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十一話 それは不可能でございます

ー/ー



 おはようではなく、こんにちはを言う頃。

 怒声が山に響き渡る。

「殺すっ! 殺すでありんすっ!!」
「はいはい、黙って下さい」
「カハッ」

 冥土(ギズィア)は鋼糸で全身を拘束されているのにも関わらず、それでも暴れようとする紅葉(もみじ)の腹を殴る。紅葉は血反吐を吐く。
 
 が、それでも殺意は消えない。

 冥土(ギズィア)は溜息を吐く。

(あまり手荒な真似はしたくないのですが……)

 嘘おっしゃい。

 紅葉だけでなく、芦屋やグスタフも鋼糸で拘束し、気絶させている絡繰り人形がどの口でそんな冗談を言っているのか。

「はぁ」

 冥土(ギズィア)は紅葉の額から生えている角を掴み、魂魄に衝撃を与える〝魂衝破〟を放ち、紅葉を気絶させた。

 それから黒羽根(ヴィール)を四枚召喚する。

「……元いた場所に戻されて応援を呼ばれても面倒ですし、四時間ほど顕現して貰いますか」

 召喚した四枚の黒羽根(ヴィール)を紅葉の周囲に突き刺し、魂魄をその場にとどめる結界を張る。

 どうやら紅葉の本体はこことは違う場所にあるらしく、今は芦屋が作った仮の器に魂魄を宿しているだけらしい。まぁ、先ほど魂魄を攻撃してしまったせいで、本体の方にもダメージがいっている気がするが、考えないようにしておく。

 さて、と冥土(ギズィア)は気絶している芦屋とグスタフの頭に手をかざす。

創造主様(マスター)副創造主様(サブマスター)に関しての記憶を見させて貰いますよ」

 死神が顕現したかのごとく恐ろしいほど無機質な黒の魔力を迸らせた冥土(ギズィア)は、芦屋とグスタフの記憶を読んでいく。

 そうして数秒。

「……なるほど、なるほど。創造主様(マスター)たちはあの時の監視から……ですが、あくまでイレギュラー要素として。いや、しかし何故西洋の神父が。まぁ、それはおいておきましょう。それよりも……」

 記憶を読み取った冥土(ギズィア)はすぐ隣を見る。

「妖魔界にそれを形成する封怨石。そしてそれを破壊して百鬼夜行ですか……」

 そこには護符やしめ縄が巻かれた巨大な岩――封怨石があった。

 それから冥土(ギズィア)は得た情報からあらゆるリスクを計算し、自らの最善を考える。 

「化生……彼女のような存在ですか。変質系のエネルギーである妖力で仮の器を作り出し、召喚すると……まぁ、そこらへんはどうでもいいですか。それよりも異界魔術結社(ハエレシス)の異界解放派閥ですか。読み取った情報(記憶)を見る限り、妖魔界に封印されている化生の解放のようですが……腑に落ちませんね」

 芦屋やグスタフの治療をしながら、冥土(ギズィア)は思考を口に出して整理していく。敵対していないにも関わらず傷つけたため、芦屋やグスタフだけでなく、紅葉も回復したいところなのだが、回復すれば即覚醒するのが目に見えているので、控える。

「そもそもここのグスタフだって異界魔術結社(ハエレシス)ですし……そもそも、何故もっと前にその計画を……なるほど。混沌の妄執(ロイエヘクサ)を活用した防衛システムですか。確かに、創造主様(マスター)たちすら飲み込むあれは厄介極まりない」

 そういいながら冥土(ギズィア)は手元を黒く光らせる。漆黒の指輪を取り出す。それはかつて混沌の妄執(ロイエヘクサ)にこびり付いていた余計な素材の一つ。

 魔力を生み出す黒の心臓は兎も角、ちょっとした特性をもった異空間を作るしかないこの指輪は、冥土(ギズィア)の妹たちが住まう異空間の核くらいにしか役に立っていなかったのだが……

