十話 無駄なことを
ー/ー「そう警戒するでない」
玉座に肘をつき足を組むサタンは、尊大に言い放つ。
雪たちは警戒を緩めない。緩めることなど許されない。
雪は桜の拳鍔を装着し、桜吹雪を纏い、祈力を練り上げながら低く構える。
杏はいつでも〝紅炎解放〟を発動できるように祈力を練りあげながら、背負った大剣に片手をかけ、もう片方の手を地面につけて獣のように低く構える。
イザベラは白群色のレンズを片眼鏡に被せ、腰に携えた双突きのレイピアにそれぞれ手をかけ、魔力を練り上げる。
そして、
「お前たちは逃げろッ! 逃げることだけ考えろッ!」
「ッ、ヘレナッ!」
「何をしているッ!」
「ッ、こんのッ!」
ヘレナは雪たちとサタンを隔離するように、絶対不変の力を圧縮して創り出した半球状の結界を張り、また絶対的光の剣を握りしめ、サタンに特攻した。
幾星霜生きてきた経験が、原初の神としての本能が叫ぶのだ。
あれは駄目だ。格が違う。
まともに戦って勝てる相手ではない。少なくとも準備が、大がかりな準備が必要だ。
だから、今の雪たちでは絶対に勝てない。無残に命を散らすだけだ。
雪たちはヘレナの行動に驚き、慌てて後を追おうとしたが、絶対不変の半球状結界に阻まれる。
むしろ、絶対不変の半球状結界がサタンから離れるように移動したため、雪たちは強制的に逃がされてしまう。
「ハァァァッッッ!!!」
「やはりそう来るか」
恐怖心を殺すように裂帛の叫びを上げながら、絶対的光の剣を振り上げるヘレナ。
対してサタンは驚いた様子もなく、玉座に悠然と座ったまま。防ぐ動作すらしない。
それにとてつもなく嫌な予感を感じながらも、ヘレナは振り上げた絶対的光の剣を無防備に玉座に座るサタンに振り下ろした。
が、やはり。
「怒りがなりないな。余に怒れ」
「ッ」
絶対的光の剣は意味を為さなかった。サタンの前に薄く張られた結界によって阻まれたのだ。
冷徹な緋色の瞳でヘレナを見下したサタンは、無造作に片手を振るう。
「だが、まぁ、怒りに必要な燃料は余が用意してやろう」
「ッ、逃げッ――」
ヘレナは焦燥で喉を締め付けながらも、後ろへ叫ぼうとする。結界に注いでいた絶対不変の力を更に強める。
しかし、間に合わない。
「致命傷は負うだろう」
赫い拳。世界中の猛り狂う怒りを圧縮したような巨大な拳。
それが、光すら置き去りにした速さで雪たちを守っていた絶対不変の結界の上空に現れ、絶対不変の結界ごと雪たちを殴り落とした。
轟音が舞う。血飛沫が舞う。肉が舞う。
けれど、悲鳴だけは響かない。
巨大な赫い拳だけが、闇の地面に突き刺さっていた。
「ぁ」
ヘレナの表情が酷く歪む。
堕ちた。その言葉がヘレナの様子を的確に表しているだろう。
「アアアアアアア!!!!!」
「よい。その怒りが欲しかったの――」
どす黒く光る絶対的光の剣を迸らせ、怨嗟の叫びを上げるヘレナにサタンは僅かばかり口角をつりあげた。
だが、次の瞬間。
「む?」
サタンが片眉を上げた。
それと同時に、
「逃げるならヘレナも一緒にですよッ!」
ヘレナの背後から右手側へ、雪が這うように低く駆けながら現れる。頭から血を流し、右手は拉げている。全身血だらけだ。
しかし、それでも雪は一陣の桜吹雪を纏いながら、まだ動く左手でどす黒い絶対的光の剣を握るヘレナの右手に触れた。
同時に、桜吹雪で怒りに我を失っているヘレナを遠くへ飛ばす。サタンの前から離脱させる。
「グッ」
雪が呻く。
いつの間にか、雪の左手にはヘレナが握っていたはずのどす黒い絶対的光の剣があった。
大皇日女から貰った神器である桜の拳鍔で自分に掛かる効果は減衰させているが、やはり全てを否定するその絶対的光の剣は恐ろしい。
雪の力が徐々に蒸発していく。
雪は気合でそれをねじ伏せながら、玉座に座るサタンへ絶対的光の剣を振り上げた。
