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第18話_逃避

ー/ー



あれから数週間が経過した。
燈は毎日、つきのみや駅で選別のサポートを続けていた。
最初の頃より表情は柔らかくなり、声も自然と出るようになった。
――だが、それでも覚えることは山ほどあった。

最近では、選別後の魂を各ホームへ送り届けるエスコート役も任されている。
何番線がどの冥府駅へつながっているのか、どの条件の魂をどこへ導くのか――
情報は多く、ひとつ間違えれば迷わせてしまう。
そのため、管理人の選別スピードに必死でついていく日々だった。

管理室へ戻った瞬間、管理人の不機嫌が炸裂する。

「なぁ燈、もっとテキパキ動いてくれないか?そろそろ慣れたはずだろ?」
口をへの字にし、眉間にシワを寄せていた。

「で、でも……みんなばらばらに行動してるし、まだ何番線ホームに案内すればいいのか完璧にはーー」

燈は肩をすくめ、言い訳とも言える言葉を並べる。
自分でも情けないと感じているからこそ、声は小さく震えていた。

しかし管理人はぴしゃりと切り捨てた。

「言い訳は聞かない。案内する場所は覚えればいいだけの話だろ、もっと努力しろ」

短く、そして鋭いその一言が、燈の胸を容赦なく刺した。

「は、はい……すみません」
しゅんと肩が落ちる。

管理人はため息を吐きながら、デスクに書類を広げる。
「……あとはこっちで処理する。今日は休め」

最近、管理人の機嫌は常に悪い。
仕事終わりの管理室には言葉にできないずっしりとした空気が漂っている。

それを作り出してしまっているのは、きっと自分だ。
そんな考えが苦しく胸に突っかかる。

燈はその空間の気まずさに耐えられず、早く逃げるようにドアノブへ手を伸ばす。

その瞬間――

「どこに行くんだ?」
管理人の声が響く。
目線は書類から離れていないが、声音には鋭さがあった。

「ちょ、ちょっと駅の中を探索してきます……!」
燈は反射的に誤魔化すように早口で答えた。

管理人はペンを止め、低い声で添える。
「言っておくが、一人で冥府に出るんじゃないぞ」

不愛想だが、でもほんの少しだけ、確かに心配を含んだ声だった。

「はい……」
俯いたまま、燈はか細い声で返事をして管理室を飛び出した。

(ごめんね、つきちゃん……)

胸の奥がチクリと痛む。
初めて――管理人との約束を破ってしまったという罪悪感が押し寄せた。

冥府へ続く、奈落のような階段へ足を踏み出す。

階段を降りると、冥府『ツクヨミ』の壮麗な街並みが広がっていた。
摩天楼がきらびやかに光り、永遠の夜を照らし出す。

「……すごいな」

人も多く、行き交う魂たちの姿は実に多種多様だ。
楽しげに歩く者もいれば、静かに俯いている者もいる。

その光景を見ながら、燈の胸には小さな影が落ちる。

(このままで……いいのかな……)

気分が沈んでいく感覚を振り切るように、燈は迷わず知った道へ向かう。
駅の喧騒が遠ざかり、薄暗い路地裏へと足音が吸い込まれていく。

やがて、暗がりの奥に、温かな光が見えてきた。
燈はふっと息を吐き、肩の力をわずかに抜く。

そこは白兎亭。
イナバの営む、あの場所だ。


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あれから数週間が経過した。
燈は毎日、つきのみや駅で選別のサポートを続けていた。
最初の頃より表情は柔らかくなり、声も自然と出るようになった。
――だが、それでも覚えることは山ほどあった。
最近では、選別後の魂を各ホームへ送り届けるエスコート役も任されている。
何番線がどの冥府駅へつながっているのか、どの条件の魂をどこへ導くのか――
情報は多く、ひとつ間違えれば迷わせてしまう。
そのため、管理人の選別スピードに必死でついていく日々だった。
管理室へ戻った瞬間、管理人の不機嫌が炸裂する。
「なぁ燈、もっとテキパキ動いてくれないか?そろそろ慣れたはずだろ?」
口をへの字にし、眉間にシワを寄せていた。
「で、でも……みんなばらばらに行動してるし、まだ何番線ホームに案内すればいいのか完璧にはーー」
燈は肩をすくめ、言い訳とも言える言葉を並べる。
自分でも情けないと感じているからこそ、声は小さく震えていた。
しかし管理人はぴしゃりと切り捨てた。
「言い訳は聞かない。案内する場所は覚えればいいだけの話だろ、もっと努力しろ」
短く、そして鋭いその一言が、燈の胸を容赦なく刺した。
「は、はい……すみません」
しゅんと肩が落ちる。
管理人はため息を吐きながら、デスクに書類を広げる。
「……あとはこっちで処理する。今日は休め」
最近、管理人の機嫌は常に悪い。
仕事終わりの管理室には言葉にできないずっしりとした空気が漂っている。
それを作り出してしまっているのは、きっと自分だ。
そんな考えが苦しく胸に突っかかる。
燈はその空間の気まずさに耐えられず、早く逃げるようにドアノブへ手を伸ばす。
その瞬間――
「どこに行くんだ?」
管理人の声が響く。
目線は書類から離れていないが、声音には鋭さがあった。
「ちょ、ちょっと駅の中を探索してきます……!」
燈は反射的に誤魔化すように早口で答えた。
管理人はペンを止め、低い声で添える。
「言っておくが、一人で冥府に出るんじゃないぞ」
不愛想だが、でもほんの少しだけ、確かに心配を含んだ声だった。
「はい……」
俯いたまま、燈はか細い声で返事をして管理室を飛び出した。
(ごめんね、つきちゃん……)
胸の奥がチクリと痛む。
初めて――管理人との約束を破ってしまったという罪悪感が押し寄せた。
冥府へ続く、奈落のような階段へ足を踏み出す。
階段を降りると、冥府『ツクヨミ』の壮麗な街並みが広がっていた。
摩天楼がきらびやかに光り、永遠の夜を照らし出す。
「……すごいな」
人も多く、行き交う魂たちの姿は実に多種多様だ。
楽しげに歩く者もいれば、静かに俯いている者もいる。
その光景を見ながら、燈の胸には小さな影が落ちる。
(このままで……いいのかな……)
気分が沈んでいく感覚を振り切るように、燈は迷わず知った道へ向かう。
駅の喧騒が遠ざかり、薄暗い路地裏へと足音が吸い込まれていく。
やがて、暗がりの奥に、温かな光が見えてきた。
燈はふっと息を吐き、肩の力をわずかに抜く。
そこは白兎亭。
イナバの営む、あの場所だ。