九話 神である
ー/ー 光の空と闇の大地が続く場所だった。果てはなく、どこまでもどこまでも、空虚な光が上を埋め尽くし、恐ろしいまでに深い闇が下を覆っていた。
匂いもせず、音もしない。
何もない『無』な世界だった。
そこに神聖な魔というべき門が、二つ開いた。
「ヘレナ、私の手を離さないでくださいね」
「いや……」
一つ目の門からは、手をつないだ雪とヘレナが現れた。
ヘレナは少しだけ恥ずかしがっているが、何を言っても雪は聞かないだろうと思い、その恥ずかしさを受け入れていた。
「駄目よ。私が最初にダイスケを独占するわ!」
「ハンッ、寝言は寝て言え! アタシが最初だ。既に約束も取り付けてるんだ」
二つ目の門からは、言い争うイザベラと杏が現れた。
どちらが、大輔と最初にデートするかで言い争っているのだ。
そして、二つの門からそれぞれ現れた彼女たちは。
「えっ!?」
「イザベラッ!?」
「雪ッ!?」
「ヘレナさんッ!?」
互いに気が付き、驚愕する。
「杏さん、何でここにいるんですか!?」
「それはこっちのセリフだ、雪。っというか、何故連絡に出なかったんだ!?」
雪と杏は互いに困惑していて、
「良かった。無事で良かった」
「ヘレナさんが無事で……」
ヘレナとイザベラは嬉しそうに抱き合った。
けれど、イザベラの表情が一変。
「ミラとノアはどうしましたのッ!?」
青ざめたように、ヘレナに問いかける。
ヘレナは青ざめるイザベラを安心させるように、柔らかく虹色の眼を細め、杏と端的に情報交換をしている雪を見やる。
「ユキが……彼女が助けてくれたんだ。大丈夫。ミラもノアも直樹の元にいる」
「そう……なら、良かったわ。二人がヘレナさんを追いかけて飛び込んだ時は本当に焦りましたけれど……」
安心したように溜息を吐いたイザベラは、それから杏を見やる。
「それで、アン。これはどういう状況なのかしら?」
「ああ、それか。その前に自己紹介をしないか?」
「それもそうね」
イザベラが頷いたのを見て、杏は雪とヘレナを見やる。
「雪も……ヘレナさんもそれでいいですか?」
「はい」
「ええ、大丈夫。それより、アンといったか。砕けた口調で問題ない」
「分かりまし……分かった」
十七年間の人生の中で、いやたぶん生涯目にする女性の中で最も美しいヘレナに戸惑っていた杏は、強く頷いた。
イザベラが歩き出す。
「歩きながら話しましょ?」
そうして杏たちは歩きながら自己紹介と情報交換をしていたのだが……
「そこでたまらなくなって、頬にキスをな」
「きゃああっ!!」
「初々しいな」
少し恥ずかしがりながらも杏がそういえば、雪が頬を紅くして黄色い悲鳴を上げる。ヘレナは生暖かい視線を二人に向ける。
そしてまた、杏の言葉に若干悔しそうだったイザベラが鼻を鳴らす。
「ふ、ふんっ。そんな事、どうってことないわ! 私の方が凄いわよ! なんせ、流れ星が流れる女神の泉の前で告白されたのよ!」
「ぬっ」
「しかも、その時このペンダントも貰ったわ!」
「くっ」
イザベラが金茶色の宝石が輝くペンダントを取り出す。杏が悔しそうに顔をしかめる。
雪は杏の悔しそうな表情に少しばかりおろおろしたが、同じくらいイザベラの心底幸せに満ちた表情を見て、自分の事でもないのに嬉しくなってしまう。
そしてそれから、杏とイザベラが何故か大輔の好きな所を言い合い始め、雪がきゃー! と黄色い悲鳴を上げ、ヘレナがそれを見て微笑んでいた。
と、
「ところで、ユキはどうなのかしら?」
「ヘレナもあるのだろう?」
キャットファイトまでしていた杏とイザベラが、息ぴったりに雪とヘレナに話を振る。
「ほら、ナオキさんの好きなところよ。どこが好きになったのかしら?」
「ヘレナの事も知りたいしな。教えてくれ」
「ええっと……」
「……」
グイグイとくるイザベラと杏に、雪とヘレナが困った表情をする。目を泳がせる。
「ちょっと恥ずかし……」
「私は……」
雪は先ほどの杏とイザベラの赤裸々な言葉に気圧されてしまい、羞恥心が勝って言い淀む。
また、ヘレナはまだ自分の心に決着がついていないため、言い淀む。
