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十五話 つまり、私は敵になるな

ー/ー



 世界の終わり。

 そうとしか言えない光景を見てウィオリナは絶句し、直樹は淡々とカガミヒメを睨む。カガミヒメは憔悴(しょうすい)した酒呑童子とウカに指示を出した後、直樹に向き直る。

「何故、霊力がある。あのボッチのくそ野郎が関わって……いやないな」

 少し頭を横に振った直樹は、鋭い瞳でカガミヒメに向き直る。

「それよりもお前、知ってやがったな」
「……私も信じたくはありませんでした。しかし、大皇(おおすめ)日女(ひめ)様は間違えません」
「そりゃあ間違えないことしかしないんだから当たり前だろ」

 直樹は鼻を鳴らす。

 チラリと外を見やれば、妖魔界の空は崩れ去り現世の空と溶け合っていた。直(じき)に崩壊し、妖魔界が消滅するのは目に見えていた。

 東、北、西には巨大な蒼の龍、巨大な黒の亀、巨大な白の虎が、翼を携えた神々(こうごう)しい異形と戦っていた。

 カガミヒメは目を細める。己の感情全てを押し殺すように。合理的に動くように。それでも動揺は隠しきれない。

 それを自覚しながら、カガミヒメは静かに話す。

大皇(おおすめ)日女(ひめ)様は分かっておられました。妖魔界が崩壊し、魑魅魍魎(ちみもうりょう)共が日本に解き放たれる事を。今は方位神が崩壊を遅らせていますが、それでもいずれ必ず崩壊します。だから、直樹様たちを巻き込みました」
「……チッ。つまり、俺たちに接触して警戒させることで、過越しの結界を強化するように仕向けたわけか。お前が俺と接触できたのもそれ」

 結局、お前の親玉がすべて仕組んだことじゃねぇか、と謝り損をした気分になった直樹は剣呑(けんのん)な瞳をカガミヒメに向ける。

「ということか、大輔たちがここにいたのも偶然じゃねぇか。どうやった?」
「ウィオリナ様です。ウィオリナ様は大皇(おおすめ)日女(ひめ)様の眼――天眼(てんげん)を持ち、そして運命を惑わす結界――あなた方のいう過越しの結界と共鳴させ、妖魔界に呼び寄せたのです。本来は杏様も一緒のはずでしたが」
「わたしの眼……です?」

 ウィオリナは目に手を当てる。そういえば、一週間前に検査した時、<血識>が常時発動しているのが分かっていたが……

 そんな疑問に答えることなく、カガミヒメは続ける。

「私は妖魔界に住まう化生たちの保護しかできません。それだけで私の力全てを使い果たしてしまう。他の導師三人や神和ぎ社としても全力を尽くしますが、それでも大皇(おおすめ)日女(ひめ)様は我らだけではこの地を守り切れないと断じた」
「それで?」
「あなた方が何故そのような力を持っているか、私たちは未だに見当がついておりません。しかし、それでも人となりは節々から見えていました」
「交渉ですらないな」

 鋭い空気が張り詰める。静かで冷徹な殺気がカガミヒメを襲う。

 直樹は神を宿したカガミヒメと戦ったことにより異世界での張り詰めた感覚を取り戻した。(ぬる)くない。まさに殺すという概念そのものにすら思える。

 カガミヒメは多少それに苦悶の表情を見せながらも、それでも淡々と続ける。

「私たちが用意できるのは直樹様たちの安全です。行政的な保障から金銭面等々の保障。親族から交友関係全てに最大限の便宜を図ることができます」
「ハンッ。で、例の魔法少女の件と同じく、俺たちに首輪でも括りつけようってか? 冗談じゃねぇぞ。俺たちに一切かかわらない。見て見ぬふりする。最低ラインはここだ」

 何度も言うが、直樹は日本や世界なんてどうでもいいと思っている。そんなものよりも家族や友人の安全と幸せが最優先だ。

 神和ぎ社を脅威に思っているわけでもない。敵対するのなら全力で叩き潰す所存だ。

 だが、敵を増やしたいわけでもない。

 正直、神和ぎ社とはいずれ決着を付けるべきだった。異世界からこの世界の住人でないヘレナやミラ、ノアなどといった存在や、既に死んでいるはずの灯や麗華、慎太郎がいずれ日本で暮らすことになる。既に翔は暮らしてるし。

