警察署の用事を済ませたあと、千歳さんと狼魔族の少年の捜索を開始。
千歳さんと手分けして聞き込みをすることになった。
狼魔族の少年を探しているのは、僕たちだけではなかったらしい。
「……まさか、警察からも同じ依頼がくるなんて……」
千歳さんが妖刀を受領したあと、警察のとある部署から正式な依頼を受けることになった。
最近新設されたという「異能犯罪対策課」は人手不足が深刻だそうで、僕たちのような魔術師にも協力を要請してくることがある。
警察からの情報提供によると、僕たちが探している狼魔族の少年は「とある要人の息子」であり、現在は行方不明。理由は家出らしい。
(どうして家出したのかな……最近、そういうのが流行っているんだろうか……)
父親とケンカをして家を出て以来、連絡がつかない状態。
手掛かりがあまりないので捜索に時間が掛かるかもしれないけど、以前も同じような仕事を受けたので聞き込みをする相手には心当たりがある。
都会では、家出をしたり、家庭に居場所が無くて夜の街を出歩いている者は少なくない。そういった子供は、大抵は「孤独を嫌うもの」である。
基本的に同じような境遇の少年少女と一緒に行動しているケースが多いので、友人や知人、家族に話を聞くよりも「家出をした子供のコミュニティ」に話を聞くのが最も手っ取り早い。
夜の街で同じくらいの年代の子に話を聞けば、だいたい居場所がわかるはずだったのだが――
「まいったな、聞く相手がいないと聞き込みのしようがない……」
夜の公園、街の広場、人目に付きにくい場所。
あらゆる場所に足を運んでも、家出や夜遊びをしている子供がひとりもいない。
いつもなら不良集団や家出した少年少女のたまり場になっているのに、街が驚くほど静かだ。少し前までは「少年犯罪の件数が急激に増加している」と言われていたので、今の状況は不自然に感じる。
(とりあえず、使い魔に空から捜索してもらおう)
白陽学園の監視のときにも働いてもらったフクロウの使い魔を呼び出す。
「よろしくね」
使い魔が飛び立ったことを確認して、今からどうするか考える。
手掛かり無しとなると、足を使った地道な捜索をするしかない。
千歳さんに定時連絡をしておこうとスマホを取り出すと、メッセージアプリにちょうど連絡が届く。
狼魔族の少年の目撃情報と場所が送られてきた。
千歳さんの持つ公安のツテからの情報だそうなので、信用できるだろう。
……………
向かった先は、とあるビル街。
数日前に狼魔族の少年が立ち寄ったとされる場所だ。
ビルとビルの間、そこまで広くない路地に黄色い規制線が張られている。
左右の壁に視線を向けると、数メートルに及ぶ巨大な爪跡が残っていた。
まるで巨大な獣が自分の縄張りを誇示しているかのようにも見える。
(コンクリートを抉るほどの爪痕なんて、魔術を使ったとしても僕では不可能だ。破壊に長けた魔力コントロール……)
狼魔族は、魔力による肉体強化を得意としている。
その気になれば、僕の首を容易に斬り飛ばせる膂力があると考えた方がいい。
そこにいる「彼」が話の通じる相手であることを願うばかりだ。
「話を聞いてくれるってことでいいのかな?」
この場所に来てから、ずっと僕を見ている者がいる。
背後の気配に向けて、優しく丁寧に話しかける。
ビルの影に隠れていても、空を飛ぶ使い魔からは追跡者の姿は丸見えだ。
「……ああ、そのつもりでいるっスよ。むしろ、こっちが話を聞いてほしくて」
物陰から現れたのは、ひとりの少年。
パーカーのフードを深く被っているので顔は見えないが、彼が狼魔族なのはすぐにわかった。暗闇の中でぼんやりと光る金色の瞳が、こちらを真っ直ぐと見据えていたからだ。
少年は、ゆっくりとフードを取って顔を見せてくれた。
「お久しぶりっス。たぶん、オレのことなんて覚えてないでしょうけど……」
灰色の髪。
金色に輝く瞳。
オオカミを彷彿とさせる凛とした顔立ち。
街灯の明かりに照らされる容貌には、たしかに見覚えがあった。
しかし、この少年といつどこで会ったのか思い出せない。
顔を覚えているということは、印象的な出来事があったはずだ。
「昔、河原でいじめられているところをあなたに助けられたんスけど……」
「…………あっ」
僕が世界を旅して、日本に帰ってきた次の日。
久しぶりにティセと一緒に日本での仕事を終えた帰り道で、河原でいじめられている半魔族の少年を助けたことがある。
あの場所は、僕にとっても特別な場所だ。
ティセとはじめて会って、救われた思い出があるから。
だから覚えていた。
自分と同じような境遇の少年のことを。
「そうか、あのときの……」
思わぬ場所での思わぬ再会だったが、彼にとっては意図的な再会らしい。
「思い出してもらえたなら、回りくどい真似までして話す機会を作った甲斐があるっスよ」
照れ臭そうに笑う狼魔族の少年。
その表情には、一切の敵意を感じない。
僕は、安心して胸を撫で下ろす。
もし彼が何らかの目的で攻撃的な手段を使っていたら、僕はただでは済まなかっただろう。目の前で無邪気な笑顔を浮かべる少年の持つ魔力は、僕と同じかそれ以上だったからだ。
それに加えて、狼魔族の強靭なフィジカルも持ち合わせている。
彼は、間違いなく僕よりも強い。
はじめて会ったときと比べると、まるで別人だ。
「いきなりで申し訳ないんスけど……助けてほしいっス。オレひとりじゃ、どうしようもなくて」
あの日、手を差し伸べた少年が立派に成長しただけではなく、自分から助けを求められるようになった。僕は、そんな彼の成長が素直に嬉しい。
少年の言葉を聞いて、僕はゆっくりと頷いた。