イザベラと杏がそんな二人の様子にもどかしく顔を歪めた。特に杏は雪がここで言い淀むのは意外だと思う。
だからか、無意識に≪直観≫を発動させた。そして気がつき、思わず尋ねる。
「雪。お前、混沌の妄執は……」
「あ、まだ言っていませんでした」
雪は杏の問いにこれ幸いと飛びつく。
「眠ったんです。祓えてはいないですけどけど、深く眠ったんです」
「…………そうか」
杏は感慨深く呟いた。
イザベラがどういうことかヘレナに視線で問うたが、ヘレナはゆっくりと首を横に振った。
僅かばかり瞑目していた杏は、神妙な表情を雪に向ける。
「後で詳しく聞かせてくれ」
「はい」
雪は力強く頷く。
「だから、そのためにも敵を倒して地球に帰らないとですね」
「そうだな」
雪と杏の頷きに、イザベラとヘレナが首を傾げる。
「それで、私たちは何をすればいいのかしら? やっぱり、この世界の支配者をぶっ殺せばいいのかしら?」
「サタン、ルシフェル、アスモデウス、リヴァイアサン、ベルフェゴールを殺せばいいんだったか?」
物騒である。
しかしながら、イザベラもヘレナも怒っているのだ。
杏から大抵の事情を聞いた。
どうやら、この世界のクソどもが、地球にちょっかいをかけ、直樹たちの修学旅行を邪魔したこと。
今、直樹たちが日本を守るために戦っている事。
他にも、色々と。
まぁ、怒るには十分だろう。
杏はそんな二人を落ち着かせるように首を横に振る。
「殺すのは、後回しだ。まず、残りの五人の王が神になることを阻止する事と、地球へ干渉できなくすること。特に、地球への干渉を阻止するのが最優先だ」
杏は戦いにおいては冷静だ。
だから、今の自分たちでは天獄界の五人の王全員に勝てるとは思っていない。回復手段も限られているし、祈力もそこまで残っているわけではない。
ヘレナの力も絶対的ではあるが、それでも欠点が多すぎるし、ヘレナだけに負担を強いるわけにはいかない。
雪もイザベラもそれが分かっているのか、反対することなく頷く。ヘレナは少しだけ不満気だが、しかし反論することはない。
「だが、何をするにしてもここから脱出する必要がある。アタシたちを招いたやつが待っているかと思ったんだが、数時間近く経ってるのに出てこないしな。とすると、アタシたちは普通に閉じ込められただけと言うことだろう」
そう。既に杏たちがこの『無』の空間に足を踏み入れてから数時間が過ぎているのだ。
あまりにも空間自体が『無』すぎて時間感覚が狂ってしまっているが、イザベラが持っていた懐中時計で確かめたところ、確かに数時間経っているのだ。
杏がイザベラを見やる。
「イザベラ。干渉阻止の幻想具は創れるんだよな?」
「ええ。材料があればだけれども」
「だから、ここから脱出して、材料がある天界か地獄に行く必要がある」
「できれば地獄の方がいいわね。ヘレナたちの話を聞いた限りだけれども、そのマモンの宮殿に使われている石材や鉱物はかなり使えると思うわよ」
「だな……」
そう言いながら、杏は溜息を吐く。
「だが、見当たらない」
「そうなのよね……」
ぶっちゃけ、この会話は二回目だ。
一度目は、この『無』の空間に来て直ぐにした。なんせ、重要事項だから。
しかし、この『無』の空間自体に空間的な防衛機構が掛かっており、また隔たりが強すぎるせいでの≪直観≫でも、イザベラの片眼鏡でも、地獄の位相が感知できていないのだ。
また、空間に孔を開けることもかなりシビアだ。
そしてヘレナはもちろん、混沌の妄執が深く眠った今、雪も空間位相を感知したり、転移門を創ることは難しい。
いや、桜の拳鍔を使えば、転移門は開けるだろうが、どちらにしろ転移する先が分からないことにはどうしようもない。
つまるところ、恋バナをするほどどうしようもない状況だったのだ。
雪が少しだけ意気消沈させながら、謝る。
「ごめんなさい。私が位相を覚えていれば」
「いや、仕方ないさ。それに幸い、この世界の時間の進みは早いようだから、時間を浪費しても地球の戦況が大きく動いていることは少ないだろうが……」