「なるほど。これはもし混沌の妄執(ロイエヘクサ)が討たれたときの、いえ、討った後の代用品だったわけですか……」

 そう考え、冥土(ギズィア)は指輪を通じて妹たちにとある命令(コマンド)を出し、そして再び手元を漆黒に光らせ、指輪をしまう。

「ですが、それでも腑に落ちない。混沌の妄執(ロイエヘクサ)が誕生する前に……いえ、それよりも異界解放派の動向を把握し、情報を提供している羊飼いとはなんでしょうか? 記憶を探っても分かるのは西洋の神父だけ……」

 まぁ、いいですか、と呟いた冥土(ギズィア)は立ち上がる。

 数時間ほど寝かせる薬が入った注射を懐から取り出し、芦屋とグスタフに注入。どこからともなく取り出した毛布を掛ける。秋なので冷えるからだ。

「さて、ではこの方々を戦闘不能にしてしまったこともありますし、その封怨石とやらを守りますか。創造主様(マスター)たちが修学旅行を楽しく過ごすにはそれが最善のようですし。にしても、数が多いですね。重要部だけ先に結界を張っておきますか」

 そして冥土(ギズィア)は二十四枚枚の黒羽根(ヴィール)を召喚し、そのうち十五枚を二方向へ放つ。それが遠くの空に消えたのを確認し、次に五枚の黒羽根(ヴィール)冥土(ギズィア)の目の前にある封怨石の周囲に配置する。

 四角錐の結界を張る。

「では、手早く済ませましょう」

 そう言って、冥土(ギズィア)は残り四枚の黒羽根(ヴィール)で転移門を作り出し、得た情報(記憶)から次に襲撃される封怨石の場所へ転移したのだった。



 Φ



「「すみませんでしたっ!」」
「……頭を上げてください。全ては不幸な行き違い。こちらこそ、そちらを余計に刺激した事もあります。申し訳ございません」

 妖魔界の中央近くにある神社で、直樹と大輔は土下座する。カガミヒメが同じく頭を下げる。

 そして顔を上げたカガミヒメは、気炎を吐かんばかりに唸る紅葉に顔を向ける。

「紅葉。一旦は水に流しなさい」
「……」
「あれだけ暴れてスッキリしたでしょう。こちらにも落ち度はあります。芦屋はすぐにキョウラクを通じ、保護に向かわせます。それに、後日、話し合いの場を設けると直樹様方も申しております」
「………………分かったでありんす、姫様」

 紅葉は小さくそう呟き、襖を開けて部屋の奥に消えた。仕方なく頷いたが、それでも湧き上がる黒い感情は抑えきれない。奥で休むのだろう。

 あと一時間半程度で沈む太陽が差し込む部屋で、カガミヒメは直樹と大輔、その隅にいたウィオリナを見やる。

 真剣な瞳がぶつかり合う。

 そして最初に口を開いたのは大輔だった。

「それで結局ところ、そちらは僕たちにどのような御用で?」

 暴れる紅葉を鎮圧するのに、一時間近く。紅葉の力はもちろんのこと、紅葉の言葉の節々で大輔と直樹が紅葉を傷つけた者の仲間だと判断した酒呑童子やウカ、そして弱いながらも大勢の化生が加勢したのもあり、手こずっていたのだ。