「ハアァァッッ!!」
「……」
だが、結界に阻まれ、絶対的光の剣はサタンに届かない。
それなのにも関わらず、ニィッと嗤い、桜の花が浮かんだ白の瞳をギラギラと輝かせる雪に、サタンは少しだけ不愉快そうに目を細める。
「好かんな」
「そうですかッ!」
結界に絶対的光の剣を振り上げ続けていた雪は益々嗤い、そして拉げていた右手を光らせる。≪癒し≫で癒す。
「穿てッ!」
全快した右手を鋭く、絶対的光の剣を阻む結界へと放つ。
右手が纏う桜の拳鍔と結界がぶつかり拮抗。だが、次の瞬間突風と桜吹雪が迸ったかと思うと、桜の拳鍔が結界を穿った。
結界が崩壊する。絶対的光の剣がサタンを襲う。今度こそ、その無防備な体に触れた。
「それで次はどうするのだ?」
サタンが赫い光を薄く纏えば、絶対的光の剣は消滅する。
つまらなそうに雪に冷笑する。
獰猛に雪は口角を上げる。サタンの問いには答えない。
答えたのは、
「こうするんだッッ!!」
「こうするのよッッ!!」
雪の桜花弁による入れ替え転移でサタンの背後に現れた杏とイザベラだ。
混沌の妄執が深く眠りその権能を借り受けることはできなくなったが、それでも過去は消えない。
入れ替え転移程度の魔法であれば、雪は再現できる。
そして、〝聖焔解放〟状態の杏は〝必裁之焔剣〟を、“天元突破[氷楔解放]”を発動させたイザベラは〝極凍之双突〟を、サタンに振り下ろす。
玉座を切り裂き、サタンを切り裂くかと思われたが、
「それで終わりか?」
やはりというべきか、〝必裁之焔剣〟も〝極凍之双突〟もサタンを切り裂くことは叶わず、弾かれる。
「いいや、まだだ」
「これからが本番よ」
杏もイザベラも予測していた。
だから驚く事はなく、ニィッと嗤う。
〝必裁之焔剣〟と〝極凍之双突〟を混じらわせ、消滅の光を生みだす。
消滅の光は生みだされた消滅の光は膨張し、サタンを囲うに広がっていく。
「無駄なことを」
消滅の光に包まれたサタンは、呆れながら片手で消滅の光に触れた。赫い光が放つ。
数秒……十秒も経てば消滅の光は赫い光に飲み込まれ、消え去った。
そしてサタンの前に雪たちはおらず、白炎を纏った鋼鉄の騎士が十体だけサタンの前に佇んでいた。
Φ
「カハッ」
「しっかりしろ、雪ッ!」
杏が大きな血の塊を吐き意識を手放した雪とぐったりとした様子のヘレナを抱え、『無』の空間を駆ける。
「……済まない」
「謝られるのはいやだわ」
「……ありがとう」
「ええ」
その後ろをイザベラが駆ける。
サタンが繰り出した赫の巨大な拳によって圧し潰されたのは雪だけだった。
圧し潰される直前に雪は咄嗟に桜の花弁を絶対不変の結界を外に創り出し、入れ替え転移で杏とイザベラを遠くへ転移させたのだ。
赫の巨大な拳に潰された雪は、執念すら生ぬるい意志で一命を取り留め、祈力をふり絞って自身に≪癒し≫を施し、最低限回復。
イザベラが手持ちの材料で逃走を手助けする幻想具を創る時間を稼ぎ、サタンの結界を壊す。
そして、杏とイザベラが消滅の光を創り出してサタンを足止め。その内に遠くに雪の転移で逃げる。
更に、イザベラが杏の白炎を付与して創り出した自立式の騎士で、サタンを足止めする。
他にもデコイの幻想具や感知妨害、追跡妨害などといった幻想具でサタンを攪乱していた。
雪たちは、ヘレナが自分たちを逃がそうとした瞬間から、戦うことから逃走へと思考を切り替えていた。
「……回復薬はもうないのか?」
「あらが最後の一本よ」
祈力を使って≪癒し≫を施していたとはいえ、雪の容体はとても酷かった。ヘレナの絶対的光の剣を強引に奪い、使ったのもある。
イザベラが残していた回復薬を全て消費しても、雪はまだまだ危機的状況で衰弱していた。
また、ヘレナも無理やり神性を過剰に引き出したせいか、意識がさらに曖昧となり、受け答えすらできなくなっていた。虚ろな瞳をしていて、廃人のような状態った。
