十九話 おや?
ー/ー 黒渦の転移門から現れたウィオリナは見た。
「がっ、けほっ!」
「ダイスケさんッッ!!」
大輔が一方的にやられている姿を。
数百メートルにも上る巨大な骸骨。ガシャドクロ。今もその身を大きくしており、立つことすらままならなくなっている。
けれど怨言を叫びながら両腕を地面に叩きつけ、巨大な地震を引き起こす。周囲の建物全てが崩れ去る。
しかも、ガシャドクロから流れてくる瘴気から、数千を超える一本角をもった骸骨が次々と現れ、大輔に殺到する。
しかし、それだけじゃない。
『ふんっ!』
「ッ、ヤバッ!」
三本角。身長は三メートルほどか。
この世の者とは思えないほどおどろおどろしく悍ましい巨体を持った鬼がそこにはいた。着物にも似た黒衣を纏い、まるで死そのもののようだ。
それは大輔以上の存在感を放ち、悠々と大輔に拳を振り下ろしている。
死之怨巨鬼神。かつて異世界から追放された神。
日本の神々によってその身に宿る神性の殆どは消滅させられたが、それでも神の一角としてその猛威を振るっている。
「ウィ流血糸闘術ッ、<血糸電裂>ッッッ!!!」
血のヴァイオリンを奏で、ウィオリナの血のシスターワンピースから無数の血糸を放出する。血糸の波が大輔を襲う全てに射出される。
超高圧電流が流れ、紫電が放出される。
一本角を持つ骸骨たちは焼き尽くされ、ガシャドクロと死之怨巨鬼神の動きが一瞬だけ止まる。
その一瞬を見逃す大輔ではなく、転門鍵でウィオリナの隣に転移する。口の中に溜まった血を吐きつつ、ウィオリナに指示を出す。
「ッ、ウィオリナはガシャドクロをッ! それと骸鬼に触れないで! 生気を吸われるッ!」
「ダイスケさんはッ!?」
「死之怨巨鬼神を殺るッ!」
大輔がウィオリナの問いに戦意と殺意を燃やしながら答えた瞬間、
『成り損ないが我を討てる思うておろうか?』
「「ッッ!!」」
死之怨巨鬼神が二人の目の前に現れた。空気を振動させるそれではなく、直接魂魄を震わすような声と共に拳を振り下ろす。
転移ではない。普通に速いのだ。大輔の知覚能力を上回るほどに。
それでも異世界で濃密な戦闘経験が大輔を動かした。
右腕の金茶色の線が走る漆黒の盾、進化する黒盾に魔力を注ぐ。一瞬でそれはスライドし、空間断絶結界も組み込んだ巨大な盾となる。
「ダイスケさんッッ!?」
「いいからガシャドクロをッ!」
同時に問答無用でウィオリナを転門鍵で転移させる。
「グッ、ッッッッッッァァァァ!!!」
死之怨巨鬼神の拳の威力は計り知れない。軽々しく音を超えたことによる暴風とその拳に宿る空間衝撃の激震が進化する黒盾から大輔に伝わる。
裂帛の叫びを上げながら、その激震を殺す。しかしそれでも威力を殺す事はできず、右腕の骨が砕ける音が響き、血飛沫を噴き上げ、数十メートル先まで吹き飛ばされる。
『大半が浄化されたとはいえ、我は未だに神であろうぞ』
「それがどうしたッ!」
ザァーと滑りながら着地する大輔に間髪入れず、死之怨巨鬼神が蹴りを繰り出す。
白衣を血に染めながらも、進化する黒盾を収縮させた大輔はイーラ・グロブスとインセクタを構え、半身ずらす。蹴りを躱す。
同時に間延びした音が響き、八発の弾丸が地面や直ぐ近くの瓦礫などを跳躍しながら死之怨巨鬼神に迫る。八方から超至近距離で音速を超える弾丸だ。多撃同時連射と多跳躍交弾だ。
『他愛無い』
「でしょうねッ!」
