六話 これだけは例外でいいですよね……
ー/ー(『汝が死ねば、我の封印も解けてしまうではないか。術者がいなくなった封印など、我の神性の前にはゴミも同然だぞ。我の感謝を返してくれ』)
(ッ)
朧ぎ消えかけていたウィオリナの意識が僅かだけ脈を打つ。温かな力が少しばかり心臓を灯す。
(『そもそもなんだ。我よりも弱い奴に殺されかけるとは、情けないぞ』)
(弱いッ?)
(『うむ、弱いぞ。我を封印したから思い上がったか? 傲慢が過ぎるな』)
(傲慢……)
傲慢と言う言葉に、ウィオリナは過剰に反応する。脈打った意識がまた消えかかる。
それに対して、傲岸不遜な声の主は呆れる。
(『情けない。情けなさすぎる。何故、傲慢と言われ落ち込む。傲慢であることは力ある者の誇りだぞ』)
(……それは駄目なことです。謙虚でなければならないんです)
(『はぁ? 何故だ?』)
(何故もそれが正しいからです)
(『誰がそれを決めたのだ?』)
(誰って……)
脈打ったウィオリナの意識が困惑する。温かな力が更に心臓を灯していく。
(『我は多くの神を殺した。多くの命を奪った。この神性でな。だが、我はそれが悪いとは思わぬ。多くの存在が我を罵ろうが、この神性は絶対。逆らえぬのだから、仕方ない。だから、我は悪だとは思わぬ。むしろ、我に殺された者が悪い』)
(ッ!)
なんという責任転換。開き直り。
(『我は神だ。故に傲慢であっていい。我は神だ。故に成長しなくてもよい。怠惰だと? そんなもの元から怠惰なのだから、悲観しても仕方がない。むしろ、怠惰である方がいいだろう』)
(それは、駄目ですッ! 人は、命は修練してこそッ!)
(『修練するということは、つまり今の自分ではそれが叶わないと諦める事だ。諦めも怠惰であろう? 修練などと言う言葉で誤魔化せぬぞ。対になる意見を出そうとも、怠惰はどこまでも付きまとう。矛盾するのだ』)
(ッ!)
温かな力がもっと心臓を灯していく。燃やしていく。
(『開き直れ。汝に足りぬのは開き直りである。自信である。惰性のままに信念を振るう事を受け入れよ。今まで通り生きよ』)
つまるところ、今まで通り自分の悪い部分を見ず生きろと言うこと。自分が純心であると思い込んでいろと。
そう宣った声の主。
だから、ウィオリナの心臓に温かな力と、そして強い想いが灯される。
(それはもっと駄目ですッ。今、向き合わないと、この心と向き合わないと駄目なんですッ!!)
開き直る事が一番恐ろしい。成長しない自分が恐ろしい。
だって、自分が好きな人たちは、ティーガンや母様や仲間や杏、そして大輔はそう人を好ましくは思わないと、思うから。
好きな人に好かれないのは嫌だから。
誇れる自分を好いて欲しいからッッッ!!!
そうウィオリナが強く自覚する。傲岸不遜な声の主は呆れかえる。
(『面倒な。なら、どうするんだ。何か一つくらい、矛盾を許容しなければ動けぬままだぞ』)
(……それは)
ウィオリナは考える。考える。考える事を諦めない。
この黒い感情は、たぶん、大切なものだ。捨ててはいけない。向き合う事から逃げてはいけない。
今、そう確かに決意した。
なら、優しく正しくありたいと思う信念を捨てなければならないのか。それも嫌だ。あれも過去だ。復讐を支えてくれた大切な想いだ。
これも捨ててはいけない。向き合うことから逃げてはいけない。
今、新たに決意した。
なら、どうすればいいのか。両方とも大切で、絶対に尊重した――
(同じ、です?)
身に覚えがあった。
まだまだ拙かったけれど、半生の殆どはそういう心情で生きていた。復讐心と信念を共存させていた。矛盾を許容していた。
つまり、変わらない……
(変わらないのは……嫌です! なら、もっと、もっと、これこそが強くて確かな芯だと、想いだと誇れるように!)
