第3楽章〜メヌエット〜④
ー/ー 同日 午前10時過ぎ〜
〜佐倉桃華の想い〜
午前10時13分――――――。
地元の駅を出発してから3時間以上電車に揺られて、私はなんとか紀伊油良駅にたどり着いた。
苦手な早起きをしたうえ、一人で列車に乗ることになったため、三度の乗り換えのたびに、駅を乗り過ごしていないか、列車に乗るホームは間違っていないかを確認しながらの移動だったので、まだ、合宿所の最寄り駅(と言っても車移動で15分近く掛かるんだけど……)に到着しただけで、気力も体力も尽きかけている。
まるで、映画やマンガに出てきそうな、いかにも地方のローカル駅といった感じの小ぢんまりとした駅舎に降り立つと、駅前のロータリー(と言うほど大掛かりな設備ではないけど……)には、一台のタクシーが停車していた。
「すいません、湊タクシーさんですか? タクシーチケットで予約している佐倉です」
タクシーに近づき、運転手さんに声を掛けると、
「あぁ、予約のお客さんね。どうぞ!」
と言って、ドアを開けてくれる。
ノートPCやビデオカメラなど、撮影や映像確認、簡単な編集に必要なものを放送室から持って来ると、結構な荷物になった。
「白咲青少年の家までお願いします」
後部座席に座り、カメラなどの機材を肩から下ろすと、バックミラー越しに運転手さんが声をかけてくる。
「お嬢ちゃん、夏休みの合宿かい? 女の子なのに、大荷物で大変だね?」
「はい、私が練習するわけじゃないんですけど……吹奏楽部の練習のようすを撮影するために合流するんです」
「へ〜、放送部かなにかの活動かい?」
「まあ、そんな感じです」
「それは、夏休みなのに大変だ。がんばってね」
「はい……ありがとうございます」
朝早くからの長距離移動で疲れていたため、運転手さんの会話には、気のない返事を返してしまったけど、駅を出てから5分ほどして、それまで、山間の県道を走っていたタクシーが海辺の防波堤を左折すると、車窓の右手には、青い海と青空が広がった。
その抜けるような空と海の色は、疲れきっていたワタシの心にス〜ッと染み渡る。
「キレイだな……」
思わずつぶやくと、その声に運転手が反応した。
「この岬の反対側の白咲海岸の景色は、もっと綺麗だよ。時間があったら見に行ってごらん」
「そうなんですか? 貴重な情報ありがとうございます」
「どういたしまして。白咲海岸は、有名なミュージシャンのプロモーションビデオって言うの? アレにも使われているくらい有名だから。近くまで来ているんだし、ぜひ見て帰ってよ。そう言えば、昨日も有名なモデルさんが撮影してたって、お客さんが言ってたな〜」
「そうですか。それだけキレイな景色なんですね。もし、明日に時間があれば行ってみようと思います」
そんな会話を交わしていると、右手に広がる海と空の景色に、ワタシの心は癒やされ、これまでの疲れも飛んでいくようだ。
(そうだ……今日は、この海岸の夕陽を、くろセンパイと見ようと思ってたんだ)
前日、合宿所の施設周辺の下調べをしていたときに見た画像を思い出しながら、自分が、この場所にやってきた理由を思い返す。
(そのためにも、午後は、しっかりと広報部の活動をがんばらないとね)
そう思い直すと、自分の中のやる気スイッチがオンになり、気力が満ちてくるのを感じる。
そして、ワタシの気合いが充実したところで、タクシーは、海沿いの道からふたたび山道に入り、しばらくして、目的地の青少年の家に到着する。
丘の上に立つ施設の駐車場では、二人の先輩がワタシを待ってくれていた。
「ありがとうございました」
運転手さんにお礼を言ってから鳳花先輩からもらったチケットを渡して、タクシーから駐車場に降り立つと、荷物を下ろすのを手伝ってくれたくろセンパイから、真っ先に声がかけられる。
「おつかれ、桃華。一人でここまで来るのは大変だっただろう? でも、急に吹奏楽部の取材に参加するって聞いて驚いたぞ」
笑いながら語る上級生に、ワタシは、いつもどおりの調子で言葉を返す。
「くろセンパイたちだけじゃ、心配ですからね! それに、ワタシも全国大会を目指す吹奏楽部の練習をそばで取材したいと思ってましたし」
ワタシが、胸を張りながら返答すると、ビデオカメラを受け取ったきぃセンパイも苦笑しながら、諭すように語る。
「活動に熱心なことは良いことだけど、夏休みだし、少しは身体を休めた方が良いと思うよ? 昨日まで、高校野球の開会式の取材記録を編集してくれていたんだろう?」
「その言葉は、きぃセンパイにそっくりそのまま返します。きぃセンパイも、熱中症の病み上がりなんですから、無理は禁物ですよ」
「オレも、今朝そのことを壮馬に言ったばかりなんだけどな」
くろセンパイは、そう言って、きぃセンパイの脇腹を肘で軽く突く。
「なんだよ。もう大丈夫だって言ってるだろう?」
そう言って、お返しとばかりに、くろセンパイの胸前を肘で突く、きぃセンパイの姿を見ながら、いつもと変わらない二人の上級生の姿に微笑ましさを感じた。
駐車場をUターンして山道を下っていくタクシーに手を振りながら、広報部の日常的な活動が戻ってきたことに喜びを感じて、ワタシの気持ちはさらに高まっていった。
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