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第59話 アホの子エルフの家庭教師

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 相も変わらぬパエデロスは、我の不在の間に特にこれといったことは起こらなかったらしい。
 治安維持の第一人者のロータスも一緒にレッドアイズ国に行ったというのに、アイツの人徳が成せる技だろうか。反乱の一つも起こらぬとは。

 すっかり平和な街になってしまったようだ。
 取り立てて問題はなさそうではあるが、一応、大きな懸案事項を抱えていることを我は知っている。

 あらゆる連中が拒まれることなく集うこの街、パエデロスは今日(こんにち)もまた経済的にも文化的にもメキメキと成長しつづけており、近々一つの国家として認可されようとするところまでやってきた。

 んで、その協力をしてきたレッドアイズ国は「異種族差別問題を解消しよう」なんてことを大々的にやろうとしていた矢先、実はソレを唱えていた国王が異種族の命を材料にした工場なんてものをこさえていたのだから大問題よ。

 他国ないしパエデロスに至ってはまだそこまでの情報は周知されてはいないと思うが、少なからずとも今頃レッドアイズ国は恐慌状態なのではなかろうか。

 何にせよ、パエデロス国の誕生はもう少し先になりそうだ。
 世界に名を轟かせたレッドアイズ国の失脚は今後も響いてきそうな気もするし、「いや、まあ、元々差別大国だったし、こんなもんじゃね?」と思われていそうな気もするし、混沌たるこの状況下、ロータスはさぞかし頭が痛いことだろうよ。

 じゃあ、別の国に、なんてのもまあまあ無理のある話だ。
 ロータスだっていくら勇者だからといって、無条件に同盟や何やらを二つ返事で了承してくれるような人脈もないだろうし。

 ま、我には関係のないことだがな。
 え? 我があの国王の隠匿してた工場を暴いたせい?
 知らん知らん。元々あの工場の場所を突き止めたのはコリウス王子だし。

 まったく、あの迷惑小僧め。別れ間際にプロポーズまでしおって。まるで意味が分からんし、もう二度と会いたくもないわ。

 そんなどうでもいいことはさておいて、だ。
 さしあたって、今、我が抱え込んでいる問題がある。

 我がパエデロスを離れていた期間はそこそこあったはずだ。主に馬車による往復移動時間だ。レッドアイズ国には一泊二日程度の滞在期間だったし。
 パエデロスに帰ってきて、まず考えていたことはミモザの店の手伝いだった。ところが、なんということか、店を開ける状態じゃないのだという。

 ミモザの店はミモザの手作りの魔具を売っているわけだが、その肝心の商品が揃っていないのだ。一体それまでミモザはどうしていたんだ。
 ミモザ当人やダリア、果てや我の屋敷の使用人に話を聞く限り、どうにもミモザが作業に没入するあまり、ぶっ倒れかけたらしい。

 それだけでも大事(おおごと)なのだが、その倒れる直前まで半ば暴走する勢いで製作に打ち込んでいたせいなのか何なのか、ミモザの店の工房が半壊したらしい。
 まさか、そんな馬鹿な、と思ったが、あの工房には少々危険な素材も取りそろえられている。ミモザの腕ならば、と過信していたところもあったのは確かだ。

 そういった事故が起きたこともあり、ダリア含む我の使用人の面々はミモザの作業の手を止めさせて、またその間に工房の修復に時間を費やしたそうだ。

 結果として平穏は保たれたのだろうが、これはこれで大問題だ。
 店に出すべき商品がないとは何事だ。仮にもパエデロスでは数少ない名店と知られているというのに。

 ただでさえ、昨今はパエデロスも賑わってきて、魔具のライバル店も増えてきているし、他の店舗は毎日でも店を開けるくらいには商業としてのパイプもしっかりとできている。たまに店を開くのはもはやミモザの店くらいだ。

 このことを一番重く受け止めているのは誰でもないミモザであり、二番は我だ。
 ただちに店が潰れてしまうということはないだろうが、固定客を奪われてしまうのはかなりの痛手。帰ってきて早々大忙しだな、これは。



 そんなこんなの経緯があり、我は今、ミモザの工房の中にいた。
 ミモザはといえば、我とダリアに見守られる中、せっせせっせと遅れを取り戻すように汗水たらして魔具の製作に打ち込んでいる。

「って、なんでダリアがここにおるのだ」
「そりゃ、監督に決まってるでしょ。最近またミモザちゃんも腕を上げてきているからね。基準を超えてもらっちゃ困るってものよ」
 もっともらしいことを飄々と言う。口から出任せというわけでもないのだろう。だからといってここにいるのは不自然だと思うのだが。

「む、ミモザ。その魔石の術式は精度が高い」
「そうね。も一つ簡単な式を書き加えて、そっちの素材から循環するようにすれば」
 まるでミモザの専属講師みたいだ。多分、意味合い的には間違ってはいない。
 こうまでガチガチにする理由としては、ミモザに少しでも効率化を覚えてもらう意図がある。

