十話 〝紅炎解放〟
ー/ー 三白眼の碧眼にくすんだ金髪を持つ女性は魔導書を片手に走る。いつの間にか敵に分断され、仲間から離れてしまったのだ。
鬱蒼と茂った樹海を走り抜けるその女性――アヤは突如として息を止める。やり過ごそうか逡巡したが、一度捨てた身。惜しくないと、覚悟を決める。
そして、心の中で三カウント数えた瞬間、飛び出す。叫ぶ。
「〝魔書・グリモワール――六。属性指定――風。状態――嵐。範囲――二十から百。閲覧実行!〟」
「グルァッ!!」
そこにいたのは三つの首を持つ巨大な狼が率いる群れ。冥府の番犬と黒妖犬だ。海外の化生であり、イングランド北部に封印されていたのだ。
死者を操るそれらは、様々な亡霊を従えている。特に、醜悪妖精の亡霊の数は多く、数百を越える。
「チッ!」
巨大な嵐を作り出し、冥府の番犬と黒妖犬は吹き飛ばしたものの、実体のない亡霊はすり抜けてアヤに襲い掛かってくる。
アヤは慌てて魔導書に魔力を注ぎ、その場を離脱するが間に合わない。
歯噛みし、支給された金剛宝珠で防御能力を高めて耐えて、反撃の機を伺おうかとしたとき、
「勝手に出るな!」
「……すまない」
天から極光の炎が降り注ぎ、数百を越える亡霊を焼き払った。低い草が生い茂っていた地面はジュッと燃え、少しばかりのガラスができる。
覚醒魔法少女姿の杏が≪白焔≫で亡霊たちの魂魄を消滅させたのだ。炎のドレスが燦然と輝き、夜の樹海を照らす。
≪灼熱≫で作り出した敵を自動で撃ち落とす自動制御型衛星炎球――〝焔星〟を展開しながら、杏はアヤに鼻を鳴らす。
「化生はアタシが全て片付ける。お前はグスタフさんの所に戻って魔術師の相手でもしていろ」
「アイツは違うと何度も言っただろ!」
「嫌がらせだ」
「チッ」
アヤは舌打ちする。それでも杏には強く出れない。イネスを助けてくれた恩もある。自分もだ。
結局、精神を多少操られていたとはいえ、アヤは悪魔憑きのエクソシストに脅しに屈した人間だ。イネスも含めて大切な人たちを人質に取られて、守ろうとして逆に傷つけた。
愚かで浅はかだった。もっと仲間を信じるべきだった。
贖罪は後にしろ。生き残れ。そう言わんばかりの杏の瞳に溜息を吐いた。そういえば、元はと言えば魔法少女が仲間を洗脳したのが始まりだった気がするが、非は自分にある。
アヤは富士山の麓にある祈力熾所へと向かったのだった。
Φ
「ったく。誰一人として死なれては困るというのに。まぁ、直樹の[影魔]があるから大丈夫だろうが……」
煌々と燃え盛る白炎を纏った杏は、冥府の番犬と黒妖犬を≪灼熱≫の弾丸の嵐で穿ち、斃す。覚醒魔法少女衣装に組み込まれた浮遊で浮き上がる。
同時に、樹海全体に張り巡らせた目に見えないほど細かい火の粉から得た敵の情報を整理していく。≪直観≫で推測の確度を得る。
(あらかた化生は滅ぼしたか)
数百近く展開している〝焔星〟で残党の化生を狩りつくしながら、杏はそう結論付ける。
祈力熾所である樹海の地底湖を目指す天使憑きの異界解放派魔術師は、日本の魔術師と異界制定派魔術師でも問題なく対処ができるだろう。
そもそも、日本の魔術師もだが、異界制定派魔術師の練度が高い。対人戦相手はもちろん、人外的な攻撃をしてくる相手に対して非常に高い連帯を以て対処している。
が。
「あれは、本体か?」
とある異界解放派魔術師の体が裂ける。血と肉を散らしながら、その魔術師の体からナニかが這い出てくる。
それは悍ましい。醜い。
ネコの頭、王冠を被る人の頭、ヒキガエルの頭を持ち、下半身は蜘蛛。全てが奇怪であり、されどどこか妖しい神々しさ……異教の神とも言うべき魔性があった。
