第66話 そうだ、冒険に行こう

ー/ー



 我の目の前に広がるのは、まるで整備のされてない、ただの薄暗くジメジメとした洞窟。入り口からして、まさしくダンジョンって感じがする。
 ここはパエデロスの近辺でも割とメジャーな部類に入るダンジョンである。

 一般的にダンジョンと呼ばれるものには、そこに立ち入った冒険者たちの伝聞によってその攻略難度に応じてランク付けがされている。
 そして、この洞窟のランクは割かし高い方に位置している。

 中はかなり入り組んでおり、実際問題かなり深い。奥に進めば危険な生物の巣窟にもなっているから、ぶっちゃけ初心者お断りのハイランク。ここに立ち入るということは覚悟を決めているか、自殺を考えているかのどちらかだ。

 そんなジメジメの苔むしたダンジョンに、なんでまた我は今まさに立ち入ろうとしているのかと言えば、そんな複雑な事情はない。小遣い稼ぎだ。

 あまり口に出して言いたくはないが、パエデロスの物価の高騰っぷりには我の持つ資産も自信が揺らいできてしまったし、何よりパエデロスでも随一の令嬢が素寒貧の貧乏令嬢だとは思われたくはないからな。

 多くの冒険者が立ち入っているダンジョンにそんなめぼしい宝があるのかって?
 仮にあったとしてもソイツらがとっくに億万長者になっているんじゃないかって?

 ふははははははっ! 心配ご無用だ!

 このダンジョンの深部には旧時代の文明があり、その遺跡には財宝もザックザク。さらには炭鉱らしき場所もあるらしく、希少鉱石もごろごろしている。
 その代わり、そこに至るまでは並みの人間では無理難題な要素が多い。危険な輩の巣窟にもなっているし、有毒なガスも発生しているし、脱出が困難なのだ。

 遺跡から無事に生還できた冒険者でも、片手に残る程度のお宝しか持ち帰れなかったり、あるいは命からがら手ぶらで帰還してきたりと、成果も少ない。

 つまりはこの洞窟の中には十分なお宝がまだまだ残っているということよ。

 一応は、そんな超危険な遺跡まで進まなくてもそこそこのお宝も手に入るので、そこそこの実力者にとってはそこそこの稼ぎ場にもなっている点がメジャーたるゆえんだろう。まあ、我はそこそこのお宝には興味ないがな。

 目指すは深部にある財宝たくさんの遺跡。願わくば炭鉱で希少な鉱石を持ち帰り、ミモザの手土産にしよう。

「さぁてと、何処から入ったものかな」

 当然ながら洞窟の入り口は平坦ではない。段差も高く、ほとんど崖下りだ。
 勿論のこと、梯子やスロープなんてものが用意してあるわけもなく、ぽっかりと空いた大きな口に飛び込むしかない。

 無難な足場を探り探り、蜘蛛のようにのそのそと降りる手段も思いついたが、これだけ苔の生えてヌメヌメした壁では滑って一気に下まで落ちてしまうだろう。

「仕方ない、これでいくしかないか。静かなる跳躍(フロウフロウ)!」

 その呪文を唱えると、我の回りにブワァとつむじ風が巻き起こる。
 そのまま崖のような段差を一気にぴょい~んと飛び降りる。この風をまとっているおかげで落下速度はかなり緩く、ふわふわ心地だった。

 ストン、ストンと身長の高さほどもある段差を一段一段降りていき、洞窟の奥へ奥へと侵入していった。次第に陽の光も届かなくなっていき、どんどん辺りが暗くなっていく。

「よし、そろそろこれを使うか」
 懐から取り出したるは、ミモザの作ったカンテラだ。
 名前は懐中の発光筒(モバライター)と名付けていたかな。

 少々見た目は変わっている。金属の取っ手の付いたガラスケースみたいになっており、中には魔石が仕込まれている。魔法で起動させるといい具合に発光してくれた。
 視界良好。じめじめとした苔まみれの洞窟がよく見通せる。