死之怨巨鬼神の肉体が硬化し、カンッと弾丸の全て弾く。それを見越していた大輔は、既に半歩下がりイーラ・グロブスを構えていた。
銃口に幾何学模様が浮かび上がり、そして引き金を引く。
射出された弾丸は、幾何学模様を通過した瞬間、巨大化する。イーラ・グロブスに組み込まれている機能の一つだ。
巨大化し音速をこえるそれは、死之怨巨鬼神を押しつぶすかと思ったが。
『ふんっ』
「チィッ!」
死之怨巨鬼神の拳一つでそれは砕け散った。
砕け散った銃弾の破片を躱しながら、大輔は舌打ちする。"天心眼"と"星泉眼"で死之怨巨鬼神の神髄を探ってはいるものの、突破口は一切見当たらない。
豪快な笑みを浮かべた死之怨巨鬼神は死の瘴気を右拳に集める。
『汝に我の“死”が意味をなさぬように、汝の“死”も我に意味をなさぬ』
「ッッッ!!」
ダンッと死之怨巨鬼神が踏み込めば、既に大輔の懐へ。その巨体から繰り出される右拳には触れた存在を死に至らせる瘴気が纏っている。
大輔は本能がかき鳴らす警戒音にしたがって咄嗟にイーラ・グロブスとインセクタをクロス。金茶色の魔力を高密度で纏わせる。
“死”の瘴気を纏った拳とクロスされたイーラ・グロブスとインセクタがぶつかる。
「チッ!」
イーラ・グロブスとインセクタが弾き飛ばされる。それぞれが宙を舞う。
しかし、苦々しく舌打ちをしながらも大輔はその衝撃を利用してくるりと回転。死之怨巨鬼神の背後へと回る。
『もう少し我に付き合うのだ』
「却下ッ!!」
超至近距離なのに、その巨体は素早く動く。
背後に回った大輔に対して、死之怨巨鬼神はバク転。三メートルほどの巨体が宙を舞い、そのまま何もない空中を鉄棒のように掴み、一回転。
そのまま“死”の瘴気を纏った右脚で蹴りを大輔にかます。
超至近距離で繰り出された蹴りを大輔は躱すことができない。
頬を引きつらせながら大輔は左腕に魔力を集める。“死”の瘴気を纏った右脚の蹴りを受け止める。吹き飛ばされる。
『ほら、死なぬ』
「ッッッァァァ!!!」
白衣やシャツは塵となり、左腕が爛れる。
しかし、苦悶に唸りながらも大輔は生きていた。“死”の瘴気に触れたのにも関わらず。
吹き飛ばされた衝撃をザァーと回転しながら着地して殺し、大輔は白衣を金茶色に輝かせる。
すれば、時が巻き戻ったかのように爛れた左腕が元通りになり、白衣もシャツも新品同様に戻る。
それから大輔は空中から落ちてきたイーラ・グロブスとインセクタをキャッチする。同時にふぅと息を吐き、輝かせていた“天心眼”も“星泉眼”も“黒華眼”の発動もやめた。
「はぁ」
大輔はすべてを見透かしたような溜息を吐く。
ガラリと雰囲気を変わった。今までは『動』とするなら、今は『静』。とても静かなのだ。
「やっぱり神って厄介だよ」
『神殺しを為せる傲慢さがあるからこそよの。その言葉は』
「うるさい」
カカッと哄笑する死之怨巨鬼神は、苛烈に大輔に拳や蹴りを繰り出す。大輔は紙一重でそれを躱し、お手玉のようにイーラ・グロブスとインセクタを弄びながら銃弾を射出する。
「大体さ、自分で解けないの? その精神操作」
『解けぬなッ!』
「なんでそう誇らしげに言うんだよ」
死之怨巨鬼神が繰り出す格闘術も、イーラ・グロブスとインセクタから射出される銃弾もそこらの存在が触れれば即座に死ぬ威力と殺意を持っている。
しかし、交わされる会話はどうにも気が抜けていて。
「ねぇ、アイツぐらい消滅させてよ」
大輔は少しだけ遠くを見る。
そこにはウィオリナがいて、ガシャドクロと苛烈な戦いを繰り広げていた。