 なら、決着を付けるなら今だ。

 それにこの危機とやらは直樹たちの大切な人たちにも牙を剥くだろう。また、その大切な人たちは日本や世界に何かあった時、安心して暮らせないだろう。皆、いい人たちだから心配する。

 故に、直樹たちが既に戦うのは決まっている。そしてついでとして神和ぎ社に恩を売るのは良い手だ。とれるところからは搾りとる様に取れ。ヤがつく人たちの考えである。

 そんな直樹の思惑は分かっていても、カガミヒメは頷く。

「……全ての条件を飲みます。ですから、どうか、どうかこの地を守ってくださらないでしょうか」

 カガミヒメは土下座した。ただただ請うように。自らの悔しさを押し殺すように。真摯に頭を下げた。その首を捧げるとすら言いそうな雰囲気だった。

 直樹はガシガシと頭を掻いた。

「……俺と大輔が帰ってから相談する。それと俺たちに話を通したからと言って、ウィオリナたちは知らん。崩壊するまで猶予はあるんだろ? なら、それまでにお前だけじゃなくて神和ぎ社全体として法的拘束力がある契約書を全員分用意するんだな」
「ありがとうございます」

 溜息を吐いた直樹はそう言いながら、先ほどカガミヒメに渡された書類を返す。

 つまり、独断で動くな、と。キチンと組織として話を通して来い、と。

 ウィオリナはカガミヒメに何とも言えない表情を向け、直樹をチラリチラリと見ながらちょっとずつ近づく。

 ウィオリナは朝焼けの灰(アブギ)の統括長官としての価値観も持っているのだ。復讐だけでなく、信念に基づいて人のために吸血鬼(ヴァンパイア)と戦ってきた過去を捨てることはない。

 直樹は責めるでもなく淡々とした瞳をウィオリナに向ける。

「今言っただろ。俺とお前は違う。成り行きで近くにいるが、それだけだ。お前はお前の勝手で動け。あ、だが、大輔に合わせたいなら何も言わないぞ」
「……いえ、ダイスケさんが動かないとしてもわたしは戦うです」
「そうか」

 直樹は普通に頷いた。

 それからそれはそうとカガミヒメに視線を向ける。

「なぁ、アレはなんだ? あの天使っぽい変な奴は。異界魔術結社(ハエレシス)の異界解放派が解放した海外の化生かなにかか? 結構厄介そうなんだが」
「……それは、分かりません」
「分からないだと?」

 これまで全ての事情を知っていたカガミヒメが言い淀む。

「あれが何であるかは分かります。ですが、何故あれがここにいて、こちらと敵対してるのか。直樹様のおっしゃる通り敵は異界魔術結社(ハエレシス)のはずなのです」
「……大皇(おおすめ)日女(ひめ)から何も聞いていないわけか」

 直樹は重要な事は一切話さないのは実に神らしいと悪態を吐く。

「まぁ、結局、あれは何で、どこの存在なんだ? 情報があればすぐにでも本拠地をつぶしに行く。敵だからな」
「……そのようですね。信じたくはありませんが」

 静かにそう頷いたカガミヒメは、一息吐いた後、続けようとして、

「あれは偽顕(ぎけん)天使。東からラファエル、ウリエル、ガブリエル。南のミハイ――いや、ミカエルは先ほど消えたな。百目鬼か、鈴木のどちらかか? まぁ、んで、敵はエクソシストの一部と数十億の概念(人たち)。そして黒幕は異世界の王たち。目的は祈力(きりょく)さ」
「ッ!?」
「はぁっ!?」
「えっ!?」

 失礼するよ、と言いながら襖を開けて現れた女性にカガミヒメも直樹たちも目を見開く。

 そこにはボロボロでダウンしている冥土(ギズィア)を肩に担ぎ、ボサボサの天パにパーカー、ダサいズボン、そして真っ白な西洋風の法衣を纏った女性がいた。

 煙管(キセル)を片手に「君たち、()うに集合時間は過ぎているぞ」と直樹たちに呆れた視線を向けて、一転、ヘラリと笑う。

「つまり、私は敵になるな」

 その女性は烏丸郭。

 そして次の瞬間、妖魔界が崩壊し、夜が到来。魑魅魍魎(ちみもうりょう)の化生たちが顕現した。

 百鬼夜行の始まりだ。



 Φ
 


 放課後。

「それで白桃さんにはこの仕事を任せたいんだけど」
「お願いっ! 私たち部活の方の出し物もあってちょっと出れなくて。あ、けど、衣装作成の方は私たちがやるからっ!」
「あ、男どもは遠慮なくこき使ってよっ!」
「あ、お前ら、酷いぞっ!」
「酷いって、あんたらが融合なんて言い始めたんだからねっ! しっかり働けっつうのっ! 特に喫茶店の案を出したバカ杉!」
羽賀杉(はがすぎ)だっ!」

