第3楽章〜メヌエット〜②
ー/ー 同日 午前8時〜
〜黒田竜司の見解〜
3日目の朝も、食事は大食堂での会食だった。
食堂で提供されたこの日の朝食は、洋食となっていて、メニューは、ロールパン、ジャムとバター、プレーンオムレツ、ウインナー、塩ゆでのブロッコリー、付け合せのサラダ、オレンジジュースという内容だ。
味噌汁と白飯と焼き魚がメインだった前日に比べると、ややボリュームが物足りない気もしないではないが、食べ盛りと言っても、朝は少量で済ます生徒も多いかも知れないので、この量でも朝食としては十分なのかも知れない。
前日と同じく、朝7時から始まった朝食を終えると、吹奏楽部の部員たちは、午前中のパート練習の準備のため、各パートの練習場所に散って行く。
そして、これまた午前8時から始まるパート練習を前に、顧問の桜井先生のところに朝のあいさつに行くと、
「今日は、サックスパートのようすから見に行きましょうか? そのつもりで、撮影の準備をお願いします」
と、パート練習取材のスケジュールを一方的に通告された。
物腰や口調は柔らかであるものの、有無を言わさぬ言動は、吹奏楽部内でのニックネーム「粘着イケメン妖怪」そのもので、いよいよ、その影響は、スイ部の部外者であるオレたちにも及んできたことが実感できた。
桜井先生の言葉に、「承知しました」と、うなずいたオレは、そばにいた親友に声をかける。
「―――というわけで、壮馬。部屋に戻って、撮影の準備をしようぜ」
ただ、広報部の活動となれば、いつもは、どんなに朝早くからの撮影でも張り切る友人の反応は鈍い。
「――――――ん? あ、あぁ、そうだね。撮影の準備をしなくちゃね。今日は、どのパートから回るんだっけ?」
「おいおい、先生の話を聞いてなかったのかよ? 今日の撮影は、サックスパートからだよ。わかったら、サッサと部屋に戻るぞ」
先日までのモキュメンタリー映像の撮影時に見せていたような、なにかに取り憑かれたような妖しげな雰囲気ではないものの、どこか、心ここにあらず、という感じで、周囲の言葉に反応が何テンポか遅れることがある。
つい忘れそうになるが、先日まで、熱中症の療養のために病院で過ごしていたことを考えれば、壮馬には、あまり無理をさせない方が良いのかも知れない。
食堂を出て、吹奏楽部の部員や先生たちが視覚に入らなくなったところで、そっと、親友に声をかける。
「なあ、壮馬。疲れてるなら無理するなよ。今日は、午前中に桃華も来てくれるそうだし、部屋で休んでいても……」
「いや、そこまでのことじゃないよ。ちょっと、考え事をしてただけだから……心配させてしまったことは謝るけど、撮影できないわけじゃないからね」
「そうか……それならイイけどさ。少しでも、体調に異変を感じたら、すぐに言えよ。まだ病み上がりなんだからさ」
「大げさだなぁ。外の炎天下ならともかく、冷暖房の効いたこの施設の中なら、心配してもらうようなことはないから。佐倉さんが合流したら、午後の取材撮影の打ち合わせもしなきゃだから、それまでは、しっかりパート練習のようすを撮影しておこう」
「まあ、そう言うなら……けど、何回も言うけど、無理は禁物だからな」
「はいはい、わかってるよ。しつこいな」
ぶつぶつ言いながらも、いつもの親友の口調が戻ってきたことに安心したオレは、今日の撮影の準備を進める。
昨日の夜に鳳花部長から入った連絡によれば、桃華の到着は10時半頃になるということなので、その時間帯は、練習の撮影を一度中断し、下級生を出迎えたあと、三人で午後の撮影の打ち合わせをしようということになっていた。
壮馬が言うように、吹奏楽部の練習開始の時間から、桃華がこの青少年の家に着くまで、2時間以上はあるので、その間は、サックスパートの練習の撮影に集中するのが良いだろう。親友の言動が、いつもの調子に戻ってきたことで、オレは気持ちを切り替え、密着取材に力を注ぐことにしようと決めた。
そうして、頭を切り替えようとしたところで、オレには、気になることがあった。
それは、紅野アザミのことだ。
昨日の午後の全体練習で、桜井先生から名指しで指摘を受けたように、彼女の演奏は、素人のオレの耳にも精彩を欠いてるように聞こえた。
(普段の彼女なら、もっと伸びやかな音が出せるんじゃないか……)
彼女が一人で練習をする姿を校内で見かけることも多いのだが、その時の演奏は、軽やかに歌うような心地良さがあった。それは、昨日の練習で、部員全員を引っ張るように見事なソロを演奏してみせた寿先輩にも劣らない、とオレは思っている(いや、多分に素人の贔屓目が入っているかも知れないが……)。
そんな訳で、パートの練習を担当してくれる監督役のOBやOGの先輩が居ない分、今日の練習で紅野が桜井先生の標的にならないか、と心配になってしまう。
もちろん、それは、全国大会出場という目標のためには必要なことなのだろうが……。
二日前の夜に、寿先輩と語り合ったことを含めて、オレの中で、紅野アザミという存在が、春先に彼女に気持ちを伝えて以来、また大きくなっていることに気づいた。
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