『無理だ。奴は我の残滓みたいなモノ。汝が生気を発しているように、我は瘴気を発する』
大輔は溜息を吐き、片眉を上げる。
「なら、強化ぐらいやめてよ。そうすれば他の化生たちをさっさと斃せるし」
『それも無理だ。我は死之怨巨鬼神ぞ。死を抱き怨に愛された存在を慈しみ守るのが我が神髄よ』
「だったらその神性を破棄してよ」
『できぬから、神々も我を封印するにとどまったのであろう』
「そうですか」
実はいうと、死之怨巨鬼神は戦いたくて戦っているわけではない。
じゃあ、何故大輔に向かって殺意を振りまいているのか。
一つは霊力を用いた精神操作。これは死之怨巨鬼神だけでなく他の京都を襲っている化生たちにも行われている。
精神を直接操作するとうよりは暗示にも近く、ある程度の自由意志は効くものの結局は京都で暴れなければならない。
まぁ、暴れたくて暴れている化生が大多数だが。
二つ目は神性。
神性を宿す者はその神性に従った行動を取らなければならない。本能ともいうべきか。
死之怨巨鬼神の場合は、極論を言えば死を振りまくこと。それに付随していくつかの神髄を宿している。
なので千年前くらいに日本の神々に叛逆した時は別だが、今の死之怨巨鬼神は戦いたくて戦っているわけではないのだ。
というか、封印されている方が神性に支配されないのだ。それどころか、意識だけを分離して妖魔界の外、つまり現世を自由に歩くことができたため、充実していたのだ。
「はぁ」
『そう溜息を吐くものではないぞ』
「誰のせいで吐いてると思っているんだよ」
『奸計をした者であろう?』
「……はぁ」
会話といえない会話を交わした大輔と死之怨巨鬼神の周囲は無残。元は神社であったそこには一切の残骸も残っておらず、あるのは死に満ちた灰色の大地だけ。
そこで死を振りまきながら舞踏する。
『一つ問うてもよいか?』
「今すぐ自死するならいいけど」
死之怨巨鬼神は鬱陶しそうに目を細めた大輔を無視する。
『如何様にして神殺しを為したのだ?』
「いうわけないじゃん。盗聴している奴がいるのにさ」
『久しぶりの楽しみに邪魔者なぞおらんよ』
「だったら、そのまま精神操作くらい妨害してよ。そうすれば、こことは別のところで戦えるのにさ」
折れた肋骨を再生しながら、大輔は溜息を吐く。
「それ専門の奴がいただけだよ」
『ここにはおらんのか?』
「さぁね?」
『そうか』
結局を言えば、大輔は死之怨巨鬼神を斃せない。封印もできない。“天心眼”等々の解析により、それは明らかだ。
死之怨巨鬼神が神性を持ち不滅であるのも一つだが、大輔の力では根本的に死之怨巨鬼神を斃せないのだ。直樹も同様だ。
大輔と直樹にはいくつかの制限が掛かっている。
その一つが神性を持つ存在を傷つけられないという制限である。
異世界において、神殺しを為せるまでに成長した大輔たちを恐れた邪神が施した呪いだ。
もちろん、異世界でそれを克服してはいた。
が、今の大輔と直樹のスペックは異世界の時に比べて低い。八割に到達しているくらいか。魂魄が地球の身体に馴染んでいなかったりするのが原因だ。
そしてスペックはステータス値や能力だけを指すのではなく、総合力も含まれる。神の呪いも無効化できる格が今の大輔たちにはないのだ。
そもそも翔から送られてくる魔力で無理やり誤魔化しているだけで、ステータス値や能力的に考えても、死之怨巨鬼神に劣っているのだが。
