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#109 悲嘆のフェテログリム (カグヤ視点)

ー/ー



 西の地平線に太陽が没したのを見届けてから、私は『夜陰を急ぐ密行者(シークレット・エクスプレス)』を発動。
 転移地点はルーンベイルから遥か北東、シュナイン領の都市フェテログリム、そこにある倉庫の中だ。


 モルジェオとカルステッドはルーンベイルでの事後処理が残っているために同行していないが、領主への紹介状を用意してくれたため、シュナイン家との交渉は問題無く進むと思われる。


「では、私とジェフはシュナイン家の方へ行く。君たちはベリオ君に従って『黄昏の牙』へ」


 面識のあるオズガルドとジェフが紹介状を携えてシュナイン家に事情を話し、私とダスク、エレノアはベリオの仲介で『黄昏の牙』の頭目に会いに行くこととなった。


「セレナーデは私と一緒に行きましょうね」


 ジェフの魔法で相互に連絡が取れるよう、黒猫セレナーデをひょいと抱え上げる。


 ベリオの案内に従って、夜のフェテログリムを静かに行く。


「三百年前にも来たことがあるが、当時よりも街の空気が重いな……」


 道行く人々の表情は陰鬱で、笑顔はほとんど見当たらない。
 夜だからというのもあるだろうが、それにしても街に活気が無い。
 まるで肉食獣の縄張りに入り込んでしまった草食獣のように、誰もが息を潜め、いつ襲われるかという不安でビクビクしている風に見える。


 市民の気を滅入らせているのは『邪神の息吹』のせいか、それとも──


「まだとぼけるのか!」


 夜の静けさを破るように、肉食獣の恫喝(どうかつ)が上がった。


 声の主は──案の定と言うべきか、聖騎士だった。
 尻餅を突いた男性を複数人で取り囲む様子は、あの白亜の鎧さえ着ていなければ、チンピラ集団の悪質な路上強盗(カツアゲ)のそれにしか見えない。


「と、とぼけてなどいません! 私は『黄昏の牙』とは何の関係もありません! 神に誓って本当です……!」


 声を振り絞り必死に言い訳する男性を、聖騎士たちは珍奇な芸をする猿でも見るかのようにニタニタと笑いながら眺めていた。


「貴様ら背教の輩めが、我らの前でよくも神に誓うなどと言えたものだ。恥を知れ」


 抵抗できない一般人を、聖騎士たちがドカドカと踏み蹴って心と体を痛め付けていく。
 神と正義の名の下に、自分たちの意に沿わない者を一方的に罪人や背教者と決め付け断罪する。


 人間の歴史に於いて、幾度と無く繰り返されてきた愚かな行為。


 あっと言う間に血と腫れと靴跡だらけになって意識を失った男性の、骨が折れた両腕を掴み、ゴミ袋でも扱うように無造作に引き摺っていく。
 私たちは、ただそれを眺めることしかできなかった。


「……彼はあなたの仲間なのですか?」


 エレノアの質問にベリオは首を傾げ、


「さあ? 俺だって同志全員の顔を知ってる訳じゃありませんからね。正式な構成員以外にも協力者が数多く居るから、ひょっとしたらその一人なのかもな。何にせよ今は見捨てるしか無い」


 ここで聖騎士たちを倒してあの男性を助けるのは造作も無いが、今それをすればこの街の栄耀教会に睨まれて、シュナイン家や『黄昏の牙』に協力を仰ぐという大事な目的に支障を(きた)す。
 周囲の市民たちもまた巻き添えを恐れて、視線を逸らしてそそくさと立ち去ってしまっていた。


「恐らくこの店に仲間の手掛かりがあるのだろう。店は証拠として、全て我ら聖騎士団が押収する」
「そ、そんな……夫だけでなく店まで取られたら、明日からどうやって生きていけば……!」
「ええい邪魔だ、この下民めが……!」


 悲壮な面持ちで縋り付いてきた夫人を、聖騎士は手加減も無く振り払い、更には足蹴にしてしまう。
 証拠として店ごと押収というのは、資産の強制接収を正当化するための口実だということは私でも分かる。


「さては貴様も協力者だな? 一緒に来て貰おう!」


 夫人の髪を手荒く引っ張って連れ去ろうとする聖騎士を見て、


「やめて! お母さんに酷いことしないでッ!」


 娘と思しき少女が、手にした木の棒を思い切り振り下ろす。
 だが、武装した聖騎士に一般人が敵うはずも無く、渾身の一撃は試合終了を告げるゴングの如く、甲冑を打ち鳴らしただけだった。