「それでも、そこまで大きな進みのズレはないはずだし、世界間移動を為せる存在が関わっている。戦況に関しても期待はしないほうがいい」
「……分かっている」
ヘレナの言葉に、杏は頷く。
それから一時間近く。
四人は気を紛らわすために雑談をしながら、歩き続けた。
その場にじっと留まってても仕方ないし、イザベラとヘレナが言うには、いくら空間が異なっていたとしても同じ世界にあるなら、空間同士が密接に重なる特異点があるのだとか。
その特異点ならば、『無』の空間に空間的な防衛機構が掛かっていて隔たりが強かろうが、他の空間を感知することは可能らしい。
なので、今は杏の≪直観≫で導き出したその特異点に向かって歩いている。
だが、それが遠いのだ。
走ればいいかもしれないが、それでも遠すぎるため体力を回復するために休憩を挟むことになるだろう。
その休憩時に敵に急襲でもされたら、たまったものではない。
堂々巡りをするほど、どうしようもなかった。
が、
「ッ!?」
「どいうことかしらっ!?」
突如、杏とイザベラが息を飲んだ。
『無』の空間に掛かっていた空間的な防衛機構が、突然消え去ったからだ。
杏とイザベラは困惑しながらも、直ぐに警戒態勢をとる。雪とヘレナもだ。
そして。
「待たせて済まなかった」
全くもって済まないと思ってなさそうな声が響いたのと同時に、雪たちの目の前に荘厳な玉座と、そこに座る男が現れた。
男は赫を纏っていた。赫の短髪。赫の瞳。
羽織る黒衣にも赫の模様がそこかしこに入っており、猛るという言葉がとても似合う男だった。
雪たちは動かない。動けない。
男が圧倒的な、そう神とすら思ってしまうほどの覇気と、異様な、そう今にも爆発しそうな爆弾の如き雰囲気を放っていたため、下手に動けなかったのだ。
そしてその男は名乗る。
「余は、サタン。神である」
サタン。今回の黒幕にして、カガミヒメから祈力一葉を奪い、神となった悪魔。
雪と杏、イザベラはグッと奥歯を噛んで更に警戒態勢を取り、ヘレナは心の中であぁ、と嘆いた。
匂いもせず、音もしない。
何もない『無』な世界だった。
そこに神聖な魔というべき門が、二つ開いた。
「ヘレナ、私の手を離さないでくださいね」
「いや……」
一つ目の門からは、手をつないだ雪とヘレナが現れた。
ヘレナは少しだけ恥ずかしがっているが、何を言っても雪は聞かないだろうと思い、その恥ずかしさを受け入れていた。
「駄目よ。私が最初にダイスケを独占するわ!」
「ハンッ、寝言は寝て言え! アタシが最初だ。既に約束も取り付けてるんだ」
二つ目の門からは、言い争うイザベラと杏が現れた。
どちらが、大輔と最初にデートするかで言い争っているのだ。
そして、二つの門からそれぞれ現れた彼女たちは。
「えっ!?」
「イザベラッ!?」
「雪ッ!?」
「ヘレナさんッ!?」
互いに気が付き、驚愕する。
「杏さん、何でここにいるんですか!?」
「それはこっちのセリフだ、雪。っというか、何故連絡に出なかったんだ!?」
雪と杏は互いに困惑していて、
「良かった。無事で良かった」
「ヘレナさんが無事で……」
ヘレナとイザベラは嬉しそうに抱き合った。
けれど、イザベラの表情が一変。
「ミラとノアはどうしましたのッ!?」
青ざめたように、ヘレナに問いかける。
ヘレナは青ざめるイザベラを安心させるように、柔らかく虹色の眼を細め、杏と端的に情報交換をしている雪を見やる。
「ユキが……彼女が助けてくれたんだ。大丈夫。ミラもノアも直樹の元にいる」
「そう……なら、良かったわ。二人がヘレナさんを追いかけて飛び込んだ時は本当に焦りましたけれど……」
安心したように溜息を吐いたイザベラは、それから杏を見やる。
「それで、アン。これはどういう状況なのかしら?」
「ああ、それか。その前に自己紹介をしないか?」
「それもそうね」
イザベラが頷いたのを見て、杏は雪とヘレナを見やる。
「雪も……ヘレナさんもそれでいいですか?」
「はい」
「ええ、大丈夫。それより、アンといったか。砕けた口調で問題ない」