 ボロボロの直樹が大して役に立たなかったのもある。

 正直、ウィオリナの血糸闘術による拘束と、準備があって遅れてやってきたカガミヒメのとりなしがなければ、無傷で鎮圧するのは難しかっただろう。

 紅葉、酒呑童子、ウカの力が強いのに、それ以外の力が弱すぎて、力加減を変えるのがむつかしかったのだ。

 ウカと酒呑童子は、精神が不安定になっている化生たちを落ち着かせているため、この場にはいない。

 カガミヒメは脇においていた三束の書類を差し出す。受け取った大輔は直樹とウィオリナにそれぞれ渡す。

 一枚捲り、読む。

「依頼書?」
「住所とか普通に書いてあるし。なんだ、これ。普通の契約書か?」
「……藤原咲耶(さくや)? カガミヒメさんの本名です?」

 大輔たちが混乱したように首を捻る。

「私のことはカガミヒメと呼んでください。それよりも先ほどもお話した通り、我が国に危機が迫っています。私はあなた様方にそれの阻止を依頼したいのです」

 先ほど、直樹とカガミヒメ――藤原咲耶に大雑把に説明された事を思い出しながら、大輔が確認を取る。

「……つまり、異界魔術結社(ハエレシス)によるここに封印されている狂暴な化生の解放の阻止ですか?」

 妖魔界とは、日本の化生が平穏に暮らすための異空間なんだそうだ。

 というもの、人間社会が発達にするにつれ、化生たちはその存在を隠さざる負えなくなってきたそうなのだ。特に近代、現代は。

 他にも、日本にいる化生の殆どは自分本来の肉体を持っておらず、そもそも現世で過ごす事すら難しいらしい。妖魔界はそうった存在に肉体を与え、安定せているのだとか。

 故に、肉体を持っているか、もしくはそれをカバーできる力を持っていて、特別その土地に愛着を持っていない限り、多くの化生はこの妖魔界に住んでいる。

 そしてまた、紅葉のような肉体を持ち力もある化生であっても、一度妖魔界の住人になると出るには相当の手続きが必要なのだとか。

 だが、そもそも京都全域に展開されている妖魔界は、化生たちが隠れ住むために創り出されたものではないらしい。

 人に危害を加えたり、強い怨念などを持っている狂暴で凶悪な化生を封印するための空間だったそうだ。

 ポピュラーな伝承である九尾なども封印されているのだとか。なら、何故悪名として伝承に名を遺す酒呑童子や紅葉が封印されていないのか直樹たちは疑問に思ったのだが、伝わっている伝承と事実は違うものらしい。

 兎も角、小さな街が滅ぼせるレベルから、日本を滅ぼせるレベルの化生がこの妖魔界には封印されているらしい。

 カガミヒメは頷く。

「はい、それもあります」
「それもだと?」

 直樹が片眉を上げる。それ以外の話は聞いていなかったからだ。

 というのも、直樹にカガミヒメから現状を大して聞いているわけではないのだ。なんせ、神相手に戦っていたのだ。短期決戦など無理であり、昼近くまで戦っていたのである。

 そしてようやく鎮圧し、気絶。起きてから回復に努めながら、過越しの結界を弱めるためにティーガンに連絡。その後、カガミヒメが話し合うために場所を移そうと言い、準備があるカガミヒメを置いて先に来ただけである。

 カガミヒメは化生の力の全て引き出すために、また京都の中心に住まう化生たちに被害が及ばないように妖魔界の辺境に直樹を召喚し、そこでドンパチしていたというわけである。

異界魔術結社(ハエレシス)は現在、過激派である異界解放派と、穏健派である異界制定派に分かれています。今回、暴走したのは異界解放派。彼らは、一週間前から世界各地に封印されている異界の存在を解放し始めています」
「……つまり、化生は異界の存在なんです?」
「はい」

 カガミヒメは真剣な表情で頷く。

「今、世界の幻想機関といわれる、いわば裏の世界は混乱に陥っています。異界制定派などと協力して、阻止していますが、このまま異界解放派の思うままに進めば、最悪の場合、表の世界にも影響を及ぼし、多くの死者を生み出す大戦が起きるかもしれない」

 その言葉はとても重く、ウィオリナは思わず息を飲む。

 だが、大輔と直樹はヘラリと笑う。

「それで?」
「それでも話を聞いた限り、妖魔界とやらの封印は解けないんですよね? あなた方にはそれを防ぐ力もある。それに僕たちと悠長に話している余裕ある」

 世界の危機や日本の危機と聞いても、それが直樹たちが動く理由にはなりえない。直樹も大輔も異世界で邪神と戦ったが、それは大切な人のためだ。世界の危機なんぞで戦った覚えは一切ない。