それに杏は〝聖焔解放〟を、イザベラは“天元突破[氷楔解放]”を発動させたのだ。
幸い数秒だったため、弱体化はそこまで大きくはないが、それでも杏もイザベラも顔色が悪い。
「……駄目だわ」
「アタシの方も見つからない」
遠くへ遠くへ逃げるように、雪とヘレナを抱えた杏とイザベラは走る。
地獄や天界に転移して逃げたりはしない。
いや、逃げられないのだ。
なんせ、
「消えた、か」
「ええ。根本的に空間自体がなくなったわね」
地獄の天界もサタンによって消滅させられたからだ。
杏もイザベラも淡々としていたが、それでもそう遠くないうちに、それこそ早ければ数分にはサタンに追いつかれるだろうと確信していた。
だからだろう。
「イザベラ」
「アン」
互いに軽く名前を呼んだ。視線を交わした。
それは酷く哀しい雰囲気を纏っていて、けれど不屈の雰囲気もあった。
そしてまた、だからだろう。
「イザベラッッ!!」
「アンッッ!!」
互いに強く名前を叫んだ。
予想よりもずっと早かった。後、数秒くらい欲しかった。
そうすれば、無理やりにでも雪とヘレナを遠い場所に転移するだけの魔力が回復したのに。二人だけでも安全に逃がすことができたのに。
そんな無念に奥歯を噛みながら、杏はイザベラへ抱えていた雪とヘレナを放り投げる。
雪とヘレナを受け取ったイザベラは、後ろを振り向くことなく走る。
今、一番余力があるのは杏だ。イザベラは逃走補助の幻想具を創ったため杏以上に魔力を消費していた。
杏は逃げるイザベラをチラリと見やったあと、目の前の存在を、悠然と転移してきたサタンを睨む。
「お前の相手はアタシだッッッ!!!」
せめて、イザベラが雪とヘレナを転移させる魔力を回復するまで時間を稼ぐ。
決死に〝聖焔解放〟を発動させた杏は、〝焔転〟でサタンの懐へ潜り込んだ。
しかし、
「お前だけでは燃料として足りぬな」
「カハッ」
〝焔転〟を発動していた杏は炎そのもので、実体がないにもかかわらず、サタンに無造作に蹴りあげられた。
〝焔転〟が解け、全身の骨という骨が砕け、音を優に超えた速度で吹き飛ばされてしまった。
「ッ、しまッ」
そして、吹き飛んだ杏は逃げるイザベラに激突した。
イザベラは突然のことに対応できず、雪とヘレナを庇う事ができなかった。二人が空中に放り出される。
頭から落下していく。
地面を転がっていたイザベラは二人を受け止めるために立ち上がろうとする。
「跪けッ」
「ガァアアアッッ!!」
しかし、悠然と転移してきたサタンに頭を踏まれた。
闇の地面にクレーターができ、イザベラの頭から血が噴き溢れる。
頭蓋骨が砕ける音と激痛がイザベラを支配する。
「氷……よ」
それでもイザベラは力をふり絞って、頭から落下する雪とヘレナを氷魔法で創り出した氷の手で受け止めた。
しかし、そこで力が尽きて、氷の手が消えて、雪とヘレナが背中から地面に落下する。
こと切れたように静かになったイザベラ。
「イザベラッッ!!」
「ほぅ。まだ動けるか」
血反吐に塗れながら、杏は吠える。炎を纏いながら、イザベラを未だに踏み続けるサタンに我武者羅に体当たりする。
サタンの足がイザベラの頭からどいた。
「なら、褒美をやろう」
「ガァアアアッッ!!!!!!」
サタンにタックルした杏の背中に肘鉄が落とされる。背中が真っ二つに折れる。
地面にたたきつけられ、クレーターができるほどの衝撃波が杏を襲った。骨どころか、内臓まで砕け散った。
血だまりに杏が沈む。
そしてサタンは笑い、頭上の転移門を見上げた。
「燃料は十分のようだな」
そこには、憤怒に荒れた直樹と大輔がいた。
======================================