ただ、運がいいことに死之怨巨鬼神は本気で大輔たちを殺そうとしているわけではない。仕方なくそう動かされているだけだ。
そのため、向こうはそれなりに手を抜いている。
「こっちも一つ質問いい?」
『よいぞ』
戦術補助多蜂支援機などで、要救助者を助けたりしている大輔は尋ねる。同時に直樹から連絡を受け取る。
あらかたの化生は斃せたと。
「その神性ってどうやって得たのさ」
『幼い時だ。どっかのアホが幼かった我にこの神性を押し付けたのだ』
死之怨巨鬼神の声に初めて怒気が混じった。それほどまでに怨んでいるのであろう。
「……名前は?」
『イヴハフルとかそんな感じだ』
「……そう」
何かに思い当たったのか、大輔は苦々し気に顔を歪めた。
と、
『それよりあらかた斃したのであれば、そろそろ女狐と戦っている西洋の鬼か、あそこの美しい奏者と交代したらどうだ? 汝が戦うよりは、我を斃す……いや、封印する可能性はあると思うが』
死之怨巨鬼神チラリと夜空と少し遠くを見やる。
夜空には、巨大な狐――九尾を渡り合っているティーガンがいて、少し遠くにはガシャドクロの体の一部を封印したウィオリナがいた。
『特にあの西洋の鬼は我の天敵ともいうべき力を宿しておるな』
「そう。なら、ティーガンさんと代わって――」
時間稼ぎはできた。
京都を襲っていた化生は直樹があらかた斃したし、残っている奴は神和ぎ社の方で対処できるだう。
それに負傷したカガミヒメもようやく回復したころだし、ならティーガンと協力して死之怨巨鬼神を封印してもらおう。
そう思考した瞬間、
「『おや?』」
冥土の皮を被ったアスモデウスが現れ。
そして、
『すまぬがお遊びはここまでらしい』
死之怨巨鬼神が全力を出してしまった。
「がっ、けほっ!」
「ダイスケさんッッ!!」
大輔が一方的にやられている姿を。
数百メートルにも上る巨大な骸骨。ガシャドクロ。今もその身を大きくしており、立つことすらままならなくなっている。
けれど怨言を叫びながら両腕を地面に叩きつけ、巨大な地震を引き起こす。周囲の建物全てが崩れ去る。
しかも、ガシャドクロから流れてくる瘴気から、数千を超える一本角をもった骸骨が次々と現れ、大輔に殺到する。
しかし、それだけじゃない。
『ふんっ!』
「ッ、ヤバッ!」
三本角。身長は三メートルほどか。
この世の者とは思えないほどおどろおどろしく悍ましい巨体を持った鬼がそこにはいた。着物にも似た黒衣を纏い、まるで死そのもののようだ。
それは大輔以上の存在感を放ち、悠々と大輔に拳を振り下ろしている。
死之怨巨鬼神。かつて異世界から追放された神。
日本の神々によってその身に宿る神性の殆どは消滅させられたが、それでも神の一角としてその猛威を振るっている。
「ウィ流血糸闘術ッ、<血糸電裂>ッッッ!!!」
血のヴァイオリンを奏で、ウィオリナの血のシスターワンピースから無数の血糸を放出する。血糸の波が大輔を襲う全てに射出される。
超高圧電流が流れ、紫電が放出される。
一本角を持つ骸骨たちは焼き尽くされ、ガシャドクロと死之怨巨鬼神の動きが一瞬だけ止まる。
その一瞬を見逃す大輔ではなく、転門鍵でウィオリナの隣に転移する。口の中に溜まった血を吐きつつ、ウィオリナに指示を出す。
「ッ、ウィオリナはガシャドクロをッ! それと骸鬼に触れないで! 生気を吸われるッ!」
「ダイスケさんはッ!?」
「死之怨巨鬼神を殺るッ!」
大輔がウィオリナの問いに戦意と殺意を燃やしながら答えた瞬間、
