第36話 覚悟を見せる時

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 小竜が滑空し、ジークハルトたちに向かって飛んでくる。噛みつかんとする開いた口から逃げるように、シャロンたちは避けた。

 長い尻尾を鞭のようにしならせるも、ジークハルトの剣に弾き返される。

 鋭くとがった牙で噛みつこうとするのを、ハーラルトが魔法を放つことで阻止した。

 グリュムントは姫であるマリーナを守るために彼女の手を引くきながら、シャロンへと目を向ける。


「シャロン様、危険ですので非難を!」

「で、でも、ジークさんが……」


 危険なことは分かっていた。けれど、ジークハルトを置いて行くことができず。

 シャロンはグリュムントの背を追いかけていくことができない。

 フィルクスは小竜を制御できないようで、攻撃されている。今はまだ闘技場にいるのでいいが、このまま城下町に下りていってしまっては危険だ。

 ジークハルトは小竜の気を惹きつけるように魔法を打って、挑発している。

 ハーラルトは退散の魔法を使うために、召喚に使用したルビーのブレスレットを掴んだ。

 その瞬間だ。小竜の牙がジークハルトの剣を捕らえ、かみ砕く。その勢いのまま前足で蹴飛ばした。

 力強い蹴りにジークハルトは耐えられず、地面を転がる。さらに追撃しようとする小竜に――シャロンの中で何かが切れた。

 シャロンは飛び上がって思いっきり小竜の顔面を蹴り上げる。顎に入った一撃によろめく小龍にさらに蹴飛ばしてから首根を掴んだ。

 鷲の鋭い爪が小竜の肉に食い込む。苦しむ声など聞こえていない、シャロンは力を籠めて小竜の頭を地面に叩きつけた。

 頭が揺さぶられて眩暈を起こした小竜が立てずに首をぐらぐらと揺らす。シャロンははっと息を大きく吸ってから、ジークハルトのほうへと駆け寄った。


「ジークさん、大丈夫ですか!」

「大丈夫だ」


 身体を打ち付けはしたが問題はない。立ち上がるジークハルトにシャロンは「それは大丈夫ではないんですよ!」と突っ込みたかった。

 けれど、今はそれどころではない。シャロンが目を向ければ、眩暈から立ち直った小竜が雄たけびを上げて突っ込んでくる。

 けれど、その身体は吹っ飛んだ。

 紅く長い髪が視界に入る。しなやかな身体がゆっくりと降り立った。


「あ、アエロー様!」


 ハルピュイアの里の長である三姉妹の一人、アエローは振り返ってから「迎えに来たぞ、シャロン」と微笑んだ。

 そうだ、もう約束の時間だ。シャロンはそれを思い出したけれど、小竜をどうにかするのが先だ。

 だから、シャロンが「その、小竜が」と口を開けば、空から滑空してきた者によって小竜が闘技場の外壁に叩きつけられた。

 ふうっと短い水色の髪を掻き上げて、ケライノーがすっと飛び上がったのと同時にピンクの巻き髪を靡かせながらオーキュペテーが小竜に止めをさす。

 軽やかに流れるように倒された小竜にシャロンは目を瞬かせてしまう。それはジークハルトも、ハーラルトたちもだ。

 オーキュペテーが「シャロンちゃん迎えに来たわよー」と手を振りながらケライノーと共に空から降りてきた。


「ちゃんと、結果は出たのかしらって心配だったのだけど……なんで小竜がいるのかしら?」


 じとりとオーキュペテーがジークハルトを睨んだので、シャロンが「これには訳が」と慌てて事情を話す。

 簡潔に話はしたが三姉妹は理解してくれたようで、フィルクスへと冷たい眼差しを向けた。

 ぞっと悪寒がするほどの冷たさにシャロンはひっと小さく悲鳴を上げる。ジークハルトも初めて見る彼女たちの様子に声をかけられない様子だ。


「お前は自分の私利私欲のために、民たちも危険に晒したという自覚はないのか!」

「制御もできないくせに召喚なんてして、どういう神経しているの? これで誰かが死亡するようなことがあったら、アナタはどう責任取るのかしら?」

「その判断ができないというのに王に相応しいなど、片腹痛いわね」


 三姉妹たちの言葉にフェリクスは言い返そうと口を開くも、「反論できる現状か、これが」とアエローに止めを刺されて黙ってしまった。

 ケライノーは「ますます、此処にシャロンは預けられない」と腕を組み、同意するようにオーキュペテーがうんうんと頷いている。


「長の皆さん、申し訳ない。これは俺にも責任はある」

「確かにこうならないように行動できた可能性はあるだろうな。だが、ジーク。悪いのはこの男、お前の兄だ」


