十話 すいませんっでしたぁぁっっ!!
ー/ー どことも分からない森閑とした森の開けた場所。明るいのに、太陽がどこにあるかも分からない蒼が広がる空。
直樹と対峙するカガミヒメと、それを取り囲む数百を超える異形。
異形は本当に多種多様で、二足歩行する牛や狼、鬼、手足が生えた岩だったり、大型自動車ほどの土塊だったり、龍だったり。全員が全員、とてつもない威を持っていた。
が、しかし、殺気を感じたのは直樹が覚醒した瞬間だけ。
まるで、その殺気は直樹を起こすために放ったと言わんばかりに、今はとても静寂だった。直樹は嵐の前の静けさと捉えた。
カガミヒメが一歩前に出る。軽く直樹に頭を下げる。仕草一つ一つが恐ろしい程美しく、故に直樹は強烈な嫌な予感を感じた。
「初めまして鈴木直樹様。私は神和ぎ社を治める導師が一人、カガミヒメと申すものです――」
「知らねぇよ、じゃあな」
一刻もここから離れなければ、と、ここに転移させられる直前にマーキングしておいた目印を頼りに全力全開の“空転眼[黒門]”を発動。
予想外の魔力消費と空間の抵抗に内心驚きながらも、ヘラリと笑い、作り出した黒渦の転移門が消え去る前に足を踏み入れようとして。
しかし、カガミヒメは気にせず続ける。
「お呼び立てした理由は他でもありません。直樹様方の身近な者たちに危機が迫っている――」
「おい、死ぬか?」
瞬く間もない。
黒装束の直樹がカガミヒメの背後に立っていた。
カガミヒメの首の前後には、全ての光を吸い込む漆黒の小太刀――幻斬と、ぬるりと妖しく輝く血濡れの小太刀――血斬が押し付けられていた。僅かばかりに血が滲んでいて、一ミリでも動かせば、前後の小太刀それぞれで首を吹き飛ばすだろう。
異形たちが殺気だつ。
しかし、
「皆、控えなさい」
凛ッと神聖な鈴が鳴るが如く発せられたカガミヒメに、異形たちはまた静寂を取り戻す。よく訓練されている。
カガミヒメは眉一つ動かすことなく、自らに常人なら気絶するであろう殺気をぶつけている直樹を見やる。
目が真っ黒に染まり、白の華を浮かべ、右目には翡翠の星々さえも浮かんでいる。
澄んだ黒の瞳がそんな異質な瞳とぶつかり合う。
一瞬が無限の時間に感じるほどの静寂が訪れ、霧散する。
「交渉などない。俺が望む情報全てを話せ。嘘や余計な事を口にした瞬間、即座のその首刎ねて、直接記憶を貰う。くだらない話しだった場合も同様だ」
「お優しいのですね。忠告してくださ――」
「もう一度言わせる気か?」
「感謝はどんな状況でどんな相手であっても伝えるべきかと」
「……チッ」
苦々しく舌打ちした直樹は、カガミヒメの喉に当てていた血斬を納刀する。うなじに当てていた幻斬はそのままだ。
「話せ」
「招いた身としてはお茶の一つでも出したいのですが」
「森で茶を飲むやつがあるか。招かれた人間が嫌がってんだ。さっさと話せ」
「……仕方ありません」
怯えたり警戒する事もない。たおやかに微笑んだカガミヒメは、悠然とその小さな桜色の唇を動かす。
「事の発端は――」
「端的に話せ。危機とはなんだ。敵は誰だ。それ以外の御託はいらん」
「……分かっているのは、危機は日本に住まう者全てが害されること。その危機を引き起こすのは異界魔術結社の一部であることです」
それを聞いた瞬間、直樹は目の前のカガミヒメに抱いていた警戒レベルを最大にまで上昇させる。
理由は簡単だ。カガミヒメが直樹たちをよく把握しているからだ。
危機は日本に住まう者全てが害されること。これに嘘はない。本当でもないかもしれないが、嘘ではない。勘や能力などから直樹はその確信を持っている。
そしてカガミヒメはおそらく、直樹たちの力を要求するつもりなのだろう。外れている可能性もあるが、しかし直樹たちの力をあてにして協力を打診してくる可能性も少なくない。
なのに最初にカガミヒメの口から出たのは、日本に住まう存在の危機や力を貸してくれという要求でもなく、直樹の身近な存在に危機が出るということ。