 それに、聞いた限り異界魔術結社(ハエレシス)は昔から存在する機関だ。急に過激派なるものが存在するわけではなく、前からそういった派閥があったはずだ。

 組織内の自浄作用や他の幻想機関なる存在が、解放を阻止していただろうし、日本の神和ぎ社だって過去からずっと防いでいた。

 それが急激に世界を危機に陥らせるほどの事ができるか? と考えたら、あり得ない。

 それこそ、半月前ほどの吸血鬼(ヴァンパイア)騒動の方がよっぽど世界の危機だった。あれを異界魔術結社(ハエレシス)が干渉して引き起こしたのならまだ脅威と言える。

 しかし、デジールのあまりの間抜け具合に疑問を持った大輔がティーガンとともに念入りに確かめたのだが、魔力の痕跡など一切なかった。

 それにだ。

「そんなに困ってるなら、お前の親玉()にでも頼ればいいだろ?」

 神がいるのだ。大皇(おおすめ)日女(ひめ)だって、ツクヨミだっていた。他にも色々な存在がいるだろう。直樹たちをも相手取れる存在が。

 なら、彼らに任せればいい。

「それは不可能でございます」

 しかし、カガミヒメは首を横に振った。

「神々は現世に顕現することが不可能なのでございます。そしてまた、現世に干渉する事もほぼ不可能です」
「あん? だが、アイツらは普通に俺たちに接触したし、数時間前にお前にだって降りたじゃねぇか」
「それは日本の地に危機が陥ったからです」
「どういうことです?」

 矛盾したようなカガミヒメの返答にウィオリナが混乱する。

「神々が現世に干渉できる、もしくは私が宿せる条件はただ一つ。日本の地が神々のルールに定められた危機に陥っ()場合のみです。それでも神々が全力を発揮することはできません」
「……つまり、分かっている危機を防ぐこともできないし、陥った危機を解決する力もないと」

 大輔が鼻を鳴らす。カガミヒメは気にせず続ける。

「今朝、ツクヨミ様を私が宿すことができたのは、直樹様たちが張った結界により日本の死者が黄泉に還ることができず、新たなるガシャドクロが生まれる可能性(危機)に陥ったからです」
「ガシャドクロ?」
「かつて、日本を壊滅させかけた()化生(かい)の手先です。本体である死之怨巨鬼神は封印されていますが、あまりに力が強すぎて死者だまりが起こるとガシャドクロという手先を創り出すのです。神々のルールによると、死者だまりは日本の危機に制定されているのです」
「なら、大皇(おおすめ)日女(ひめ)の場合はどうなんだ」
「それは――」

 カガミヒメが直樹の質問に答えようとした瞬間、

「ッ!」

 空が割れた。(あや)しく揺れ、(くら)い炎に包まれる。

 それと同時に、

「悪いけど、そんな話は後っ!」

 制服から黒のシャツ、ズボン、金茶のネクタイに漆黒のブーツ、灰色の手袋。裾を金属で補強した白衣を纏い、イーラ・グロブスとインセクタをが収まったホルダーを下げるベルト。

 一瞬で早着替えた大輔は、“収納庫”から取り出した拓道の扉柄を虚空に突き刺し、扉を作り出す。そして転門鍵を拓道の扉柄の鍵穴に挿し込む。

「開けっ!」

 膨大な魔力を注ぎ、捻る。

 すれば、数時間前に失敗した転移門が安定して作りだされた。失敗した原因は既に分かっていたので、その対処をしただけだ。

「直樹、そいつらを見張っておいて。話はそれからだっ!」
「あいよっ!」
「ッ、何を――」

 カガミヒメが止める暇もなく、大輔は金茶色の転移門の向こうに消えた。

 そして最後に大輔と目を合わせたウィオリナは理解した。

 杏の身に危機が陥ったのだと。




======================================
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〝魂衝破〟:魂魄に衝撃を与える魔法。如何なる物理的防御も透過し、よほどの精神力がないと意識を失う。