「親が親なら子も子だな。望み通り貴様も連れて行ってやろう。一家仲良く取り調べだ」
「やだ、離して……! 誰か……誰か助けて……! 何でこんな奴らを放っておくの! どうして誰も立ち上がろうとしないの……! 私たちは何も悪いことなんてしてないのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの! こんなの絶対に間違ってるのに……ッ!!」


 多くの市民たちが抱いている本音を声にした娘の悲痛な叫びは、しかし誰の心を動かすことも無く、夜の空気に虚しく溶けていった。
 そうして父も母も娘も連れ去られ、誰も居なくなった店に聖騎士たちが我が物顔で踏み入り、手当たり次第に漁って金目の物から順に運び出していく。


 ──理不尽。


 これほどこの光景に相応しい言葉が、果たして存在するだろうか。


「……前に帝都でも似たような光景を見たことがありますが、あれより一段と悪質ですね」


 助けたくとも助けられない、無力感ではなくもどかしさで胸が痛み、憤りで(はらわた)が煮えくり返りそうだった。


「帝国騎士なら賄賂(わいろ)次第で見逃して貰えるが、聖騎士はそうもいかねえ。奴らに睨まれたが最後、ああやって連行されて拷問を受け、自白を強要される。言い訳なんざ一切聞いちゃ貰えない」
「そして最後は処刑される、か……。反吐が出る」


 同じような過去を持つダスクが苦々しく吐き捨てた。


「『聖女』が召喚されて以来、栄耀教会はあんな風に今まで以上にやりたい放題するようになった。各地の領主が奴らに傾いちまったお陰で、潜伏していた同志が次々に検挙されて資金も人手も減る一方だ。正直言ってかなりヤバい」


 栄耀教会と『聖女』へ接近する者が増えるほど、敵対する『黄昏の牙』からは遠ざかっていく。
 シュナイン家が御目溢しをくれているこのフェテログリムは、他領に比べればまだマシな方なのだろう。


「そんな崖っ淵のお前らにとって、カグヤの登場は千載一遇の好機だな」
「ああ。大将がカグヤの『望月』を知れば、各地の同志に決起を促すだろう。貴族たちも領地の『邪神の息吹』が鎮まっていけば『黄昏の牙』に呼応する。汚れた太陽はたちまち没し、真の夜明けが訪れる」