『成り損ないが我を討てる思うておろうか?』
「「ッッ!!」」
死之怨巨鬼神が二人の目の前に現れた。空気を振動させるそれではなく、直接魂魄を震わすような声と共に拳を振り下ろす。
転移ではない。普通に速いのだ。大輔の知覚能力を上回るほどに。
それでも異世界で濃密な戦闘経験が大輔を動かした。
右腕の金茶色の線が走る漆黒の盾、進化する黒盾に魔力を注ぐ。一瞬でそれはスライドし、空間断絶結界も組み込んだ巨大な盾となる。
「ダイスケさんッッ!?」
「いいからガシャドクロをッ!」
同時に問答無用でウィオリナを転門鍵で転移させる。
「グッ、ッッッッッッァァァァ!!!」
死之怨巨鬼神の拳の威力は計り知れない。軽々しく音を超えたことによる暴風とその拳に宿る空間衝撃の激震が進化する黒盾から大輔に伝わる。
裂帛の叫びを上げながら、その激震を殺す。しかしそれでも威力を殺す事はできず、右腕の骨が砕ける音が響き、血飛沫を噴き上げ、数十メートル先まで吹き飛ばされる。
『大半が浄化されたとはいえ、我は未だに神であろうぞ』
「それがどうしたッ!」
ザァーと滑りながら着地する大輔に間髪入れず、死之怨巨鬼神が蹴りを繰り出す。
白衣を血に染めながらも、進化する黒盾を収縮させた大輔はイーラ・グロブスとインセクタを構え、半身ずらす。蹴りを躱す。
同時に間延びした音が響き、八発の弾丸が地面や直ぐ近くの瓦礫などを跳躍しながら死之怨巨鬼神に迫る。八方から超至近距離で音速を超える弾丸だ。多撃同時連射と多跳躍交弾だ。
『他愛無い』
「でしょうねッ!」
死之怨巨鬼神の肉体が硬化し、カンッと弾丸の全て弾く。それを見越していた大輔は、既に半歩下がりイーラ・グロブスを構えていた。
銃口に幾何学模様が浮かび上がり、そして引き金を引く。
射出された弾丸は、幾何学模様を通過した瞬間、巨大化する。イーラ・グロブスに組み込まれている機能の一つだ。
巨大化し音速をこえるそれは、死之怨巨鬼神を押しつぶすかと思ったが。
『ふんっ』
「チィッ!」
死之怨巨鬼神の拳一つでそれは砕け散った。
砕け散った銃弾の破片を躱しながら、大輔は舌打ちする。"天心眼"と"星泉眼"で死之怨巨鬼神の神髄を探ってはいるものの、突破口は一切見当たらない。
豪快な笑みを浮かべた死之怨巨鬼神は死の瘴気を右拳に集める。
『汝に我の“死”が意味をなさぬように、汝の“死”も我に意味をなさぬ』
「ッッッ!!」
ダンッと死之怨巨鬼神が踏み込めば、既に大輔の懐へ。その巨体から繰り出される右拳には触れた存在を死に至らせる瘴気が纏っている。
大輔は本能がかき鳴らす警戒音にしたがって咄嗟にイーラ・グロブスとインセクタをクロス。金茶色の魔力を高密度で纏わせる。
“死”の瘴気を纏った拳とクロスされたイーラ・グロブスとインセクタがぶつかる。
「チッ!」
イーラ・グロブスとインセクタが弾き飛ばされる。それぞれが宙を舞う。
しかし、苦々しく舌打ちをしながらも大輔はその衝撃を利用してくるりと回転。死之怨巨鬼神の背後へと回る。
『もう少し我に付き合うのだ』
「却下ッ!!」
超至近距離なのに、その巨体は素早く動く。
背後に回った大輔に対して、死之怨巨鬼神はバク転。三メートルほどの巨体が宙を舞い、そのまま何もない空中を鉄棒のように掴み、一回転。
そのまま“死”の瘴気を纏った右脚で蹴りを大輔にかます。
超至近距離で繰り出された蹴りを大輔は躱すことができない。