『数十年の準備がようやく開花したか……ふむ、外見はこれだが、バアル・ブブの方が比率が大きいな。なら、童の手下の方が開きやすいか』
そしてそれは思案顔をしたあと、叫ぶ。
『バエルの名のもとに、顕現せよ!』
「ッ、不味いッ!!」
杏は防衛している魔術師たちの周囲に展開していた〝焔星〟で、その悪魔――バエルを討ち殺そうとするが、遅し。
そのバエルは不可視の何かに包まれ消える。
同時に、上空に鯨の顎を象った界孔らしき孔が現れる。
つまるところ、
「テンプルムは――違う。あれは自力の異世界転移術式か!!」
天使たちが次々に異世界転移門から這い出てくる。純白の翼の羽根がゆらゆらりと舞う。事情を知らないものが見れば、あれこそ救いだと思うだろう。
まぁ実際は、天使は正の感情によって力が増すだけクズでしかない。人を人と思わず、利用することしか考えていない。地球側についた悪魔や天使は既に聖人として転生している。
そして天使たちがその薄ら寒い純白の翼を大きく広げると同時に、敵の魔術師の半分近くがバタバタと倒れていく。たぶん、憑いていた天使たちが顕現したことにより、仮の肉体が必要なくなったのだろう。
杏は〝念話〟が組み込まれた幻想具で、味方の魔術師たちに指示を出す。
『四カウントだ! 防衛陣形を強化しろ! 第二結界を起動し、衝撃に備えろ!』
そう言いながら、杏は数十の〝焔星〟を星々が輝く夜空で合成し、巨大な炎の球体を作り出す。まるで太陽。
そして四カウント数え、天使たちの軍団に向けて、合成した〝焔星〟のエネルギーを全て解き放つ。
太陽と見間違えるような極大の光線を天から降す。天使と転移門もろとも焼き尽くす。
地面を穿ち、光が迸り、爆発する。周囲一帯の木々は全てなぎ倒され、ガラス化した巨大なクレーターが出来上がる。
だが、それを為した杏は同時に爆炎で空中を駆けだす。
「シッ!」
音速を越える速度で夜空を駆けた杏は、変哲もない虚空に向かって大剣を薙ぐ。
「クッ!」
『カカッ。流石はあの童が敵と判断した奴よ!』
しゃがれ声が響く。杏の大剣は雷の盾によって受け止められていた。
同時に、何もなかった虚空からバエルと天使、そして異世界転移門が現れた。
やはり最初のは幻術か、と確かめながら、バエルと天使たちを焼き払うためにもう一度数十の〝焔星〟を合成して放とうとするが、
『小娘。我に何度も同じ手が通じると思うな』
「だろうなッ!」
合成した〝焔星〟の周囲に暴風が吹き荒れ、プラズマが発生する。〝焔星〟と交わり、それは暴発する。
だが、杏はそれも読んでいた。
爆発し、散った爆炎全てを操作して、高密度の火炎弾を作り出す。それらを杏を無視して地底湖に繋がる洞窟へ急降下していた天使たちに射出する。背後から攻撃する。
『我は知恵の悪魔ぞ。王を凌ぐ悪魔ぞ』
「チッ!」
しかし、バエルはそれも読んでいた。不可視の結界を悪魔や天使たちの背後に展開していたのだ。
同時に、杏の周囲に数百を越える雷の矢が現れる。それは美しい夜空を覆いつくす暴風の暗雲と共に放たれる。
過剰な殺意が杏を降り注ぐ。バエルは勝利を確信したのか、人の顔でニタニタと嗤い、カエルの顔でゲコゲコと鳴き、ネコの顔で眠たそうに欠伸をする。
杏は慌てない。いや、むしろこれが狙い。バエルを悪魔らしく油断させる。
大剣を右に流し、力強く握りしめる。体に纏わりつく≪灼熱≫と≪白焔≫を燃え上がらせ、大剣に纏わせていく。槌にしていく。
僅か、一瞬でそれを為し、ニィッと口角をつり上がらせる。爛々と蒼炎の瞳を燃え上がらせる。
「業火祓槌ッッ!」
『ぬぅっ!』
全長十メートル程の白炎の槌を振り上げる! 雷の矢と嵐を全て吹き飛ばす!
