【冒険者】天使を崇めて

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 冒険者と呼ばれるものたちが生計を立てていくことは、決して簡単なことではない。安定した成果を出していくことが何よりも大変だ。

 そんな冒険者たちにとって命綱となるものは、安い宿屋でもなければ、旨い食堂でもない、優良な道具屋だ。

 過酷な地に赴いて、無事に帰還するためには信頼できる道具が必要不可欠。装備を万全に調えられない冒険者など半人前。

 ことにこのパエデロスにおいては、その重要性を知らない冒険者は早々いない。
 なんといっても周辺には数多くのダンジョンのあるこの街では、様々な挑戦に挑む冒険者たちが日々、押し寄せている。

 それに伴って、冒険の役に立つ道具を仕入れてくる行商人も多い。
 ただ、その全てがまともな行商人とは限らない。
 中には高値で粗悪品を売りつけるものだって少なくはない。

 うっかりろくでもない道具をつかまされて命を落とす冒険者さえいる。
 そのため、パエデロスの酒場では、道具屋の情報交換が特に盛んだった。
 あの行商人は信頼できるとか、最近できた店はぼったくりだとか。

 そうして今日も、パエデロスでは冒険者たちがエールを片手に語り合う。

「やっぱりよぉー、天使の店だよなぁー」
 口元にビールひげをつけた男が上機嫌に鼻を赤らめてワハワハと笑う。

「確かにな。ちょっと高いけど安全に使える魔具ってだけで元が取れる」
 グビグビとジョッキを空にしながら別な男が答える。

「そぉ~かぁ? 確かに品はいいかもしんねぇけんどよぉ、見た目はダサいし、店員が小さい女の子でよぉ、なんか露骨っつ~の? 狙いすぎってかさぁ~」
 べろんべろんに酔っ払った男が背もたれからこぼれそうなくらいぐでんと気抜けた様子で茶々を入れてくる。

「それがいいんじゃねぇか。ミモザ嬢の手作り魔具。いいじゃねぇか」
「あれ、本当に手作りなんかね。だって、あの店にはバックにあの噂のご令嬢フィーがついてんだろ? 金に物を言わせて阿漕な商売やってんじゃね?」
 酔っ払いどもの煽る言葉に、酒場のざわつく声も何やら不穏めいてくる。

「なんだ、お前ら、つまんねぇことで言い争ってんだな。不格好だろうが手作りだろうが、ミモザ嬢とフィー嬢の二人が売り子やってるのがいいんだろ」
 そうだ、そうだ、と右から左から声が飛んでくる。

「おで、ミモザたん店出す前からファンなんだぁ……おで、おで、ずっと前から知ってた……あの子、て、て、天使……ブヒヒヒィ……」
 語彙の崩壊した鼻息の荒い太った男が気味悪く笑う。それに感化されたのかどうかは定かではないが、酒場のボリュームが二段階ほど上昇する。

「お、俺だって前々からミモザのことは目をつけてたんだ! 素朴だけどさ、努力家だしさ! 昔っからあの子は純粋に魔具を売ってるんだ!」
「フィーとかいう変なガキがついてから市場にこなくなってきたもんな。ミモザちゃんの価値を見抜いて引き込んだんだよ」
 空気がどんどん不穏な方向に淀んでいく。酒場のマスターはといえば、やれやれまたか、といった呆れ顔でキッチンの奥で皿を磨いていた。

「おいおいおい、てめぇ! フィー様の悪口を言うのかぁ!? フィー様は俺たちの天使なんだぞ! フィー様がミモザの店を建てて、バックアップしてやってんだからよ! ミモザが商売できてるのはフィー様のおかげなんだよ!」
「そうそう。あんな子、資金源なかったら遅かれ早かれのたれ死んでたさ。あのご令嬢さんが救い出してくれたから今もこうしていられるんだからさ」

