十二話 どこに晴らせばいいッッ!!
ー/ー「どうした? アレらを殺してよいのか?」
「グッ」
魔力が削られていく。
「ふむ。いっそのこと、殺すか? お前らにはもっと怒りを抱いてもらわなければならないからな。余の怒りを慰めて貰わなければならないからな」
「ガッ」
直樹が異世界転移門を開く時間すらも与えられない。
一方的な蹂躙。
直樹も大輔も致命傷だけは避けているが、それでも防戦一方。反撃することすらままならない。
ダメージは着実に溜まり続けており、このままではジリ貧だ。
それでもやはり、クソッたれな現状を打破するきっかけすらない。
「だが、余は神になったのだ。父上に及んだのだ。ただ殺すだけでは意味が――」
「ハンッ、よく回る口だなッ。さぞかしその達者な口で友達を笑かしていたんだろうよっ」
「やめなよ、直樹。話し相手がいなかったからこそ、おしゃべりなんだよ?」
「それもそうか」
くそったれな現状を打破できないが、直樹と大輔は嗤う。
軽口を叩き、苛立ち焦る心を宥めかせ、冷静を保つ。
それに、サタンへの挑発もある。
おしゃべりな様子もだが、視線の動きや異世界での戦闘で培った癖を見抜く力などから、サタンは驕りぶっているものの、その実とても冷徹で冷淡な存在だということが分かる。
それでいて、心の奥底は煮え滾っている。
直樹と大輔への怒りと憎しみに焼かれている。
「心当たりがねぇな」
「僕もだよ」
何故か、自分達に怒りを燃やしている。
考えたくはないが、たぶん、今回の全ては直樹と大輔のためにサタンが用意した茶番だ。
なら、サタンの目的は一つだろう。
その怒りを晴らす。直樹と大輔を殺す。
だが、ただ殺すのは面白くもないし、憂さ晴らしにすらならない。
直樹と大輔を絶望のどん底に落とす。怒りを抱かせる。無様にする。命乞いをさせる。
いくらでも想像できるがどちらにせよ、神になって余裕をもった事もあり、サタンは簡単に直樹と大輔を殺さないし、簡単に全てを終わらせたりしない。
直樹たちを絶望のどん底に落とすために、ヘレナやイザベラ、雪や杏を殺すことがサタンの中では決定しているだろうが、それは徐々にだろう。
この戦いの中で、直樹たちに期待を持たせて、希望が叶った、といった直後に絶望に落とす。
そういう時を狙っているのだろう。
異世界にもそういうやつが何人もいた。
決まって、そういう奴らは鋭利な思考や圧倒的な力をもっていたのにも関わらず、何故かそのシチュエーションへ強いこだわりがあった。そのためならば、多少阿呆な行動も許容してしまう。
だから、サタンの行動を読める直樹と大輔は、サタンを絶妙に挑発するのだ。
挑発しすぎはよくない。直樹と大輔に余裕がありすぎると見なされて、雪たちに手出しをされてしまう可能性があるから。
しかし、さじ加減を調節して挑発すれば、サタンは悦び、直樹と大輔を甚振るだろう。
せめて雪たちが回復して意識を取り戻すまで、サタンの行動を引き延ばす事ができるのだ。時間を稼げる。
サタンに嬲られながらも、思考の処理能力を補助する“思考”で、体感時間を百倍近く引き延ばした高速思考をしながら、直樹と大輔は心の奥底でそう冷静に計算する。
決められたルールを守り相手を快くする動きを補助する“作法”を応用しながら、一つ一つの動作すらも制御して、サタンを気持ちよくさせるためだけに踊る。
「ん? どうした? もっと苦しめ! 余の瞋怒を慰めろ!」
直樹が纏う黒衣も大輔が纏う白衣もボロボロ。再生で修復する余力もないのか、二人とも頬を引きつらせ、ズキズキと鈍く全身を襲う痛みに耐える。
“隠密隠蔽”を利用して、存在すらも隠蔽。サタンの背後に周るが、逆に突如現れた赫い拳に背後を取られる。
同時に、振り向きざまに放たれたサタンの拳と挟まれて殴られ、心臓が潰れる。
「自分の左手で慰めろや」
口と鼻から吹き出した多量の血を片手で拭いながら、直樹は「ハッ」とサタンを鼻で笑う。心臓を最低限再生させる。