頬を引きつらせながら大輔は左腕に魔力を集める。“死”の瘴気を纏った右脚の蹴りを受け止める。吹き飛ばされる。
『ほら、死なぬ』
「ッッッァァァ!!!」
白衣やシャツは塵となり、左腕が爛れる。
しかし、苦悶に唸りながらも大輔は生きていた。“死”の瘴気に触れたのにも関わらず。
吹き飛ばされた衝撃をザァーと回転しながら着地して殺し、大輔は白衣を金茶色に輝かせる。
すれば、時が巻き戻ったかのように爛れた左腕が元通りになり、白衣もシャツも新品同様に戻る。
それから大輔は空中から落ちてきたイーラ・グロブスとインセクタをキャッチする。同時にふぅと息を吐き、輝かせていた“天心眼”も“星泉眼”も“黒華眼”の発動もやめた。
「はぁ」
大輔はすべてを見透かしたような溜息を吐く。
ガラリと雰囲気を変わった。今までは『動』とするなら、今は『静』。とても静かなのだ。
「やっぱり神って厄介だよ」
『神殺しを為せる傲慢さがあるからこそよの。その言葉は』
「うるさい」
カカッと哄笑する死之怨巨鬼神は、苛烈に大輔に拳や蹴りを繰り出す。大輔は紙一重でそれを躱し、お手玉のようにイーラ・グロブスとインセクタを弄びながら銃弾を射出する。
「大体さ、自分で解けないの? その精神操作」
『解けぬなッ!』
「なんでそう誇らしげに言うんだよ」
死之怨巨鬼神が繰り出す格闘術も、イーラ・グロブスとインセクタから射出される銃弾もそこらの存在が触れれば即座に死ぬ威力と殺意を持っている。
しかし、交わされる会話はどうにも気が抜けていて。
「ねぇ、アイツぐらい消滅させてよ」
大輔は少しだけ遠くを見る。
そこにはウィオリナがいて、ガシャドクロと苛烈な戦いを繰り広げていた。
『無理だ。奴は我の残滓みたいなモノ。汝が生気を発しているように、我は瘴気を発する』
大輔は溜息を吐き、片眉を上げる。
「なら、強化ぐらいやめてよ。そうすれば他の化生たちをさっさと斃せるし」
『それも無理だ。我は死之怨巨鬼神ぞ。死を抱き怨に愛された存在を慈しみ守るのが我が神髄よ』
「だったらその神性を破棄してよ」
『できぬから、神々も我を封印するにとどまったのであろう』
「そうですか」
実はいうと、死之怨巨鬼神は戦いたくて戦っているわけではない。
じゃあ、何故大輔に向かって殺意を振りまいているのか。
一つは霊力を用いた精神操作。これは死之怨巨鬼神だけでなく他の京都を襲っている化生たちにも行われている。
精神を直接操作するとうよりは暗示にも近く、ある程度の自由意志は効くものの結局は京都で暴れなければならない。
まぁ、暴れたくて暴れている化生が大多数だが。
二つ目は神性。
神性を宿す者はその神性に従った行動を取らなければならない。本能ともいうべきか。
死之怨巨鬼神の場合は、極論を言えば死を振りまくこと。それに付随していくつかの神髄を宿している。
なので千年前くらいに日本の神々に叛逆した時は別だが、今の死之怨巨鬼神は戦いたくて戦っているわけではないのだ。
というか、封印されている方が神性に支配されないのだ。それどころか、意識だけを分離して妖魔界の外、つまり現世を自由に歩くことができたため、充実していたのだ。
「はぁ」
『そう溜息を吐くものではないぞ』
「誰のせいで吐いてると思っているんだよ」
『奸計をした者であろう?』
「……はぁ」
会話といえない会話を交わした大輔と死之怨巨鬼神の周囲は無残。元は神社であったそこには一切の残骸も残っておらず、あるのは死に満ちた灰色の大地だけ。
そこで死を振りまきながら舞踏する。