「分かりまし……分かった」
十七年間の人生の中で、いやたぶん生涯目にする女性の中で最も美しいヘレナに戸惑っていた杏は、強く頷いた。
イザベラが歩き出す。
「歩きながら話しましょ?」
そうして杏たちは歩きながら自己紹介と情報交換をしていたのだが……
「そこでたまらなくなって、頬にキスをな」
「きゃああっ!!」
「初々しいな」
少し恥ずかしがりながらも杏がそういえば、雪が頬を紅くして黄色い悲鳴を上げる。ヘレナは生暖かい視線を二人に向ける。
そしてまた、杏の言葉に若干悔しそうだったイザベラが鼻を鳴らす。
「ふ、ふんっ。そんな事、どうってことないわ! 私の方が凄いわよ! なんせ、流れ星が流れる女神の泉の前で告白されたのよ!」
「ぬっ」
「しかも、その時このペンダントも貰ったわ!」
「くっ」
イザベラが金茶色の宝石が輝くペンダントを取り出す。杏が悔しそうに顔をしかめる。
雪は杏の悔しそうな表情に少しばかりおろおろしたが、同じくらいイザベラの心底幸せに満ちた表情を見て、自分の事でもないのに嬉しくなってしまう。
そしてそれから、杏とイザベラが何故か大輔の好きな所を言い合い始め、雪がきゃー! と黄色い悲鳴を上げ、ヘレナがそれを見て微笑んでいた。
と、
「ところで、ユキはどうなのかしら?」
「ヘレナもあるのだろう?」
キャットファイトまでしていた杏とイザベラが、息ぴったりに雪とヘレナに話を振る。
「ほら、ナオキさんの好きなところよ。どこが好きになったのかしら?」
「ヘレナの事も知りたいしな。教えてくれ」
「ええっと……」
「……」
グイグイとくるイザベラと杏に、雪とヘレナが困った表情をする。目を泳がせる。
「ちょっと恥ずかし……」
「私は……」
雪は先ほどの杏とイザベラの赤裸々な言葉に気圧されてしまい、羞恥心が勝って言い淀む。
また、ヘレナはまだ自分の心に決着がついていないため、言い淀む。
イザベラと杏がそんな二人の様子にもどかしく顔を歪めた。特に杏は雪がここで言い淀むのは意外だと思う。
だからか、無意識に≪直観≫を発動させた。そして気がつき、思わず尋ねる。
「雪。お前、混沌の妄執は……」
「あ、まだ言っていませんでした」
雪は杏の問いにこれ幸いと飛びつく。
「眠ったんです。祓えてはいないですけどけど、深く眠ったんです」
「…………そうか」
杏は感慨深く呟いた。
イザベラがどういうことかヘレナに視線で問うたが、ヘレナはゆっくりと首を横に振った。
僅かばかり瞑目していた杏は、神妙な表情を雪に向ける。
「後で詳しく聞かせてくれ」
「はい」
雪は力強く頷く。
「だから、そのためにも敵を倒して地球に帰らないとですね」
「そうだな」
雪と杏の頷きに、イザベラとヘレナが首を傾げる。
「それで、私たちは何をすればいいのかしら? やっぱり、この世界の支配者をぶっ殺せばいいのかしら?」
「サタン、ルシフェル、アスモデウス、リヴァイアサン、ベルフェゴールを殺せばいいんだったか?」
物騒である。
しかしながら、イザベラもヘレナも怒っているのだ。
杏から大抵の事情を聞いた。
どうやら、この世界のクソどもが、地球にちょっかいをかけ、直樹たちの修学旅行を邪魔したこと。
今、直樹たちが日本を守るために戦っている事。
他にも、色々と。
まぁ、怒るには十分だろう。
杏はそんな二人を落ち着かせるように首を横に振る。
「殺すのは、後回しだ。まず、残りの五人の王が神になることを阻止する事と、地球へ干渉できなくすること。特に、地球への干渉を阻止するのが最優先だ」
杏は戦いにおいては冷静だ。
だから、今の自分たちでは天獄界の五人の王全員に勝てるとは思っていない。回復手段も限られているし、祈力もそこまで残っているわけではない。
ヘレナの力も絶対的ではあるが、それでも欠点が多すぎるし、ヘレナだけに負担を強いるわけにはいかない。
雪もイザベラもそれが分かっているのか、反対することなく頷く。ヘレナは少しだけ不満気だが、しかし反論することはない。