それは直樹が身内を大切にするという人となりを理解しているからに他ならない。
これが普通の人間相手ならば、確かに人質という発想も容易に出てくるだろう。
しかし、直樹は普通の人間ではない。神和ぎ社からみれば得体のしれない存在だ。しかも、カガミヒメもまた、その実力は相当高いと言わざるおえない。
簡易の移動用とはいえ、過越しの結界を無視して直樹に接触してきたからだ。
過越しの結界を展開して直ぐに大皇日女に意味をなさなった事で勘違いしているかもしれないが、生物に干渉する力を持っているティーガンレベルより下の存在には問題なく効果を発揮するのだ。
それにだ。
確かに直樹はカガミヒメと接触する前に、精霊の残滓を見て、日本の伝承なんかに興味があるミラたちのために知り合った方がいいか? と思った。
が、それは伝承であって、カガミヒメではない。
つまり、目の前のカガミヒメもティーガンと同等かそれ以上のレベル。持っている力の種類は兎も角、理に干渉できる程の格を持っているのだ。また、日本のファンタジーを治める神和ぎ社のトップでもある。
そんな存在が人外だと思える直樹に対して、人質などと回りくどい手を取るか? 直樹に対してここまで下手にでる必要はあるか?
当然ない。
そしてあると考えるのであれば、直樹という存在を見誤ることなく把握しており、また合理的な思考ができる存在だ。
そんな思考をしながら、直樹は眉をひそめる。
「異界魔術結社だと?」
「はい。日本以外の世界各地に拠点を持ち、あらゆる魔術に精通する機関です」
「ハンッ。流石は神さまを身に宿す存在だ。ずいぶんと自信に溢れている」
「混沌の妄執の行動を誘導するために泳がせていたに過ぎません。まぁ、思わぬ存在との邂逅のきっかけにもなりましたので、十分意味はあったと思います」
「……」
日本支部があったよな? という直樹の皮肉を、カガミヒメは微笑みとともに、無駄話をしないのでは? という視線で返す。直樹は口を噤む。
と、その時、
「ッ!」
喉元に小太刀がめり込もうが、即死級の殺気をぶつけられようが泰然としていたカガミヒメの表情が引きつる。
そして何かを感じ取った直樹を見て、
「……本当に申し訳ございません。穏便に話を進めたかったのですが、そうもいかなくなってしまいました」
心の底から申し訳なさそうに目を伏せた。
一転。豪ッと威風を響かせた。
「チッ!」
直樹はバッと飛びのく。遅れて雷が圧縮された槍が直樹がいた場所に突き刺さる。
直樹はカガミヒメを睨む。
そこにいたのは、神だ。既に見たことのある、神。
「『頑固者を負かせ』」
カガミヒメから、二つの声が発せられる。
カガミヒメ本人と、その身に宿る神――大皇日女。
「てめぇらの部下の事なんて知るかよ、アホっ!!」
そう怒鳴った直樹は、いつでも逃げられるように準備していた転移門を作り出そうとしたのだが、
「『君たちが運命を惑わす結界を張ったせいでもある。自らで撒いた種をキチンと自らで刈り取れ』」
「運命を惑わすだと……いや、その前に日本の神なら日本の諺言えやっ!」
「『では、因果応報だ』」
「クソッたれっ!」
転移すらできないように周囲の空間を書き換えられた。直樹も認識できるギリギリの速さで異界に引きずり込まれたのだ。
しかも、周りの異形たちの力が異常だ。一体一体が吸血鬼程の力を持っていた。
先ほどまでそんな力を感じなかったのに。
(カガミヒメが強化した? いや、違う。アレは仮かっ! さっきのは分身かそれに代わるもの! つまり、この空間か。この空間なら全力を発揮できる)
面倒くさい、と鼻を鳴らした直樹は、腰を低く下げる。幻斬と血斬を構え、目の前の存在を睨む。
その存在はカガミヒメであって、カガミヒメじゃない。また、大皇日女でもない。
そのカガミヒメに宿る存在は、
