第30話 アホの子、増える

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 遠目ではあったものの、その蜂の巣はかなりの大きさで、ちょっとした一軒家よりやや大きい。
 我の屋敷と比べれば小さいものだが、蜂ごときの家としてみたら大きすぎるというレベルではない。

 よくもまあ、木の枝にそんなものをぶら下げていられる。それを支えていられる巨木も立派なものだ。

 ブゥーン、ブゥーンという羽音がだんだん耳障りになってくる。
 目的のものは、あの巡回している巨大蜂(ビッグホーネット)の守っている巣の中にあるということは、どうあっても戦いを避けることはできないだろう。

「一気に焼き払うのではダメだったのだな」
「そうれしゅ。中の極上蜜(ローヤルゼリー)は熱には弱いので」

 できることならこの位置から炎系の魔法をぶち当てて、巨木ごと燃やし尽くしてしまえば手っ取り早いのだが、肝心の蜜が採取できないのでは意味がない。

「ええと、巨大蜂は一つの巣に何匹くらいおるんだったか?」
「今の時期だと三百匹くらいれすね」

 あのサイズでそんなにいるのか。一匹一匹狩っていたのでは日が暮れてしまうな。魔石が持つかどうかも分からん。
 今の我は魔力がすっからかんだ。ミモザの魔石でやりくりしていくしかないが、魔石だって数に限りがある。無駄使いはできない。

「極上蜜は普通の蜜と違って、巣の奥の方、女王蜂を育てる王室にだけあるんれす。でしゅから、まずは巣に入って王室を目指しまふ」

 三百の軍勢をかいくぐって、巣の最深部か。こりゃあ確かに骨が折れる。依頼を掛けたら多額の金が掛かるのも当然だな。

 まずは、どうやって巨木の上の方にある巣に入るか、だが……。

「ひええええぇぇっ!!!! た、た、助けてええぇぇっ!!!!」

 唐突に何処からか悲鳴が聞こえてくる。なんだなんだ、と見てみると、巨木の根元あたりで巨大蜂に襲われている少年が一人。
 ひょっとして冒険者か? まさか木をよじ登って巣まで上ろうとしたわけではあるまいな。地面に近ければ蜂に見つからないとでも思ったのか。

「フィーしゃん! 誰かが襲われてましゅ!」
「ああ、分かっておるわ」

 助ける義理などないが、目の前で死なれてはミモザに見せたくもないものを見せる羽目になる。仕方ないが、助けてやるとするか。

 距離にすれば、かなり離れている。ここから走って向こうに着いた頃にはあの冒険者の死体と対面した後、蜂の群れに取り囲まれてしまうな。

幻想の刻印石(ラピストリア)っ!」

 我の手の先から放たれるは、頭大くらいの大きさの弾丸のような宝石。
 矢よりも早く、蜂どもよりも早く、数十発ほど飛んでいき、少年のやや上空を飛ぶ巨大蜂数匹に直撃。

 頭と胴体が千切れ、羽ももげ、バラバラに四散する。
 うぅむ、これはこれで気色の悪い光景だが、仕方あるまい。

「ひぃ……っ! ひぃ……っ!」

 少年が死にものぐるいで走ってくる。二足歩行なのか四足歩行なのか曖昧になるくらい必死に逃げようとしている様がよく見える。
 巨大蜂どもはまだまだ追いかけてくる。

幻想の刻印石(ラピストリア)っ!」

 もう一度、連弾。今度は十匹くらいまとめて落としたが、まだまだいる。むしろ増えている気さえする。さすがに多すぎるな。だが、逃げるには十分だろう。

「ぁ……、ぁ……、あり、がと、う……ごぁ……ゲホゲホッ」

 我とミモザの足下に転がり込むようにズテンと逃げ込み、息も整わぬうちにお礼の言葉を言おうとしてむせる。
 ひぃひぃぜぇぜぇと喘ぎ、涙と鼻水でぐじゅぐじゅなアホ面だ。よくもまあそんななりでこの森の奥までこれたな。