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 おはようではなく、こんにちはを言う頃。
 怒声が山に響き渡る。
「殺すっ! 殺すでありんすっ!!」
「はいはい、黙って下さい」
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 |冥土《ギズィア》は鋼糸で全身を拘束されているのにも関わらず、それでも暴れようとする|紅葉《もみじ》の腹を殴る。紅葉は血反吐を吐く。
 が、それでも殺意は消えない。
 |冥土《ギズィア》は溜息を吐く。
(あまり手荒な真似はしたくないのですが……)
 嘘おっしゃい。
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「はぁ」
 |冥土《ギズィア》は紅葉の額から生えている角を掴み、魂魄に衝撃を与える〝魂衝破〟を放ち、紅葉を気絶させた。
 それから|黒羽根《ヴィール》を四枚召喚する。
「……元いた場所に戻されて応援を呼ばれても面倒ですし、四時間ほど顕現して貰いますか」
 召喚した四枚の|黒羽根《ヴィール》を紅葉の周囲に突き刺し、魂魄をその場にとどめる結界を張る。
 どうやら紅葉の本体はこことは違う場所にあるらしく、今は芦屋が作った仮の器に魂魄を宿しているだけらしい。まぁ、先ほど魂魄を攻撃してしまったせいで、本体の方にもダメージがいっている気がするが、考えないようにしておく。
 さて、と|冥土《ギズィア》は気絶している芦屋とグスタフの頭に手をかざす。
「|創造主様《マスター》と|副創造主様《サブマスター》に関しての記憶を見させて貰いますよ」
 死神が顕現したかのごとく恐ろしいほど無機質な黒の魔力を迸らせた|冥土《ギズィア》は、芦屋とグスタフの記憶を読んでいく。
 そうして数秒。
「……なるほど、なるほど。|創造主様《マスター》たちはあの時の監視から……ですが、あくまでイレギュラー要素として。いや、しかし何故西洋の神父が。まぁ、それはおいておきましょう。それよりも……」
 記憶を読み取った|冥土《ギズィア》はすぐ隣を見る。
「妖魔界にそれを形成する封怨石。そしてそれを破壊して百鬼夜行ですか……」
 そこには護符やしめ縄が巻かれた巨大な岩――封怨石があった。
 それから|冥土《ギズィア》は得た情報からあらゆるリスクを計算し、自らの最善を考える。 
「化生……彼女のような存在ですか。変質系のエネルギーである妖力で仮の器を作り出し、召喚すると……まぁ、そこらへんはどうでもいいですか。それよりも|異界魔術結社《ハエレシス》の異界解放派閥ですか。読み取った|情報《記憶》を見る限り、妖魔界に封印されている化生の解放のようですが……腑に落ちませんね」
 芦屋やグスタフの治療をしながら、|冥土《ギズィア》は思考を口に出して整理していく。敵対していないにも関わらず傷つけたため、芦屋やグスタフだけでなく、紅葉も回復したいところなのだが、回復すれば即覚醒するのが目に見えているので、控える。
「そもそもここのグスタフだって|異界魔術結社《ハエレシス》ですし……そもそも、何故もっと前にその計画を……なるほど。|混沌の妄執《ロイエヘクサ》を活用した防衛システムですか。確かに、|創造主様《マスター》たちすら飲み込むあれは厄介極まりない」
 そういいながら|冥土《ギズィア》は手元を黒く光らせる。漆黒の指輪を取り出す。それはかつて|混沌の妄執《ロイエヘクサ》にこびり付いていた余計な素材の一つ。
 魔力を生み出す黒の心臓は兎も角、ちょっとした特性をもった異空間を作るしかないこの指輪は、|冥土《ギズィア》の妹たちが住まう異空間の核くらいにしか役に立っていなかったのだが……