 もはやそれは喧騒。今にも暴動にも発展していきそうな勢いで、ミモザ、フィー、ミモザ、フィーと二人の名前が飛び交っていく。

「大体、ミモザの何処がいいんだ。貧乏くさいガキだろうが」
「何を! それを行ったらフィーなんて高慢なガキじゃねえか!」

 不意を打ってバゴォン、という音が響く。
 一体何事かと喧騒が一瞬でパタリと止む。
 見てみると、テーブルだったものの残骸が床に転がっていた。

「だからよぉ! つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ! 派閥争いなんて醜いと思わんのか!」
 どうやら、その男が蹴り上げたらしい。
 ドスドスと静まりかえった酒場の中央まで歩を進めて、その手に持っていた酒瓶をそのままグビっと一口。そしてブハァと酒臭い息を漏らして、声を張り上げる。

「どっちも天使だ。健気な魔具屋の小娘も、高慢なご令嬢の小娘も、どっちもいいじゃねぇか。あの純朴で舌っ足らずなミモザ嬢に優しく接客してもらうのも、ツンとした突き放した態度でありながら真摯に応対してくれるフィー嬢も、どっちも尊くて、どっちもいい。むしろ二人揃ってなきゃ成り立たねぇんだよ!!!!」

 その男はケダモノのようにガオーッと吼える勢いで、言い放つ。
 すると、次の瞬間には、一斉に歓声が上がる。

「そうだ! 天使揃ってこその天使だぁ!」
「おでっ! ミモザたんしゅき! フィーたんもしゅき! ブヒィ!」
「おれ、フィー様の冷たい視線浴びながら罵られたぃぃぃ!!」
「俺だってミモザさまのあの舌っ足らずな声で褒められたいよぉぉぉ!!」
「もう全財産はたいて魔具買っちゃうもんねぇぇぇ!!」
「お、お、オレなんてぇ、使う用と保存用と布教用買ってるぅぅぅ!!」
「ああ、ああ! もう財布がすっからかんだぁぁぁ!!」
「でもフィー様最高!!!!」
「やっぱりミモザちゃん最かわ!!!!」
「「「ミモフィー!! ミモフィー!! ミモフィー!!!!」」」
「「「フィミモー!! フィミモー!! フィミモー!!!!」」」

 一転して、酔っ払いどもの汚い謎のコールが始まる。
 道具屋についての談義は何処へいってしまったのか、一致団結でただ一つの店を崇め奉る謎のムードが出来上がってしまう。

「ああ……いい……天使だぁ……浄化されるぅ……フィーちゃんのたまに見せるあの笑顔見るだけでぇ……ミモちゃんの頭なでなでしてるときのあの顔だけでご飯三杯いけるぅぅぅ……ああ……あぁ……オレもなでなでしてくでぇ……ほひほひ」
「うへへ……おれ聞いちゃったんだなぁ……ミモたんフィーたんっていっしょにお風呂入ってるって……ベッドもいっしょだって、うへ、うへへへへへぇ……あのフィーたんが、ミモたんをぎゅーって、ぐひゅひゅ……しながら、毎晩、寝てるんだぁ……それ知ってからおれ、おれもう……ウッ」
「う……うっ……ヒック、全財産、天使に貢いじまったよぉ……酒飲まなきゃやってられんよぉ……でも金が入ったらあの天使たちにまた貢ぐしかねぇ……」
「ならよ、おめえの魔具を買い取ってやるからさっさと出しやがれ」
「ばーろい、ヒック。誰がくれてやるもんか。これはオイラの宝もんだぁ!」

 涙を流しながらも酒を浴びるように酌み交わし、男共が思いの丈をぶちまけていく。ここは一体なんなのだろうか。はたして何の集いだったのだろうか。
 天使と呼ばれる二人が営業する魔具店愛好家たちのパーティだったのだろうか。

 なんともはや酷い悪酔い集団のメッカと化している。

 当の本人らがこんな有様を知ったらどう思うのやら。幸いにもここは治安のよろしくないパエデロスの酒場。件の二人が出向いてくるには相応しくない場所。
 万が一でも訪れることがないことが、ある意味で救いだったのかもしれない。

 この後、熱量を増していく酔っ払いどもの宴は留まることを知らず、一周回ってまたフィー派とミモザ派に対立し、そしてまた和解して、そんな一連の流れを繰り返して夜も更ける。