そう決意した瞬間、暗闇の視界に薄く光が灯る。閉じていた瞼が開き始める。
血を失い冷たくなっていた指先に力が入る。首に空いた穴から流れ落ちる血が止まる。穴がふさがる。
ウィオリナが『死』から生還していく。立ち上がっていく。
そんな中、ウィオリナは自身の未来を憂いた。
成長した結果は栄光に満ちているだろう。けれど、成長の過程は苦しみに満ちている。
ならば黒い感情と信念を共存させるという矛盾の許容の成長は、どんな苦難に満ちているか。自分は今、その苦難に一歩を踏み出そうとしているのだ。
怖いな。恐ろしいな。嫌だな。
そう悲観しそうになった。憂鬱になりそうになった。
いくら決意が強かろうとも、自分だけで自分を支えるのは難しいのだ。
だから、
(これだけは例外でいいですよね……)
立ち上がり、偽物のウィオリナを睨むウィオリナは、ぎゅっと手の中で小さな金茶色の宝珠を握りしめた。
この恋だけは、例外にしたい。大輔に支えられたい。
だから――
強く祈った。
Φ
「ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッッッ!!!」
『ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッッッ!!!』
いくら、死の淵から生還したとはいえ、エネルギーの消費許容量においてウィオリナが不利であることに変わりはない。
むしろ、今は翔から貰った拳大の結晶に溜められた血力を消費しているだけで、未だにウィオリナ自身の血力は回復していないのだ。
だから、血力の消費を抑えるためウィオリナは<天血獣>すら纏っていなかった。
けれど、
「ウィ流血糸闘術、<祈血昇華>ッッッッ!!!」
『ッ?』
拳大の結晶を握りつぶしたのと同時に、ウィオリナが陽色の力を迸らせる。
同時に、ウィオリナは散った拳大の結晶から血力を取り込み、<天血獣>を纏う。そして陽色の力は<天血獣>の血のワンピースと交じり合い、撚られていく。まるで強靭な糸を創るように。
血力はまだ回復しない。けれど、祈力は回復している。
だって、未だにウィオリナの影の異空間には日本の化生たちがいて、彼らがピンチのウィオリナを必死に祈ったから。
そして、
「最初からさっさと出てこい、ですッッッ!!!」
(『数時間ぶりの封印の褥で寝ていたのだ』)
ウィオリナに封印された死之怨巨鬼神の祈りと感謝。
ウィオリナの封印を通して、祈素が死之怨巨鬼神に取り込まれ、そしてその祈りと感謝により、神によって生成された祈力がウィオリナに返ってくる。
いくらウィオリナの封印が強かろうが、死之怨巨鬼神は未だに神。封印されながらも、自由に意識を飛ばしたりは可能なのだ。
だが、それでもウィオリナと偽物のウィオリナの差が埋まるわけではない。いくら祈力がそれなりに湧き出ていようと、持久戦においてウィオリナが負けるのは目に見えている。
『ウィ流血糸闘術、<祈血昇華>ッッッッ!!!』
「それくらいの成長なら直ぐに対応するようですねッッ!!」
僅かな血力を祈力によって昇華する<祈血昇華>。
今さっき、ウィオリナが思いついた血術ではあるが、偽物のウィオリナは直ぐにコピーした。
多少の成長すらもコピーするのがベルフェゴールの偽物創造だ。
だがしかし、ならば、ウィオリナ以外の存在の力まではコピーしているわけではないのだ。
自分以外の力を借りることを極めよう。それが自分の力だと誇れるまで。
そんな強い願いと共に、ウィオリナは叫ぶ。
「“天封”混合ウィ流血糸闘術、<封血款約>――“優命”ッッッ」
小さな血の繭を空中に投げながら、ウィオリナが叫んだその名は、清廉に響いた。
そして、
「<死瘴・血糸妖斬>ッッッッ!!!」
『ッッッ!!?? ウィ流血糸闘術、<血糸盾編>ッッッ!!』