「『僕はオオヅキヨミノミコト――現世ではツクヨミなどと言われている。お前たちが縁を狂わす結界を張ったせいで坂東の死者の魂魄が千引の門をくぐれず、黄泉にも輪廻の環にも還れない。それだけでない。平穏に隠れ住んでいた化生たちが、どういうわけか坂東から追い出されている』」
すぅっと大きく息を吸い込み、
「『どうしてくれるッッ!!』」
怒鳴った。
普段は温和であろうその声を怒気で震わせ、また弟から借りた力を右手に宿し、カガミヒメの体を借りて万雷の神鳴りを振り落とした。怒り狂っていた。
真っ先に天候攻撃かよっ! と内心悪態を吐きつつ、必死の形相でその稲妻を躱した直樹は、
「あ」
と間抜けな声を漏らした。
坂東、つまり関東。それで縁や運命を惑わす。結界。つまり、たぶん、いや十中八九、過越しの結界の事を指している。
そして昨夜、ティーガンが言っていた不具合が起こりやすいという言葉を考えれば……
(……い、いや、俺、悪くないしぃ? そっちがちょっかい出してきたから対処療法的にしてただけだしぃ? 文句なら大皇日女に言えよ。ってか、ちょっと運命惑わしただけで死者が輪廻に還れないってのは、システムが弱いんだよ。大輔なら何重にもバックアップするぞ。うん、怠慢だ。そうだな。うん。あ、でも化生ってこの異形たちのことか? っつうか、さっきから凄く恨んだ瞳を向けられてるけど……)
言い知れない怒気、家族とともに不当な理由で家を追い出されたような父親のような怒りを向けている異形――化生たちを見やる。直樹を殺す気満々だ。
直樹はダラダラと汗を流す。
(ええっと、ええっと………………)
良心はあったのだろう。呵責に耐えられなくなったのか。
「すいませんっでしたぁぁっっ!!」
土下座した。“土下座”という能力も使い、世界最高峰の土下座を繰り出した。それはもう本当に美しい土下座で、世界のあらゆる芸術家も認めるほどだった。
しかし、やはりツクヨミや、家を追い出された化生たちの怒りが収まることはない。
「『死者の屈辱。化生の怨み。僕の怒り。それで収まると思うなっっ!!』」
「帰してもらうぞ! 俺たちの家にっ!」
「息子が生まれたばかりなのに長旅させやがってっ!!」
「殺す。殺すっ!」
怒号が響きわたる。批難囂々だ。
「で、ですよねっ! のわっ! おいおい、マジかよっ。やっぱり全力出せるってわけかっ!? あ、痛てっ。魂魄にまで! ってか、待て待て待てっ! それは死ぬっ! ブラックホール級の重力場とか肉体消滅するじゃねぇかっ! 蘇生できないっつうのっ!」
カガミヒメに宿るツクヨミの力は言わずもがな。吸血鬼級の百以上の化生たちの力は多種多様で、しかも非常に高い連帯練度により脅威度は千倍に膨れ上がる。
カガミヒメ以外、その化生たちが持っているエネルギーが一つであることから、先日の大皇日女の件で襲ってきた動物たちよりも実際は弱いのかもしれない。
しかし、あのときの動物たちよりも確実に強い。あの動物たちも全力を出せない状態だったのだろう。
まぁ、兎にも角にも、ヤバい。
「チィッ! クソッたれっ! 全軍、出ろっ!」
直樹は頬を引きつらせながら、自らの影から数万の[影魔]を召喚し、必死に対抗する。問答無用でツクヨミを宿すカガミヒメに斬りかかる。
本気だ。
確かに過越しの結界で迷惑をかけたかもしれないが、それはそれ。これはこれである。直接手を出され、命すら奪われそうになったのなら、己の生存のためにも戦うのだ。
久しぶりに感じるヤバい死の危機に直樹はニィッと嗤う。その危機を嘲笑うように。生き延びて見せると誓うように。
そして数時間後。
「はぁ、はぁ、はぁ。マジ死ぬかと思った。邪龍戦くらいに死にかけた。こいつ等、マジで強かった」
ようやくツクヨミを宿すカガミヒメと、化生を鎮圧できた。
殺されそうになったので、殺すという考えもあったが、とてつもなく面倒なことになると判断し、やめた。
まぁ、流石に直樹でも神と全力の化生相手に多くの力を消耗し、ボロボロなのは確かだった。