 例え、こうならないようにジークハルトが行動できる可能性があったとしても、実行した者が悪い。アエローは落ち着いた声音ではっきりと言う。お前ではないと。


「ジークよ。悪いがわたしたちはシャロンがこの場所で暮らすことを許可はできない。どんなにこの男が処罰されようともだ」


 それは彼女たちの此処は信用ができないという意思の表れだった。

 その言葉に籠められた意味をジークハルトが気づかないわけがない。父を説得できなければ、シャロンを諦めなければならないということを。

 アエローは言う、お前の事は信用していると。シャロンを心から愛していることも、彼女を大切に思う気持ちも。


「さぁ、どうなったのか、教えてくれるか。ジークよ」

「それは……」

「それはわたしから話をさせてくれないだろうか」


 ジークハルトの言葉を遮るように声がして、皆が振り返る。シャロンはあっと声を零してしまった。

 そこに立っていたのは、眠れぬ夜に出会った老年の男だったのだ。けれど、あの時とは違って正装に身を包んでいる。

 別人かとも思ったが、オールバックにされた白髪交じりの金髪に、頬に残る古傷は間違いなくあの夜に話をした人物だ。


「父上」

「ち、父上! え、ジークさんのお父さんだったんですか!」


 驚きに声を上げれば、彼は「黙っていてすまないね」と微笑んだ。

 シャロンの反応で初対面でないことを察してか、ジークハルトが見つめてくる。どういうことだと。

 なので、シャロンは「この前の夜に」とジークハルトに話す。それを聞いた彼は「父上」とじとりと見遣った。

 息子の反応に王は笑う、何もしていないというように。


「私はこの国の王、ムジラークという。どうか、ジークハルトを責めないでくれ」


 ムジラークは自身が病気で倒れ、面会謝絶であったことを三姉妹に説明した。

 その間、ジークハルトが自分を支持していた者たちへの説得をちゃんとしていたことを。

 訳を聞いて三姉妹はなるほどと、話を聞く姿勢を見せる。ちゃんと納得はしてくれたようだ。


「私はあの夜、シャロンから話を聞いている。彼女は不安もありながらも、真っ直ぐな瞳で答えてくれた。その気持ちに嘘はなく、覚悟があるのだということは伝わった」


 ジークハルトがハルピュイアを連れてきたと聞いた時は驚きと、不安を抱いた。

 亜人種とはいえ、ハルピュイアは人間とは違う。考え方や価値観だけでなく、気持ちの抱き方も。

 その違いによって息子が苦しむことや、辛い目に遭うのではないか。心配だったけれど、シャロンはジークハルトのことを想っていた。

『彼の傍にいられるのは私だけだと思うんです』

 その言葉に全てが籠められていた。あぁ、彼女ならばきっと息子を任せてもいいのだろうと思える。


「ジークハルト。お前の覚悟はどうだ」


 彼女は私に覚悟を見せてくれた、お前はどうだ。ムジラークの見つめる眼は鋭い。彼は息子の想いを問うている。


「俺は俺として見てくれたシャロンと共に居たい」


 訳も聞かずに傍に居ることを許してくれた、何の淀みもなく見てくれた彼女を愛している。ジークハルトは迷いなく答えた。

 その力強い眼にムジラークはすっと目を細めてから、ゆっくりと和らげる。


「お前は第三王子、公務があることを忘れてはいけない。王都と里の行き来というのは楽ではないだろう。それでもやり遂げられるか」

「やります。やり遂げると誓います」

「……その言葉を信じよう」


 ムジラークはふっと微笑みかけてから、三姉妹へ「息子が世話になります」と頭を下げる。

 それはジークハルトとシャロンの仲を認め、夫婦となることを祝福するようだった。


「里の長たちよ。このような状況になってしまい、大切な仲間を危機にさらしてしまったことを許してほしい。この原因となった息子、フィルクスは厳重に処罰する」

「ふむ。王の言葉だ、わたしたちはそれを信じよう」


 アエローの言葉にケライノーとオーキュペテーも頷く。それは彼女たちがジークハルトとシャロンが正式な夫婦となることを認めた証明でもあった。

 ムジラークはフィルクスを見遣ってから「覚悟しておくように」と告げる。重い言葉にフィルクスは黙って俯くしかなかった。




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次のエピソードへ進む 第37話 純白に身を包んで、愛を誓う