 何より便利なのが、いつもの魔力の蓄積石(パワージェム)を消費しなくていいところだろう。ミモザの作る魔石も日に日にグレードが上がり、かなり膨大な魔力を保存できるようになってきたとはいえ、無駄使いは避けたい。

 仮にも高難度ランクの太鼓判を押されている危険なダンジョンに、レベル0の我が平然と立ち入るその自信の理由は、ミモザの魔具を信用しているからに尽きる。

 ミモザお手製の魔力の蓄積石(パワージェム)によって多少の魔法が使えるのであれば、相手が勇者でもなければ楽勝というものよ。危険な生物も撃退できるし、毒ガスだって無力化できる。まさに我に敵無し!

 どうやらここから先は勾配も緩くなっているので歩いていけそうだ。

 纏っていた風を解除する。すると、途端に静まりかえる。冷たい空気が肌に触れ、氷の倉にでも放り込まれたかのような気分だ。地下水もにじみ出しており、水浸しの坂道になっているので、うっかりすると滑ってしまいそうだ。

 手元の懐中の発光筒(モバライター)によって暗闇の中でも視界は確保できているが、ぐねぐねと蛇のように道が曲がっていたり、あるいは枝分かれしていたりで、思っていたよりも先を見通すことができない。

 蟻の巣なんかよりも複雑な構造をしているのだろう。デタラメに歩き回っていたら直ぐに迷子になってしまうに違いない。しかし、心配ご無用だ。こういうときのためにもミモザの魔具がある。

 既に通りがかった道にはソレを設置済みだ。
 その名も土竜の羅針盤(モールガイド)。一見、ただの石ころのようだが、これを順々に置いておくことにより、自分が何処から来たのかが一発で分かる。

 置いておけば簡単にその場所に磁石のように固定できるので、ちょっとした坂道くらいなら問題ない。さらに優れた点は、他の冒険者が土竜の羅針盤(モールガイド)を使っていたとしても個別で認識できるところだろう。

 自分の置いたものと他人の置いたものを区別できるから、仮に沢山の冒険者が出入りするこのダンジョンのような場所でも安心して使えるというわけだ。

 ちなみに、石ころのようだとは言ったが、実はコレ、ミモザによればモグラを意識して作ったらしい。確かによく見ると何か丸っこい生き物のような感じはする。

 ともあれ、これでレッドアイズの裏路地のときみたいに迷子にはならぬということだ。……いや、別に我は迷子になってないがな。そんな事実はなかった。

 コッ……コッ……、ちゃぷちゃぷ。靴の底が岩を蹴る音と、水たまりを蹴る音が交互に鳴り、反響していくだけの暗闇の洞窟を、どれだけ歩いただろう。かなり奥の方まで進んだような気もするが、ここまで何もない。

 何度か行き止まりにぶつかっては引き返し、また分岐点に戻る。こんな繰り返しをしているだけで、一向に遺跡とやらに辿り着く気配もない。

 考えてもみればパエデロスでもメジャーなダンジョンと呼ばれているわけだしな。殆どのルートが踏破済みで他の冒険者どもに粗方のものはごっそりと持っていかれているのだろう。浅い階層は収穫がなくて当然か。

 それに、直ぐ遺跡に辿り着けるようなら誰も苦労はしないはずだ。

 おそらく日帰りはできないだろう、とは踏んでいたが、こうも退屈な冒険になるとは想定もしていなかった。
 出ないに越したことはないとはいえ、どんな危険生物が飛び出してくるのか構えていたというのに、拍子抜けもいいところだ。