「直樹、下品だよ」
赫い光の矢が、無数。大輔を襲う。
既にドナーレーゲンの弾丸は尽きた。イーラ・グロブスとインセクタを神速の多撃同時連射。多跳躍交弾を利用して、一つの弾丸で十以上の光の矢を落とすが、それでも無数には届かない。
ズタズタと赫い光に貫かれた大輔は全身から血を溢すが、眼鏡をクイッと光らせる。傷口を最低限再生させる。
「だいたい、左利きかも分からないじゃん」
大輔のツッコみに、サタンの手刀に片腕を切り落とされていた直樹が首を傾げる。
「あん? だって神は右利きなんだから、悪魔は左利きだろ?」
「違うよ。右を重要視するだけで、右利きなわけじゃないよ。それに、神はエクソシストとこいつらが力を得るために勝手に地球にばらまいた嘘でしょ?」
「そうだったか? でも、さっきからこいつ、神とか言ってただろ?」
「寂しすぎてイマジナリーファザーでも生みだしたんじゃない?」
「そりゃあ、気の毒だな。いい精神科医でも紹介してやらねぇよな」
「ね」
血まみれ、傷だらけ。手持ちの武器は既に殆ど尽きていて、魔力も残り少ない。
それでも、直樹と大輔は冗談を言い合う。嗤い、ギラギラと特異な瞳を輝かせ続ける。
と、サタンが溜め息を吐く。
「ここまで愚かで鈍い奴らだとは……父上はこのような輩にやられてしまったのか。全くもって腹立たしい。憎い。本当は余が、父上を殺すはずだったのに」
「あん?」
「どういうこと?」
直樹と大輔は内心、ガッツポーズした。
それだ。
過去語りや自分語りをさせるのが、時間稼ぎとして最も有用だ。父上とやらに対して話題を振った甲斐があった。
「余は、余らは父上に創られた」
「……それにしては随分と不細工だな?」
「直樹、それは違うよ。神は僕たちとは次元が違うんだよ? この不細工が神にとっては美しさだったんじゃない?」
「確かに。いくら不細工だからって、不細工っていっちゃ悪いよな。人それぞれだし。おい、お前。悪かった」
「直樹、それ謝ってないよ」
カラカラと笑い合う直樹と大輔に、サタンが赫い光を爆発させる。
直樹と大輔の腹に孔が開く。
「だが、父上は余らを見捨てた。最低限の実験データが取れたから、失敗作にもう用はないと」
腹に開いた孔を必死に治療していた直樹と大輔が、聞き覚えがあるぞ、その話、と眉を顰める。
「父上は任意の神性を獲得する研究をしていた。余たちはそのために実験動物だったのだ。しかも、神性を得ることのできない条件を精査するための実験動物。父上が余を褒めたのも、父上が余を愛したのも嘘だったのだ!」
「……こりゃあ本格的に寂しがり説が高いぞ」
「まぁ、怒りの化身だしね。寂しさが大きいと怒りもそれだけ大きくなるって、師匠も言ってたし」
「……なぁ、それって怒りだったか?」
「さぁ?」
直樹と大輔の両腕が吹き飛んだ。必死に回復する。必死にサタンの猛威から逃げ続ける。
「余は怒った。憎んだ。いつか、復讐すると。父上が失敗作と断じた余が、神となり、父上を殺すッ!!!! 殺すのだッッッ!!!!」
赫い……怒りの光が横溢する。
サタンの周囲に赫い光が満ち溢れ、それが空間を圧し潰す。
そして圧し潰された空間は捻じれ、もとに戻ろうと反作用が働き、超重力が発生。
直樹と大輔を地面に圧し潰す。
その超重力は凄まじいものであり、直樹たちは地面に圧し潰されたまま。重力に直樹たちの体が耐えきれなくなり、砕け始める。
血を噴く。
「なのにッッッッ!!!!」
更に、赫い光が増した。
サタンは凄まじい圧に意識を霞ませる直樹と大輔の頭を鷲掴む。
「お前らがッ! お前らがッッ!! お前らがッッッ!!!」
「ァッ!!」
「カッ!!」
サタンは超重力下で、鷲掴んだ直樹と大輔の頭を何度も何度も地面に叩きつける。それでいて、サタンは直樹と大輔が意識を失ったら直ぐに回復させる。
激痛を何度も味合わせる。
「父上を殺したッッ!! 余の悲願を奪ったッッ!! あの怒りはッッ!! 憎しみはッッ!! どこに晴らせばいいッッ!!」
