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第69話 男三人、何も起きないはずがなく……

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 次第に鼻腔の不快度が格段に上がっていく血生臭い洞窟を、駆け抜けていく。
 相変わらずも天井からはボタボタと蛭が雨のように降り、地面にもうにょうにょがうじゃうじゃだ。

「この先に分岐がある。おそらく巣を横切るだろうけど、それを抜ければ少しはマシになるよ」

 もう少しの辛抱だ、と付け加え、ケノザが我の前を先導してくれる。
 他の二人に比べて、ケノザは本当に紳士的だな。

「おうい、大丈夫か~? まだ誰も吸われてないか~?」

 もっと前の方からヤツリの声が聞こえてくる。蛭に血を吸われたらそれで一巻のおしまいだからな。十分に注意しているつもりだ。
 ローブに染みついた薬漬けの臭いもあって、蛭も向こうから逃げてくれている。

 血生臭さと解毒薬の臭いが混ざってて酷く気分が悪いのは伏せておこう。
 仕方ないとはいえ、本気で鼻が曲がりそうだ。

「っしゃ! 分岐だぁー! オレについてこいよ!」

 先頭を走るコーベのいやにテンションの高い声が反響して届いてくる。紛いなりにも危機的状況だというのに、よくもまああんなにはしゃげるな。

 とにかくもうすぐここを抜けられるらしい。
 一刻も早くこんな臭い通路から解放されたい。
 そんなことを考えていた、そのときだ。

 ドボドボドボ。そんな音が頭上、まさに真上から聞こえてきた。
 うーゎ、めっちゃ不快! 何匹かの蛭が頭の上に乗ってきた! キモい!
 コーベの次にキモい!

終焔の舞踊(インボルク)っ!!」

 咄嗟にその呪文を唱える。

 我の身の回りに火炎の玉が生成され、我を中心として渦巻くように回転する。
 回転数、回転速度が上がっていくに連れて火炎の玉は熱量を増し、頭上の蛭も、足下の蛭も、まとめて灰に変える。ぁー……、キモかった。

「カシアさん、アンタ、魔法使えたのか」
「逆に聞くが、魔法使えなかったらこの先生きのこるにはどうしてたと思う?」
「てっきり自殺志願者かと思ったよ」
「たわけが」

 ケノザとくだらんやりとりをしている間に分岐を抜け、コーベとヤツリに追いついた。まだ足を止めている暇はない。

「大丈夫だった? カシアちゃん。なんか今、すんごい音が聞こえたけど」
「我なら無事だ」
「ちょっとかたまりが落ちてきたけど、何とかなったよ」

 吸血蛭の巣が近かったせいもあるのだろう。
 まさかあんなにいっぺんに降ってくるとは思わなかった。

「まあ、無事で何よりだね。こっからもうちょい先に進めばマシになるはず。もうちょっと辛抱してね、カシアちゃん」

 ヤツリがニヤケ顔で言ってくる。その優しさはケノザとは大違いだな。
 何にしても、この臭いローブが脱げるのなら足も自然と早くなるというもの。
 とっとと蛭ゾーンからオサラバしたい。

 ※ ※ ※

 もうしばらく歩いて、急に道が広くなってきた。
 いつの間にか天井からはボタボタと蛭も落ちてこなくなったし、どうやら安全地帯までこれたようだ。

「おっし! もうローブは脱いでもダイジョーブだぜぇ~!」

 そういいながら、コーベが手足をよおく払った上でローブを丸く畳み、何をするのかと思ったら懐から火付けの魔石を取り出し、ローブを焼き払った。
 急にとち狂ったのかと思ったが、ヤツリもケノザも似たようにローブを燃やす。

「こーゆーの、使い捨てだから勿体ないよなぁ~」
「いつ、何処でマーキングされているか分からないし、知らないうちに毒が付着しているかもしれないからね」

 ぇ~……使い捨てなのか、このローブ。それは随分と勿体ないのだな。
 確かに薬漬けされていたっぽいけれど、いつまでも薬が効いているとは限らないし、洞窟内の湿気とかで効果が薄れたら大惨事だ。
 何より、あの蛭の雨を潜ってきたのだから毒じゃなくとも変なものがベチャッとくっついてるかもしれない。そう考えると焼き捨てるのが妥当、なのか。