 そうなれば、先程の家族のような人々もやがて解放されるものと願いたい。
 かつての私のように、全てを奪われて悲嘆と絶望の闇に苦しむ者を見るのは御免だ。


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 西の地平線に太陽が没したのを見届けてから、私は『|夜陰を急ぐ密行者《シークレット・エクスプレス》』を発動。
 転移地点はルーンベイルから遥か北東、シュナイン領の都市フェテログリム、そこにある倉庫の中だ。
 モルジェオとカルステッドはルーンベイルでの事後処理が残っているために同行していないが、領主への紹介状を用意してくれたため、シュナイン家との交渉は問題無く進むと思われる。
「では、私とジェフはシュナイン家の方へ行く。君たちはベリオ君に従って『黄昏の牙』へ」
 面識のあるオズガルドとジェフが紹介状を携えてシュナイン家に事情を話し、私とダスク、エレノアはベリオの仲介で『黄昏の牙』の頭目に会いに行くこととなった。
「セレナーデは私と一緒に行きましょうね」
 ジェフの魔法で相互に連絡が取れるよう、黒猫セレナーデをひょいと抱え上げる。
 ベリオの案内に従って、夜のフェテログリムを静かに行く。
「三百年前にも来たことがあるが、当時よりも街の空気が重いな……」
 道行く人々の表情は陰鬱で、笑顔はほとんど見当たらない。
 夜だからというのもあるだろうが、それにしても街に活気が無い。
 まるで肉食獣の縄張りに入り込んでしまった草食獣のように、誰もが息を潜め、いつ襲われるかという不安でビクビクしている風に見える。
 市民の気を滅入らせているのは『邪神の息吹』のせいか、それとも──
「まだとぼけるのか!」
 夜の静けさを破るように、肉食獣の|恫喝《どうかつ》が上がった。
 声の主は──案の定と言うべきか、聖騎士だった。
 尻餅を突いた男性を複数人で取り囲む様子は、あの白亜の鎧さえ着ていなければ、チンピラ集団の悪質な|路上強盗《カツアゲ》のそれにしか見えない。
「と、とぼけてなどいません! 私は『黄昏の牙』とは何の関係もありません! 神に誓って本当です……!」
 声を振り絞り必死に言い訳する男性を、聖騎士たちは珍奇な芸をする猿でも見るかのようにニタニタと笑いながら眺めていた。
「貴様ら背教の輩めが、我らの前でよくも神に誓うなどと言えたものだ。恥を知れ」
 抵抗できない一般人を、聖騎士たちがドカドカと踏み蹴って心と体を痛め付けていく。
 神と正義の名の下に、自分たちの意に沿わない者を一方的に罪人や背教者と決め付け断罪する。
 人間の歴史に於いて、幾度と無く繰り返されてきた愚かな行為。
 あっと言う間に血と腫れと靴跡だらけになって意識を失った男性の、骨が折れた両腕を掴み、ゴミ袋でも扱うように無造作に引き摺っていく。
 私たちは、ただそれを眺めることしかできなかった。
「……彼はあなたの仲間なのですか?」
 エレノアの質問にベリオは首を傾げ、
「さあ? 俺だって同志全員の顔を知ってる訳じゃありませんからね。正式な構成員以外にも協力者が数多く居るから、ひょっとしたらその一人なのかもな。何にせよ今は見捨てるしか無い」
 ここで聖騎士たちを倒してあの男性を助けるのは造作も無いが、今それをすればこの街の栄耀教会に睨まれて、シュナイン家や『黄昏の牙』に協力を仰ぐという大事な目的に支障を|来《きた》す。
 周囲の市民たちもまた巻き添えを恐れて、視線を逸らしてそそくさと立ち去ってしまっていた。
「恐らくこの店に仲間の手掛かりがあるのだろう。店は証拠として、全て我ら聖騎士団が押収する」
「そ、そんな……夫だけでなく店まで取られたら、明日からどうやって生きていけば……!」
「ええい邪魔だ、この下民めが……!」
 悲壮な面持ちで縋り付いてきた夫人を、聖騎士は手加減も無く振り払い、更には足蹴にしてしまう。
 証拠として店ごと押収というのは、資産の強制接収を正当化するための口実だということは私でも分かる。
「さては貴様も協力者だな? 一緒に来て貰おう!」
 夫人の髪を手荒く引っ張って連れ去ろうとする聖騎士を見て、
「やめて! お母さんに酷いことしないでッ!」
 娘と思しき少女が、手にした木の棒を思い切り振り下ろす。
 だが、武装した聖騎士に一般人が敵うはずも無く、渾身の一撃は試合終了を告げるゴングの如く、甲冑を打ち鳴らしただけだった。
「親が親なら子も子だな。望み通り貴様も連れて行ってやろう。一家仲良く取り調べだ」
「やだ、離して……! 誰か……誰か助けて……! 何でこんな奴らを放っておくの! どうして誰も立ち上がろうとしないの……! 私たちは何も悪いことなんてしてないのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの! こんなの絶対に間違ってるのに……ッ!!」
 多くの市民たちが抱いている本音を声にした娘の悲痛な叫びは、しかし誰の心を動かすことも無く、夜の空気に虚しく溶けていった。
 そうして父も母も娘も連れ去られ、誰も居なくなった店に聖騎士たちが我が物顔で踏み入り、手当たり次第に漁って金目の物から順に運び出していく。
 ──理不尽。
 これほどこの光景に相応しい言葉が、果たして存在するだろうか。
「……前に帝都でも似たような光景を見たことがありますが、あれより一段と悪質ですね」
 助けたくとも助けられない、無力感ではなくもどかしさで胸が痛み、憤りで|腸《はらわた》が煮えくり返りそうだった。
「帝国騎士なら|賄賂《わいろ》次第で見逃して貰えるが、聖騎士はそうもいかねえ。奴らに睨まれたが最後、ああやって連行されて拷問を受け、自白を強要される。言い訳なんざ一切聞いちゃ貰えない」
「そして最後は処刑される、か……。反吐が出る」
 同じような過去を持つダスクが苦々しく吐き捨てた。
「『聖女』が召喚されて以来、栄耀教会はあんな風に今まで以上にやりたい放題するようになった。各地の領主が奴らに傾いちまったお陰で、潜伏していた同志が次々に検挙されて資金も人手も減る一方だ。正直言ってかなりヤバい」
 栄耀教会と『聖女』へ接近する者が増えるほど、敵対する『黄昏の牙』からは遠ざかっていく。
 シュナイン家が御目溢しをくれているこのフェテログリムは、他領に比べればまだマシな方なのだろう。
「そんな崖っ淵のお前らにとって、カグヤの登場は千載一遇の好機だな」
「ああ。大将がカグヤの『望月』を知れば、各地の同志に決起を促すだろう。貴族たちも領地の『邪神の息吹』が鎮まっていけば『黄昏の牙』に呼応する。汚れた太陽はたちまち没し、真の夜明けが訪れる」
 そうなれば、先程の家族のような人々もやがて解放されるものと願いたい。
 かつての私のように、全てを奪われて悲嘆と絶望の闇に苦しむ者を見るのは御免だ。