 ファミリーレストランで、雪と六人の同級生が話し合っていた。

 一ヵ月後に控えている文化祭の話し合いだ。雪たちのクラスは喫茶店と演劇を融合させた出し物をやるのだが、今日は文化祭実行委員とクラス委員とリーダーっぽいまとめ役の会議なのだ。

 まぁ、ただの駄弁りともいうのだが。

 雪は部活は入っていないものの、学校での活動には結構熱心に取り組んでいて、クラス行事も色々と手伝っていた。

 元々人当たりもよく、愛嬌があり、場を読むのが上手い。魔法少女としての経験もあり大人びていて落ち着いている。

 雪はクラス、というより一年生の中でも結構人気者というか、頼られているのだ。

 クラスのお調子者というべき少年――羽賀杉(はがすぎ)康太(こうた)がちょっと手の出やすい(ガサツな)陸上部の少女――村上(むらかみ)(ともえ)に頭を叩かれ、抗議するのを苦笑いしながら、雪は小さく欠伸をする。

 それに一歩引いて見ている委員長少年――稲垣(いながき)(まもる)が気が付く。

「白桃さん、寝不足?」
「う~ん、ちょっと。昨日、お友達と夜中までおしゃべりしたんです。それで」
「え、誰っ!」

 おしゃべり(ゴシップ)好きの吹奏楽部少女――猫柳(ねこやなぎ)千代(ちよ)が目をキラキラさせて食いつく。雪はクラスや一年生に知り合いや友達は多いものの、それでも一歩引いているところがある。

 それこそ、たまに週末一緒に行く友達の千代ですら、夜中におしゃべりしたことなどない。雪がそれとなく躱すからだ。

 千代がそんな事で目くじらを立てる子ではないと知っているが、それでも雪は言葉を選ぶ。

「海外、の友達です」
「海外っ!? え、何で、どうやって外国の人とっ?」
「それは、なんとなく成り行きで。でも、ちょっと生活スタイルが違うのです」
「……なるほど。時差ね。国際料金とかは大丈夫なの?」
「うん、それは大丈夫です」

 どうやら千代は勘違いしたらしい。ただ、ティーガンが吸血鬼(ヴァンパイア)で日夜逆転しているとか、こっちに住んでいる事とか、一緒にお泊りしたとかを話すわけでもないので、雪は頷くことなく微笑む。否定しない。

 千代も雪のそういうところに多少勘付いているものの、無視する。へぇ、と頷く。

 そうして雑談と一緒に仕事の担当やスケジュールを進めていた時、

「え、何これっ!?」

 なんとなしにスマホを見た前島(まえしま)新菜(にいな)が素っ頓狂な声を上げる。みんなが何々? と首を傾げ、新菜はスマホを見せる。

「京都、なんかバチ凄いことになってるんだけどっ!」
「わ、何これ。映画? アニメ?」
「妖怪? あ、天使っぽいのもいる。なんのジャンルだろ」
「いや、複数のアカウントが一斉に投稿されて――、あ、削除された」
「ぎゃあっ、保存しとけばよかったっ!」
「ってか、先輩たち大丈夫かな? いま修学旅行でしょ?」
「いや、大丈夫でしょ。だって、普通ありえないんだし」
「だよね~」

 皆、口々に冗談を言っていたが、雪だけは少しだけ眉間に(しわ)を寄せていた。

 だって、直樹たちなのだ。本人たちにその気はなくとも、色々と面倒ごとに巻き込まれる人間なのだ。

 先ほどの映像だって、映画のCGにしてはできすぎているし、守が言ってた通り、全く無関係そうな複数のアカウントから同じ時刻に、色々な角度で投稿されているのも気になる。