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 小竜が滑空し、ジークハルトたちに向かって飛んでくる。噛みつかんとする開いた口から逃げるように、シャロンたちは避けた。
 長い尻尾を鞭のようにしならせるも、ジークハルトの剣に弾き返される。
 鋭くとがった牙で噛みつこうとするのを、ハーラルトが魔法を放つことで阻止した。
 グリュムントは姫であるマリーナを守るために彼女の手を引くきながら、シャロンへと目を向ける。
「シャロン様、危険ですので非難を!」
「で、でも、ジークさんが……」
 危険なことは分かっていた。けれど、ジークハルトを置いて行くことができず。
 シャロンはグリュムントの背を追いかけていくことができない。
 フィルクスは小竜を制御できないようで、攻撃されている。今はまだ闘技場にいるのでいいが、このまま城下町に下りていってしまっては危険だ。
 ジークハルトは小竜の気を惹きつけるように魔法を打って、挑発している。
 ハーラルトは退散の魔法を使うために、召喚に使用したルビーのブレスレットを掴んだ。
 その瞬間だ。小竜の牙がジークハルトの剣を捕らえ、かみ砕く。その勢いのまま前足で蹴飛ばした。
 力強い蹴りにジークハルトは耐えられず、地面を転がる。さらに追撃しようとする小竜に――シャロンの中で何かが切れた。
 シャロンは飛び上がって思いっきり小竜の顔面を蹴り上げる。顎に入った一撃によろめく小龍にさらに蹴飛ばしてから首根を掴んだ。
 鷲の鋭い爪が小竜の肉に食い込む。苦しむ声など聞こえていない、シャロンは力を籠めて小竜の頭を地面に叩きつけた。
 頭が揺さぶられて眩暈を起こした小竜が立てずに首をぐらぐらと揺らす。シャロンははっと息を大きく吸ってから、ジークハルトのほうへと駆け寄った。
「ジークさん、大丈夫ですか!」
「大丈夫だ」
 身体を打ち付けはしたが問題はない。立ち上がるジークハルトにシャロンは「それは大丈夫ではないんですよ!」と突っ込みたかった。
 けれど、今はそれどころではない。シャロンが目を向ければ、眩暈から立ち直った小竜が雄たけびを上げて突っ込んでくる。
 けれど、その身体は吹っ飛んだ。
 紅く長い髪が視界に入る。しなやかな身体がゆっくりと降り立った。
「あ、アエロー様!」
 ハルピュイアの里の長である三姉妹の一人、アエローは振り返ってから「迎えに来たぞ、シャロン」と微笑んだ。
 そうだ、もう約束の時間だ。シャロンはそれを思い出したけれど、小竜をどうにかするのが先だ。
 だから、シャロンが「その、小竜が」と口を開けば、空から滑空してきた者によって小竜が闘技場の外壁に叩きつけられた。
 ふうっと短い水色の髪を掻き上げて、ケライノーがすっと飛び上がったのと同時にピンクの巻き髪を靡かせながらオーキュペテーが小竜に止めをさす。
 軽やかに流れるように倒された小竜にシャロンは目を瞬かせてしまう。それはジークハルトも、ハーラルトたちもだ。
 オーキュペテーが「シャロンちゃん迎えに来たわよー」と手を振りながらケライノーと共に空から降りてきた。
「ちゃんと、結果は出たのかしらって心配だったのだけど……なんで小竜がいるのかしら?」
 じとりとオーキュペテーがジークハルトを睨んだので、シャロンが「これには訳が」と慌てて事情を話す。
 簡潔に話はしたが三姉妹は理解してくれたようで、フィルクスへと冷たい眼差しを向けた。
 ぞっと悪寒がするほどの冷たさにシャロンはひっと小さく悲鳴を上げる。ジークハルトも初めて見る彼女たちの様子に声をかけられない様子だ。
「お前は自分の私利私欲のために、民たちも危険に晒したという自覚はないのか!」
「制御もできないくせに召喚なんてして、どういう神経しているの? これで誰かが死亡するようなことがあったら、アナタはどう責任取るのかしら?」
「その判断ができないというのに王に相応しいなど、片腹痛いわね」
 三姉妹たちの言葉にフェリクスは言い返そうと口を開くも、「反論できる現状か、これが」とアエローに止めを刺されて黙ってしまった。
 ケライノーは「ますます、此処にシャロンは預けられない」と腕を組み、同意するようにオーキュペテーがうんうんと頷いている。
「長の皆さん、申し訳ない。これは俺にも責任はある」
