 
 自分が想っていた上級生男子の片思いの相手は、想像以上に良い人で、()()()()と違って、嫉妬する自分が惨めになるくらい、非の打ち所がない性格だった。

(あんな女子がそばにいるなら、くろセンパイでなくても好きになるよね……)

 みんなよりも、少し遅れて高校デビューを迎えたワタシは、本格的に登校を始める直前、学内で行われたオープン・スクールで彼女と初めて出会った。見ず知らずの自分にも優しく声をかけてくれた紅野さんのことを嫌いになれるはずもなく、それ故に、くろセンパイが、彼女のことを想っているという事実で、ワタシの胸は苦しくなった。

 その後、くろセンパイには色々と考えるところがあったみたいで、紅野さんに対する恋愛感情のようなモノは、小さくなったようで、そのことに対しては、安堵している自分もいたんだけど……。

 くろセンパイのその感情が、別の相手に向いているのはではないか、ということと、その相手が、どう考えても性格のよろしくない()()()()()なのではないか、という不安は、オープン・スクールやプロモーションビデオのコンテストの日に日に大きくなっていった。

 その不安に加えて、また、紅野先輩のことも気にしなくちゃいけなくなるなんて……。

 合宿に参加する前より、状況が悪化していることを冷静に受け止めたワタシは、自分からも行動を起こさないといけない、ということをようやく認識することができた。

 これでも自分は、くろセンパイと同じ部活動に所属していて、紅野さんや、あの性格の悪い上級生とくらべても、最も彼との関係が長く続いている女子なのだ。

(ワタシの方が先に好きだったのに……)

 なんて、負け惜しみを言う前に、やれることはやっておこう――――――。

 サックスソロの演奏を終えた上級生と、その後方に見える、くろセンパイの姿を目に焼き付けながら、ワタシは、そう決意した。


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 同日 午前9時〜
 〜佐倉桃華の想い〜
 吹奏楽部の合宿最終日の全体練習は、午前9時に始まった。
 前日と違い雪乃が不在だったので、ワタシは、くろセンパイ、きぃセンパイとは離れた場所で一人でカメラを構えて、吹奏楽部の演奏の撮影を行う。
 こうして、練習風景の撮影を行いながらも、ワタシの頭の中は、今回の合宿期間中のことでいっぱいだった。
 センパイたちと違って、ワタシにとっては、一泊二日の短い密着取材だったけど……。
 合宿参加前の多忙なスケジュールも含めて、その濃密な一連の出来事は、夏休み中の思い出としては、十分過ぎるほどのインパクトを持っている。
 同じ学年の雪乃とは、高校野球の開幕式に関する取材や編集作業、そして、前夜の肝だめしなどを通じて、打ち解けることができたので、そのこと自体は、とっても喜ばしいことなんだけど……。
 なんだけど――――――。
 一緒にいる時間が、あまりにも短かったせいもあるけど、結局、ワタシ自身は、くろセンパイとの距離を縮めることは出来なかった。
 それどころか、センパイは同じクラスの紅野さんとなんだか良い雰囲気になっているみたいで、|あ《・》|の《・》|ハ《・》|プ《・》|ニ《・》|ン《・》|グ《・》もあって、二人の心理的距離が、より一層、近くなるんじゃないか、という心配が、昨夜の出来事以来、自分の心の中をずっと占めていた。
 おまけに、自分は、紅野さんとセンパイのハプニングが発生したとき、もう一人の上級生とともに、彼の横っ面を平手で叩いてしまった。
 くろセンパイに、なにか非難されることがあったわけではないということは、自分でも理解しているつもりだったけど、そうした冷静で理性的な考えの前に、ワタシ自身の感情のあらわれとして、思わず手が出てしまったことに、心が痛む。
 そして、それと同じくらい、
(このまま。くろセンパイと紅野さんの仲が進展したら、どうしよう……)
という不安で、ワタシの心はチクリと傷んだ。
 中学生のとき以来、ずっと、密かに想っていた相手と他の女子との仲が近づいて行く。
 その事実と彼のほおを思わず叩いてしまったことに対する罪悪感で、気持ちが酷く乱れていたワタシは、昨日の夜以降、くろセンパイと顔を合わせることに気まずさを感じていた。
 今朝の大食堂での朝食のときも、食欲がなかったワタシは、和食のメニューにほとんど手をつけることなく、食器を片付けて、寝泊まりのために用意してもらった一人部屋に戻ってしまった。
(こんなハズじゃなかったのにな……)
 美しい夕陽が見える海岸で、センパイと二人きりで語り合う――――――。
 合宿に参加する前は、こんなロマンティックなシチュエーションがあるんじゃないか、と淡い期待を抱いていたけど、そんなワタシの甘い考えは、見事に打ち砕かれた。
 一方で、肝だめしのとき、くろセンパイとペアになった紅野先輩は、昨日の練習のとき以上に、しっかりと演奏に打ち込んでいるように感じる。
(あの展望台で、くろセンパイと彼女は、どんなことを話し合っていたんだろう……?)
 サックスでソロパートの演奏を行う紅野さんをカメラに捉えながら、その堂々としたパフォーマンスに心が揺さぶられる。
 彼女の存在を初めて認識したのは、中学を卒業したあとの春休みに、くろセンパイが、《ミンスタグラム》のアップロードしていたショート動画が、キッカケだった。
(女子には縁も興味も無さそうだった、|あ《・》|の《・》くろセンパイが好きになった人って、どんな人なんだろう?)
 自分が想っていた上級生男子の片思いの相手は、想像以上に良い人で、|他《・》|の《・》|誰《・》|か《・》と違って、嫉妬する自分が惨めになるくらい、非の打ち所がない性格だった。
(あんな女子がそばにいるなら、くろセンパイでなくても好きになるよね……)
 みんなよりも、少し遅れて高校デビューを迎えたワタシは、本格的に登校を始める直前、学内で行われたオープン・スクールで彼女と初めて出会った。見ず知らずの自分にも優しく声をかけてくれた紅野さんのことを嫌いになれるはずもなく、それ故に、くろセンパイが、彼女のことを想っているという事実で、ワタシの胸は苦しくなった。
 その後、くろセンパイには色々と考えるところがあったみたいで、紅野さんに対する恋愛感情のようなモノは、小さくなったようで、そのことに対しては、安堵している自分もいたんだけど……。
 くろセンパイのその感情が、別の相手に向いているのはではないか、ということと、その相手が、どう考えても性格のよろしくない|あ《・》|の《・》|上《・》|級《・》|生《・》なのではないか、という不安は、オープン・スクールやプロモーションビデオのコンテストの日に日に大きくなっていった。
 その不安に加えて、また、紅野先輩のことも気にしなくちゃいけなくなるなんて……。
 合宿に参加する前より、状況が悪化していることを冷静に受け止めたワタシは、自分からも行動を起こさないといけない、ということをようやく認識することができた。
 これでも自分は、くろセンパイと同じ部活動に所属していて、紅野さんや、あの性格の悪い上級生とくらべても、最も彼との関係が長く続いている女子なのだ。
(ワタシの方が先に好きだったのに……)
 なんて、負け惜しみを言う前に、やれることはやっておこう――――――。
 サックスソロの演奏を終えた上級生と、その後方に見える、くろセンパイの姿を目に焼き付けながら、ワタシは、そう決意した。