 と、隣に座っていた千代がやはり心配した様子で雪の顔を見つめる。

「ねぇ、白桃さん。本当に大丈夫?」
「え、あ、うん。大丈夫です!」
「……そう。けど、なんか辛かったら言ってね。いつもこっちばっかり相談に乗ってもらってるからさ」
「うん。その時はお願いします」

 疑問を心の奥に押し込めつつ、雪はにこやかに笑った。それから話し合いは進み、日が沈んで少し経った頃、解散した。

 そして雪はトボトボと自宅へ歩く。

 人通りの少ない道で、雪はスマホを取り出す。

「……直樹さんには、帰ってからでいいかな。あ、でも、そういえば、さっきティーガンさんからメールが――」

 ティーガンから何やらメッセージアプリで連絡が()ていたらしく、指を画面に走らせて開こうとした瞬間。

「ッ!!」

 雪の心の(うち)に納めていた混沌の妄執(ロイエヘクサ)がドクンッと脈動する。

 怨念という怨念があふれ出て、雪の心を喰らいつくそうとする。

「駄目、駄目。その想いのまま暴れては駄目ですっ!」

 雪は苦渋に顔を歪め、膝を()く。

 強いのだ。怒りが。憤怒(ふんぬ)だ。

 ここ一か月近く、雪に宿された混沌の妄執(ロイエヘクサ)は大人しかった。とはいっても、常人では精神が崩壊するほどの狂気じみた怨念を放っていたが、それでも雪が魔法を聞き出せるくらいには大人しかった。

 なのに今は天変地異が起こったように荒れ狂っている。

 まるで仇を見つけたかのように。全ての元凶が目の前にいると言わんばかりに。

 雪は≪想伝≫でそんな混沌の妄執(ロイエヘクサ)の感情や想いをゆっくり紐解いていく。全身から汗を吹き出し、肩で息をしながらそれでも必死に。

 折れそうになる心を叱咤し、直樹から貰った影のブレスレットと影のネックレスをギュッと掴む。支えだ。

 そして永遠に感じるほど苦しみ、一端を理解した。

 だから、疲弊した心を燃やし、立ち上がる。

 己に定めた信念に従って。

「祓うんです」

 どす黒い渦が雪の目の前に(あらわ)れた。直樹が作り出す転移門とは全く違う。傲慢で強欲で酷く禍々しい。時折火炎が走る。

 それは雪だけでなく、周囲全てを飲み込もうと渦巻く。超重力が発生し、一切合切がそこに落ちてしまいそうだ。

 雪は桜の花弁を召喚して、混沌の妄執(ロイエヘクサ)から聞き出した特殊な結界で周囲の家などが吸い込まれないように防ぐ。

 そしてキッと覚悟を決めるとその渦に足を踏み入れた。

 雪が消えると渦は跡形もなく消え失せた。住宅街に静寂が訪れた。





======================================
公開可能情報


・妖魔界:京都府全域に重なるようにして展開されている異空間。同位相にありながら、空間軸がねじれた場所にある感じ。京都周辺の東西南北に起点となる四つの封印石と、それらを補助するように配置されているおよそ数百に近い封怨石によって維持されている。起点の四つの封怨石が壊されると、方位神――朱雀、玄武、青龍、白虎が一時的に維持の代わりをする。その間に修復する仕組みである。
元は平安時代に起こった化生の巨大侵攻を抑えるために神々やそれに使える神官、陰陽術、僧などが一丸となって作り上げた封印空間。日本どころか世界を滅ぼせるレベルの存在すらも封印ができる。そのため、内側から簡単に外に出れないように毎秒事に空間自体が編纂されている。その複雑な乱数を解き明かさない限り妖魔界の外には出られない。
その後、時が過ぎていくごとに力が弱まり、肉体などを失った化生たちが消滅しないようにする空間にもなった。多くの化生が住んでおり、(よう)化生(かい)()化生(かい)(せん)化生(かい)の順で数が少なくなる。(せん)化生(かい)は片手で数えられるほどしか妖魔界に住んでいないため、妖魔仙界ではなく、妖魔界となっている。
基本的に人が妖魔界やそれを構成する封怨石に知りえないように、過越しの結界にも似た運命操作が組み込まれている。ただし、神々が全力で作り上げたものであるが故に、過越しの結界のような不具合は発生しない。