バエルは巨大な白炎の槌――業火祓槌の衝撃に飲まれ、吹き飛ばされる。結界を張り、致命傷は避けたようだが、それでも体のあちこちが燃え尽きている。
いや、体だけではない。魂魄も燃やしていく。
どうにかそれを消したバエルは激高する。
『貴様ァッ! もう遊ぶ――』
だが、そもそもそれが遅い。
杏は既に違う領域にいる。
「〝紅炎解放〟」
『なぁッ!?』
バエルは数千年ぶりに感じた危機感に従って、不可視の結界を幾重にも張る。全て、紙切れのように切り刻まれる。
幾つもの高密度の炎剣によって。
バエルは驚愕する。杏に。
杏の覚醒魔法少女の衣装――深紅のスリット入りドレスは常に燃えている。両腕の蒼穹の腕輪も紅いフィンガーレス・グローブもハイヒールさえも。
だが、その身体は燃えていなかった。髪の毛の端が炎に彩られていたり、プラズマのような白と紅の炎を周囲に漂わせてはいたものの、それでも杏自身は炎ではなかった。
けれど、今の杏は、
『なんだっ、その力はッ! 人の身に余るッ!!』
「なに、ただの借り物さ」
燃えていた。〝紅炎解放〟。
深紅のベリーショートは紅蓮の炎。燃え盛る。蒼穹の瞳は文字通りの蒼炎で、それを瞳と言っていいかどうかも判断がつかない。
覚醒魔法少女衣装の深紅のドレスから覗く肌は全て炎を纏い、まるでそもそも炎が肌であると言わんばかり。
杏は愕然とするバエルを置き去りにする。バッと体を燃え上がらせて輝かせたかと思うと、転じる。
音など軽く置き去りにして一筋の炎となった杏は、祈力熾所へ急降下していた天使たちの前に現れる。それはまさに転移と言っていい。
〝焔転〟。自身を炎とし、移動する魔法。
杏は天使たちに無造作に片手をかざす。魔力と祈力と高熱の炎を圧縮する。
放つ。
『『『『『『ッッッッッッッ!!!!!!』』』』』』
杏から放たれた太陽の如き灼熱の波浪が天使たちを襲う。天使たちを声を出す暇も驚愕する暇もなく、その灼熱の波に飲み込まれていく。
それを為した杏は、しかし止まらない。
天使たちを飲み込む灼熱の波の下に潜る。大剣を背中に納刀。同時に右手を引き、拳を握る。
「爆ぜろ!!」
灼熱の波を握りしめた拳で殴れば、超高爆弾のような巨大爆破が巻き起こり、どうにか燃え尽きなかった天使たちが雲を突き抜け、富士山の頂上付近へ吹き飛ばされる。
爆破に指向性を持たせたとはいえ、その衝撃波、いや反作用は計り知れない。杏の真下には巨大なクレーターができ、豊かな樹海の草木が抉れる。
杏はヤバいっと思ったものの、これ以上の被害はでないし問題ないだろ、と現実逃避する。
再び〝焔転〟する。
現れるは、
「長なら部下の元に行けッ!!」
『グアァッ!!』
バエルの前。
先ほど天使たちに放った爆破をさらに圧縮し、指向性を一点に絞る。バエルは空間すらも断絶する結界を張るが、結界もろとも富士山の頂上付近に吹き飛ばされる。
それを見送った杏は〝念話〟の幻想具を起動する。
『私はアレらの相手をする。指揮はグスタフに移行する。誰も死ぬなよ!』
そう言い、杏は富士山頂上へ〝焔転〟した。
そして、雲は真下。満点の星々が輝き、満月が微笑む富士山の頂上。
杏は燃える。抜刀した大剣に白炎を纏わせていく。
天使たちはもちろん、バエルもその身に負った傷を癒すのに手一杯。杏に反応することすらできない。
だから、杏は小さく呟く。
「〝焼尽〟」
眼にも止まらない。炎が満ちた夜空に、〝焔転〟を繰り返す杏は天使たちを次々に大剣で切り刻んでいく。
切り刻まれた天使たちは白炎に燃え尽き、灰となり、そして火の粉となって夜空を炎に満たす。