そして気絶した。
直樹と対峙するカガミヒメと、それを取り囲む数百を超える異形。
異形は本当に多種多様で、二足歩行する牛や狼、鬼、手足が生えた岩だったり、大型自動車ほどの土塊だったり、龍だったり。全員が全員、とてつもない威を持っていた。
が、しかし、殺気を感じたのは直樹が覚醒した瞬間だけ。
まるで、その殺気は直樹を起こすために放ったと言わんばかりに、今はとても静寂だった。直樹は嵐の前の静けさと捉えた。
カガミヒメが一歩前に出る。軽く直樹に頭を下げる。仕草一つ一つが恐ろしい程美しく、故に直樹は強烈な嫌な予感を感じた。
「初めまして鈴木直樹様。私は神和ぎ社を治める導師が一人、カガミヒメと申すものです――」
「知らねぇよ、じゃあな」
一刻もここから離れなければ、と、ここに転移させられる直前にマーキングしておいた目印を頼りに全力全開の“空転眼[黒門]”を発動。
予想外の魔力消費と空間の抵抗に内心驚きながらも、ヘラリと笑い、作り出した黒渦の転移門が消え去る前に足を踏み入れようとして。
しかし、カガミヒメは気にせず続ける。
「お呼び立てした理由は他でもありません。直樹様方の身近な者たちに危機が迫っている――」
「おい、死ぬか?」
瞬く間もない。
黒装束の直樹がカガミヒメの背後に立っていた。
カガミヒメの首の前後には、全ての光を吸い込む漆黒の小太刀――幻斬と、ぬるりと妖しく輝く血濡れの小太刀――血斬が押し付けられていた。僅かばかりに血が滲んでいて、一ミリでも動かせば、前後の小太刀それぞれで首を吹き飛ばすだろう。
異形たちが殺気だつ。
しかし、
「皆、控えなさい」
凛ッと神聖な鈴が鳴るが如く発せられたカガミヒメに、異形たちはまた静寂を取り戻す。よく訓練されている。
カガミヒメは眉一つ動かすことなく、自らに常人なら気絶するであろう殺気をぶつけている直樹を見やる。
目が真っ黒に染まり、白の華を浮かべ、右目には翡翠の星々さえも浮かんでいる。
澄んだ黒の瞳がそんな異質な瞳とぶつかり合う。
一瞬が無限の時間に感じるほどの静寂が訪れ、霧散する。
「交渉などない。俺が望む情報全てを話せ。嘘や余計な事を口にした瞬間、即座のその首刎ねて、直接記憶を貰う。くだらない話しだった場合も同様だ」
「お優しいのですね。忠告してくださ――」
「もう一度言わせる気か?」
「感謝はどんな状況でどんな相手であっても伝えるべきかと」
「……チッ」
苦々しく舌打ちした直樹は、カガミヒメの喉に当てていた血斬を納刀する。うなじに当てていた幻斬はそのままだ。
「話せ」
「招いた身としてはお茶の一つでも出したいのですが」
「森で茶を飲むやつがあるか。招かれた人間が嫌がってんだ。さっさと話せ」
「……仕方ありません」
怯えたり警戒する事もない。たおやかに微笑んだカガミヒメは、悠然とその小さな桜色の唇を動かす。
「事の発端は――」
「端的に話せ。危機とはなんだ。敵は誰だ。それ以外の御託はいらん」
「……分かっているのは、危機は日本に住まう者全てが害されること。その危機を引き起こすのは異界魔術結社の一部であることです」
それを聞いた瞬間、直樹は目の前のカガミヒメに抱いていた警戒レベルを最大にまで上昇させる。
理由は簡単だ。カガミヒメが直樹たちをよく把握しているからだ。
危機は日本に住まう者全てが害されること。これに嘘はない。本当でもないかもしれないが、嘘ではない。勘や能力などから直樹はその確信を持っている。
そしてカガミヒメはおそらく、直樹たちの力を要求するつもりなのだろう。外れている可能性もあるが、しかし直樹たちの力をあてにして協力を打診してくる可能性も少なくない。
なのに最初にカガミヒメの口から出たのは、日本に住まう存在の危機や力を貸してくれという要求でもなく、直樹の身近な存在に危機が出るということ。
それは直樹が身内を大切にするという人となりを理解しているからに他ならない。