他の天獄界の王たちがその怒りや憎しみを抱いていたわけではない。それぞれ色々な理由があって、神になりたいと思っていた。
サタンは、純粋だったのだ。純粋に父上を敬愛していたからこそ、失敗作と罵られ捨てられた事に憤った。
純粋さが強ければ強いほど、信じたものが大きければ大きいほど、怒りは強く大きくなる。そして、その怒りが発散されることなく煮詰められれば、憎しみとなる。
そしてまた、奇しくもサタンが司る感情は、それ。怒り、憎しみ、怨み。叛逆する心。
今、地球は怒りと憎しみに満ちている。
ルシフェルたちが精神支配で世界中の人間が日本を憎むようにしたのもそうだが、平穏を乱された化生や人間、仲間を殺されたエクソシストに魔術師たちが強く怒りと憎しみを抱いているのだ。
その怒りと憎しみは、霊力となってサタンに集まる。
その霊力をパスにカガミヒメから奪った祈力一葉から発生する祈素を注ぎ込み、祈力に変換。
怒りの神性を獲得した。
だからこそ、サタンが抱く父上への憤怒は計り知れない。
「そして余の悲願を奪ったお前らへの、この怒りはッッ!! 憎しみはッッ!! こんなぬるいものではないぞッッ!!」
空間が割れるほど、直樹と大輔は強く強く地面に叩きつけられた。
たぶん、今までの直樹と大輔なら、頭蓋骨どころか脳すらも潰されて即死する程の威力だった。
実際にサタンは即死したと確信し、怒りと憎しみを晴らすために再度生き返らせようとした。何度も殺すために。
だが、その前に。
「つまり、これって女神案件じゃねぇのか?」
「だよね。イヴィルの責任を取るってアイツ、言ってたよね」
「ッッ!?」
即死していたはずの直樹と大輔が自分たちの頭を鷲掴むサタンの手を掴んだ。強く握りしめる。
「ガ、カハッっ!!」
するりと立ち上がった直樹と大輔は、タイミングよくサタンを投げ飛ばし、そのまま魔力衝撃波を打ち込む。
サタンは吹き飛ばされた。血反吐を吐いた。
そう、サタンが傷を負ったのだ。
立ち上がった直樹と大輔は体をそれぞれの魔力で包み込む。
「ああ、痛かった」
「ほんとだよ。こんな博打、もう二度としたくない」
「ハンッ。そのセリフ、何度目だ?」
「九十九回目じゃない?」
「なら、もう一度こんな博打を打てばいいな」
「え~」
傷はもちろんない。血の汚れはきれいさっぱり消え去っている。ボロボロの衣服やサタンに破壊された武器も全て元通り。
魔力だけは残り少ないが、それでもギラギラと獰猛に嗤う直樹と大輔は、ぽきぽきと体を鳴らしながら吹き飛んだサタンに言う。
「なぁ、一応言うが、お前がいう父上とやらは、生きてるぞ」
「だから、復讐したいなら、勝手にしてよ。ってか、なんで父なんだろ? アイツ、女だったよね?」
「前の肉体は男だったんじゃねぇの? っつか、アイツの話なんてしたくねぇっつうの」
「それもそう――」
心底嫌悪の表情を浮かべた直樹に大輔が同意しようとした。
「余はッ、神である父上を殺したかったのだッッ!! お前らに神性を殺された父上など、殺してもこの怒りは晴れんッッ!!」
赫怒に燃えるサタンが大輔に殴りかかる。
「知らないよ。っつか、やっぱりクソどうでもいい理由じゃん。そんなんで僕たちを巻き込むな」
「ガハッッ」
しかし、大輔が神速でイーラ・グロブスを抜き撃ち。多撃同時連射によって、六発の弾丸がサタンの体を撃ち抜く。
音の五倍は優に超える四十八口径の銃弾、六発にほぼ同時に撃ち抜かれたのだ。
その衝撃波ははかり知れず、サタンは吹き飛ばされる。
「よっと」
「ッッァァ!!」
ついでに吹き飛ぶサタンの軌道上上空に、直樹が逆さまになりながら転移。逆さま状態の直樹は両腕を軽く伸ばし、幻斬と血斬を置く。
豪速で吹き飛ばされているのだ。軌道上に置かれた幻斬と血斬に触れた瞬間、サタンの両腕が冗談のように斬り飛ばされる。
直樹は転移で大輔の隣に戻る。
「ようやく九割まで戻ったってところか?」