「まだ礼を言うな、来てるぞ」
 少年の後ろから、巨大蜂が目視できるだけで三十。巨体すぎてまだ後ろの方にいるような気がするが、構うものか。

生命纏う紅焔(サニーパーク)っ!」
 そう唱え終えると同時に、正面にいた巨大蜂から順に燃え上がっていく。
 逃げ出しても全身を覆う炎を振り払えるわけもなく、空中で燃える蜂どもはそのまま悶えながら他の蜂どもとゴッツンコして、また燃え移らせ、そして落ちた。

 死屍累々。燃え落ちる巨大蜂の死骸がボタボタと山になっていく。さすがに危険を察知したのか、炎上に巻き込まれず残った蜂どもは逃げていった。

 火力は抑えておいたから多分、巣まで燃えたまま帰るバカはいないだろう。そうなってしまったら本末転倒だ。

「はい、お水れしゅ。落ち着いてくらさい」
「ぁ、うん、ごめ……ふぅ、ふぅ……」

 ミモザから水筒を受け取り、息を落ち着かせながら水を飲み干し、そしてむせて咳き込む。まったく、落ち着きのない奴だ。
 まあ、我がいなかったら間違いなく死んでいたところなのだからそうもなるか。

「ふぅ……、はぁ……、助けていただき、ありがとう、ございます。ボクはコリウスと言います。本当に、本当に、すみません、ありがとうございます」
 繰り返し繰り返し半べそをかきながらお礼の言葉を繰り返す。
 その手はまだ震えが止まらない様子だ。
 おそらく自分が助かったことを実感できていないのだろう。

「コリウスくんれすか。わたしはミモザっていいましゅ。こちらは、えぇと、わたしのお姉しゃんです!」
「うむ、姉だ」
 腕を組み、見下ろすように言ってみる。いかにも姉っぽいだろう。
 何せ、今の我は怠惰なる色彩(カラーチート)背伸びの願望(グロウキッズ)の合わせ技で、ミモザと似たような髪、そして大人のような背丈なのだから。

「ミモザさん、それとミモザさんのお姉さん。よろしくお願いします。ふぅ……」
 心落ち着かせるようにか、コリウスは深く深く呼吸する。

「コリウスくんも巨大蜂の巣を目指してたんれふか?」
「あ、はい、そうです。極上蜜が欲しくて……でもボクではギルドにも頼めるほどお金がないから……」
 この小僧、正気か? あの巨大蜂一匹すら追い払えないくせして、あの蜂の巣に本気で潜り込もうとしていたのか?

「いくらなんでも無謀すぎるぞ。何か算段はあったのか?」
「ええと、巨大蜂は炎に弱いと聞いていたので、魔石を……」
 そういってコリウスが取り出してきたのは手のひらに収まる大きさの魔石。
 確かに術式の感じからすると炎の属性を秘めているようだが、どれもミモザの店で買ったものではないな。構造も比較的簡略化された量産ものだ。
 安物とまでは言わないが、これでは焚き火を起こすのが精一杯だろう。

「阿呆め……、こんなものを数個持っていた程度では数が足りぬだろう。まさかとは思うが、巣ごと燃やすつもりだったのではあるまいな?」
「はい、そうすれば手っ取り早いと思いまして!」
 あ、頭が痛くなってきた……。
 こいつ、アホだ。ミモザよりも確実にアホだ。

 というか、仮にこの小僧が先に巣に辿り着いていたら極上蜜が台無しになっていた可能性があったのか。なんと恐ろしいガキだ。

「ダメれしゅよ、コリウスくん。極上蜜は熱に弱いのれす。燃やしたりしたら食材としても素材としても価値がなくなっちゃうんれふよ?」
「そうだったんですかっ!? すみません、ボク知らなくて……」
 ミモザに説教されるとは、つくづく情けない奴。

「あの、ミモザさん……とお姉さんも極上蜜を取りに行くんですよね? 無理は承知でお願いします。どうかボクも一緒に連れていってもらえませんか?」
「ダメだ――」
「いいれすよっ!」
「――いいぞ、ついてこい。せいぜい足手まといにならんようにな」
「あれ? 今一瞬断られたような……いや、ありがとうございます! ボク、頑張って支援しますから! お邪魔にならないようにしますから!」