瞬く一瞬。
数十体いた天使たちが全て燃え尽きた。全て炎になった。
それは特定の魂魄を消費して創り出す爆炎。〝焼尽〟。
杏はそれを操る。
焦燥を浮かべるバエルを蒼炎に輝く瞳で射貫く。
「お前には感謝している」
『キサマァッッ!!』
憤るバエルは嵐を纏う。杏が操る〝焼尽〟に対抗するように自然から力を得ようとする。
だが、その前に。
「燃えろ」
『ッァアアアアッッッ!!!』
燃え盛るその身とは真逆の冷徹な呟きと共に杏が振り下ろした〝焼尽〟に飲み込まれた。天使たちが持っていた霊力が杏の概念に反応して〝焼尽〟を強化する。
バエルが燃え尽きた。ついでに、少しだけ富士山頂上付近の岩などが燃えてしまった。いや、岩だけでなく観測所も少しだけ焼けたような……
「……ま、まぁ。山小屋の人たちとか登山客の避難は済んでいたし、うん。まぁ、後でクロノアに頼んで巻き戻せば大丈夫だ。うん、大丈夫。そもそも、物的損害は無視していいってお足しだったしな」
自身を炎化させる〝紅炎解放〟を解き、普通の覚醒魔法少女姿に戻った杏は、燃やしてしまった建物から目を背けるようにそう頷いた。
地上へ降りながら〝念話〟の幻想具で仲間の魔術師たちに指示を出す。
それから。
「ホント、敵だが、感謝するべきだな」
開いたままの鯨の顎のような異世界転移門の前に立つ。バエルが死んだせいで、徐々に小さくなっているが、それでもまだ大きい。
たぶん、一定時間開きっぱなしにするように作ったのだろう。
(それに門を開いていなければ、あんな簡単に斃せなかっただろう。それなりに消耗してくれたのも感謝しなければな)
杏はふぅっと一呼吸した後、その異世界転移門に一足、足を踏み入れた。
ここを狙う先行部隊はバエルが召喚した天使たちで最後。残党の魔術師たちは、味方の魔術師でも問題なく対処できる。
なら、杏がすべきは黒幕を潰すこと。
≪直観≫もそれが最適だと判断している。
そして杏が天獄界の天国に繋がる異世界転移門の奥に消えた。同時に門が閉じる。
Φ
「チッ。遅かったか」
そして消えた異世界転移門の直ぐ近くに直樹が転移で現れる。味方の魔術師たちに派遣していた[影魔]が杏が転移門の奥に消えるのを捉えたので、急いで来たのだが……
「功を焦ったか? いや、それはないか。大輔への態度を隠さなくなってから、一皮むけた感じがするし……まぁ問題ないか。だが……大輔に知らせるのは後にしておくか。めんどそうだし」
そう呟いた直樹は、
「おい、マジかッ!!」
慌てふためきながら再び転移した。
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公開可能情報
〝焔星〟:球体状に圧縮した炎が自動遠隔操作で攻撃したりする魔法。炎の結界を張ったり、高熱の熱線を放ったりする。また、杏の知覚範囲拡大も担っている。
〝紅炎解放〟:祈力を用いた第一昇華。これにより、杏は炎の化身のごとく振舞える。あらゆる炎が自分の味方となり、己の意志一つで炎を創り出し、操作できるようになる。また、極限まで行けば炎という概念にたどり着く。それは神性を獲得すると同義になるが。
〝焔転〟:己の体の全てを炎と化し、移動する魔法。燃やすエネルギーが多ければ多いほど、移動する速度は速くなる。それは転移とすらも思ってしまう。また、炎と化した体はいわば非実体的な体であり、物理的な攻撃はほぼ無意味。しかも、魔力などといった非実体的な攻撃でも弱い密度のものは燃やしてしまう。
天使:正の感情や精神から力を得ることができる存在。その存在の精神性を表しているわけではない。
