稽古は深夜に差しかかった。
壁の時計が午前二時を指している。
ヒビキは稽古を終えようと、コハルを元の位置、舞台中央の椅子に戻そうとした。
人形を両手で抱え、慎重に歩を進める。
そして、人形を椅子に座らせ、姿勢を整えたその瞬間だった。
突然、コハルの瞳が光った。
いや、光ったというより、輝いた。
そして、こう聞こえた。
「……ヒビキ」
それは、風の音でも、木の軋む音でもない。
確かに、名前を呼ぶ声だった。
透明で、どこか儚げで、けれども確かな意思を持った声。
「コハル……?」
ヒビキは混乱した。
頭の中が真っ白になり、同時に無数の疑問が渦巻く。
手にしていたのは、ただの木製人形のはず。
この劇場で何年も使われてきた古い人形。
何度も修繕を重ね、何人もの人形遣いの手を経て、今ここにある人形。
しかし、目の前にいるのは、生きている少女のようだった。
目は、まっすぐヒビキを見ている。
「コハルは……人間なのか?」
震える声で、ヒビキは尋ねた。
そうだとしたら、何かの呪いなのか、魔法なのか、それとも……
「そうよ。ヒビキには、私が人間だってわかるのね」
「……そうか……コハルは人間だったのか……僕と同じ、人間だったのか……」
「いいえ、それは違います」
“人間”であるコハルは、ヒビキにこう言った。
「ヒビキ、あなたは“人形”なの」