 ミモザがそう決めたのなら文句は言うまい。
 余計なお荷物が増えてしまったが目的が変わらない。
 やれやれ、面倒なことになったものだ。




みんなのリアクション

 遠目ではあったものの、その蜂の巣はかなりの大きさで、ちょっとした一軒家よりやや大きい。
 我の屋敷と比べれば小さいものだが、蜂ごときの家としてみたら大きすぎるというレベルではない。
 よくもまあ、木の枝にそんなものをぶら下げていられる。それを支えていられる巨木も立派なものだ。
 ブゥーン、ブゥーンという羽音がだんだん耳障りになってくる。
 目的のものは、あの巡回している巨大蜂《ビッグホーネット》の守っている巣の中にあるということは、どうあっても戦いを避けることはできないだろう。
「一気に焼き払うのではダメだったのだな」
「そうれしゅ。中の極上蜜《ローヤルゼリー》は熱には弱いので」
 できることならこの位置から炎系の魔法をぶち当てて、巨木ごと燃やし尽くしてしまえば手っ取り早いのだが、肝心の蜜が採取できないのでは意味がない。
「ええと、巨大蜂は一つの巣に何匹くらいおるんだったか?」
「今の時期だと三百匹くらいれすね」
 あのサイズでそんなにいるのか。一匹一匹狩っていたのでは日が暮れてしまうな。魔石が持つかどうかも分からん。
 今の我は魔力がすっからかんだ。ミモザの魔石でやりくりしていくしかないが、魔石だって数に限りがある。無駄使いはできない。
「極上蜜は普通の蜜と違って、巣の奥の方、女王蜂を育てる王室にだけあるんれす。でしゅから、まずは巣に入って王室を目指しまふ」
 三百の軍勢をかいくぐって、巣の最深部か。こりゃあ確かに骨が折れる。依頼を掛けたら多額の金が掛かるのも当然だな。
 まずは、どうやって巨木の上の方にある巣に入るか、だが……。
「ひええええぇぇっ!!!! た、た、助けてええぇぇっ!!!!」
 唐突に何処からか悲鳴が聞こえてくる。なんだなんだ、と見てみると、巨木の根元あたりで巨大蜂に襲われている少年が一人。
 ひょっとして冒険者か? まさか木をよじ登って巣まで上ろうとしたわけではあるまいな。地面に近ければ蜂に見つからないとでも思ったのか。
「フィーしゃん! 誰かが襲われてましゅ!」
「ああ、分かっておるわ」
 助ける義理などないが、目の前で死なれてはミモザに見せたくもないものを見せる羽目になる。仕方ないが、助けてやるとするか。
 距離にすれば、かなり離れている。ここから走って向こうに着いた頃にはあの冒険者の死体と対面した後、蜂の群れに取り囲まれてしまうな。
「|幻想の刻印石《ラピストリア》っ!」
 我の手の先から放たれるは、頭大くらいの大きさの弾丸のような宝石。
 矢よりも早く、蜂どもよりも早く、数十発ほど飛んでいき、少年のやや上空を飛ぶ巨大蜂数匹に直撃。
 頭と胴体が千切れ、羽ももげ、バラバラに四散する。
 うぅむ、これはこれで気色の悪い光景だが、仕方あるまい。
「ひぃ……っ! ひぃ……っ!」
 少年が死にものぐるいで走ってくる。二足歩行なのか四足歩行なのか曖昧になるくらい必死に逃げようとしている様がよく見える。
 巨大蜂どもはまだまだ追いかけてくる。
「|幻想の刻印石《ラピストリア》っ!」
 もう一度、連弾。今度は十匹くらいまとめて落としたが、まだまだいる。むしろ増えている気さえする。さすがに多すぎるな。だが、逃げるには十分だろう。
「ぁ……、ぁ……、あり、がと、う……ごぁ……ゲホゲホッ」
 我とミモザの足下に転がり込むようにズテンと逃げ込み、息も整わぬうちにお礼の言葉を言おうとしてむせる。
 ひぃひぃぜぇぜぇと喘ぎ、涙と鼻水でぐじゅぐじゅなアホ面だ。よくもまあそんななりでこの森の奥までこれたな。
「まだ礼を言うな、来てるぞ」
 少年の後ろから、巨大蜂が目視できるだけで三十。巨体すぎてまだ後ろの方にいるような気がするが、構うものか。