「確かにこうならないように行動できた可能性はあるだろうな。だが、ジーク。悪いのはこの男、お前の兄だ」
 例え、こうならないようにジークハルトが行動できる可能性があったとしても、実行した者が悪い。アエローは落ち着いた声音ではっきりと言う。お前ではないと。
「ジークよ。悪いがわたしたちはシャロンがこの場所で暮らすことを許可はできない。どんなにこの男が処罰されようともだ」
 それは彼女たちの此処は信用ができないという意思の表れだった。
 その言葉に籠められた意味をジークハルトが気づかないわけがない。父を説得できなければ、シャロンを諦めなければならないということを。
 アエローは言う、お前の事は信用していると。シャロンを心から愛していることも、彼女を大切に思う気持ちも。
「さぁ、どうなったのか、教えてくれるか。ジークよ」
「それは……」
「それはわたしから話をさせてくれないだろうか」
 ジークハルトの言葉を遮るように声がして、皆が振り返る。シャロンはあっと声を零してしまった。
 そこに立っていたのは、眠れぬ夜に出会った老年の男だったのだ。けれど、あの時とは違って正装に身を包んでいる。
 別人かとも思ったが、オールバックにされた白髪交じりの金髪に、頬に残る古傷は間違いなくあの夜に話をした人物だ。
「父上」
「ち、父上! え、ジークさんのお父さんだったんですか!」
 驚きに声を上げれば、彼は「黙っていてすまないね」と微笑んだ。
 シャロンの反応で初対面でないことを察してか、ジークハルトが見つめてくる。どういうことだと。
 なので、シャロンは「この前の夜に」とジークハルトに話す。それを聞いた彼は「父上」とじとりと見遣った。
 息子の反応に王は笑う、何もしていないというように。
「私はこの国の王、ムジラークという。どうか、ジークハルトを責めないでくれ」
 ムジラークは自身が病気で倒れ、面会謝絶であったことを三姉妹に説明した。
 その間、ジークハルトが自分を支持していた者たちへの説得をちゃんとしていたことを。
 訳を聞いて三姉妹はなるほどと、話を聞く姿勢を見せる。ちゃんと納得はしてくれたようだ。
「私はあの夜、シャロンから話を聞いている。彼女は不安もありながらも、真っ直ぐな瞳で答えてくれた。その気持ちに嘘はなく、覚悟があるのだということは伝わった」
 ジークハルトがハルピュイアを連れてきたと聞いた時は驚きと、不安を抱いた。
 亜人種とはいえ、ハルピュイアは人間とは違う。考え方や価値観だけでなく、気持ちの抱き方も。
 その違いによって息子が苦しむことや、辛い目に遭うのではないか。心配だったけれど、シャロンはジークハルトのことを想っていた。
『彼の傍にいられるのは私だけだと思うんです』
 その言葉に全てが籠められていた。あぁ、彼女ならばきっと息子を任せてもいいのだろうと思える。
「ジークハルト。お前の覚悟はどうだ」
 彼女は私に覚悟を見せてくれた、お前はどうだ。ムジラークの見つめる眼は鋭い。彼は息子の想いを問うている。
「俺は俺として見てくれたシャロンと共に居たい」
 訳も聞かずに傍に居ることを許してくれた、何の淀みもなく見てくれた彼女を愛している。ジークハルトは迷いなく答えた。
 その力強い眼にムジラークはすっと目を細めてから、ゆっくりと和らげる。
「お前は第三王子、公務があることを忘れてはいけない。王都と里の行き来というのは楽ではないだろう。それでもやり遂げられるか」
「やります。やり遂げると誓います」
「……その言葉を信じよう」
 ムジラークはふっと微笑みかけてから、三姉妹へ「息子が世話になります」と頭を下げる。
 それはジークハルトとシャロンの仲を認め、夫婦となることを祝福するようだった。
「里の長たちよ。このような状況になってしまい、大切な仲間を危機にさらしてしまったことを許してほしい。この原因となった息子、フィルクスは厳重に処罰する」
「ふむ。王の言葉だ、わたしたちはそれを信じよう」
 アエローの言葉にケライノーとオーキュペテーも頷く。それは彼女たちがジークハルトとシャロンが正式な夫婦となることを認めた証明でもあった。
 ムジラークはフィルクスを見遣ってから「覚悟しておくように」と告げる。重い言葉にフィルクスは黙って俯くしかなかった。