 ま、名残惜しんでも仕方ないし、我もローブを脱ぎ捨てて燃やして放った。薬臭い煙が周囲に充満していく。
 ひょっとしなくても、こうやって燃やすことも折り込み済みなのだろうか。着ても良し、焼いても良しとは、画期的なローブもあったものだ。

 まだ鼻の奥の方がツンとする気がする。嗅覚が壊れたらどうしよう。

「よし、ここいらで野営すっか」

 コーベのその一言で、同意した他男二名がテキパキとキャンプの準備を進める。はっや。

 我の方はといえば、今さっき出会ったばかりの男どもに行動をあわせられるわけもなく、ただ呆然と眺めるだけになってしった。

 ガチに厳しい冒険者のエキスパートみたいな奴がここにいたなら頬をひっぱたいて「判断が遅い!」などと叱責していたことだろう。

「ほら、カシアさん。薬効のスープだ」
 あら、優しい。特に何を言うわけでもなく、ケノザから温かいスープを差し出された。というか、準備早ぇ。

「カシアちゅわわぁん! オレに惚れ直してもいいんだずぇ~?」
 コイツはウザいな。終始騒ぎっぱなしで喧しい印象しか残ってなかったが、まあ、あの危険な洞窟を的確な判断を持って先導していた功績は認めざるを得ない。

「こら、コーベ、それにケノザも抜け駆けすんなよ!」
 ヤツリまで参戦してくる。ええい、男どもが暑苦しい。我の美貌に惚れるのは仕方のないことだがな! ふははははははっ!

 って、あまり楽観視していられる状況ではないのか。ベテラン冒険者であることには今さら疑問の余地もないが、だからといって信用していいかどうかは別問題。

 仮にコイツらに我に対する敵意があろうものなら最悪の状況。そうでなくとも、貧弱な我一人に対し、男三人という男女比は危なっかしいのでは。

「ええい、あまり馴れ馴れしくするでないわ。ここまで案内してくれたことに感謝こそしているが、必要以上に馴れ合う気は毛頭ないわっ」
 思わず一歩、二歩退いて、距離を離す。
 少し敵意を剥き出しにしすぎたか? いいや、我悪くない。

 ケノザとヤツリは多少なり、「近づきすぎたか」みたいな表情を浮かべていたのに対し、コーベの奴ときたら、ニヤついたまま、我との距離を詰めてくる。
 やっぱりコイツは嫌いだ。なんというか下品すぎるオーラが溢れだしている。

「ふひゃっひゃ! そんな態度とらなくてもいいじゃんかぁ~。オレらの案内のおかげでここまでこれたんだからさぁ~。もうちょっと馴れ合ったっていいだろぉ?」
 マジでコイツ何なの。何なのこのキモキモチャラ男。今まで会ってきた人間の男の中でも群を抜いて突き抜けたキモさなんだが。

 少しはお灸を据えてやらねばならんな。
 これは正当防衛だ。許せよ、ロータス。

幻想の刻印石(ラピストリア)っ!」

 コーベに向けて手を伸ばし、唱える。
 魔力を結晶化させた拳大の宝石を放出する、シンプルな魔法。威力はそれなりだが、手数の多さで相手を撃退する。

 次の瞬間、コーベは無数の宝石が直撃し、いきおいのまま洞窟の地面にぶっ倒れる――――はずだったのだが、何かがおかしい。

「あ、あれ……?」

 我は確かに魔法を唱えたはずだったが、発動していない。
 魔石はまだ十分に余裕があったはずなのに。

「フヒヒ……、これ、なぁ~んだ?」

 薄気味悪くニヤけたコーベの手の中にあったのは、我が魔石を持ち運んでいた小袋だった。おかしい。それは我の懐の中にしまってあったはずなのに。
 まさかとは思うが、コイツ、盗んだのか? 咄嗟に懐を探るが、やはり我の魔石はなくなっていた。

「盗ませてもらったぜ、カシアちゃん」
 我の疑問に答えるように、ニチャァと笑ってみせる。
 ホント、何なんだコイツは。我、そんなに隙だらけだったの?