圧倒的で恐ろしいまでの『死』を纏った血糸が偽物のウィオリナに向かって放たれた。
偽物が今度こそ、驚愕に喘ぎ、恐怖のままに作りあげる。ウィオリナが放てる<血糸妖斬>なら絶対に防げる血の盾を。
けれど、その血の盾は死んだ。
『死』を纏ったウィオリナの<死瘴・血糸妖斬>によって。
<封血款約>。
“天封”と血力を媒介に、ウィオリナが封印した存在の力の一部を借り受ける混合技。
<死瘴・血糸妖斬>は、死之怨巨鬼神の死瘴気を纏った<血糸妖斬>である。つまり、触れた瞬間にあらゆるものを殺す血糸の斬撃だ。
偽物のウィオリナが慌ててウィオリナから距離を取る。
対して、ウィオリナはニィッと天真爛漫に嗤い、血のヴァイオリンと血の弓を構える。
また、<天血獣>の血のワンピースを光らせれば、数十を超える血の繭が下がったチェーンが取り付けられている菫色のベルトが腰に巻かれていた。
その血の繭の中にはウィオリナが封印した吸血鬼や化生たちいる。
ウィオリナと分断された際、ティーガンは今まで封印した吸血鬼が収められている木箱をウィオリナに渡していたのだ。
その中から、使えそうな吸血鬼の血の繭と化生の血の繭を取り出し、ベルトに下げたのだ。
故に、その中にはデジールや死之怨巨鬼神もいる。
バンッと血を波打たせ、ウィオリナは偽物のウィオリナに向かって駆ける。血の弓を引き、血のヴァイオリンの音を奏でる。
「簡略<封血款約>――“略称ヘヘロイト”ッ。<血浪雹雪>ッッ!!」
『ッッッ!?』
鮮血の拳大の氷と雪が偽物のウィオリナに襲い掛かる。鮮血の拳大の氷は弾丸の如く威力を持ち、鮮血の雪に触れれば凍りついてしまうだろう。
ヘヘロイト。ウィオリナが最初に封印した吸血鬼の略名。氷を操る吸血鬼だった。
偽物のウィオリナは必死に頬を引きつらせながら、鮮血の拳大の氷と雪を必死に避ける。
ウィオリナの連撃は終わらない。氷と雪が降り注ぐ中、ウィオリナは謳う。
「簡略<封血款約>――“略称リシカ”ッ。<血炎狼牙>ッッ!!」
氷の次は炎。
ウィオリナが血のヴァイオリンから無数の血糸を伸ばせば、その先端に炎を纏った血の狼が現れる。
リシカ。ティーガンが封印した吸血鬼の真祖。炎を操る吸血鬼。
自分が封印した存在でなくとも、<封血款約>は意味を成すのだ。
偽物のウィオリナは<天血獣>に過剰なまでのエネルギーを注ぎ、必死に火炎の血狼から逃げ延びる。
『クッッッ』
しかし、鮮血の氷雪が火炎の血狼に触れた瞬間、一気に溶けて気化する。膨張した水蒸気は爆風となって偽物のウィオリナ吹き飛ばした。
ウィオリナは追撃する。
「簡略<封血款約>――“ショウジョウシン”ッ。<血紫雷公>ッッ!!」
その水蒸気の暴風に、赤紫の雷が奔る。水蒸気を伝わり、偽物のウィオリナを閉じ込める赤紫の雷の牢獄となる。
ショウジョウシン。猩々の長の名前であり、雷と知恵を操る獣。
『ガッ、カハッ!!!』
赤紫の雷の牢獄に閉じ込められた偽物のウィオリナは、もろに高圧の雷を浴びる。<天血獣>でそれなりにダメージを軽減したものの、動きは少しだけ鈍る。
だから、ウィオリナは美しき血のヴァイオリンの音を奏でる。
「簡略<封血款約>――“略称デジール”ッ。<血糸奪縛>ッッッッ!!!!」
『ッッ、<血糸妖斬>ッッッ!!』
美しいヴァイオリンの音色と共に放たれた血糸に、雷による麻痺から回復しきれていない偽物のウィオリナは頬を引きつらせる。
逃げることも対応することも叶わず、苛立ちながら<血糸奪縛>を相殺するように<血糸妖斬>を放った。
しかし、意味はない。
『ッッッ!?!?』
偽物のウィオリナが放った<血糸妖斬>は<血糸奪縛>に触れた瞬間、空中に溶けて消えた。
いや、正確には<血糸奪縛>に奪われたのだ。<血糸妖斬>に込められた血力全てを。
デジール。ウィオリナの敵にして、『奪う』を極めし真祖の吸血鬼。