「そうだね。“天心眼”とか“星泉眼”とか、あとは十八番の能力だけはほぼ十割って感じだけど」
「まぁ、だが完璧にもとに戻ったってわけではないな」
「うん」
直樹と大輔は、弱体化している。徐々に戻ってきてはいるものの、その弱体化は今だ健在。
邪神にかけられた神を傷つけられない呪いを異世界では克服していたにも関わらず、今までそれに制限されていたのもそのせいである。
それがなければ、一方的にサタンにやられたりはしなかっただろう。
そしてその弱体化は、直樹と大輔の魂魄が地球の肉体に馴染んでいなかった事に起因する。
地球で十七年近く過ごしたが、しかし異世界で過ごした命の危機すらもよくある濃密な経験が、直樹たちの魂魄に異世界で女神が創り出した肉体こそ本体だと認識させてしまったのだ。
そのため、魂魄は異世界の肉体に百パーセント適応するように変質してしまい、地球の肉体との間に大きな齟齬がでていた。
だが、いわば魂魄は命の危機を感じる濃密な経験があれば、今の肉体に合致するように適応するシフトするということ。
よって、直樹と大輔はサタンをうまい具合に挑発し、死にかけまくっていた。致命傷を負っては回復し、再び致命傷を負う。
そうして、最終的には即死級の攻撃を受ける。
その即死級の攻撃がよかったのか、直樹と大輔の力は九割程度までに回復し、またその呪いも再び克服した。
サタンに反撃するできる。
くそったれな現状の突破口を一つ、開いた。
そしてまた、
「……ッ、直樹さんッ!」
「……ッ、大輔ッ!」
何重にも張られた空間遮断結界内で意識を失っていた雪と杏が目を覚ました。
二人とも、対混沌の妄執魔法外装の核が壊されなければ、本当の意味では死んだことにならない魔法少女という生物。
だからこそ、致命傷からの回復も早かった。
======================================
公開可能情報
“作法”:あるルールを守り、相手を喜ばせる動作や言葉遣いなどを補助する能力。ルールと相手を喜ばせるの認識を明確に持てば、どんな状況においても使えるだろう。
「グッ」
魔力が削られていく。
「ふむ。いっそのこと、殺すか? お前らにはもっと怒りを抱いてもらわなければならないからな。余の怒りを慰めて貰わなければならないからな」
「ガッ」
直樹が異世界転移門を開く時間すらも与えられない。
一方的な蹂躙。
直樹も大輔も致命傷だけは避けているが、それでも防戦一方。反撃することすらままならない。
ダメージは着実に溜まり続けており、このままではジリ貧だ。
それでもやはり、クソッたれな現状を打破するきっかけすらない。
「だが、余は神になったのだ。父上に及んだのだ。ただ殺すだけでは意味が――」
「ハンッ、よく回る口だなッ。さぞかしその達者な口で友達を笑かしていたんだろうよっ」
「やめなよ、直樹。話し相手がいなかったからこそ、おしゃべりなんだよ?」
「それもそうか」
くそったれな現状を打破できないが、直樹と大輔は嗤う。
軽口を叩き、苛立ち焦る心を宥めかせ、冷静を保つ。
それに、サタンへの挑発もある。
おしゃべりな様子もだが、視線の動きや異世界での戦闘で培った癖を見抜く力などから、サタンは驕りぶっているものの、その実とても冷徹で冷淡な存在だということが分かる。
それでいて、心の奥底は煮え滾っている。
直樹と大輔への怒りと憎しみに焼かれている。
「心当たりがねぇな」
「僕もだよ」
何故か、自分達に怒りを燃やしている。
考えたくはないが、たぶん、今回の全ては直樹と大輔のためにサタンが用意した茶番だ。
なら、サタンの目的は一つだろう。
その怒りを晴らす。直樹と大輔を殺す。
だが、ただ殺すのは面白くもないし、憂さ晴らしにすらならない。
直樹と大輔を絶望のどん底に落とす。怒りを抱かせる。無様にする。命乞いをさせる。
いくらでも想像できるがどちらにせよ、神になって余裕をもった事もあり、サタンは簡単に直樹と大輔を殺さないし、簡単に全てを終わらせたりしない。