 露骨に気を抜け、脱力しろ、とまでは言わないが、ミモザも片意地を張ってしまうところがある。今まではそれもよしとしてきたが、できるだけ早く、手際よく魔具を作るには不適格なところも無視できない。
 何より、ミモザたってのお願いだ。断るわけにもいかない。

 一方のミモザはというと、かなり辛そうではある。それは単純な疲労というよりも、体では分かっているのに頭では理解が追いついていないという齟齬に苦しめられているといった方が正確か。

 ミモザの技術者としての腕前はこのパエデロスは誰もが認めるくらいには確かなものであることはどう足掻いても微塵たりとも疑いの余地はないわけではあるが、もしも、もしもそこに欠点があるとするならば、魔法に関する知識不足だろう。

 もはや誰にも隠していないし、バレバレとなっているから今さらの話となってしまうが、ミモザはエルフである。

 耳はピンと立っているし、太陽に照らされるが如く小麦のような髪、空のような澄み切った青い瞳。見た目の割に人間と比べたらそれなりに年のいっている眼鏡少女。

 一般的にエルフは豊富な魔力を兼ね備えた森の民。ところが、ミモザは先天的に潜在魔力を持たず、魔法の扱い方をそれほど理解できていない。
 魔具の技術者となったのもそういったコンプレックスがあってのことだろう。

 反面、エルフ特有の魔力の感知に関して言えばズバ抜けており、それが魔具を作るための技術に昇華されている。感覚だけで、こうすればこう、ああすればこうというのが大体なんとなくで分かってしまうのだろう。

 それこそが、ミモザの長所であり、また短所だ。

 言わずもがな、魔法を感覚だけで何となく使えるなどと言ったら世界の魔法使いどころか、魔術学校の低学年にすら失笑もので間違いない。
 あえていうと、だ。ミモザは感覚だけで何となく魔法を使っている。

 魔具という媒体があって、魔力を引き出し、それらが上手いこと噛み合った結果、魔法というものを具現化させている。
 誤解という言い方は適切ではないと思うが、ミモザはソレを少々履き違えている。

 喩えるならなんだろう。火打ち石を燃料だと思い込んでいるくらいにはズレている。花の種を沢山撒けば木が生えると思うくらいには認識がブレている。
 そしてミモザなら火打ち石で炎を出せるし、花の種を大木に成長させられる。