鬱蒼と茂った樹海を走り抜けるその女性――アヤは突如として息を止める。やり過ごそうか逡巡したが、一度捨てた身。惜しくないと、覚悟を決める。
そして、心の中で三カウント数えた瞬間、飛び出す。叫ぶ。
「〝魔書・グリモワール――六。属性指定――風。状態――嵐。範囲――二十から百。閲覧実行!〟」
「グルァッ!!」
そこにいたのは三つの首を持つ巨大な狼が率いる群れ。冥府の番犬と黒妖犬だ。海外の化生であり、イングランド北部に封印されていたのだ。
死者を操るそれらは、様々な亡霊を従えている。特に、醜悪妖精の亡霊の数は多く、数百を越える。
「チッ!」
巨大な嵐を作り出し、冥府の番犬と黒妖犬は吹き飛ばしたものの、実体のない亡霊はすり抜けてアヤに襲い掛かってくる。
アヤは慌てて魔導書に魔力を注ぎ、その場を離脱するが間に合わない。
歯噛みし、支給された金剛宝珠で防御能力を高めて耐えて、反撃の機を伺おうかとしたとき、
「勝手に出るな!」
「……すまない」
天から極光の炎が降り注ぎ、数百を越える亡霊を焼き払った。低い草が生い茂っていた地面はジュッと燃え、少しばかりのガラスができる。
覚醒魔法少女姿の杏が≪白焔≫で亡霊たちの魂魄を消滅させたのだ。炎のドレスが燦然と輝き、夜の樹海を照らす。
≪灼熱≫で作り出した敵を自動で撃ち落とす自動制御型衛星炎球――〝焔星〟を展開しながら、杏はアヤに鼻を鳴らす。
「化生はアタシが全て片付ける。お前はグスタフさんの所に戻って魔術師の相手でもしていろ」
「アイツは違うと何度も言っただろ!」
「嫌がらせだ」
「チッ」
アヤは舌打ちする。それでも杏には強く出れない。イネスを助けてくれた恩もある。自分もだ。
結局、精神を多少操られていたとはいえ、アヤは悪魔憑きのエクソシストに脅しに屈した人間だ。イネスも含めて大切な人たちを人質に取られて、守ろうとして逆に傷つけた。
愚かで浅はかだった。もっと仲間を信じるべきだった。
贖罪は後にしろ。生き残れ。そう言わんばかりの杏の瞳に溜息を吐いた。そういえば、元はと言えば魔法少女が仲間を洗脳したのが始まりだった気がするが、非は自分にある。
アヤは富士山の麓にある祈力熾所へと向かったのだった。
Φ
「ったく。誰一人として死なれては困るというのに。まぁ、直樹の[影魔]があるから大丈夫だろうが……」
煌々と燃え盛る白炎を纏った杏は、冥府の番犬と黒妖犬を≪灼熱≫の弾丸の嵐で穿ち、斃す。覚醒魔法少女衣装に組み込まれた浮遊で浮き上がる。
同時に、樹海全体に張り巡らせた目に見えないほど細かい火の粉から得た敵の情報を整理していく。≪直観≫で推測の確度を得る。
(あらかた化生は滅ぼしたか)
数百近く展開している〝焔星〟で残党の化生を狩りつくしながら、杏はそう結論付ける。
祈力熾所である樹海の地底湖を目指す天使憑きの異界解放派魔術師は、日本の魔術師と異界制定派魔術師でも問題なく対処ができるだろう。
そもそも、日本の魔術師もだが、異界制定派魔術師の練度が高い。対人戦相手はもちろん、人外的な攻撃をしてくる相手に対して非常に高い連帯を以て対処している。
が。
「あれは、本体か?」
とある異界解放派魔術師の体が裂ける。血と肉を散らしながら、その魔術師の体からナニかが這い出てくる。
それは悍ましい。醜い。
ネコの頭、王冠を被る人の頭、ヒキガエルの頭を持ち、下半身は蜘蛛。全てが奇怪であり、されどどこか妖しい神々しさ……異教の神とも言うべき魔性があった。
『数十年の準備がようやく開花したか……ふむ、外見はこれだが、バアル・ブブの方が比率が大きいな。なら、童の手下の方が開きやすいか』