その力を纏った<血糸奪縛>は、偽物のウィオリナに向かって奔る。
『こんの、ですッッッ!!!』
偽物のウィオリナは歯噛みしながら、麻痺していている体に鞭を打ち、必死に<血糸奪縛>を回避した。
だが、自分だからこそ、ウィオリナはその行動を予測していた。
「ウィオリナ・ウィワートゥス――」
偽物のウィオリナが回避した先に先回りしていたウィオリナは、思う。
自分の名前を謳うのは、新鮮な気分だ。
神妙な気持ちになったウィオリナはその感情を噛みしめながら、血のヴァイオリンを奏でる。
祈るように、愛するように。殺すのではなく、封印を選ぶその先を願うように。
「――“天封”混合ウィ流血糸闘術、<天血楔封獄>」
『ああ、わたしがなんでッッッ!!』
偽物のウィオリナが封印された。
そして、
「簡略<封血款約>――“優命”。<死破糸斬>ッッッ」
「ぬなッッッ!!??!!??」
ウィオリナは空間を切り裂き、孔を開けた。
本物のベルフェゴールがいる空間へと。
見つかるとは思っていなかったのだろう。ベルフェゴールは驚愕の声を上げて腰を抜かしている。
「ひぃぃぃぃっっっ!!!」
這いつくばるようにウィオリナから逃げようとする。
ベルフェゴールは天獄界の七王の一人だ。
しかし、生来の怠け具合とそれを補う偽物創造で自分で戦うことは殆どなかった。
だから、ベルフェゴールは戦えない。自分が戦うことに慣れていない。
「ベルフェゴール・イヴィル――」
「ま、待ってくれッッッ。俺は、命令されたんだ。仕方なかったんだ! だから待って――」
ベルフェゴールが惨めに命乞いをする。泣き叫ぶ。
けれど、ウィオリナは聞かない。言葉ならどうせ、封印した後でも聞ける。
だから、
「――“天封”混合ウィ流血糸闘術、<天血楔封獄>ッッッッ!!!」
「待てって言ったのに……」
ベルフェゴールは封印された。
======================================
公開可能情報
<祈血昇華>:血術、または血法。血力と祈力を撚り、強靭で強力なエネルギーと昇華させる。通常の祈力によるエネルギー昇華よりも昇華効率が高い。
<封血款約>:“天封”と血法の混合技。血力を用いて施した封印に封印された存在の力を“天封”を用いて、借り受ける技。実のところ、“天封”だけでは成り立たず、“天眼”による“名”と魂魄を確かに捕捉する必要がある。
<死瘴・血糸妖斬>:死之怨巨鬼神の死瘴気を纏った<血糸妖斬>。触れた存在を死に至らしめる。それは生命だけには限らず、ウィオリナが指定した対象なら何でも。
<血浪雹雪>:吸血鬼、ヘヘロイト、本名、ヘヘロハライトジェーロイゲゥヴィワウィアの氷雪を操る力を血を媒介に行使する技。拳大の氷の弾丸と触れた瞬間に凍らせる雪の雨を波状的に放つ。
<血炎狼牙>:吸血鬼真祖、リシカ、本名、リシカリスバルクスフェルンドアリステシカの火炎を操る力を血を媒介に行使する技。血糸の先端に火炎を纏った血の狼を創り出し、自由自在の駆け巡らせる。
<血紫雷公>;猩々の長、ショウジョウシンの雷を操る力を血を媒介に行使する技。超高密度の高圧電流が奔る。
<血糸奪縛>:吸血鬼真祖、デジール、本名、デジールバルハルトルハジーハルの奪う力を血を媒介に行使する技。その血糸に触れた存在が持つエネルギーを奪い捕縛する。流石に権能は奪えない。
<死破糸斬>:死之怨巨鬼神の殺す力を血を媒介に行使する技。<死瘴・血糸妖斬>とは違い、命がない存在、特に概念や法則などといったものを斬り殺す技。“天眼”でそれをしっかりと認識することが必要だが、応用すれば空間の隔たりを殺し、疑似的な転移門を創り出すことも可能となる。
(ッ)
朧ぎ消えかけていたウィオリナの意識が僅かだけ脈を打つ。温かな力が少しばかり心臓を灯す。
(『そもそもなんだ。我よりも弱い奴に殺されかけるとは、情けないぞ』)
(弱いッ?)