直樹たちを絶望のどん底に落とすために、ヘレナやイザベラ、雪や杏を殺すことがサタンの中では決定しているだろうが、それは徐々にだろう。
この戦いの中で、直樹たちに期待を持たせて、希望が叶った、といった直後に絶望に落とす。
そういう時を狙っているのだろう。
異世界にもそういうやつが何人もいた。
決まって、そういう奴らは鋭利な思考や圧倒的な力をもっていたのにも関わらず、何故かそのシチュエーションへ強いこだわりがあった。そのためならば、多少阿呆な行動も許容してしまう。
だから、サタンの行動を読める直樹と大輔は、サタンを絶妙に挑発するのだ。
挑発しすぎはよくない。直樹と大輔に余裕がありすぎると見なされて、雪たちに手出しをされてしまう可能性があるから。
しかし、さじ加減を調節して挑発すれば、サタンは悦び、直樹と大輔を甚振るだろう。
せめて雪たちが回復して意識を取り戻すまで、サタンの行動を引き延ばす事ができるのだ。時間を稼げる。
サタンに嬲られながらも、思考の処理能力を補助する“思考”で、体感時間を百倍近く引き延ばした高速思考をしながら、直樹と大輔は心の奥底でそう冷静に計算する。
決められたルールを守り相手を快くする動きを補助する“作法”を応用しながら、一つ一つの動作すらも制御して、サタンを気持ちよくさせるためだけに踊る。
「ん? どうした? もっと苦しめ! 余の瞋怒を慰めろ!」
直樹が纏う黒衣も大輔が纏う白衣もボロボロ。再生で修復する余力もないのか、二人とも頬を引きつらせ、ズキズキと鈍く全身を襲う痛みに耐える。
“隠密隠蔽”を利用して、存在すらも隠蔽。サタンの背後に周るが、逆に突如現れた赫い拳に背後を取られる。
同時に、振り向きざまに放たれたサタンの拳と挟まれて殴られ、心臓が潰れる。
「自分の左手で慰めろや」
口と鼻から吹き出した多量の血を片手で拭いながら、直樹は「ハッ」とサタンを鼻で笑う。心臓を最低限再生させる。
「直樹、下品だよ」
赫い光の矢が、無数。大輔を襲う。
既にドナーレーゲンの弾丸は尽きた。イーラ・グロブスとインセクタを神速の多撃同時連射。多跳躍交弾を利用して、一つの弾丸で十以上の光の矢を落とすが、それでも無数には届かない。
ズタズタと赫い光に貫かれた大輔は全身から血を溢すが、眼鏡をクイッと光らせる。傷口を最低限再生させる。
「だいたい、左利きかも分からないじゃん」
大輔のツッコみに、サタンの手刀に片腕を切り落とされていた直樹が首を傾げる。
「あん? だって神は右利きなんだから、悪魔は左利きだろ?」
「違うよ。右を重要視するだけで、右利きなわけじゃないよ。それに、神はエクソシストとこいつらが力を得るために勝手に地球にばらまいた嘘でしょ?」
「そうだったか? でも、さっきからこいつ、神とか言ってただろ?」
「寂しすぎてイマジナリーファザーでも生みだしたんじゃない?」
「そりゃあ、気の毒だな。いい精神科医でも紹介してやらねぇよな」
「ね」
血まみれ、傷だらけ。手持ちの武器は既に殆ど尽きていて、魔力も残り少ない。
それでも、直樹と大輔は冗談を言い合う。嗤い、ギラギラと特異な瞳を輝かせ続ける。
と、サタンが溜め息を吐く。
「ここまで愚かで鈍い奴らだとは……父上はこのような輩にやられてしまったのか。全くもって腹立たしい。憎い。本当は余が、父上を殺すはずだったのに」
「あん?」
「どういうこと?」
直樹と大輔は内心、ガッツポーズした。
それだ。
過去語りや自分語りをさせるのが、時間稼ぎとして最も有用だ。父上とやらに対して話題を振った甲斐があった。
「余は、余らは父上に創られた」
「……それにしては随分と不細工だな?」
「直樹、それは違うよ。神は僕たちとは次元が違うんだよ? この不細工が神にとっては美しさだったんじゃない?」
「確かに。いくら不細工だからって、不細工っていっちゃ悪いよな。人それぞれだし。おい、お前。悪かった」