そしてそれは思案顔をしたあと、叫ぶ。
『バエルの名のもとに、顕現せよ!』
「ッ、不味いッ!!」
杏は防衛している魔術師たちの周囲に展開していた〝焔星〟で、その悪魔――バエルを討ち殺そうとするが、遅し。
そのバエルは不可視の何かに包まれ消える。
同時に、上空に鯨の顎を象った界孔らしき孔が現れる。
つまるところ、
「テンプルムは――違う。あれは自力の異世界転移術式か!!」
天使たちが次々に異世界転移門から這い出てくる。純白の翼の羽根がゆらゆらりと舞う。事情を知らないものが見れば、あれこそ救いだと思うだろう。
まぁ実際は、天使は正の感情によって力が増すだけクズでしかない。人を人と思わず、利用することしか考えていない。地球側についた悪魔や天使は既に聖人として転生している。
そして天使たちがその薄ら寒い純白の翼を大きく広げると同時に、敵の魔術師の半分近くがバタバタと倒れていく。たぶん、憑いていた天使たちが顕現したことにより、仮の肉体が必要なくなったのだろう。
杏は〝念話〟が組み込まれた幻想具で、味方の魔術師たちに指示を出す。
『四カウントだ! 防衛陣形を強化しろ! 第二結界を起動し、衝撃に備えろ!』
そう言いながら、杏は数十の〝焔星〟を星々が輝く夜空で合成し、巨大な炎の球体を作り出す。まるで太陽。
そして四カウント数え、天使たちの軍団に向けて、合成した〝焔星〟のエネルギーを全て解き放つ。
太陽と見間違えるような極大の光線を天から降す。天使と転移門もろとも焼き尽くす。
地面を穿ち、光が迸り、爆発する。周囲一帯の木々は全てなぎ倒され、ガラス化した巨大なクレーターが出来上がる。
だが、それを為した杏は同時に爆炎で空中を駆けだす。
「シッ!」
音速を越える速度で夜空を駆けた杏は、変哲もない虚空に向かって大剣を薙ぐ。
「クッ!」
『カカッ。流石はあの童が敵と判断した奴よ!』
しゃがれ声が響く。杏の大剣は雷の盾によって受け止められていた。
同時に、何もなかった虚空からバエルと天使、そして異世界転移門が現れた。
やはり最初のは幻術か、と確かめながら、バエルと天使たちを焼き払うためにもう一度数十の〝焔星〟を合成して放とうとするが、
『小娘。我に何度も同じ手が通じると思うな』
「だろうなッ!」
合成した〝焔星〟の周囲に暴風が吹き荒れ、プラズマが発生する。〝焔星〟と交わり、それは暴発する。
だが、杏はそれも読んでいた。
爆発し、散った爆炎全てを操作して、高密度の火炎弾を作り出す。それらを杏を無視して地底湖に繋がる洞窟へ急降下していた天使たちに射出する。背後から攻撃する。
『我は知恵の悪魔ぞ。王を凌ぐ悪魔ぞ』
「チッ!」
しかし、バエルはそれも読んでいた。不可視の結界を悪魔や天使たちの背後に展開していたのだ。
同時に、杏の周囲に数百を越える雷の矢が現れる。それは美しい夜空を覆いつくす暴風の暗雲と共に放たれる。
過剰な殺意が杏を降り注ぐ。バエルは勝利を確信したのか、人の顔でニタニタと嗤い、カエルの顔でゲコゲコと鳴き、ネコの顔で眠たそうに欠伸をする。
杏は慌てない。いや、むしろこれが狙い。バエルを悪魔らしく油断させる。
大剣を右に流し、力強く握りしめる。体に纏わりつく≪灼熱≫と≪白焔≫を燃え上がらせ、大剣に纏わせていく。槌にしていく。
僅か、一瞬でそれを為し、ニィッと口角をつり上がらせる。爛々と蒼炎の瞳を燃え上がらせる。
「業火祓槌ッッ!」
『ぬぅっ!』
全長十メートル程の白炎の槌を振り上げる! 雷の矢と嵐を全て吹き飛ばす!