これが普通の人間相手ならば、確かに人質という発想も容易に出てくるだろう。
しかし、直樹は普通の人間ではない。神和ぎ社からみれば得体のしれない存在だ。しかも、カガミヒメもまた、その実力は相当高いと言わざるおえない。
簡易の移動用とはいえ、過越しの結界を無視して直樹に接触してきたからだ。
過越しの結界を展開して直ぐに大皇日女に意味をなさなった事で勘違いしているかもしれないが、生物に干渉する力を持っているティーガンレベルより下の存在には問題なく効果を発揮するのだ。
それにだ。
確かに直樹はカガミヒメと接触する前に、精霊の残滓を見て、日本の伝承なんかに興味があるミラたちのために知り合った方がいいか? と思った。
が、それは伝承であって、カガミヒメではない。
つまり、目の前のカガミヒメもティーガンと同等かそれ以上のレベル。持っている力の種類は兎も角、理に干渉できる程の格を持っているのだ。また、日本のファンタジーを治める神和ぎ社のトップでもある。
そんな存在が人外だと思える直樹に対して、人質などと回りくどい手を取るか? 直樹に対してここまで下手にでる必要はあるか?
当然ない。
そしてあると考えるのであれば、直樹という存在を見誤ることなく把握しており、また合理的な思考ができる存在だ。
そんな思考をしながら、直樹は眉をひそめる。
「異界魔術結社だと?」
「はい。日本以外の世界各地に拠点を持ち、あらゆる魔術に精通する機関です」
「ハンッ。流石は神さまを身に宿す存在だ。ずいぶんと自信に溢れている」
「混沌の妄執の行動を誘導するために泳がせていたに過ぎません。まぁ、思わぬ存在との邂逅のきっかけにもなりましたので、十分意味はあったと思います」
「……」
日本支部があったよな? という直樹の皮肉を、カガミヒメは微笑みとともに、無駄話をしないのでは? という視線で返す。直樹は口を噤む。
と、その時、
「ッ!」
喉元に小太刀がめり込もうが、即死級の殺気をぶつけられようが泰然としていたカガミヒメの表情が引きつる。
そして何かを感じ取った直樹を見て、
「……本当に申し訳ございません。穏便に話を進めたかったのですが、そうもいかなくなってしまいました」
心の底から申し訳なさそうに目を伏せた。
一転。豪ッと威風を響かせた。
「チッ!」
直樹はバッと飛びのく。遅れて雷が圧縮された槍が直樹がいた場所に突き刺さる。
直樹はカガミヒメを睨む。
そこにいたのは、神だ。既に見たことのある、神。
「『頑固者を負かせ』」
カガミヒメから、二つの声が発せられる。
カガミヒメ本人と、その身に宿る神――大皇日女。
「てめぇらの部下の事なんて知るかよ、アホっ!!」
そう怒鳴った直樹は、いつでも逃げられるように準備していた転移門を作り出そうとしたのだが、
「『君たちが運命を惑わす結界を張ったせいでもある。自らで撒いた種をキチンと自らで刈り取れ』」
「運命を惑わすだと……いや、その前に日本の神なら日本の諺言えやっ!」
「『では、因果応報だ』」
「クソッたれっ!」
転移すらできないように周囲の空間を書き換えられた。直樹も認識できるギリギリの速さで異界に引きずり込まれたのだ。
しかも、周りの異形たちの力が異常だ。一体一体が吸血鬼程の力を持っていた。
先ほどまでそんな力を感じなかったのに。
(カガミヒメが強化した? いや、違う。アレは仮かっ! さっきのは分身かそれに代わるもの! つまり、この空間か。この空間なら全力を発揮できる)
面倒くさい、と鼻を鳴らした直樹は、腰を低く下げる。幻斬と血斬を構え、目の前の存在を睨む。
その存在はカガミヒメであって、カガミヒメじゃない。また、大皇日女でもない。
そのカガミヒメに宿る存在は、
「『僕はオオヅキヨミノミコト――現世ではツクヨミなどと言われている。お前たちが縁を狂わす結界を張ったせいで坂東の死者の魂魄が千引の門をくぐれず、黄泉にも輪廻の環にも還れない。それだけでない。平穏に隠れ住んでいた化生たちが、どういうわけか坂東から追い出されている』」