「だが、何をするにしてもここから脱出する必要がある。アタシたちを招いたやつが待っているかと思ったんだが、数時間近く経ってるのに出てこないしな。とすると、アタシたちは普通に閉じ込められただけと言うことだろう」
そう。既に杏たちがこの『無』の空間に足を踏み入れてから数時間が過ぎているのだ。
あまりにも空間自体が『無』すぎて時間感覚が狂ってしまっているが、イザベラが持っていた懐中時計で確かめたところ、確かに数時間経っているのだ。
杏がイザベラを見やる。
「イザベラ。干渉阻止の幻想具は創れるんだよな?」
「ええ。材料があればだけれども」
「だから、ここから脱出して、材料がある天界か地獄に行く必要がある」
「できれば地獄の方がいいわね。ヘレナたちの話を聞いた限りだけれども、そのマモンの宮殿に使われている石材や鉱物はかなり使えると思うわよ」
「だな……」
そう言いながら、杏は溜息を吐く。
「だが、見当たらない」
「そうなのよね……」
ぶっちゃけ、この会話は二回目だ。
一度目は、この『無』の空間に来て直ぐにした。なんせ、重要事項だから。
しかし、この『無』の空間自体に空間的な防衛機構が掛かっており、また隔たりが強すぎるせいでの≪直観≫でも、イザベラの片眼鏡でも、地獄の位相が感知できていないのだ。
また、空間に孔を開けることもかなりシビアだ。
そしてヘレナはもちろん、混沌の妄執が深く眠った今、雪も空間位相を感知したり、転移門を創ることは難しい。
いや、桜の拳鍔を使えば、転移門は開けるだろうが、どちらにしろ転移する先が分からないことにはどうしようもない。
つまるところ、恋バナをするほどどうしようもない状況だったのだ。
雪が少しだけ意気消沈させながら、謝る。
「ごめんなさい。私が位相を覚えていれば」
「いや、仕方ないさ。それに幸い、この世界の時間の進みは早いようだから、時間を浪費しても地球の戦況が大きく動いていることは少ないだろうが……」
「それでも、そこまで大きな進みのズレはないはずだし、世界間移動を為せる存在が関わっている。戦況に関しても期待はしないほうがいい」
「……分かっている」
ヘレナの言葉に、杏は頷く。
それから一時間近く。
四人は気を紛らわすために雑談をしながら、歩き続けた。
その場にじっと留まってても仕方ないし、イザベラとヘレナが言うには、いくら空間が異なっていたとしても同じ世界にあるなら、空間同士が密接に重なる特異点があるのだとか。
その特異点ならば、『無』の空間に空間的な防衛機構が掛かっていて隔たりが強かろうが、他の空間を感知することは可能らしい。
なので、今は杏の≪直観≫で導き出したその特異点に向かって歩いている。
だが、それが遠いのだ。
走ればいいかもしれないが、それでも遠すぎるため体力を回復するために休憩を挟むことになるだろう。
その休憩時に敵に急襲でもされたら、たまったものではない。
堂々巡りをするほど、どうしようもなかった。
が、
「ッ!?」
「どいうことかしらっ!?」
突如、杏とイザベラが息を飲んだ。
『無』の空間に掛かっていた空間的な防衛機構が、突然消え去ったからだ。
杏とイザベラは困惑しながらも、直ぐに警戒態勢をとる。雪とヘレナもだ。
そして。
「待たせて済まなかった」
全くもって済まないと思ってなさそうな声が響いたのと同時に、雪たちの目の前に荘厳な玉座と、そこに座る男が現れた。
男は赫を纏っていた。赫の短髪。赫の瞳。
羽織る黒衣にも赫の模様がそこかしこに入っており、猛るという言葉がとても似合う男だった。
雪たちは動かない。動けない。
男が圧倒的な、そう神とすら思ってしまうほどの覇気と、異様な、そう今にも爆発しそうな爆弾の如き雰囲気を放っていたため、下手に動けなかったのだ。
そしてその男は名乗る。
「余は、サタン。神である」
サタン。今回の黒幕にして、カガミヒメから祈力一葉を奪い、神となった悪魔。
雪と杏、イザベラはグッと奥歯を噛んで更に警戒態勢を取り、ヘレナは心の中であぁ、と嘆いた。
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