これからクライマックスへと上がっていきます。どうぞ、ご付き合いください。
玉座に肘をつき足を組むサタンは、尊大に言い放つ。
雪たちは警戒を緩めない。緩めることなど許されない。
雪は桜の拳鍔を装着し、桜吹雪を纏い、祈力を練り上げながら低く構える。
杏はいつでも〝紅炎解放〟を発動できるように祈力を練りあげながら、背負った大剣に片手をかけ、もう片方の手を地面につけて獣のように低く構える。
イザベラは白群色のレンズを片眼鏡に被せ、腰に携えた双突きのレイピアにそれぞれ手をかけ、魔力を練り上げる。
そして、
「お前たちは逃げろッ! 逃げることだけ考えろッ!」
「ッ、ヘレナッ!」
「何をしているッ!」
「ッ、こんのッ!」
ヘレナは雪たちとサタンを隔離するように、絶対不変の力を圧縮して創り出した半球状の結界を張り、また絶対的光の剣を握りしめ、サタンに特攻した。
幾星霜生きてきた経験が、原初の神としての本能が叫ぶのだ。
あれは駄目だ。格が違う。
まともに戦って勝てる相手ではない。少なくとも準備が、大がかりな準備が必要だ。
だから、今の雪たちでは絶対に勝てない。無残に命を散らすだけだ。
雪たちはヘレナの行動に驚き、慌てて後を追おうとしたが、絶対不変の半球状結界に阻まれる。
むしろ、絶対不変の半球状結界がサタンから離れるように移動したため、雪たちは強制的に逃がされてしまう。
「ハァァァッッッ!!!」
「やはりそう来るか」
恐怖心を殺すように裂帛の叫びを上げながら、絶対的光の剣を振り上げるヘレナ。
対してサタンは驚いた様子もなく、玉座に悠然と座ったまま。防ぐ動作すらしない。
それにとてつもなく嫌な予感を感じながらも、ヘレナは振り上げた絶対的光の剣を無防備に玉座に座るサタンに振り下ろした。
が、やはり。
「怒りがなりないな。余に怒れ」
「ッ」
絶対的光の剣は意味を為さなかった。サタンの前に薄く張られた結界によって阻まれたのだ。
冷徹な緋色の瞳でヘレナを見下したサタンは、無造作に片手を振るう。
「だが、まぁ、怒りに必要な燃料は余が用意してやろう」
「ッ、逃げッ――」
ヘレナは焦燥で喉を締め付けながらも、後ろへ叫ぼうとする。結界に注いでいた絶対不変の力を更に強める。
しかし、間に合わない。
「致命傷は負うだろう」
赫い拳。世界中の猛り狂う怒りを圧縮したような巨大な拳。
それが、光すら置き去りにした速さで雪たちを守っていた絶対不変の結界の上空に現れ、絶対不変の結界ごと雪たちを殴り落とした。
轟音が舞う。血飛沫が舞う。肉が舞う。
けれど、悲鳴だけは響かない。
巨大な赫い拳だけが、闇の地面に突き刺さっていた。
「ぁ」
ヘレナの表情が酷く歪む。
堕ちた。その言葉がヘレナの様子を的確に表しているだろう。
「アアアアアアア!!!!!」
「よい。その怒りが欲しかったの――」
どす黒く光る絶対的光の剣を迸らせ、怨嗟の叫びを上げるヘレナにサタンは僅かばかり口角をつりあげた。
だが、次の瞬間。
「む?」
サタンが片眉を上げた。
それと同時に、
「逃げるならヘレナも一緒にですよッ!」
ヘレナの背後から右手側へ、雪が這うように低く駆けながら現れる。頭から血を流し、右手は拉げている。全身血だらけだ。
しかし、それでも雪は一陣の桜吹雪を纏いながら、まだ動く左手でどす黒い絶対的光の剣を握るヘレナの右手に触れた。
同時に、桜吹雪で怒りに我を失っているヘレナを遠くへ飛ばす。サタンの前から離脱させる。
「グッ」
雪が呻く。
いつの間にか、雪の左手にはヘレナが握っていたはずのどす黒い絶対的光の剣があった。
大皇日女から貰った神器である桜の拳鍔で自分に掛かる効果は減衰させているが、やはり全てを否定するその絶対的光の剣は恐ろしい。
雪の力が徐々に蒸発していく。
雪は気合でそれをねじ伏せながら、玉座に座るサタンへ絶対的光の剣を振り上げた。