すぅっと大きく息を吸い込み、
「『どうしてくれるッッ!!』」
怒鳴った。
普段は温和であろうその声を怒気で震わせ、また弟から借りた力を右手に宿し、カガミヒメの体を借りて万雷の神鳴りを振り落とした。怒り狂っていた。
真っ先に天候攻撃かよっ! と内心悪態を吐きつつ、必死の形相でその稲妻を躱した直樹は、
「あ」
と間抜けな声を漏らした。
坂東、つまり関東。それで縁や運命を惑わす。結界。つまり、たぶん、いや十中八九、過越しの結界の事を指している。
そして昨夜、ティーガンが言っていた不具合が起こりやすいという言葉を考えれば……
(……い、いや、俺、悪くないしぃ? そっちがちょっかい出してきたから対処療法的にしてただけだしぃ? 文句なら大皇日女に言えよ。ってか、ちょっと運命惑わしただけで死者が輪廻に還れないってのは、システムが弱いんだよ。大輔なら何重にもバックアップするぞ。うん、怠慢だ。そうだな。うん。あ、でも化生ってこの異形たちのことか? っつうか、さっきから凄く恨んだ瞳を向けられてるけど……)
言い知れない怒気、家族とともに不当な理由で家を追い出されたような父親のような怒りを向けている異形――化生たちを見やる。直樹を殺す気満々だ。
直樹はダラダラと汗を流す。
(ええっと、ええっと………………)
良心はあったのだろう。呵責に耐えられなくなったのか。
「すいませんっでしたぁぁっっ!!」
土下座した。“土下座”という能力も使い、世界最高峰の土下座を繰り出した。それはもう本当に美しい土下座で、世界のあらゆる芸術家も認めるほどだった。
しかし、やはりツクヨミや、家を追い出された化生たちの怒りが収まることはない。
「『死者の屈辱。化生の怨み。僕の怒り。それで収まると思うなっっ!!』」
「帰してもらうぞ! 俺たちの家にっ!」
「息子が生まれたばかりなのに長旅させやがってっ!!」
「殺す。殺すっ!」
怒号が響きわたる。批難囂々だ。
「で、ですよねっ! のわっ! おいおい、マジかよっ。やっぱり全力出せるってわけかっ!? あ、痛てっ。魂魄にまで! ってか、待て待て待てっ! それは死ぬっ! ブラックホール級の重力場とか肉体消滅するじゃねぇかっ! 蘇生できないっつうのっ!」
カガミヒメに宿るツクヨミの力は言わずもがな。吸血鬼級の百以上の化生たちの力は多種多様で、しかも非常に高い連帯練度により脅威度は千倍に膨れ上がる。
カガミヒメ以外、その化生たちが持っているエネルギーが一つであることから、先日の大皇日女の件で襲ってきた動物たちよりも実際は弱いのかもしれない。
しかし、あのときの動物たちよりも確実に強い。あの動物たちも全力を出せない状態だったのだろう。
まぁ、兎にも角にも、ヤバい。
「チィッ! クソッたれっ! 全軍、出ろっ!」
直樹は頬を引きつらせながら、自らの影から数万の[影魔]を召喚し、必死に対抗する。問答無用でツクヨミを宿すカガミヒメに斬りかかる。
本気だ。
確かに過越しの結界で迷惑をかけたかもしれないが、それはそれ。これはこれである。直接手を出され、命すら奪われそうになったのなら、己の生存のためにも戦うのだ。
久しぶりに感じるヤバい死の危機に直樹はニィッと嗤う。その危機を嘲笑うように。生き延びて見せると誓うように。
そして数時間後。
「はぁ、はぁ、はぁ。マジ死ぬかと思った。邪龍戦くらいに死にかけた。こいつ等、マジで強かった」
ようやくツクヨミを宿すカガミヒメと、化生を鎮圧できた。
殺されそうになったので、殺すという考えもあったが、とてつもなく面倒なことになると判断し、やめた。
まぁ、流石に直樹でも神と全力の化生相手に多くの力を消耗し、ボロボロなのは確かだった。
そして気絶した。
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