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次のエピソードへ進む 閑話1 ……一目惚れだったんです


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 世界の終わり。
 そうとしか言えない光景を見てウィオリナは絶句し、直樹は淡々とカガミヒメを睨む。カガミヒメは|憔悴《しょうすい》した酒呑童子とウカに指示を出した後、直樹に向き直る。
「何故、霊力がある。あのボッチのくそ野郎が関わって……いやないな」
 少し頭を横に振った直樹は、鋭い瞳でカガミヒメに向き直る。
「それよりもお前、知ってやがったな」
「……私も信じたくはありませんでした。しかし、|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》様は間違えません」
「そりゃあ間違えないことしかしないんだから当たり前だろ」
 直樹は鼻を鳴らす。
 チラリと外を見やれば、妖魔界の空は崩れ去り現世の空と溶け合っていた。直《じき》に崩壊し、妖魔界が消滅するのは目に見えていた。
 東、北、西には巨大な蒼の龍、巨大な黒の亀、巨大な白の虎が、翼を携えた|神々《こうごう》しい異形と戦っていた。
 カガミヒメは目を細める。己の感情全てを押し殺すように。合理的に動くように。それでも動揺は隠しきれない。
 それを自覚しながら、カガミヒメは静かに話す。
「|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》様は分かっておられました。妖魔界が崩壊し、|魑魅魍魎《ちみもうりょう》共が日本に解き放たれる事を。今は方位神が崩壊を遅らせていますが、それでもいずれ必ず崩壊します。だから、直樹様たちを巻き込みました」
「……チッ。つまり、俺たちに接触して警戒させることで、過越しの結界を強化するように仕向けたわけか。お前が俺と接触できたのもそれ」
 結局、お前の親玉がすべて仕組んだことじゃねぇか、と謝り損をした気分になった直樹は|剣呑《けんのん》な瞳をカガミヒメに向ける。
「ということか、大輔たちがここにいたのも偶然じゃねぇか。どうやった?」
「ウィオリナ様です。ウィオリナ様は|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》様の眼――|天眼《てんげん》を持ち、そして運命を惑わす結界――あなた方のいう過越しの結界と共鳴させ、妖魔界に呼び寄せたのです。本来は杏様も一緒のはずでしたが」
「わたしの眼……です?」
 ウィオリナは目に手を当てる。そういえば、一週間前に検査した時、<血識>が常時発動しているのが分かっていたが……
 そんな疑問に答えることなく、カガミヒメは続ける。
「私は妖魔界に住まう化生たちの保護しかできません。それだけで私の力全てを使い果たしてしまう。他の導師三人や神和ぎ社としても全力を尽くしますが、それでも|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》様は我らだけではこの地を守り切れないと断じた」
「それで?」
「あなた方が何故そのような力を持っているか、私たちは未だに見当がついておりません。しかし、それでも人となりは節々から見えていました」
「交渉ですらないな」
 鋭い空気が張り詰める。静かで冷徹な殺気がカガミヒメを襲う。
 直樹は神を宿したカガミヒメと戦ったことにより異世界での張り詰めた感覚を取り戻した。|温《ぬる》くない。まさに殺すという概念そのものにすら思える。
 カガミヒメは多少それに苦悶の表情を見せながらも、それでも淡々と続ける。
「私たちが用意できるのは直樹様たちの安全です。行政的な保障から金銭面等々の保障。親族から交友関係全てに最大限の便宜を図ることができます」
「ハンッ。で、例の魔法少女の件と同じく、俺たちに首輪でも括りつけようってか? 冗談じゃねぇぞ。俺たちに一切かかわらない。見て見ぬふりする。最低ラインはここだ」