「なるほど。これはもし|混沌の妄執《ロイエヘクサ》が討たれたときの、いえ、討った後の代用品だったわけですか……」
 そう考え、|冥土《ギズィア》は指輪を通じて妹たちにとある|命令《コマンド》を出し、そして再び手元を漆黒に光らせ、指輪をしまう。
「ですが、それでも腑に落ちない。|混沌の妄執《ロイエヘクサ》が誕生する前に……いえ、それよりも異界解放派の動向を把握し、情報を提供している羊飼いとはなんでしょうか? 記憶を探っても分かるのは西洋の神父だけ……」
 まぁ、いいですか、と呟いた|冥土《ギズィア》は立ち上がる。
 数時間ほど寝かせる薬が入った注射を懐から取り出し、芦屋とグスタフに注入。どこからともなく取り出した毛布を掛ける。秋なので冷えるからだ。
「さて、ではこの方々を戦闘不能にしてしまったこともありますし、その封怨石とやらを守りますか。|創造主様《マスター》たちが修学旅行を楽しく過ごすにはそれが最善のようですし。にしても、数が多いですね。重要部だけ先に結界を張っておきますか」
 そして|冥土《ギズィア》は二十四枚枚の|黒羽根《ヴィール》を召喚し、そのうち十五枚を二方向へ放つ。それが遠くの空に消えたのを確認し、次に五枚の|黒羽根《ヴィール》を|冥土《ギズィア》の目の前にある封怨石の周囲に配置する。
 四角錐の結界を張る。
「では、手早く済ませましょう」
 そう言って、|冥土《ギズィア》は残り四枚の|黒羽根《ヴィール》で転移門を作り出し、得た|情報《記憶》から次に襲撃される封怨石の場所へ転移したのだった。
 Φ
「「すみませんでしたっ!」」
「……頭を上げてください。全ては不幸な行き違い。こちらこそ、そちらを余計に刺激した事もあります。申し訳ございません」
 妖魔界の中央近くにある神社で、直樹と大輔は土下座する。カガミヒメが同じく頭を下げる。
 そして顔を上げたカガミヒメは、気炎を吐かんばかりに唸る紅葉に顔を向ける。
「紅葉。一旦は水に流しなさい」
「……」
「あれだけ暴れてスッキリしたでしょう。こちらにも落ち度はあります。芦屋はすぐにキョウラクを通じ、保護に向かわせます。それに、後日、話し合いの場を設けると直樹様方も申しております」
「………………分かったでありんす、姫様」
 紅葉は小さくそう呟き、襖を開けて部屋の奥に消えた。仕方なく頷いたが、それでも湧き上がる黒い感情は抑えきれない。奥で休むのだろう。
 あと一時間半程度で沈む太陽が差し込む部屋で、カガミヒメは直樹と大輔、その隅にいたウィオリナを見やる。
 真剣な瞳がぶつかり合う。
 そして最初に口を開いたのは大輔だった。
「それで結局ところ、そちらは僕たちにどのような御用で?」
 暴れる紅葉を鎮圧するのに、一時間近く。紅葉の力はもちろんのこと、紅葉の言葉の節々で大輔と直樹が紅葉を傷つけた者の仲間だと判断した酒呑童子やウカ、そして弱いながらも大勢の化生が加勢したのもあり、手こずっていたのだ。
 ボロボロの直樹が大して役に立たなかったのもある。
 正直、ウィオリナの血糸闘術による拘束と、準備があって遅れてやってきたカガミヒメのとりなしがなければ、無傷で鎮圧するのは難しかっただろう。
 紅葉、酒呑童子、ウカの力が強いのに、それ以外の力が弱すぎて、力加減を変えるのがむつかしかったのだ。
 ウカと酒呑童子は、精神が不安定になっている化生たちを落ち着かせているため、この場にはいない。
 カガミヒメは脇においていた三束の書類を差し出す。受け取った大輔は直樹とウィオリナにそれぞれ渡す。
 一枚捲り、読む。
「依頼書?」
「住所とか普通に書いてあるし。なんだ、これ。普通の契約書か?」
「……藤原|咲耶《さくや》? カガミヒメさんの本名です?」
 大輔たちが混乱したように首を捻る。