「む……?」

 そうこうしていると、何かの気配を感じた。近い位置で物音が反響して聞こえる。
 気のせいではなく、それは動いているものだと確信した。

「いよいよ、敵のお出ましか?」

 瞬時に緊張が走る。自分がレベル0であるということを忘れてはいけない。油断したらそれは即、死に繋がる。

 目の前のそこの角を曲がった先、そこにいる。
 我はフッと息を潜める。向こうも我の存在に気付いているはず。

 その姿が、現れる。


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 我の目の前に広がるのは、まるで整備のされてない、ただの薄暗くジメジメとした洞窟。入り口からして、まさしくダンジョンって感じがする。
 ここはパエデロスの近辺でも割とメジャーな部類に入るダンジョンである。
 一般的にダンジョンと呼ばれるものには、そこに立ち入った冒険者たちの伝聞によってその攻略難度に応じてランク付けがされている。
 そして、この洞窟のランクは割かし高い方に位置している。
 中はかなり入り組んでおり、実際問題かなり深い。奥に進めば危険な生物の巣窟にもなっているから、ぶっちゃけ初心者お断りのハイランク。ここに立ち入るということは覚悟を決めているか、自殺を考えているかのどちらかだ。
 そんなジメジメの苔むしたダンジョンに、なんでまた我は今まさに立ち入ろうとしているのかと言えば、そんな複雑な事情はない。小遣い稼ぎだ。
 あまり口に出して言いたくはないが、パエデロスの物価の高騰っぷりには我の持つ資産も自信が揺らいできてしまったし、何よりパエデロスでも随一の令嬢が素寒貧の貧乏令嬢だとは思われたくはないからな。
 多くの冒険者が立ち入っているダンジョンにそんなめぼしい宝があるのかって?
 仮にあったとしてもソイツらがとっくに億万長者になっているんじゃないかって?
 ふははははははっ! 心配ご無用だ!
 このダンジョンの深部には旧時代の文明があり、その遺跡には財宝もザックザク。さらには炭鉱らしき場所もあるらしく、希少鉱石もごろごろしている。
 その代わり、そこに至るまでは並みの人間では無理難題な要素が多い。危険な輩の巣窟にもなっているし、有毒なガスも発生しているし、脱出が困難なのだ。
 遺跡から無事に生還できた冒険者でも、片手に残る程度のお宝しか持ち帰れなかったり、あるいは命からがら手ぶらで帰還してきたりと、成果も少ない。
 つまりはこの洞窟の中には十分なお宝がまだまだ残っているということよ。
 一応は、そんな超危険な遺跡まで進まなくてもそこそこのお宝も手に入るので、そこそこの実力者にとってはそこそこの稼ぎ場にもなっている点がメジャーたるゆえんだろう。まあ、我はそこそこのお宝には興味ないがな。
 目指すは深部にある財宝たくさんの遺跡。願わくば炭鉱で希少な鉱石を持ち帰り、ミモザの手土産にしよう。
「さぁてと、何処から入ったものかな」
 当然ながら洞窟の入り口は平坦ではない。段差も高く、ほとんど崖下りだ。
 勿論のこと、梯子やスロープなんてものが用意してあるわけもなく、ぽっかりと空いた大きな口に飛び込むしかない。
 無難な足場を探り探り、蜘蛛のようにのそのそと降りる手段も思いついたが、これだけ苔の生えてヌメヌメした壁では滑って一気に下まで落ちてしまうだろう。
「仕方ない、これでいくしかないか。|静かなる跳躍《フロウフロウ》!」
 その呪文を唱えると、我の回りにブワァとつむじ風が巻き起こる。
 そのまま崖のような段差を一気にぴょい~んと飛び降りる。この風をまとっているおかげで落下速度はかなり緩く、ふわふわ心地だった。
 ストン、ストンと身長の高さほどもある段差を一段一段降りていき、洞窟の奥へ奥へと侵入していった。次第に陽の光も届かなくなっていき、どんどん辺りが暗くなっていく。
「よし、そろそろこれを使うか」
 懐から取り出したるは、ミモザの作ったカンテラだ。
 名前は|懐中の発光筒《モバライター》と名付けていたかな。