(『うむ、弱いぞ。我を封印したから思い上がったか? 傲慢が過ぎるな』)
(傲慢……)
傲慢と言う言葉に、ウィオリナは過剰に反応する。脈打った意識がまた消えかかる。
それに対して、傲岸不遜な声の主は呆れる。
(『情けない。情けなさすぎる。何故、傲慢と言われ落ち込む。傲慢であることは力ある者の誇りだぞ』)
(……それは駄目なことです。謙虚でなければならないんです)
(『はぁ? 何故だ?』)
(何故もそれが正しいからです)
(『誰がそれを決めたのだ?』)
(誰って……)
脈打ったウィオリナの意識が困惑する。温かな力が更に心臓を灯していく。
(『我は多くの神を殺した。多くの命を奪った。この神性でな。だが、我はそれが悪いとは思わぬ。多くの存在が我を罵ろうが、この神性は絶対。逆らえぬのだから、仕方ない。だから、我は悪だとは思わぬ。むしろ、我に殺された者が悪い』)
(ッ!)
なんという責任転換。開き直り。
(『我は神だ。故に傲慢であっていい。我は神だ。故に成長しなくてもよい。怠惰だと? そんなもの元から怠惰なのだから、悲観しても仕方がない。むしろ、怠惰である方がいいだろう』)
(それは、駄目ですッ! 人は、命は修練してこそッ!)
(『修練するということは、つまり今の自分ではそれが叶わないと諦める事だ。諦めも怠惰であろう? 修練などと言う言葉で誤魔化せぬぞ。対になる意見を出そうとも、怠惰はどこまでも付きまとう。矛盾するのだ』)
(ッ!)
温かな力がもっと心臓を灯していく。燃やしていく。
(『開き直れ。汝に足りぬのは開き直りである。自信である。惰性のままに信念を振るう事を受け入れよ。今まで通り生きよ』)
つまるところ、今まで通り自分の悪い部分を見ず生きろと言うこと。自分が純心であると思い込んでいろと。
そう宣った声の主。
だから、ウィオリナの心臓に温かな力と、そして強い想いが灯される。
(それはもっと駄目ですッ。今、向き合わないと、この心と向き合わないと駄目なんですッ!!)
開き直る事が一番恐ろしい。成長しない自分が恐ろしい。
だって、自分が好きな人たちは、ティーガンや母様や仲間や杏、そして大輔はそう人を好ましくは思わないと、思うから。
好きな人に好かれないのは嫌だから。
誇れる自分を好いて欲しいからッッッ!!!
そうウィオリナが強く自覚する。傲岸不遜な声の主は呆れかえる。
(『面倒な。なら、どうするんだ。何か一つくらい、矛盾を許容しなければ動けぬままだぞ』)
(……それは)
ウィオリナは考える。考える。考える事を諦めない。
この黒い感情は、たぶん、大切なものだ。捨ててはいけない。向き合う事から逃げてはいけない。
今、そう確かに決意した。
なら、優しく正しくありたいと思う信念を捨てなければならないのか。それも嫌だ。あれも過去だ。復讐を支えてくれた大切な想いだ。
これも捨ててはいけない。向き合うことから逃げてはいけない。
今、新たに決意した。
なら、どうすればいいのか。両方とも大切で、絶対に尊重した――
(同じ、です?)
身に覚えがあった。
まだまだ拙かったけれど、半生の殆どはそういう心情で生きていた。復讐心と信念を共存させていた。矛盾を許容していた。
つまり、変わらない……
(変わらないのは……嫌です! なら、もっと、もっと、これこそが強くて確かな芯だと、想いだと誇れるように!)