 何度も言うが、直樹は日本や世界なんてどうでもいいと思っている。そんなものよりも家族や友人の安全と幸せが最優先だ。
 神和ぎ社を脅威に思っているわけでもない。敵対するのなら全力で叩き潰す所存だ。
 だが、敵を増やしたいわけでもない。
 正直、神和ぎ社とはいずれ決着を付けるべきだった。異世界からこの世界の住人でないヘレナやミラ、ノアなどといった存在や、既に死んでいるはずの灯や麗華、慎太郎がいずれ日本で暮らすことになる。既に翔は暮らしてるし。
 なら、決着を付けるなら今だ。
 それにこの危機とやらは直樹たちの大切な人たちにも牙を剥くだろう。また、その大切な人たちは日本や世界に何かあった時、安心して暮らせないだろう。皆、いい人たちだから心配する。
 故に、直樹たちが既に戦うのは決まっている。そしてついでとして神和ぎ社に恩を売るのは良い手だ。とれるところからは搾りとる様に取れ。ヤがつく人たちの考えである。
 そんな直樹の思惑は分かっていても、カガミヒメは頷く。
「……全ての条件を飲みます。ですから、どうか、どうかこの地を守ってくださらないでしょうか」
 カガミヒメは土下座した。ただただ請うように。自らの悔しさを押し殺すように。真摯に頭を下げた。その首を捧げるとすら言いそうな雰囲気だった。
 直樹はガシガシと頭を掻いた。
「……俺と大輔が帰ってから相談する。それと俺たちに話を通したからと言って、ウィオリナたちは知らん。崩壊するまで猶予はあるんだろ? なら、それまでにお前だけじゃなくて神和ぎ社全体として法的拘束力がある契約書を全員分用意するんだな」
「ありがとうございます」
 溜息を吐いた直樹はそう言いながら、先ほどカガミヒメに渡された書類を返す。
 つまり、独断で動くな、と。キチンと組織として話を通して来い、と。
 ウィオリナはカガミヒメに何とも言えない表情を向け、直樹をチラリチラリと見ながらちょっとずつ近づく。
 ウィオリナは|朝焼けの灰《アブギ》の統括長官としての価値観も持っているのだ。復讐だけでなく、信念に基づいて人のために|吸血鬼《ヴァンパイア》と戦ってきた過去を捨てることはない。
 直樹は責めるでもなく淡々とした瞳をウィオリナに向ける。
「今言っただろ。俺とお前は違う。成り行きで近くにいるが、それだけだ。お前はお前の勝手で動け。あ、だが、大輔に合わせたいなら何も言わないぞ」
「……いえ、ダイスケさんが動かないとしてもわたしは戦うです」
「そうか」
 直樹は普通に頷いた。
 それからそれはそうとカガミヒメに視線を向ける。
「なぁ、アレはなんだ? あの天使っぽい変な奴は。|異界魔術結社《ハエレシス》の異界解放派が解放した海外の化生かなにかか? 結構厄介そうなんだが」
「……それは、分かりません」
「分からないだと?」
 これまで全ての事情を知っていたカガミヒメが言い淀む。
「あれが何であるかは分かります。ですが、何故あれがここにいて、こちらと敵対してるのか。直樹様のおっしゃる通り敵は|異界魔術結社《ハエレシス》のはずなのです」
「……|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》から何も聞いていないわけか」
 直樹は重要な事は一切話さないのは実に神らしいと悪態を吐く。
「まぁ、結局、あれは何で、どこの存在なんだ? 情報があればすぐにでも本拠地をつぶしに行く。敵だからな」
「……そのようですね。信じたくはありませんが」
 静かにそう頷いたカガミヒメは、一息吐いた後、続けようとして、
「あれは|偽顕《ぎけん》天使。東からラファエル、ウリエル、ガブリエル。南のミハイ――いや、ミカエルは先ほど消えたな。百目鬼か、鈴木のどちらかか? まぁ、んで、敵はエクソシストの一部と数十億の|概念《人たち》。そして黒幕は異世界の王たち。目的は|祈力《きりょく》さ」
「ッ!?」
「はぁっ!?」
「えっ!?」
 失礼するよ、と言いながら襖を開けて現れた女性にカガミヒメも直樹たちも目を見開く。
 そこにはボロボロでダウンしている|冥土《ギズィア》を肩に担ぎ、ボサボサの天パにパーカー、ダサいズボン、そして真っ白な西洋風の法衣を纏った女性がいた。