 少々見た目は変わっている。金属の取っ手の付いたガラスケースみたいになっており、中には魔石が仕込まれている。魔法で起動させるといい具合に発光してくれた。
 視界良好。じめじめとした苔まみれの洞窟がよく見通せる。
 何より便利なのが、いつもの|魔力の蓄積石《パワージェム》を消費しなくていいところだろう。ミモザの作る魔石も日に日にグレードが上がり、かなり膨大な魔力を保存できるようになってきたとはいえ、無駄使いは避けたい。
 仮にも高難度ランクの太鼓判を押されている危険なダンジョンに、レベル0の我が平然と立ち入るその自信の理由は、ミモザの魔具を信用しているからに尽きる。
 ミモザお手製の|魔力の蓄積石《パワージェム》によって多少の魔法が使えるのであれば、相手が勇者でもなければ楽勝というものよ。危険な生物も撃退できるし、毒ガスだって無力化できる。まさに我に敵無し!
 どうやらここから先は勾配も緩くなっているので歩いていけそうだ。
 纏っていた風を解除する。すると、途端に静まりかえる。冷たい空気が肌に触れ、氷の倉にでも放り込まれたかのような気分だ。地下水もにじみ出しており、水浸しの坂道になっているので、うっかりすると滑ってしまいそうだ。
 手元の|懐中の発光筒《モバライター》によって暗闇の中でも視界は確保できているが、ぐねぐねと蛇のように道が曲がっていたり、あるいは枝分かれしていたりで、思っていたよりも先を見通すことができない。
 蟻の巣なんかよりも複雑な構造をしているのだろう。デタラメに歩き回っていたら直ぐに迷子になってしまうに違いない。しかし、心配ご無用だ。こういうときのためにもミモザの魔具がある。
 既に通りがかった道にはソレを設置済みだ。
 その名も|土竜の羅針盤《モールガイド》。一見、ただの石ころのようだが、これを順々に置いておくことにより、自分が何処から来たのかが一発で分かる。
 置いておけば簡単にその場所に磁石のように固定できるので、ちょっとした坂道くらいなら問題ない。さらに優れた点は、他の冒険者が|土竜の羅針盤《モールガイド》を使っていたとしても個別で認識できるところだろう。
 自分の置いたものと他人の置いたものを区別できるから、仮に沢山の冒険者が出入りするこのダンジョンのような場所でも安心して使えるというわけだ。
 ちなみに、石ころのようだとは言ったが、実はコレ、ミモザによればモグラを意識して作ったらしい。確かによく見ると何か丸っこい生き物のような感じはする。
 ともあれ、これでレッドアイズの裏路地のときみたいに迷子にはならぬということだ。……いや、別に我は迷子になってないがな。そんな事実はなかった。
 コッ……コッ……、ちゃぷちゃぷ。靴の底が岩を蹴る音と、水たまりを蹴る音が交互に鳴り、反響していくだけの暗闇の洞窟を、どれだけ歩いただろう。かなり奥の方まで進んだような気もするが、ここまで何もない。
 何度か行き止まりにぶつかっては引き返し、また分岐点に戻る。こんな繰り返しをしているだけで、一向に遺跡とやらに辿り着く気配もない。
 考えてもみればパエデロスでもメジャーなダンジョンと呼ばれているわけだしな。殆どのルートが踏破済みで他の冒険者どもに粗方のものはごっそりと持っていかれているのだろう。浅い階層は収穫がなくて当然か。
 それに、直ぐ遺跡に辿り着けるようなら誰も苦労はしないはずだ。
 おそらく日帰りはできないだろう、とは踏んでいたが、こうも退屈な冒険になるとは想定もしていなかった。
 出ないに越したことはないとはいえ、どんな危険生物が飛び出してくるのか構えていたというのに、拍子抜けもいいところだ。
「む……?」
 そうこうしていると、何かの気配を感じた。近い位置で物音が反響して聞こえる。
 気のせいではなく、それは動いているものだと確信した。
「いよいよ、敵のお出ましか?」
 瞬時に緊張が走る。自分がレベル0であるということを忘れてはいけない。油断したらそれは即、死に繋がる。
 目の前のそこの角を曲がった先、そこにいる。
 我はフッと息を潜める。向こうも我の存在に気付いているはず。
 その姿が、現れる。