バエルは巨大な白炎の槌――業火祓槌の衝撃に飲まれ、吹き飛ばされる。結界を張り、致命傷は避けたようだが、それでも体のあちこちが燃え尽きている。
いや、体だけではない。魂魄も燃やしていく。
どうにかそれを消したバエルは激高する。
『貴様ァッ! もう遊ぶ――』
だが、そもそもそれが遅い。
杏は既に違う領域にいる。
「〝紅炎解放〟」
『なぁッ!?』
バエルは数千年ぶりに感じた危機感に従って、不可視の結界を幾重にも張る。全て、紙切れのように切り刻まれる。
幾つもの高密度の炎剣によって。
バエルは驚愕する。杏に。
杏の覚醒魔法少女の衣装――深紅のスリット入りドレスは常に燃えている。両腕の蒼穹の腕輪も紅いフィンガーレス・グローブもハイヒールさえも。
だが、その身体は燃えていなかった。髪の毛の端が炎に彩られていたり、プラズマのような白と紅の炎を周囲に漂わせてはいたものの、それでも杏自身は炎ではなかった。
けれど、今の杏は、
『なんだっ、その力はッ! 人の身に余るッ!!』
「なに、ただの借り物さ」
燃えていた。〝紅炎解放〟。
深紅のベリーショートは紅蓮の炎。燃え盛る。蒼穹の瞳は文字通りの蒼炎で、それを瞳と言っていいかどうかも判断がつかない。
覚醒魔法少女衣装の深紅のドレスから覗く肌は全て炎を纏い、まるでそもそも炎が肌であると言わんばかり。
杏は愕然とするバエルを置き去りにする。バッと体を燃え上がらせて輝かせたかと思うと、転じる。
音など軽く置き去りにして一筋の炎となった杏は、祈力熾所へ急降下していた天使たちの前に現れる。それはまさに転移と言っていい。
〝焔転〟。自身を炎とし、移動する魔法。
杏は天使たちに無造作に片手をかざす。魔力と祈力と高熱の炎を圧縮する。
放つ。
『『『『『『ッッッッッッッ!!!!!!』』』』』』
杏から放たれた太陽の如き灼熱の波浪が天使たちを襲う。天使たちを声を出す暇も驚愕する暇もなく、その灼熱の波に飲み込まれていく。
それを為した杏は、しかし止まらない。
天使たちを飲み込む灼熱の波の下に潜る。大剣を背中に納刀。同時に右手を引き、拳を握る。
「爆ぜろ!!」
灼熱の波を握りしめた拳で殴れば、超高爆弾のような巨大爆破が巻き起こり、どうにか燃え尽きなかった天使たちが雲を突き抜け、富士山の頂上付近へ吹き飛ばされる。
爆破に指向性を持たせたとはいえ、その衝撃波、いや反作用は計り知れない。杏の真下には巨大なクレーターができ、豊かな樹海の草木が抉れる。
杏はヤバいっと思ったものの、これ以上の被害はでないし問題ないだろ、と現実逃避する。
再び〝焔転〟する。
現れるは、
「長なら部下の元に行けッ!!」
『グアァッ!!』
バエルの前。
先ほど天使たちに放った爆破をさらに圧縮し、指向性を一点に絞る。バエルは空間すらも断絶する結界を張るが、結界もろとも富士山の頂上付近に吹き飛ばされる。
それを見送った杏は〝念話〟の幻想具を起動する。
『私はアレらの相手をする。指揮はグスタフに移行する。誰も死ぬなよ!』
そう言い、杏は富士山頂上へ〝焔転〟した。
そして、雲は真下。満点の星々が輝き、満月が微笑む富士山の頂上。
杏は燃える。抜刀した大剣に白炎を纏わせていく。
天使たちはもちろん、バエルもその身に負った傷を癒すのに手一杯。杏に反応することすらできない。
だから、杏は小さく呟く。
「〝焼尽〟」
眼にも止まらない。炎が満ちた夜空に、〝焔転〟を繰り返す杏は天使たちを次々に大剣で切り刻んでいく。
切り刻まれた天使たちは白炎に燃え尽き、灰となり、そして火の粉となって夜空を炎に満たす。
瞬く一瞬。
数十体いた天使たちが全て燃え尽きた。全て炎になった。