 というか、なんで的確に魔石を奪えたんだ。


次のエピソードへ進む 第70話 盗賊、戦士、荷物持ち、魔王


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 次第に鼻腔の不快度が格段に上がっていく血生臭い洞窟を、駆け抜けていく。
 相変わらずも天井からはボタボタと蛭が雨のように降り、地面にもうにょうにょがうじゃうじゃだ。
「この先に分岐がある。おそらく巣を横切るだろうけど、それを抜ければ少しはマシになるよ」
 もう少しの辛抱だ、と付け加え、ケノザが我の前を先導してくれる。
 他の二人に比べて、ケノザは本当に紳士的だな。
「おうい、大丈夫か~? まだ誰も吸われてないか~?」
 もっと前の方からヤツリの声が聞こえてくる。蛭に血を吸われたらそれで一巻のおしまいだからな。十分に注意しているつもりだ。
 ローブに染みついた薬漬けの臭いもあって、蛭も向こうから逃げてくれている。
 血生臭さと解毒薬の臭いが混ざってて酷く気分が悪いのは伏せておこう。
 仕方ないとはいえ、本気で鼻が曲がりそうだ。
「っしゃ! 分岐だぁー! オレについてこいよ!」
 先頭を走るコーベのいやにテンションの高い声が反響して届いてくる。紛いなりにも危機的状況だというのに、よくもまああんなにはしゃげるな。
 とにかくもうすぐここを抜けられるらしい。
 一刻も早くこんな臭い通路から解放されたい。
 そんなことを考えていた、そのときだ。
 ドボドボドボ。そんな音が頭上、まさに真上から聞こえてきた。
 うーゎ、めっちゃ不快! 何匹かの蛭が頭の上に乗ってきた! キモい!
 コーベの次にキモい!
「|終焔の舞踊《インボルク》っ!!」
 咄嗟にその呪文を唱える。
 我の身の回りに火炎の玉が生成され、我を中心として渦巻くように回転する。
 回転数、回転速度が上がっていくに連れて火炎の玉は熱量を増し、頭上の蛭も、足下の蛭も、まとめて灰に変える。ぁー……、キモかった。
「カシアさん、アンタ、魔法使えたのか」
「逆に聞くが、魔法使えなかったらこの先生きのこるにはどうしてたと思う?」
「てっきり自殺志願者かと思ったよ」
「たわけが」
 ケノザとくだらんやりとりをしている間に分岐を抜け、コーベとヤツリに追いついた。まだ足を止めている暇はない。
「大丈夫だった? カシアちゃん。なんか今、すんごい音が聞こえたけど」
「我なら無事だ」
「ちょっとかたまりが落ちてきたけど、何とかなったよ」
 吸血蛭の巣が近かったせいもあるのだろう。
 まさかあんなにいっぺんに降ってくるとは思わなかった。
「まあ、無事で何よりだね。こっからもうちょい先に進めばマシになるはず。もうちょっと辛抱してね、カシアちゃん」
 ヤツリがニヤケ顔で言ってくる。その優しさはケノザとは大違いだな。
 何にしても、この臭いローブが脱げるのなら足も自然と早くなるというもの。
 とっとと蛭ゾーンからオサラバしたい。
 ※ ※ ※
 もうしばらく歩いて、急に道が広くなってきた。
 いつの間にか天井からはボタボタと蛭も落ちてこなくなったし、どうやら安全地帯までこれたようだ。
「おっし! もうローブは脱いでもダイジョーブだぜぇ~!」
 そういいながら、コーベが手足をよおく払った上でローブを丸く畳み、何をするのかと思ったら懐から火付けの魔石を取り出し、ローブを焼き払った。
 急にとち狂ったのかと思ったが、ヤツリもケノザも似たようにローブを燃やす。
「こーゆーの、使い捨てだから勿体ないよなぁ~」
「いつ、何処でマーキングされているか分からないし、知らないうちに毒が付着しているかもしれないからね」
 ぇ~……使い捨てなのか、このローブ。それは随分と勿体ないのだな。
 確かに薬漬けされていたっぽいけれど、いつまでも薬が効いているとは限らないし、洞窟内の湿気とかで効果が薄れたら大惨事だ。