そう決意した瞬間、暗闇の視界に薄く光が灯る。閉じていた瞼が開き始める。
血を失い冷たくなっていた指先に力が入る。首に空いた穴から流れ落ちる血が止まる。穴がふさがる。
ウィオリナが『死』から生還していく。立ち上がっていく。
そんな中、ウィオリナは自身の未来を憂いた。
成長した結果は栄光に満ちているだろう。けれど、成長の過程は苦しみに満ちている。
ならば黒い感情と信念を共存させるという矛盾の許容の成長は、どんな苦難に満ちているか。自分は今、その苦難に一歩を踏み出そうとしているのだ。
怖いな。恐ろしいな。嫌だな。
そう悲観しそうになった。憂鬱になりそうになった。
いくら決意が強かろうとも、自分だけで自分を支えるのは難しいのだ。
だから、
(これだけは例外でいいですよね……)
立ち上がり、偽物のウィオリナを睨むウィオリナは、ぎゅっと手の中で小さな金茶色の宝珠を握りしめた。
この恋だけは、例外にしたい。大輔に支えられたい。
だから――
強く祈った。
Φ
「ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッッッ!!!」
『ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッッッ!!!』
いくら、死の淵から生還したとはいえ、エネルギーの消費許容量においてウィオリナが不利であることに変わりはない。
むしろ、今は翔から貰った拳大の結晶に溜められた血力を消費しているだけで、未だにウィオリナ自身の血力は回復していないのだ。
だから、血力の消費を抑えるためウィオリナは<天血獣>すら纏っていなかった。
けれど、
「ウィ流血糸闘術、<祈血昇華>ッッッッ!!!」
『ッ?』
拳大の結晶を握りつぶしたのと同時に、ウィオリナが陽色の力を迸らせる。
同時に、ウィオリナは散った拳大の結晶から血力を取り込み、<天血獣>を纏う。そして陽色の力は<天血獣>の血のワンピースと交じり合い、撚られていく。まるで強靭な糸を創るように。
血力はまだ回復しない。けれど、祈力は回復している。
だって、未だにウィオリナの影の異空間には日本の化生たちがいて、彼らがピンチのウィオリナを必死に祈ったから。
そして、
「最初からさっさと出てこい、ですッッッ!!!」
(『数時間ぶりの封印の褥で寝ていたのだ』)
ウィオリナに封印された死之怨巨鬼神の祈りと感謝。
ウィオリナの封印を通して、祈素が死之怨巨鬼神に取り込まれ、そしてその祈りと感謝により、神によって生成された祈力がウィオリナに返ってくる。
いくらウィオリナの封印が強かろうが、死之怨巨鬼神は未だに神。封印されながらも、自由に意識を飛ばしたりは可能なのだ。
だが、それでもウィオリナと偽物のウィオリナの差が埋まるわけではない。いくら祈力がそれなりに湧き出ていようと、持久戦においてウィオリナが負けるのは目に見えている。
『ウィ流血糸闘術、<祈血昇華>ッッッッ!!!』
「それくらいの成長なら直ぐに対応するようですねッッ!!」
僅かな血力を祈力によって昇華する<祈血昇華>。
今さっき、ウィオリナが思いついた血術ではあるが、偽物のウィオリナは直ぐにコピーした。
多少の成長すらもコピーするのがベルフェゴールの偽物創造だ。
だがしかし、ならば、ウィオリナ以外の存在の力まではコピーしているわけではないのだ。
自分以外の力を借りることを極めよう。それが自分の力だと誇れるまで。
そんな強い願いと共に、ウィオリナは叫ぶ。
「“天封”混合ウィ流血糸闘術、<封血款約>――“優命”ッッッ」
小さな血の繭を空中に投げながら、ウィオリナが叫んだその名は、清廉に響いた。
そして、
「<死瘴・血糸妖斬>ッッッッ!!!」
『ッッッ!!?? ウィ流血糸闘術、<血糸盾編>ッッッ!!』