「|生命纏う紅焔《サニーパーク》っ!」
 そう唱え終えると同時に、正面にいた巨大蜂から順に燃え上がっていく。
 逃げ出しても全身を覆う炎を振り払えるわけもなく、空中で燃える蜂どもはそのまま悶えながら他の蜂どもとゴッツンコして、また燃え移らせ、そして落ちた。
 死屍累々。燃え落ちる巨大蜂の死骸がボタボタと山になっていく。さすがに危険を察知したのか、炎上に巻き込まれず残った蜂どもは逃げていった。
 火力は抑えておいたから多分、巣まで燃えたまま帰るバカはいないだろう。そうなってしまったら本末転倒だ。
「はい、お水れしゅ。落ち着いてくらさい」
「ぁ、うん、ごめ……ふぅ、ふぅ……」
 ミモザから水筒を受け取り、息を落ち着かせながら水を飲み干し、そしてむせて咳き込む。まったく、落ち着きのない奴だ。
 まあ、我がいなかったら間違いなく死んでいたところなのだからそうもなるか。
「ふぅ……、はぁ……、助けていただき、ありがとう、ございます。ボクはコリウスと言います。本当に、本当に、すみません、ありがとうございます」
 繰り返し繰り返し半べそをかきながらお礼の言葉を繰り返す。
 その手はまだ震えが止まらない様子だ。
 おそらく自分が助かったことを実感できていないのだろう。
「コリウスくんれすか。わたしはミモザっていいましゅ。こちらは、えぇと、わたしのお姉しゃんです!」
「うむ、姉だ」
 腕を組み、見下ろすように言ってみる。いかにも姉っぽいだろう。
 何せ、今の我は|怠惰なる色彩《カラーチート》と|背伸びの願望《グロウキッズ》の合わせ技で、ミモザと似たような髪、そして大人のような背丈なのだから。
「ミモザさん、それとミモザさんのお姉さん。よろしくお願いします。ふぅ……」
 心落ち着かせるようにか、コリウスは深く深く呼吸する。
「コリウスくんも巨大蜂の巣を目指してたんれふか?」
「あ、はい、そうです。極上蜜が欲しくて……でもボクではギルドにも頼めるほどお金がないから……」
 この小僧、正気か? あの巨大蜂一匹すら追い払えないくせして、あの蜂の巣に本気で潜り込もうとしていたのか?
「いくらなんでも無謀すぎるぞ。何か算段はあったのか?」
「ええと、巨大蜂は炎に弱いと聞いていたので、魔石を……」
 そういってコリウスが取り出してきたのは手のひらに収まる大きさの魔石。
 確かに術式の感じからすると炎の属性を秘めているようだが、どれもミモザの店で買ったものではないな。構造も比較的簡略化された量産ものだ。
 安物とまでは言わないが、これでは焚き火を起こすのが精一杯だろう。
「阿呆め……、こんなものを数個持っていた程度では数が足りぬだろう。まさかとは思うが、巣ごと燃やすつもりだったのではあるまいな?」
「はい、そうすれば手っ取り早いと思いまして!」
 あ、頭が痛くなってきた……。
 こいつ、アホだ。ミモザよりも確実にアホだ。
 というか、仮にこの小僧が先に巣に辿り着いていたら極上蜜が台無しになっていた可能性があったのか。なんと恐ろしいガキだ。
「ダメれしゅよ、コリウスくん。極上蜜は熱に弱いのれす。燃やしたりしたら食材としても素材としても価値がなくなっちゃうんれふよ?」
「そうだったんですかっ!? すみません、ボク知らなくて……」
 ミモザに説教されるとは、つくづく情けない奴。
「あの、ミモザさん……とお姉さんも極上蜜を取りに行くんですよね? 無理は承知でお願いします。どうかボクも一緒に連れていってもらえませんか?」
「ダメだ――」
「いいれすよっ!」
「――いいぞ、ついてこい。せいぜい足手まといにならんようにな」
「あれ? 今一瞬断られたような……いや、ありがとうございます! ボク、頑張って支援しますから! お邪魔にならないようにしますから!」
 ミモザがそう決めたのなら文句は言うまい。
 余計なお荷物が増えてしまったが目的が変わらない。
 やれやれ、面倒なことになったものだ。