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01

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 人形劇場の扉は、いつもより少し重く感じられた。
 古びた木製の扉には、幾重にも塗り重ねられた濃紺のペンキが剥がれかけており、真鍮の取っ手は長年の使用で黒ずんでいた。
 ヒビキは肩にかけた布製の鞄と、脇に抱えた台本の束を持ち直しながら、今日も扉を押し開けた。
 きい、と扉が軋む音が薄暗い廊下に響く。
 小さな稽古場に足を踏み入れると、いつもの木の匂いと、古い布と埃の混ざった独特の香りが漂っていた。
 天井から吊るされた裸電球が一つ、静かに黄色い光を放っている。
 窓は舞台の奥に一つだけ。
 すりガラス越しに外の街灯の光がぼんやりと滲んでいた。
 舞台の中央には、木製の人形「コハル」が座っている。
 出番を待つ役者のように、背筋を伸ばして椅子に腰掛けている。
 少女の形をしているが、その表情には魂が宿っているかのようなリアルさがあった。
 職人が何ヶ月もかけて彫り上げたのだと聞かされている。
 その顔は、微笑んでいるようでもあり、何かを訴えているようでもあった。
 見る角度によっては、表情が変わった。
「今日もよろしく、コハル」
 ヒビキは荷物を舞台袖の小さなテーブルに置き、いつものように人形に微笑みかける。
 誰もいない稽古場で相棒に挨拶をする。それがヒビキの一日の始まりの儀式だった。
 挨拶をしても、人形は微動だにしない。けれども、その静けさが、かえって存在感を際立たせていた。言葉を発する必要がないほど、すべてを理解しているかのように見えた。

 ヒビキは鞄から台本を取り出し、広げた。
 来週の公演に向けた新しい劇の台本だ。
 一読するだけで、ヒビキはすべてを完璧に理解した。
──孤独な少年が、古い人形に心を通わせていく物語。

 稽古を始める。
 ヒビキがセリフを読み、人形を動かす。
 コハルの手を持ち、足を揃え、少し首を傾ける。
 一つ一つの動作には、ヒビキの魂が込められている。人形劇とは、そういうものだ。
 操る者の心が、糸を伝わって人形に宿る。
 だからこそ、観客は木の塊に感情を見出すのだ。
 観客のいない舞台で、二人だけの演劇が繰り広げられる。
 ヒビキは台本を読みながら、コハルを動かす。
 少年役のセリフ、人形役のセリフ。
 両役を一人でこなす。

「……あれ、今、動いた?」

 ヒビキは息を呑んだ。
 コハルが、ほんの少しだけ頭を傾けたのだ。ヒビキが操作していない方に。
 木の節が音を立てるでもなく、ただ、確かに、目がこちらを見た気がした。



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みんなのリアクション

 人形劇場の扉は、いつもより少し重く感じられた。
 古びた木製の扉には、幾重にも塗り重ねられた濃紺のペンキが剥がれかけており、真鍮の取っ手は長年の使用で黒ずんでいた。
 ヒビキは肩にかけた布製の鞄と、脇に抱えた台本の束を持ち直しながら、今日も扉を押し開けた。
 きい、と扉が軋む音が薄暗い廊下に響く。
 小さな稽古場に足を踏み入れると、いつもの木の匂いと、古い布と埃の混ざった独特の香りが漂っていた。
 天井から吊るされた裸電球が一つ、静かに黄色い光を放っている。
 窓は舞台の奥に一つだけ。
 すりガラス越しに外の街灯の光がぼんやりと滲んでいた。
 舞台の中央には、木製の人形「コハル」が座っている。
 出番を待つ役者のように、背筋を伸ばして椅子に腰掛けている。
 少女の形をしているが、その表情には魂が宿っているかのようなリアルさがあった。
 職人が何ヶ月もかけて彫り上げたのだと聞かされている。
 その顔は、微笑んでいるようでもあり、何かを訴えているようでもあった。
 見る角度によっては、表情が変わった。
「今日もよろしく、コハル」
 ヒビキは荷物を舞台袖の小さなテーブルに置き、いつものように人形に微笑みかける。
 誰もいない稽古場で相棒に挨拶をする。それがヒビキの一日の始まりの儀式だった。
 挨拶をしても、人形は微動だにしない。けれども、その静けさが、かえって存在感を際立たせていた。言葉を発する必要がないほど、すべてを理解しているかのように見えた。
 ヒビキは鞄から台本を取り出し、広げた。
 来週の公演に向けた新しい劇の台本だ。
 一読するだけで、ヒビキはすべてを完璧に理解した。
──孤独な少年が、古い人形に心を通わせていく物語。
 稽古を始める。
 ヒビキがセリフを読み、人形を動かす。
 コハルの手を持ち、足を揃え、少し首を傾ける。
 一つ一つの動作には、ヒビキの魂が込められている。人形劇とは、そういうものだ。
 操る者の心が、糸を伝わって人形に宿る。
 だからこそ、観客は木の塊に感情を見出すのだ。
 観客のいない舞台で、二人だけの演劇が繰り広げられる。
 ヒビキは台本を読みながら、コハルを動かす。
 少年役のセリフ、人形役のセリフ。
 両役を一人でこなす。
「……あれ、今、動いた?」
 ヒビキは息を呑んだ。
 コハルが、ほんの少しだけ頭を傾けたのだ。ヒビキが操作していない方に。
 木の節が音を立てるでもなく、ただ、確かに、目がこちらを見た気がした。