「ハアァァッッ!!」
「……」
だが、結界に阻まれ、絶対的光の剣はサタンに届かない。
それなのにも関わらず、ニィッと嗤い、桜の花が浮かんだ白の瞳をギラギラと輝かせる雪に、サタンは少しだけ不愉快そうに目を細める。
「好かんな」
「そうですかッ!」
結界に絶対的光の剣を振り上げ続けていた雪は益々嗤い、そして拉げていた右手を光らせる。≪癒し≫で癒す。
「穿てッ!」
全快した右手を鋭く、絶対的光の剣を阻む結界へと放つ。
右手が纏う桜の拳鍔と結界がぶつかり拮抗。だが、次の瞬間突風と桜吹雪が迸ったかと思うと、桜の拳鍔が結界を穿った。
結界が崩壊する。絶対的光の剣がサタンを襲う。今度こそ、その無防備な体に触れた。
「それで次はどうするのだ?」
サタンが赫い光を薄く纏えば、絶対的光の剣は消滅する。
つまらなそうに雪に冷笑する。
獰猛に雪は口角を上げる。サタンの問いには答えない。
答えたのは、
「こうするんだッッ!!」
「こうするのよッッ!!」
雪の桜花弁による入れ替え転移でサタンの背後に現れた杏とイザベラだ。
混沌の妄執が深く眠りその権能を借り受けることはできなくなったが、それでも過去は消えない。
入れ替え転移程度の魔法であれば、雪は再現できる。
そして、〝聖焔解放〟状態の杏は〝必裁之焔剣〟を、“天元突破[氷楔解放]”を発動させたイザベラは〝極凍之双突〟を、サタンに振り下ろす。
玉座を切り裂き、サタンを切り裂くかと思われたが、
「それで終わりか?」
やはりというべきか、〝必裁之焔剣〟も〝極凍之双突〟もサタンを切り裂くことは叶わず、弾かれる。
「いいや、まだだ」
「これからが本番よ」
杏もイザベラも予測していた。
だから驚く事はなく、ニィッと嗤う。
〝必裁之焔剣〟と〝極凍之双突〟を混じらわせ、消滅の光を生みだす。
消滅の光は生みだされた消滅の光は膨張し、サタンを囲うに広がっていく。
「無駄なことを」
消滅の光に包まれたサタンは、呆れながら片手で消滅の光に触れた。赫い光が放つ。
数秒……十秒も経てば消滅の光は赫い光に飲み込まれ、消え去った。
そしてサタンの前に雪たちはおらず、白炎を纏った鋼鉄の騎士が十体だけサタンの前に佇んでいた。
Φ
「カハッ」
「しっかりしろ、雪ッ!」
杏が大きな血の塊を吐き意識を手放した雪とぐったりとした様子のヘレナを抱え、『無』の空間を駆ける。
「……済まない」
「謝られるのはいやだわ」
「……ありがとう」
「ええ」
その後ろをイザベラが駆ける。
サタンが繰り出した赫の巨大な拳によって圧し潰されたのは雪だけだった。
圧し潰される直前に雪は咄嗟に桜の花弁を絶対不変の結界を外に創り出し、入れ替え転移で杏とイザベラを遠くへ転移させたのだ。
赫の巨大な拳に潰された雪は、執念すら生ぬるい意志で一命を取り留め、祈力をふり絞って自身に≪癒し≫を施し、最低限回復。
イザベラが手持ちの材料で逃走を手助けする幻想具を創る時間を稼ぎ、サタンの結界を壊す。
そして、杏とイザベラが消滅の光を創り出してサタンを足止め。その内に遠くに雪の転移で逃げる。
更に、イザベラが杏の白炎を付与して創り出した自立式の騎士で、サタンを足止めする。
他にもデコイの幻想具や感知妨害、追跡妨害などといった幻想具でサタンを攪乱していた。
雪たちは、ヘレナが自分たちを逃がそうとした瞬間から、戦うことから逃走へと思考を切り替えていた。
「……回復薬はもうないのか?」
「あらが最後の一本よ」
祈力を使って≪癒し≫を施していたとはいえ、雪の容体はとても酷かった。ヘレナの絶対的光の剣を強引に奪い、使ったのもある。
イザベラが残していた回復薬を全て消費しても、雪はまだまだ危機的状況で衰弱していた。
また、ヘレナも無理やり神性を過剰に引き出したせいか、意識がさらに曖昧となり、受け答えすらできなくなっていた。虚ろな瞳をしていて、廃人のような状態った。