圧倒的で恐ろしいまでの『死』を纏った血糸が偽物のウィオリナに向かって放たれた。
偽物が今度こそ、驚愕に喘ぎ、恐怖のままに作りあげる。ウィオリナが放てる<血糸妖斬>なら絶対に防げる血の盾を。
けれど、その血の盾は死んだ。
『死』を纏ったウィオリナの<死瘴・血糸妖斬>によって。
<封血款約>。
“天封”と血力を媒介に、ウィオリナが封印した存在の力の一部を借り受ける混合技。
<死瘴・血糸妖斬>は、死之怨巨鬼神の死瘴気を纏った<血糸妖斬>である。つまり、触れた瞬間にあらゆるものを殺す血糸の斬撃だ。
偽物のウィオリナが慌ててウィオリナから距離を取る。
対して、ウィオリナはニィッと天真爛漫に嗤い、血のヴァイオリンと血の弓を構える。
また、<天血獣>の血のワンピースを光らせれば、数十を超える血の繭が下がったチェーンが取り付けられている菫色のベルトが腰に巻かれていた。
その血の繭の中にはウィオリナが封印した吸血鬼や化生たちいる。
ウィオリナと分断された際、ティーガンは今まで封印した吸血鬼が収められている木箱をウィオリナに渡していたのだ。
その中から、使えそうな吸血鬼の血の繭と化生の血の繭を取り出し、ベルトに下げたのだ。
故に、その中にはデジールや死之怨巨鬼神もいる。
バンッと血を波打たせ、ウィオリナは偽物のウィオリナに向かって駆ける。血の弓を引き、血のヴァイオリンの音を奏でる。
「簡略<封血款約>――“略称ヘヘロイト”ッ。<血浪雹雪>ッッ!!」
『ッッッ!?』
鮮血の拳大の氷と雪が偽物のウィオリナに襲い掛かる。鮮血の拳大の氷は弾丸の如く威力を持ち、鮮血の雪に触れれば凍りついてしまうだろう。
ヘヘロイト。ウィオリナが最初に封印した吸血鬼の略名。氷を操る吸血鬼だった。
偽物のウィオリナは必死に頬を引きつらせながら、鮮血の拳大の氷と雪を必死に避ける。
ウィオリナの連撃は終わらない。氷と雪が降り注ぐ中、ウィオリナは謳う。
「簡略<封血款約>――“略称リシカ”ッ。<血炎狼牙>ッッ!!」
氷の次は炎。
ウィオリナが血のヴァイオリンから無数の血糸を伸ばせば、その先端に炎を纏った血の狼が現れる。
リシカ。ティーガンが封印した吸血鬼の真祖。炎を操る吸血鬼。
自分が封印した存在でなくとも、<封血款約>は意味を成すのだ。
偽物のウィオリナは<天血獣>に過剰なまでのエネルギーを注ぎ、必死に火炎の血狼から逃げ延びる。
『クッッッ』
しかし、鮮血の氷雪が火炎の血狼に触れた瞬間、一気に溶けて気化する。膨張した水蒸気は爆風となって偽物のウィオリナ吹き飛ばした。
ウィオリナは追撃する。
「簡略<封血款約>――“ショウジョウシン”ッ。<血紫雷公>ッッ!!」
その水蒸気の暴風に、赤紫の雷が奔る。水蒸気を伝わり、偽物のウィオリナを閉じ込める赤紫の雷の牢獄となる。
ショウジョウシン。猩々の長の名前であり、雷と知恵を操る獣。
『ガッ、カハッ!!!』
赤紫の雷の牢獄に閉じ込められた偽物のウィオリナは、もろに高圧の雷を浴びる。<天血獣>でそれなりにダメージを軽減したものの、動きは少しだけ鈍る。
だから、ウィオリナは美しき血のヴァイオリンの音を奏でる。
「簡略<封血款約>――“略称デジール”ッ。<血糸奪縛>ッッッッ!!!!」
『ッッ、<血糸妖斬>ッッッ!!』
美しいヴァイオリンの音色と共に放たれた血糸に、雷による麻痺から回復しきれていない偽物のウィオリナは頬を引きつらせる。
逃げることも対応することも叶わず、苛立ちながら<血糸奪縛>を相殺するように<血糸妖斬>を放った。
しかし、意味はない。
『ッッッ!?!?』
偽物のウィオリナが放った<血糸妖斬>は<血糸奪縛>に触れた瞬間、空中に溶けて消えた。
いや、正確には<血糸奪縛>に奪われたのだ。<血糸妖斬>に込められた血力全てを。
デジール。ウィオリナの敵にして、『奪う』を極めし真祖の吸血鬼。