「私のことはカガミヒメと呼んでください。それよりも先ほどもお話した通り、我が国に危機が迫っています。私はあなた様方にそれの阻止を依頼したいのです」
 先ほど、直樹とカガミヒメ――藤原咲耶に大雑把に説明された事を思い出しながら、大輔が確認を取る。
「……つまり、|異界魔術結社《ハエレシス》によるここに封印されている狂暴な化生の解放の阻止ですか?」
 妖魔界とは、日本の化生が平穏に暮らすための異空間なんだそうだ。
 というもの、人間社会が発達にするにつれ、化生たちはその存在を隠さざる負えなくなってきたそうなのだ。特に近代、現代は。
 他にも、日本にいる化生の殆どは自分本来の肉体を持っておらず、そもそも現世で過ごす事すら難しいらしい。妖魔界はそうった存在に肉体を与え、安定せているのだとか。
 故に、肉体を持っているか、もしくはそれをカバーできる力を持っていて、特別その土地に愛着を持っていない限り、多くの化生はこの妖魔界に住んでいる。
 そしてまた、紅葉のような肉体を持ち力もある化生であっても、一度妖魔界の住人になると出るには相当の手続きが必要なのだとか。
 だが、そもそも京都全域に展開されている妖魔界は、化生たちが隠れ住むために創り出されたものではないらしい。
 人に危害を加えたり、強い怨念などを持っている狂暴で凶悪な化生を封印するための空間だったそうだ。
 ポピュラーな伝承である九尾なども封印されているのだとか。なら、何故悪名として伝承に名を遺す酒呑童子や紅葉が封印されていないのか直樹たちは疑問に思ったのだが、伝わっている伝承と事実は違うものらしい。
 兎も角、小さな街が滅ぼせるレベルから、日本を滅ぼせるレベルの化生がこの妖魔界には封印されているらしい。
 カガミヒメは頷く。
「はい、それもあります」
「それもだと?」
 直樹が片眉を上げる。それ以外の話は聞いていなかったからだ。
 というのも、直樹にカガミヒメから現状を大して聞いているわけではないのだ。なんせ、神相手に戦っていたのだ。短期決戦など無理であり、昼近くまで戦っていたのである。
 そしてようやく鎮圧し、気絶。起きてから回復に努めながら、過越しの結界を弱めるためにティーガンに連絡。その後、カガミヒメが話し合うために場所を移そうと言い、準備があるカガミヒメを置いて先に来ただけである。
 カガミヒメは化生の力の全て引き出すために、また京都の中心に住まう化生たちに被害が及ばないように妖魔界の辺境に直樹を召喚し、そこでドンパチしていたというわけである。
「|異界魔術結社《ハエレシス》は現在、過激派である異界解放派と、穏健派である異界制定派に分かれています。今回、暴走したのは異界解放派。彼らは、一週間前から世界各地に封印されている異界の存在を解放し始めています」
「……つまり、化生は異界の存在なんです?」
「はい」
 カガミヒメは真剣な表情で頷く。
「今、世界の幻想機関といわれる、いわば裏の世界は混乱に陥っています。異界制定派などと協力して、阻止していますが、このまま異界解放派の思うままに進めば、最悪の場合、表の世界にも影響を及ぼし、多くの死者を生み出す大戦が起きるかもしれない」
 その言葉はとても重く、ウィオリナは思わず息を飲む。
 だが、大輔と直樹はヘラリと笑う。
「それで?」
「それでも話を聞いた限り、妖魔界とやらの封印は解けないんですよね? あなた方にはそれを防ぐ力もある。それに僕たちと悠長に話している余裕ある」
 世界の危機や日本の危機と聞いても、それが直樹たちが動く理由にはなりえない。直樹も大輔も異世界で邪神と戦ったが、それは大切な人のためだ。世界の危機なんぞで戦った覚えは一切ない。
 それに、聞いた限り|異界魔術結社《ハエレシス》は昔から存在する機関だ。急に過激派なるものが存在するわけではなく、前からそういった派閥があったはずだ。