 何より、あの蛭の雨を潜ってきたのだから毒じゃなくとも変なものがベチャッとくっついてるかもしれない。そう考えると焼き捨てるのが妥当、なのか。
 ま、名残惜しんでも仕方ないし、我もローブを脱ぎ捨てて燃やして放った。薬臭い煙が周囲に充満していく。
 ひょっとしなくても、こうやって燃やすことも折り込み済みなのだろうか。着ても良し、焼いても良しとは、画期的なローブもあったものだ。
 まだ鼻の奥の方がツンとする気がする。嗅覚が壊れたらどうしよう。
「よし、ここいらで野営すっか」
 コーベのその一言で、同意した他男二名がテキパキとキャンプの準備を進める。はっや。
 我の方はといえば、今さっき出会ったばかりの男どもに行動をあわせられるわけもなく、ただ呆然と眺めるだけになってしった。
 ガチに厳しい冒険者のエキスパートみたいな奴がここにいたなら頬をひっぱたいて「判断が遅い!」などと叱責していたことだろう。
「ほら、カシアさん。薬効のスープだ」
 あら、優しい。特に何を言うわけでもなく、ケノザから温かいスープを差し出された。というか、準備早ぇ。
「カシアちゅわわぁん! オレに惚れ直してもいいんだずぇ~?」
 コイツはウザいな。終始騒ぎっぱなしで喧しい印象しか残ってなかったが、まあ、あの危険な洞窟を的確な判断を持って先導していた功績は認めざるを得ない。
「こら、コーベ、それにケノザも抜け駆けすんなよ!」
 ヤツリまで参戦してくる。ええい、男どもが暑苦しい。我の美貌に惚れるのは仕方のないことだがな! ふははははははっ!
 って、あまり楽観視していられる状況ではないのか。ベテラン冒険者であることには今さら疑問の余地もないが、だからといって信用していいかどうかは別問題。
 仮にコイツらに我に対する敵意があろうものなら最悪の状況。そうでなくとも、貧弱な我一人に対し、男三人という男女比は危なっかしいのでは。
「ええい、あまり馴れ馴れしくするでないわ。ここまで案内してくれたことに感謝こそしているが、必要以上に馴れ合う気は毛頭ないわっ」
 思わず一歩、二歩退いて、距離を離す。
 少し敵意を剥き出しにしすぎたか? いいや、我悪くない。
 ケノザとヤツリは多少なり、「近づきすぎたか」みたいな表情を浮かべていたのに対し、コーベの奴ときたら、ニヤついたまま、我との距離を詰めてくる。
 やっぱりコイツは嫌いだ。なんというか下品すぎるオーラが溢れだしている。
「ふひゃっひゃ! そんな態度とらなくてもいいじゃんかぁ~。オレらの案内のおかげでここまでこれたんだからさぁ~。もうちょっと馴れ合ったっていいだろぉ?」
 マジでコイツ何なの。何なのこのキモキモチャラ男。今まで会ってきた人間の男の中でも群を抜いて突き抜けたキモさなんだが。
 少しはお灸を据えてやらねばならんな。
 これは正当防衛だ。許せよ、ロータス。
「|幻想の刻印石《ラピストリア》っ!」
 コーベに向けて手を伸ばし、唱える。
 魔力を結晶化させた拳大の宝石を放出する、シンプルな魔法。威力はそれなりだが、手数の多さで相手を撃退する。
 次の瞬間、コーベは無数の宝石が直撃し、いきおいのまま洞窟の地面にぶっ倒れる――――はずだったのだが、何かがおかしい。
「あ、あれ……?」
 我は確かに魔法を唱えたはずだったが、発動していない。
 魔石はまだ十分に余裕があったはずなのに。
「フヒヒ……、これ、なぁ~んだ?」
 薄気味悪くニヤけたコーベの手の中にあったのは、我が魔石を持ち運んでいた小袋だった。おかしい。それは我の懐の中にしまってあったはずなのに。
 まさかとは思うが、コイツ、盗んだのか? 咄嗟に懐を探るが、やはり我の魔石はなくなっていた。
「盗ませてもらったぜ、カシアちゃん」
 我の疑問に答えるように、ニチャァと笑ってみせる。
 ホント、何なんだコイツは。我、そんなに隙だらけだったの?
 というか、なんで的確に魔石を奪えたんだ。