「直樹、それ謝ってないよ」
カラカラと笑い合う直樹と大輔に、サタンが赫い光を爆発させる。
直樹と大輔の腹に孔が開く。
「だが、父上は余らを見捨てた。最低限の実験データが取れたから、失敗作にもう用はないと」
腹に開いた孔を必死に治療していた直樹と大輔が、聞き覚えがあるぞ、その話、と眉を顰める。
「父上は任意の神性を獲得する研究をしていた。余たちはそのために実験動物だったのだ。しかも、神性を得ることのできない条件を精査するための実験動物。父上が余を褒めたのも、父上が余を愛したのも嘘だったのだ!」
「……こりゃあ本格的に寂しがり説が高いぞ」
「まぁ、怒りの化身だしね。寂しさが大きいと怒りもそれだけ大きくなるって、師匠も言ってたし」
「……なぁ、それって怒りだったか?」
「さぁ?」
直樹と大輔の両腕が吹き飛んだ。必死に回復する。必死にサタンの猛威から逃げ続ける。
「余は怒った。憎んだ。いつか、復讐すると。父上が失敗作と断じた余が、神となり、父上を殺すッ!!!! 殺すのだッッッ!!!!」
赫い……怒りの光が横溢する。
サタンの周囲に赫い光が満ち溢れ、それが空間を圧し潰す。
そして圧し潰された空間は捻じれ、もとに戻ろうと反作用が働き、超重力が発生。
直樹と大輔を地面に圧し潰す。
その超重力は凄まじいものであり、直樹たちは地面に圧し潰されたまま。重力に直樹たちの体が耐えきれなくなり、砕け始める。
血を噴く。
「なのにッッッッ!!!!」
更に、赫い光が増した。
サタンは凄まじい圧に意識を霞ませる直樹と大輔の頭を鷲掴む。
「お前らがッ! お前らがッッ!! お前らがッッッ!!!」
「ァッ!!」
「カッ!!」
サタンは超重力下で、鷲掴んだ直樹と大輔の頭を何度も何度も地面に叩きつける。それでいて、サタンは直樹と大輔が意識を失ったら直ぐに回復させる。
激痛を何度も味合わせる。
「父上を殺したッッ!! 余の悲願を奪ったッッ!! あの怒りはッッ!! 憎しみはッッ!! どこに晴らせばいいッッ!!」
他の天獄界の王たちがその怒りや憎しみを抱いていたわけではない。それぞれ色々な理由があって、神になりたいと思っていた。
サタンは、純粋だったのだ。純粋に父上を敬愛していたからこそ、失敗作と罵られ捨てられた事に憤った。
純粋さが強ければ強いほど、信じたものが大きければ大きいほど、怒りは強く大きくなる。そして、その怒りが発散されることなく煮詰められれば、憎しみとなる。
そしてまた、奇しくもサタンが司る感情は、それ。怒り、憎しみ、怨み。叛逆する心。
今、地球は怒りと憎しみに満ちている。
ルシフェルたちが精神支配で世界中の人間が日本を憎むようにしたのもそうだが、平穏を乱された化生や人間、仲間を殺されたエクソシストに魔術師たちが強く怒りと憎しみを抱いているのだ。
その怒りと憎しみは、霊力となってサタンに集まる。
その霊力をパスにカガミヒメから奪った祈力一葉から発生する祈素を注ぎ込み、祈力に変換。
怒りの神性を獲得した。
だからこそ、サタンが抱く父上への憤怒は計り知れない。
「そして余の悲願を奪ったお前らへの、この怒りはッッ!! 憎しみはッッ!! こんなぬるいものではないぞッッ!!」
空間が割れるほど、直樹と大輔は強く強く地面に叩きつけられた。
たぶん、今までの直樹と大輔なら、頭蓋骨どころか脳すらも潰されて即死する程の威力だった。
実際にサタンは即死したと確信し、怒りと憎しみを晴らすために再度生き返らせようとした。何度も殺すために。
だが、その前に。
「つまり、これって女神案件じゃねぇのか?」
「だよね。イヴィルの責任を取るってアイツ、言ってたよね」
「ッッ!?」
即死していたはずの直樹と大輔が自分たちの頭を鷲掴むサタンの手を掴んだ。強く握りしめる。
「ガ、カハッっ!!」
するりと立ち上がった直樹と大輔は、タイミングよくサタンを投げ飛ばし、そのまま魔力衝撃波を打ち込む。