それに杏は〝聖焔解放〟を、イザベラは“天元突破[氷楔解放]”を発動させたのだ。
幸い数秒だったため、弱体化はそこまで大きくはないが、それでも杏もイザベラも顔色が悪い。
「……駄目だわ」
「アタシの方も見つからない」
遠くへ遠くへ逃げるように、雪とヘレナを抱えた杏とイザベラは走る。
地獄や天界に転移して逃げたりはしない。
いや、逃げられないのだ。
なんせ、
「消えた、か」
「ええ。根本的に空間自体がなくなったわね」
地獄の天界もサタンによって消滅させられたからだ。
杏もイザベラも淡々としていたが、それでもそう遠くないうちに、それこそ早ければ数分にはサタンに追いつかれるだろうと確信していた。
だからだろう。
「イザベラ」
「アン」
互いに軽く名前を呼んだ。視線を交わした。
それは酷く哀しい雰囲気を纏っていて、けれど不屈の雰囲気もあった。
そしてまた、だからだろう。
「イザベラッッ!!」
「アンッッ!!」
互いに強く名前を叫んだ。
予想よりもずっと早かった。後、数秒くらい欲しかった。
そうすれば、無理やりにでも雪とヘレナを遠い場所に転移するだけの魔力が回復したのに。二人だけでも安全に逃がすことができたのに。
そんな無念に奥歯を噛みながら、杏はイザベラへ抱えていた雪とヘレナを放り投げる。
雪とヘレナを受け取ったイザベラは、後ろを振り向くことなく走る。
今、一番余力があるのは杏だ。イザベラは逃走補助の幻想具を創ったため杏以上に魔力を消費していた。
杏は逃げるイザベラをチラリと見やったあと、目の前の存在を、悠然と転移してきたサタンを睨む。
「お前の相手はアタシだッッッ!!!」
せめて、イザベラが雪とヘレナを転移させる魔力を回復するまで時間を稼ぐ。
決死に〝聖焔解放〟を発動させた杏は、〝焔転〟でサタンの懐へ潜り込んだ。
しかし、
「お前だけでは燃料として足りぬな」
「カハッ」
〝焔転〟を発動していた杏は炎そのもので、実体がないにもかかわらず、サタンに無造作に蹴りあげられた。
〝焔転〟が解け、全身の骨という骨が砕け、音を優に超えた速度で吹き飛ばされてしまった。
「ッ、しまッ」
そして、吹き飛んだ杏は逃げるイザベラに激突した。
イザベラは突然のことに対応できず、雪とヘレナを庇う事ができなかった。二人が空中に放り出される。
頭から落下していく。
地面を転がっていたイザベラは二人を受け止めるために立ち上がろうとする。
「跪けッ」
「ガァアアアッッ!!」
しかし、悠然と転移してきたサタンに頭を踏まれた。
闇の地面にクレーターができ、イザベラの頭から血が噴き溢れる。
頭蓋骨が砕ける音と激痛がイザベラを支配する。
「氷……よ」
それでもイザベラは力をふり絞って、頭から落下する雪とヘレナを氷魔法で創り出した氷の手で受け止めた。
しかし、そこで力が尽きて、氷の手が消えて、雪とヘレナが背中から地面に落下する。
こと切れたように静かになったイザベラ。
「イザベラッッ!!」
「ほぅ。まだ動けるか」
血反吐に塗れながら、杏は吠える。炎を纏いながら、イザベラを未だに踏み続けるサタンに我武者羅に体当たりする。
サタンの足がイザベラの頭からどいた。
「なら、褒美をやろう」
「ガァアアアッッ!!!!!!」
サタンにタックルした杏の背中に肘鉄が落とされる。背中が真っ二つに折れる。
地面にたたきつけられ、クレーターができるほどの衝撃波が杏を襲った。骨どころか、内臓まで砕け散った。
血だまりに杏が沈む。
そしてサタンは笑い、頭上の転移門を見上げた。
「燃料は十分のようだな」
そこには、憤怒に荒れた直樹と大輔がいた。
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