『一つ問うてもよいか?』
「今すぐ自死するならいいけど」
死之怨巨鬼神は鬱陶しそうに目を細めた大輔を無視する。
『如何様にして神殺しを為したのだ?』
「いうわけないじゃん。盗聴している奴がいるのにさ」
『久しぶりの楽しみに邪魔者なぞおらんよ』
「だったら、そのまま精神操作くらい妨害してよ。そうすれば、こことは別のところで戦えるのにさ」
折れた肋骨を再生しながら、大輔は溜息を吐く。
「それ専門の奴がいただけだよ」
『ここにはおらんのか?』
「さぁね?」
『そうか』
結局を言えば、大輔は死之怨巨鬼神を斃せない。封印もできない。“天心眼”等々の解析により、それは明らかだ。
死之怨巨鬼神が神性を持ち不滅であるのも一つだが、大輔の力では根本的に死之怨巨鬼神を斃せないのだ。直樹も同様だ。
大輔と直樹にはいくつかの制限が掛かっている。
その一つが神性を持つ存在を傷つけられないという制限である。
異世界において、神殺しを為せるまでに成長した大輔たちを恐れた邪神が施した呪いだ。
もちろん、異世界でそれを克服してはいた。
が、今の大輔と直樹のスペックは異世界の時に比べて低い。八割に到達しているくらいか。魂魄が地球の身体に馴染んでいなかったりするのが原因だ。
そしてスペックはステータス値や能力だけを指すのではなく、総合力も含まれる。神の呪いも無効化できる格が今の大輔たちにはないのだ。
そもそも翔から送られてくる魔力で無理やり誤魔化しているだけで、ステータス値や能力的に考えても、死之怨巨鬼神に劣っているのだが。
ただ、運がいいことに死之怨巨鬼神は本気で大輔たちを殺そうとしているわけではない。仕方なくそう動かされているだけだ。
そのため、向こうはそれなりに手を抜いている。
「こっちも一つ質問いい?」
『よいぞ』
戦術補助多蜂支援機などで、要救助者を助けたりしている大輔は尋ねる。同時に直樹から連絡を受け取る。
あらかたの化生は斃せたと。
「その神性ってどうやって得たのさ」
『幼い時だ。どっかのアホが幼かった我にこの神性を押し付けたのだ』
死之怨巨鬼神の声に初めて怒気が混じった。それほどまでに怨んでいるのであろう。
「……名前は?」
『イヴハフルとかそんな感じだ』
「……そう」
何かに思い当たったのか、大輔は苦々し気に顔を歪めた。
と、
『それよりあらかた斃したのであれば、そろそろ女狐と戦っている西洋の鬼か、あそこの美しい奏者と交代したらどうだ? 汝が戦うよりは、我を斃す……いや、封印する可能性はあると思うが』
死之怨巨鬼神チラリと夜空と少し遠くを見やる。
夜空には、巨大な狐――九尾を渡り合っているティーガンがいて、少し遠くにはガシャドクロの体の一部を封印したウィオリナがいた。
『特にあの西洋の鬼は我の天敵ともいうべき力を宿しておるな』
「そう。なら、ティーガンさんと代わって――」
時間稼ぎはできた。
京都を襲っていた化生は直樹があらかた斃したし、残っている奴は神和ぎ社の方で対処できるだう。
それに負傷したカガミヒメもようやく回復したころだし、ならティーガンと協力して死之怨巨鬼神を封印してもらおう。
そう思考した瞬間、
「『おや?』」
冥土の皮を被ったアスモデウスが現れ。
そして、
『すまぬがお遊びはここまでらしい』
死之怨巨鬼神が全力を出してしまった。
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