その力を纏った<血糸奪縛>は、偽物のウィオリナに向かって奔る。
『こんの、ですッッッ!!!』
偽物のウィオリナは歯噛みしながら、麻痺していている体に鞭を打ち、必死に<血糸奪縛>を回避した。
だが、自分だからこそ、ウィオリナはその行動を予測していた。
「ウィオリナ・ウィワートゥス――」
偽物のウィオリナが回避した先に先回りしていたウィオリナは、思う。
自分の名前を謳うのは、新鮮な気分だ。
神妙な気持ちになったウィオリナはその感情を噛みしめながら、血のヴァイオリンを奏でる。
祈るように、愛するように。殺すのではなく、封印を選ぶその先を願うように。
「――“天封”混合ウィ流血糸闘術、<天血楔封獄>」
『ああ、わたしがなんでッッッ!!』
偽物のウィオリナが封印された。
そして、
「簡略<封血款約>――“優命”。<死破糸斬>ッッッ」
「ぬなッッッ!!??!!??」
ウィオリナは空間を切り裂き、孔を開けた。
本物のベルフェゴールがいる空間へと。
見つかるとは思っていなかったのだろう。ベルフェゴールは驚愕の声を上げて腰を抜かしている。
「ひぃぃぃぃっっっ!!!」
這いつくばるようにウィオリナから逃げようとする。
ベルフェゴールは天獄界の七王の一人だ。
しかし、生来の怠け具合とそれを補う偽物創造で自分で戦うことは殆どなかった。
だから、ベルフェゴールは戦えない。自分が戦うことに慣れていない。
「ベルフェゴール・イヴィル――」
「ま、待ってくれッッッ。俺は、命令されたんだ。仕方なかったんだ! だから待って――」
ベルフェゴールが惨めに命乞いをする。泣き叫ぶ。
けれど、ウィオリナは聞かない。言葉ならどうせ、封印した後でも聞ける。
だから、
「――“天封”混合ウィ流血糸闘術、<天血楔封獄>ッッッッ!!!」
「待てって言ったのに……」
ベルフェゴールは封印された。
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公開可能情報
<祈血昇華>:血術、または血法。血力と祈力を撚り、強靭で強力なエネルギーと昇華させる。通常の祈力によるエネルギー昇華よりも昇華効率が高い。
<封血款約>:“天封”と血法の混合技。血力を用いて施した封印に封印された存在の力を“天封”を用いて、借り受ける技。実のところ、“天封”だけでは成り立たず、“天眼”による“名”と魂魄を確かに捕捉する必要がある。
<死瘴・血糸妖斬>:死之怨巨鬼神の死瘴気を纏った<血糸妖斬>。触れた存在を死に至らしめる。それは生命だけには限らず、ウィオリナが指定した対象なら何でも。
<血浪雹雪>:吸血鬼、ヘヘロイト、本名、ヘヘロハライトジェーロイゲゥヴィワウィアの氷雪を操る力を血を媒介に行使する技。拳大の氷の弾丸と触れた瞬間に凍らせる雪の雨を波状的に放つ。
<血炎狼牙>:吸血鬼真祖、リシカ、本名、リシカリスバルクスフェルンドアリステシカの火炎を操る力を血を媒介に行使する技。血糸の先端に火炎を纏った血の狼を創り出し、自由自在の駆け巡らせる。
<血紫雷公>;猩々の長、ショウジョウシンの雷を操る力を血を媒介に行使する技。超高密度の高圧電流が奔る。
<血糸奪縛>:吸血鬼真祖、デジール、本名、デジールバルハルトルハジーハルの奪う力を血を媒介に行使する技。その血糸に触れた存在が持つエネルギーを奪い捕縛する。流石に権能は奪えない。
<死破糸斬>:死之怨巨鬼神の殺す力を血を媒介に行使する技。<死瘴・血糸妖斬>とは違い、命がない存在、特に概念や法則などといったものを斬り殺す技。“天眼”でそれをしっかりと認識することが必要だが、応用すれば空間の隔たりを殺し、疑似的な転移門を創り出すことも可能となる。
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