 そう。ミモザは、根本的にアホなのだ。
 驚異的なアホの子なのに、感覚だけでドエライことをやってのける天才だ。

 だからこそこうしてミモザの知識の偏りを正さねばならぬわけだ。
 回りくどいことになってしまうのだがな。

 ミモザのためと思えば、今日ばかりは心を鬼にしよう。




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 相も変わらぬパエデロスは、我の不在の間に特にこれといったことは起こらなかったらしい。
 治安維持の第一人者のロータスも一緒にレッドアイズ国に行ったというのに、アイツの人徳が成せる技だろうか。反乱の一つも起こらぬとは。
 すっかり平和な街になってしまったようだ。
 取り立てて問題はなさそうではあるが、一応、大きな懸案事項を抱えていることを我は知っている。
 あらゆる連中が拒まれることなく集うこの街、パエデロスは今日《こんにち》もまた経済的にも文化的にもメキメキと成長しつづけており、近々一つの国家として認可されようとするところまでやってきた。
 んで、その協力をしてきたレッドアイズ国は「異種族差別問題を解消しよう」なんてことを大々的にやろうとしていた矢先、実はソレを唱えていた国王が異種族の命を材料にした工場なんてものをこさえていたのだから大問題よ。
 他国ないしパエデロスに至ってはまだそこまでの情報は周知されてはいないと思うが、少なからずとも今頃レッドアイズ国は恐慌状態なのではなかろうか。
 何にせよ、パエデロス国の誕生はもう少し先になりそうだ。
 世界に名を轟かせたレッドアイズ国の失脚は今後も響いてきそうな気もするし、「いや、まあ、元々差別大国だったし、こんなもんじゃね?」と思われていそうな気もするし、混沌たるこの状況下、ロータスはさぞかし頭が痛いことだろうよ。
 じゃあ、別の国に、なんてのもまあまあ無理のある話だ。
 ロータスだっていくら勇者だからといって、無条件に同盟や何やらを二つ返事で了承してくれるような人脈もないだろうし。
 ま、我には関係のないことだがな。
 え? 我があの国王の隠匿してた工場を暴いたせい?
 知らん知らん。元々あの工場の場所を突き止めたのはコリウス王子だし。
 まったく、あの迷惑小僧め。別れ間際にプロポーズまでしおって。まるで意味が分からんし、もう二度と会いたくもないわ。
 そんなどうでもいいことはさておいて、だ。
 さしあたって、今、我が抱え込んでいる問題がある。
 我がパエデロスを離れていた期間はそこそこあったはずだ。主に馬車による往復移動時間だ。レッドアイズ国には一泊二日程度の滞在期間だったし。
 パエデロスに帰ってきて、まず考えていたことはミモザの店の手伝いだった。ところが、なんということか、店を開ける状態じゃないのだという。
 ミモザの店はミモザの手作りの魔具を売っているわけだが、その肝心の商品が揃っていないのだ。一体それまでミモザはどうしていたんだ。
 ミモザ当人やダリア、果てや我の屋敷の使用人に話を聞く限り、どうにもミモザが作業に没入するあまり、ぶっ倒れかけたらしい。
 それだけでも大事《おおごと》なのだが、その倒れる直前まで半ば暴走する勢いで製作に打ち込んでいたせいなのか何なのか、ミモザの店の工房が半壊したらしい。
 まさか、そんな馬鹿な、と思ったが、あの工房には少々危険な素材も取りそろえられている。ミモザの腕ならば、と過信していたところもあったのは確かだ。
 そういった事故が起きたこともあり、ダリア含む我の使用人の面々はミモザの作業の手を止めさせて、またその間に工房の修復に時間を費やしたそうだ。
 結果として平穏は保たれたのだろうが、これはこれで大問題だ。
 店に出すべき商品がないとは何事だ。仮にもパエデロスでは数少ない名店と知られているというのに。
 ただでさえ、昨今はパエデロスも賑わってきて、魔具のライバル店も増えてきているし、他の店舗は毎日でも店を開けるくらいには商業としてのパイプもしっかりとできている。たまに店を開くのはもはやミモザの店くらいだ。
 このことを一番重く受け止めているのは誰でもないミモザであり、二番は我だ。
 ただちに店が潰れてしまうということはないだろうが、固定客を奪われてしまうのはかなりの痛手。帰ってきて早々大忙しだな、これは。
 そんなこんなの経緯があり、我は今、ミモザの工房の中にいた。
 ミモザはといえば、我とダリアに見守られる中、せっせせっせと遅れを取り戻すように汗水たらして魔具の製作に打ち込んでいる。
「って、なんでダリアがここにおるのだ」
「そりゃ、監督に決まってるでしょ。最近またミモザちゃんも腕を上げてきているからね。基準を超えてもらっちゃ困るってものよ」
 もっともらしいことを飄々と言う。口から出任せというわけでもないのだろう。だからといってここにいるのは不自然だと思うのだが。
「む、ミモザ。その魔石の術式は精度が高い」
「そうね。も一つ簡単な式を書き加えて、そっちの素材から循環するようにすれば」
 まるでミモザの専属講師みたいだ。多分、意味合い的には間違ってはいない。
 こうまでガチガチにする理由としては、ミモザに少しでも効率化を覚えてもらう意図がある。
 露骨に気を抜け、脱力しろ、とまでは言わないが、ミモザも片意地を張ってしまうところがある。今まではそれもよしとしてきたが、できるだけ早く、手際よく魔具を作るには不適格なところも無視できない。
 何より、ミモザたってのお願いだ。断るわけにもいかない。
 一方のミモザはというと、かなり辛そうではある。それは単純な疲労というよりも、体では分かっているのに頭では理解が追いついていないという齟齬に苦しめられているといった方が正確か。
 ミモザの技術者としての腕前はこのパエデロスは誰もが認めるくらいには確かなものであることはどう足掻いても微塵たりとも疑いの余地はないわけではあるが、もしも、もしもそこに欠点があるとするならば、魔法に関する知識不足だろう。
 もはや誰にも隠していないし、バレバレとなっているから今さらの話となってしまうが、ミモザはエルフである。
 耳はピンと立っているし、太陽に照らされるが如く小麦のような髪、空のような澄み切った青い瞳。見た目の割に人間と比べたらそれなりに年のいっている眼鏡少女。
 一般的にエルフは豊富な魔力を兼ね備えた森の民。ところが、ミモザは先天的に潜在魔力を持たず、魔法の扱い方をそれほど理解できていない。
 魔具の技術者となったのもそういったコンプレックスがあってのことだろう。
 反面、エルフ特有の魔力の感知に関して言えばズバ抜けており、それが魔具を作るための技術に昇華されている。感覚だけで、こうすればこう、ああすればこうというのが大体なんとなくで分かってしまうのだろう。
 それこそが、ミモザの長所であり、また短所だ。
 言わずもがな、魔法を感覚だけで何となく使えるなどと言ったら世界の魔法使いどころか、魔術学校の低学年にすら失笑もので間違いない。
 あえていうと、だ。ミモザは感覚だけで何となく魔法を使っている。
 魔具という媒体があって、魔力を引き出し、それらが上手いこと噛み合った結果、魔法というものを具現化させている。
 誤解という言い方は適切ではないと思うが、ミモザはソレを少々履き違えている。
 喩えるならなんだろう。火打ち石を燃料だと思い込んでいるくらいにはズレている。花の種を沢山撒けば木が生えると思うくらいには認識がブレている。
 そしてミモザなら火打ち石で炎を出せるし、花の種を大木に成長させられる。
 そう。ミモザは、根本的にアホなのだ。
 驚異的なアホの子なのに、感覚だけでドエライことをやってのける天才だ。
 だからこそこうしてミモザの知識の偏りを正さねばならぬわけだ。
 回りくどいことになってしまうのだがな。
 ミモザのためと思えば、今日ばかりは心を鬼にしよう。