 この酒場で天使の店の話題が禁止となったのはそれから間もなくのことだった。


次のエピソードへ進む 第37話 オレと結婚してくれ


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 冒険者と呼ばれるものたちが生計を立てていくことは、決して簡単なことではない。安定した成果を出していくことが何よりも大変だ。
 そんな冒険者たちにとって命綱となるものは、安い宿屋でもなければ、旨い食堂でもない、優良な道具屋だ。
 過酷な地に赴いて、無事に帰還するためには信頼できる道具が必要不可欠。装備を万全に調えられない冒険者など半人前。
 ことにこのパエデロスにおいては、その重要性を知らない冒険者は早々いない。
 なんといっても周辺には数多くのダンジョンのあるこの街では、様々な挑戦に挑む冒険者たちが日々、押し寄せている。
 それに伴って、冒険の役に立つ道具を仕入れてくる行商人も多い。
 ただ、その全てがまともな行商人とは限らない。
 中には高値で粗悪品を売りつけるものだって少なくはない。
 うっかりろくでもない道具をつかまされて命を落とす冒険者さえいる。
 そのため、パエデロスの酒場では、道具屋の情報交換が特に盛んだった。
 あの行商人は信頼できるとか、最近できた店はぼったくりだとか。
 そうして今日も、パエデロスでは冒険者たちがエールを片手に語り合う。
「やっぱりよぉー、天使の店だよなぁー」
 口元にビールひげをつけた男が上機嫌に鼻を赤らめてワハワハと笑う。
「確かにな。ちょっと高いけど安全に使える魔具ってだけで元が取れる」
 グビグビとジョッキを空にしながら別な男が答える。
「そぉ~かぁ? 確かに品はいいかもしんねぇけんどよぉ、見た目はダサいし、店員が小さい女の子でよぉ、なんか露骨っつ~の? 狙いすぎってかさぁ~」
 べろんべろんに酔っ払った男が背もたれからこぼれそうなくらいぐでんと気抜けた様子で茶々を入れてくる。
「それがいいんじゃねぇか。ミモザ嬢の手作り魔具。いいじゃねぇか」
「あれ、本当に手作りなんかね。だって、あの店にはバックにあの噂のご令嬢フィーがついてんだろ? 金に物を言わせて阿漕な商売やってんじゃね?」
 酔っ払いどもの煽る言葉に、酒場のざわつく声も何やら不穏めいてくる。
「なんだ、お前ら、つまんねぇことで言い争ってんだな。不格好だろうが手作りだろうが、ミモザ嬢とフィー嬢の二人が売り子やってるのがいいんだろ」
 そうだ、そうだ、と右から左から声が飛んでくる。
「おで、ミモザたん店出す前からファンなんだぁ……おで、おで、ずっと前から知ってた……あの子、て、て、天使……ブヒヒヒィ……」
 語彙の崩壊した鼻息の荒い太った男が気味悪く笑う。それに感化されたのかどうかは定かではないが、酒場のボリュームが二段階ほど上昇する。
「お、俺だって前々からミモザのことは目をつけてたんだ! 素朴だけどさ、努力家だしさ! 昔っからあの子は純粋に魔具を売ってるんだ!」
「フィーとかいう変なガキがついてから市場にこなくなってきたもんな。ミモザちゃんの価値を見抜いて引き込んだんだよ」
 空気がどんどん不穏な方向に淀んでいく。酒場のマスターはといえば、やれやれまたか、といった呆れ顔でキッチンの奥で皿を磨いていた。
「おいおいおい、てめぇ! フィー様の悪口を言うのかぁ!? フィー様は俺たちの天使なんだぞ! フィー様がミモザの店を建てて、バックアップしてやってんだからよ! ミモザが商売できてるのはフィー様のおかげなんだよ!」
「そうそう。あんな子、資金源なかったら遅かれ早かれのたれ死んでたさ。あのご令嬢さんが救い出してくれたから今もこうしていられるんだからさ」
 もはやそれは喧騒。今にも暴動にも発展していきそうな勢いで、ミモザ、フィー、ミモザ、フィーと二人の名前が飛び交っていく。