サタンは吹き飛ばされた。血反吐を吐いた。
そう、サタンが傷を負ったのだ。
立ち上がった直樹と大輔は体をそれぞれの魔力で包み込む。
「ああ、痛かった」
「ほんとだよ。こんな博打、もう二度としたくない」
「ハンッ。そのセリフ、何度目だ?」
「九十九回目じゃない?」
「なら、もう一度こんな博打を打てばいいな」
「え~」
傷はもちろんない。血の汚れはきれいさっぱり消え去っている。ボロボロの衣服やサタンに破壊された武器も全て元通り。
魔力だけは残り少ないが、それでもギラギラと獰猛に嗤う直樹と大輔は、ぽきぽきと体を鳴らしながら吹き飛んだサタンに言う。
「なぁ、一応言うが、お前がいう父上とやらは、生きてるぞ」
「だから、復讐したいなら、勝手にしてよ。ってか、なんで父なんだろ? アイツ、女だったよね?」
「前の肉体は男だったんじゃねぇの? っつか、アイツの話なんてしたくねぇっつうの」
「それもそう――」
心底嫌悪の表情を浮かべた直樹に大輔が同意しようとした。
「余はッ、神である父上を殺したかったのだッッ!! お前らに神性を殺された父上など、殺してもこの怒りは晴れんッッ!!」
赫怒に燃えるサタンが大輔に殴りかかる。
「知らないよ。っつか、やっぱりクソどうでもいい理由じゃん。そんなんで僕たちを巻き込むな」
「ガハッッ」
しかし、大輔が神速でイーラ・グロブスを抜き撃ち。多撃同時連射によって、六発の弾丸がサタンの体を撃ち抜く。
音の五倍は優に超える四十八口径の銃弾、六発にほぼ同時に撃ち抜かれたのだ。
その衝撃波ははかり知れず、サタンは吹き飛ばされる。
「よっと」
「ッッァァ!!」
ついでに吹き飛ぶサタンの軌道上上空に、直樹が逆さまになりながら転移。逆さま状態の直樹は両腕を軽く伸ばし、幻斬と血斬を置く。
豪速で吹き飛ばされているのだ。軌道上に置かれた幻斬と血斬に触れた瞬間、サタンの両腕が冗談のように斬り飛ばされる。
直樹は転移で大輔の隣に戻る。
「ようやく九割まで戻ったってところか?」
「そうだね。“天心眼”とか“星泉眼”とか、あとは十八番の能力だけはほぼ十割って感じだけど」
「まぁ、だが完璧にもとに戻ったってわけではないな」
「うん」
直樹と大輔は、弱体化している。徐々に戻ってきてはいるものの、その弱体化は今だ健在。
邪神にかけられた神を傷つけられない呪いを異世界では克服していたにも関わらず、今までそれに制限されていたのもそのせいである。
それがなければ、一方的にサタンにやられたりはしなかっただろう。
そしてその弱体化は、直樹と大輔の魂魄が地球の肉体に馴染んでいなかった事に起因する。
地球で十七年近く過ごしたが、しかし異世界で過ごした命の危機すらもよくある濃密な経験が、直樹たちの魂魄に異世界で女神が創り出した肉体こそ本体だと認識させてしまったのだ。
そのため、魂魄は異世界の肉体に百パーセント適応するように変質してしまい、地球の肉体との間に大きな齟齬がでていた。
だが、いわば魂魄は命の危機を感じる濃密な経験があれば、今の肉体に合致するように適応するシフトするということ。
よって、直樹と大輔はサタンをうまい具合に挑発し、死にかけまくっていた。致命傷を負っては回復し、再び致命傷を負う。
そうして、最終的には即死級の攻撃を受ける。
その即死級の攻撃がよかったのか、直樹と大輔の力は九割程度までに回復し、またその呪いも再び克服した。
サタンに反撃するできる。
くそったれな現状の突破口を一つ、開いた。
そしてまた、
「……ッ、直樹さんッ!」
「……ッ、大輔ッ!」
何重にも張られた空間遮断結界内で意識を失っていた雪と杏が目を覚ました。
二人とも、対混沌の妄執魔法外装の核が壊されなければ、本当の意味では死んだことにならない魔法少女という生物。
だからこそ、致命傷からの回復も早かった。
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