 |煙管《キセル》を片手に「君たち、|疾《と》うに集合時間は過ぎているぞ」と直樹たちに呆れた視線を向けて、一転、ヘラリと笑う。
「つまり、私は敵になるな」
 その女性は烏丸郭。
 そして次の瞬間、妖魔界が崩壊し、夜が到来。|魑魅魍魎《ちみもうりょう》の化生たちが顕現した。
 百鬼夜行の始まりだ。
 Φ
 放課後。
「それで白桃さんにはこの仕事を任せたいんだけど」
「お願いっ! 私たち部活の方の出し物もあってちょっと出れなくて。あ、けど、衣装作成の方は私たちがやるからっ!」
「あ、男どもは遠慮なくこき使ってよっ!」
「あ、お前ら、酷いぞっ!」
「酷いって、あんたらが融合なんて言い始めたんだからねっ! しっかり働けっつうのっ! 特に喫茶店の案を出したバカ杉!」
「|羽賀杉《はがすぎ》だっ!」
 ファミリーレストランで、雪と六人の同級生が話し合っていた。
 一ヵ月後に控えている文化祭の話し合いだ。雪たちのクラスは喫茶店と演劇を融合させた出し物をやるのだが、今日は文化祭実行委員とクラス委員とリーダーっぽいまとめ役の会議なのだ。
 まぁ、ただの駄弁りともいうのだが。
 雪は部活は入っていないものの、学校での活動には結構熱心に取り組んでいて、クラス行事も色々と手伝っていた。
 元々人当たりもよく、愛嬌があり、場を読むのが上手い。魔法少女としての経験もあり大人びていて落ち着いている。
 雪はクラス、というより一年生の中でも結構人気者というか、頼られているのだ。
 クラスのお調子者というべき少年――|羽賀杉《はがすぎ》|康太《こうた》がちょっと|手の出やすい《ガサツな》陸上部の少女――|村上《むらかみ》|巴《ともえ》に頭を叩かれ、抗議するのを苦笑いしながら、雪は小さく欠伸をする。
 それに一歩引いて見ている委員長少年――|稲垣《いながき》|守《まもる》が気が付く。
「白桃さん、寝不足?」
「う~ん、ちょっと。昨日、お友達と夜中までおしゃべりしたんです。それで」
「え、誰っ!」
 |おしゃべり《ゴシップ》好きの吹奏楽部少女――|猫柳《ねこやなぎ》|千代《ちよ》が目をキラキラさせて食いつく。雪はクラスや一年生に知り合いや友達は多いものの、それでも一歩引いているところがある。
 それこそ、たまに週末一緒に行く友達の千代ですら、夜中におしゃべりしたことなどない。雪がそれとなく躱すからだ。
 千代がそんな事で目くじらを立てる子ではないと知っているが、それでも雪は言葉を選ぶ。
「海外、の友達です」
「海外っ!? え、何で、どうやって外国の人とっ?」
「それは、なんとなく成り行きで。でも、ちょっと生活スタイルが違うのです」
「……なるほど。時差ね。国際料金とかは大丈夫なの?」
「うん、それは大丈夫です」
 どうやら千代は勘違いしたらしい。ただ、ティーガンが|吸血鬼《ヴァンパイア》で日夜逆転しているとか、こっちに住んでいる事とか、一緒にお泊りしたとかを話すわけでもないので、雪は頷くことなく微笑む。否定しない。
 千代も雪のそういうところに多少勘付いているものの、無視する。へぇ、と頷く。
 そうして雑談と一緒に仕事の担当やスケジュールを進めていた時、
「え、何これっ!?」
 なんとなしにスマホを見た|前島《まえしま》|新菜《にいな》が素っ頓狂な声を上げる。みんなが何々? と首を傾げ、新菜はスマホを見せる。
「京都、なんかバチ凄いことになってるんだけどっ!」
「わ、何これ。映画? アニメ?」
「妖怪? あ、天使っぽいのもいる。なんのジャンルだろ」
「いや、複数のアカウントが一斉に投稿されて――、あ、削除された」
「ぎゃあっ、保存しとけばよかったっ!」
「ってか、先輩たち大丈夫かな? いま修学旅行でしょ?」
「いや、大丈夫でしょ。だって、普通ありえないんだし」
「だよね~」
 皆、口々に冗談を言っていたが、雪だけは少しだけ眉間に|皴《しわ》を寄せていた。
 だって、直樹たちなのだ。本人たちにその気はなくとも、色々と面倒ごとに巻き込まれる人間なのだ。
 先ほどの映像だって、映画のCGにしてはできすぎているし、守が言ってた通り、全く無関係そうな複数のアカウントから同じ時刻に、色々な角度で投稿されているのも気になる。