 組織内の自浄作用や他の幻想機関なる存在が、解放を阻止していただろうし、日本の神和ぎ社だって過去からずっと防いでいた。
 それが急激に世界を危機に陥らせるほどの事ができるか? と考えたら、あり得ない。
 それこそ、半月前ほどの|吸血鬼《ヴァンパイア》騒動の方がよっぽど世界の危機だった。あれを|異界魔術結社《ハエレシス》が干渉して引き起こしたのならまだ脅威と言える。
 しかし、デジールのあまりの間抜け具合に疑問を持った大輔がティーガンとともに念入りに確かめたのだが、魔力の痕跡など一切なかった。
 それにだ。
「そんなに困ってるなら、お前の|親玉《神》にでも頼ればいいだろ?」
 神がいるのだ。|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》だって、ツクヨミだっていた。他にも色々な存在がいるだろう。直樹たちをも相手取れる存在が。
 なら、彼らに任せればいい。
「それは不可能でございます」
 しかし、カガミヒメは首を横に振った。
「神々は現世に顕現することが不可能なのでございます。そしてまた、現世に干渉する事もほぼ不可能です」
「あん? だが、アイツらは普通に俺たちに接触したし、数時間前にお前にだって降りたじゃねぇか」
「それは日本の地に危機が陥ったからです」
「どういうことです?」
 矛盾したようなカガミヒメの返答にウィオリナが混乱する。
「神々が現世に干渉できる、もしくは私が宿せる条件はただ一つ。日本の地が神々のルールに定められた危機に陥っ|た《・》場合のみです。それでも神々が全力を発揮することはできません」
「……つまり、分かっている危機を防ぐこともできないし、陥った危機を解決する力もないと」
 大輔が鼻を鳴らす。カガミヒメは気にせず続ける。
「今朝、ツクヨミ様を私が宿すことができたのは、直樹様たちが張った結界により日本の死者が黄泉に還ることができず、新たなるガシャドクロが生まれる|可能性《危機》に陥ったからです」
「ガシャドクロ?」
「かつて、日本を壊滅させかけた|魔《ま》|化生《かい》の手先です。本体である死之怨巨鬼神は封印されていますが、あまりに力が強すぎて死者だまりが起こるとガシャドクロという手先を創り出すのです。神々のルールによると、死者だまりは日本の危機に制定されているのです」
「なら、|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》の場合はどうなんだ」
「それは――」
 カガミヒメが直樹の質問に答えようとした瞬間、
「ッ!」
 空が割れた。|妖《あや》しく揺れ、|昏《くら》い炎に包まれる。
 それと同時に、
「悪いけど、そんな話は後っ!」
 制服から黒のシャツ、ズボン、金茶のネクタイに漆黒のブーツ、灰色の手袋。裾を金属で補強した白衣を纏い、イーラ・グロブスとインセクタをが収まったホルダーを下げるベルト。
 一瞬で早着替えた大輔は、“収納庫”から取り出した拓道の扉柄を虚空に突き刺し、扉を作り出す。そして転門鍵を拓道の扉柄の鍵穴に挿し込む。
「開けっ!」
 膨大な魔力を注ぎ、捻る。
 すれば、数時間前に失敗した転移門が安定して作りだされた。失敗した原因は既に分かっていたので、その対処をしただけだ。
「直樹、そいつらを見張っておいて。話はそれからだっ!」
「あいよっ!」
「ッ、何を――」
 カガミヒメが止める暇もなく、大輔は金茶色の転移門の向こうに消えた。
 そして最後に大輔と目を合わせたウィオリナは理解した。
 杏の身に危機が陥ったのだと。
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