それは特定の魂魄を消費して創り出す爆炎。〝焼尽〟。
杏はそれを操る。
焦燥を浮かべるバエルを蒼炎に輝く瞳で射貫く。
「お前には感謝している」
『キサマァッッ!!』
憤るバエルは嵐を纏う。杏が操る〝焼尽〟に対抗するように自然から力を得ようとする。
だが、その前に。
「燃えろ」
『ッァアアアアッッッ!!!』
燃え盛るその身とは真逆の冷徹な呟きと共に杏が振り下ろした〝焼尽〟に飲み込まれた。天使たちが持っていた霊力が杏の概念に反応して〝焼尽〟を強化する。
バエルが燃え尽きた。ついでに、少しだけ富士山頂上付近の岩などが燃えてしまった。いや、岩だけでなく観測所も少しだけ焼けたような……
「……ま、まぁ。山小屋の人たちとか登山客の避難は済んでいたし、うん。まぁ、後でクロノアに頼んで巻き戻せば大丈夫だ。うん、大丈夫。そもそも、物的損害は無視していいってお足しだったしな」
自身を炎化させる〝紅炎解放〟を解き、普通の覚醒魔法少女姿に戻った杏は、燃やしてしまった建物から目を背けるようにそう頷いた。
地上へ降りながら〝念話〟の幻想具で仲間の魔術師たちに指示を出す。
それから。
「ホント、敵だが、感謝するべきだな」
開いたままの鯨の顎のような異世界転移門の前に立つ。バエルが死んだせいで、徐々に小さくなっているが、それでもまだ大きい。
たぶん、一定時間開きっぱなしにするように作ったのだろう。
(それに門を開いていなければ、あんな簡単に斃せなかっただろう。それなりに消耗してくれたのも感謝しなければな)
杏はふぅっと一呼吸した後、その異世界転移門に一足、足を踏み入れた。
ここを狙う先行部隊はバエルが召喚した天使たちで最後。残党の魔術師たちは、味方の魔術師でも問題なく対処できる。
なら、杏がすべきは黒幕を潰すこと。
≪直観≫もそれが最適だと判断している。
そして杏が天獄界の天国に繋がる異世界転移門の奥に消えた。同時に門が閉じる。
Φ
「チッ。遅かったか」
そして消えた異世界転移門の直ぐ近くに直樹が転移で現れる。味方の魔術師たちに派遣していた[影魔]が杏が転移門の奥に消えるのを捉えたので、急いで来たのだが……
「功を焦ったか? いや、それはないか。大輔への態度を隠さなくなってから、一皮むけた感じがするし……まぁ問題ないか。だが……大輔に知らせるのは後にしておくか。めんどそうだし」
そう呟いた直樹は、
「おい、マジかッ!!」
慌てふためきながら再び転移した。
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公開可能情報
〝焔星〟:球体状に圧縮した炎が自動遠隔操作で攻撃したりする魔法。炎の結界を張ったり、高熱の熱線を放ったりする。また、杏の知覚範囲拡大も担っている。
〝紅炎解放〟:祈力を用いた第一昇華。これにより、杏は炎の化身のごとく振舞える。あらゆる炎が自分の味方となり、己の意志一つで炎を創り出し、操作できるようになる。また、極限まで行けば炎という概念にたどり着く。それは神性を獲得すると同義になるが。
〝焔転〟:己の体の全てを炎と化し、移動する魔法。燃やすエネルギーが多ければ多いほど、移動する速度は速くなる。それは転移とすらも思ってしまう。また、炎と化した体はいわば非実体的な体であり、物理的な攻撃はほぼ無意味。しかも、魔力などといった非実体的な攻撃でも弱い密度のものは燃やしてしまう。
天使:正の感情や精神から力を得ることができる存在。その存在の精神性を表しているわけではない。
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