 と、隣に座っていた千代がやはり心配した様子で雪の顔を見つめる。
「ねぇ、白桃さん。本当に大丈夫?」
「え、あ、うん。大丈夫です!」
「……そう。けど、なんか辛かったら言ってね。いつもこっちばっかり相談に乗ってもらってるからさ」
「うん。その時はお願いします」
 疑問を心の奥に押し込めつつ、雪はにこやかに笑った。それから話し合いは進み、日が沈んで少し経った頃、解散した。
 そして雪はトボトボと自宅へ歩く。
 人通りの少ない道で、雪はスマホを取り出す。
「……直樹さんには、帰ってからでいいかな。あ、でも、そういえば、さっきティーガンさんからメールが――」
 ティーガンから何やらメッセージアプリで連絡が|着《き》ていたらしく、指を画面に走らせて開こうとした瞬間。
「ッ!!」
 雪の心の|裡《うち》に納めていた|混沌の妄執《ロイエヘクサ》がドクンッと脈動する。
 怨念という怨念があふれ出て、雪の心を喰らいつくそうとする。
「駄目、駄目。その想いのまま暴れては駄目ですっ!」
 雪は苦渋に顔を歪め、膝を|突《つ》く。
 強いのだ。怒りが。|憤怒《ふんぬ》だ。
 ここ一か月近く、雪に宿された|混沌の妄執《ロイエヘクサ》は大人しかった。とはいっても、常人では精神が崩壊するほどの狂気じみた怨念を放っていたが、それでも雪が魔法を聞き出せるくらいには大人しかった。
 なのに今は天変地異が起こったように荒れ狂っている。
 まるで仇を見つけたかのように。全ての元凶が目の前にいると言わんばかりに。
 雪は≪想伝≫でそんな|混沌の妄執《ロイエヘクサ》の感情や想いをゆっくり紐解いていく。全身から汗を吹き出し、肩で息をしながらそれでも必死に。
 折れそうになる心を叱咤し、直樹から貰った影のブレスレットと影のネックレスをギュッと掴む。支えだ。
 そして永遠に感じるほど苦しみ、一端を理解した。
 だから、疲弊した心を燃やし、立ち上がる。
 己に定めた信念に従って。
「祓うんです」
 どす黒い渦が雪の目の前に|顕《あらわ》れた。直樹が作り出す転移門とは全く違う。傲慢で強欲で酷く禍々しい。時折火炎が走る。
 それは雪だけでなく、周囲全てを飲み込もうと渦巻く。超重力が発生し、一切合切がそこに落ちてしまいそうだ。
 雪は桜の花弁を召喚して、|混沌の妄執《ロイエヘクサ》から聞き出した特殊な結界で周囲の家などが吸い込まれないように防ぐ。
 そしてキッと覚悟を決めるとその渦に足を踏み入れた。
 雪が消えると渦は跡形もなく消え失せた。住宅街に静寂が訪れた。
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公開可能情報
・妖魔界:京都府全域に重なるようにして展開されている異空間。同位相にありながら、空間軸がねじれた場所にある感じ。京都周辺の東西南北に起点となる四つの封印石と、それらを補助するように配置されているおよそ数百に近い封怨石によって維持されている。起点の四つの封怨石が壊されると、方位神――朱雀、玄武、青龍、白虎が一時的に維持の代わりをする。その間に修復する仕組みである。
元は平安時代に起こった化生の巨大侵攻を抑えるために神々やそれに使える神官、陰陽術、僧などが一丸となって作り上げた封印空間。日本どころか世界を滅ぼせるレベルの存在すらも封印ができる。そのため、内側から簡単に外に出れないように毎秒事に空間自体が編纂されている。その複雑な乱数を解き明かさない限り妖魔界の外には出られない。
その後、時が過ぎていくごとに力が弱まり、肉体などを失った化生たちが消滅しないようにする空間にもなった。多くの化生が住んでおり、|妖《よう》|化生《かい》、|魔《ま》|化生《かい》、|仙《せん》|化生《かい》の順で数が少なくなる。|仙《せん》|化生《かい》は片手で数えられるほどしか妖魔界に住んでいないため、妖魔仙界ではなく、妖魔界となっている。
基本的に人が妖魔界やそれを構成する封怨石に知りえないように、過越しの結界にも似た運命操作が組み込まれている。ただし、神々が全力で作り上げたものであるが故に、過越しの結界のような不具合は発生しない。