「大体、ミモザの何処がいいんだ。貧乏くさいガキだろうが」
「何を! それを行ったらフィーなんて高慢なガキじゃねえか!」
 不意を打ってバゴォン、という音が響く。
 一体何事かと喧騒が一瞬でパタリと止む。
 見てみると、テーブルだったものの残骸が床に転がっていた。
「だからよぉ! つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ! 派閥争いなんて醜いと思わんのか!」
 どうやら、その男が蹴り上げたらしい。
 ドスドスと静まりかえった酒場の中央まで歩を進めて、その手に持っていた酒瓶をそのままグビっと一口。そしてブハァと酒臭い息を漏らして、声を張り上げる。
「どっちも天使だ。健気な魔具屋の小娘も、高慢なご令嬢の小娘も、どっちもいいじゃねぇか。あの純朴で舌っ足らずなミモザ嬢に優しく接客してもらうのも、ツンとした突き放した態度でありながら真摯に応対してくれるフィー嬢も、どっちも尊くて、どっちもいい。むしろ二人揃ってなきゃ成り立たねぇんだよ!!!!」
 その男はケダモノのようにガオーッと吼える勢いで、言い放つ。
 すると、次の瞬間には、一斉に歓声が上がる。
「そうだ! 天使揃ってこその天使だぁ!」
「おでっ! ミモザたんしゅき! フィーたんもしゅき! ブヒィ!」
「おれ、フィー様の冷たい視線浴びながら罵られたぃぃぃ!!」
「俺だってミモザさまのあの舌っ足らずな声で褒められたいよぉぉぉ!!」
「もう全財産はたいて魔具買っちゃうもんねぇぇぇ!!」
「お、お、オレなんてぇ、使う用と保存用と布教用買ってるぅぅぅ!!」
「ああ、ああ! もう財布がすっからかんだぁぁぁ!!」
「でもフィー様最高!!!!」
「やっぱりミモザちゃん最かわ!!!!」
「「「ミモフィー!! ミモフィー!! ミモフィー!!!!」」」
「「「フィミモー!! フィミモー!! フィミモー!!!!」」」
 一転して、酔っ払いどもの汚い謎のコールが始まる。
 道具屋についての談義は何処へいってしまったのか、一致団結でただ一つの店を崇め奉る謎のムードが出来上がってしまう。
「ああ……いい……天使だぁ……浄化されるぅ……フィーちゃんのたまに見せるあの笑顔見るだけでぇ……ミモちゃんの頭なでなでしてるときのあの顔だけでご飯三杯いけるぅぅぅ……ああ……あぁ……オレもなでなでしてくでぇ……ほひほひ」
「うへへ……おれ聞いちゃったんだなぁ……ミモたんフィーたんっていっしょにお風呂入ってるって……ベッドもいっしょだって、うへ、うへへへへへぇ……あのフィーたんが、ミモたんをぎゅーって、ぐひゅひゅ……しながら、毎晩、寝てるんだぁ……それ知ってからおれ、おれもう……ウッ」
「う……うっ……ヒック、全財産、天使に貢いじまったよぉ……酒飲まなきゃやってられんよぉ……でも金が入ったらあの天使たちにまた貢ぐしかねぇ……」
「ならよ、おめえの魔具を買い取ってやるからさっさと出しやがれ」
「ばーろい、ヒック。誰がくれてやるもんか。これはオイラの宝もんだぁ!」
 涙を流しながらも酒を浴びるように酌み交わし、男共が思いの丈をぶちまけていく。ここは一体なんなのだろうか。はたして何の集いだったのだろうか。
 天使と呼ばれる二人が営業する魔具店愛好家たちのパーティだったのだろうか。
 なんともはや酷い悪酔い集団のメッカと化している。
 当の本人らがこんな有様を知ったらどう思うのやら。幸いにもここは治安のよろしくないパエデロスの酒場。件の二人が出向いてくるには相応しくない場所。
 万が一でも訪れることがないことが、ある意味で救いだったのかもしれない。
 この後、熱量を増していく酔っ払いどもの宴は留まることを知らず、一周回ってまたフィー派とミモザ派に対立し、そしてまた和解して、そんな一連の流れを繰り返して夜も更ける。
 この酒場で天使の店の話題が禁止となったのはそれから間もなくのことだった。