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fragment 4 秋春の章(7)

ー/ー



「本当に何もしてないんだな?」
「…………」
「おい片桐!」
「……してねぇよ」
「ですが事件の前日、中庭のあたりで菊池さんが片桐君に泣かされていたと言っている生徒がいるんですよ。普段の素行も悪いようですし、何かがあったんじゃないんですか?」
「何もない。あいつが変なやつだから、俺の不幸自慢で泣いただけだ」
「不幸自慢とは?」
「……それ、お前らに話す義理ある?」
「ちょっと片桐君、さっきから目上の人に対する言動ってものがなっていないんじゃないですか!?」
「まあまあ東野先生。とりあえず今日はこのくらいで。片桐にも頭を冷やす時間が必要でしょうし」
「………………………」

 …………………

 ……………

 ……


 # # #


 菊池が死んだ。

 警察は自殺と判断したらしい。

 その事実は臨時の全校集会で校長によって淡々と語られた。
 白々しい悲哀の言葉と、押し付けられた形だけの黙祷をもって、菊池の死は締め括られた。
 それだけで、終わってしまった。
 ふざけるなと思う。

 クラスの連中……いや、全校生徒は菊池の自殺についてクソみたいな憶測を言い並べた。聞くに耐えなくて、俺は一日のほとんどを人気のない場所で過ごした。いっそ休んで家に篭ろうかと思ったほどだ。
 それでも学校に行き続けたのは、知りたかったからだ。
 なぜ、ああなってしまったのか。ならなければならなかったのか。その答えがが学校(ここ)のどこかにある気がしたんだ。

 今でも、脳裏に鮮明に焼き付いている。

 床に倒れ、壁にもたれかかった菊池。その脇に落ちた血濡れた果物ナイフ。そして、深く抉れた左手首。広がる血溜まり。

 誰が見ても「自殺」という言葉が思い浮かぶような、最悪な光景だった。
 だからこそ、疑問が残った。
 なんであいつは自ら死を選んだんだ。
 だって虐めは終わったはずで、あいつを苦しめていたものは消えたんだ。
 なのにどうして。

 そう考えたのは教師達も同じだったらしい。
 だから、警察が撤退した今も俺への疑いが晴れていなかった。
 菊池はあの女共から虐めにあっていた。それが終わったのに自殺した。ならば何か裏があるのではないか。
 そこに至った時、真っ先に俺に疑いの目が向いた。
 今まで大した接点もないのに急に特定の人物と話し始め、それが素行の悪い奴なら真っ先に疑いの目が来るのは必至だった。
 警察からも事情聴取を受けた。警察には菊池と俺に関する事を洗いざらい正直に話したらその後は特に何も言われなくなったのだが、学校の教師共は違った。ともかく俺が虐めていたということにしたいようだ。
 ふざけてやがる。
 そんなわけあるわけが無いだろうが。


 だって俺は――


「……」


 放課後。教師達に詰められ、ようやく解放され、帰る途中。茜色に染まった下駄箱。

「ぐ…………」

 頭が沸騰しそうだった。
 怒りと、悲しみと、それらがない混ぜになった負の感情によって。

「ふざけんな……くそっ!」

 どうしようもない衝動が頭を渦巻き、下駄箱を思い切り蹴りつけた。
 スチール製のそれが歪み、鳴り響いた音に通りがかった奴らが何事かとこちらを見る。

 頭に浮かび上がるのは、菊池の笑った顔。赤くなった顔。俺の不幸話で泣いた顔。そして、動かなくなった、あの姿。

「なんでだよ……」

 お前はそんな事するやつじゃねぇだろ。虐められても馬鹿みたいに耐えて、「それでいいんです」とか言ってる奴だっただろうが。

「っ!」

 床に落ちていた鉛筆を蹴り飛ばす。
 蹴飛ばした先にいたカップルらしき男女の間をすり抜けていき、そいつらが振り向いた。
 が、俺の顔を見た瞬間走って逃げて行く。

 ああそうだ、消えてくれ。明るい声なんて今聞きたくないんだよ。機嫌悪いんだ。
 このままじゃ誰かに八つ当たりでもしてしまいそうだ。
 思い、上履きを脱いで外靴を履き、さっさと帰ってしまおうと思い切り下駄箱の扉を閉める。

「めっちゃキレてんね」
「…………あ……?」

 そんな俺に声をかけてくる、どこか無機質な声が横合いから聞こえた。その方向を見る。
 鞄を肩に下げ、整った容姿で髪をきっちりとセットした知り合い。
 羽柴翔(はしばかける)
 この時間に残っているのは珍しい奴だった。

「……お前こんな時間に何してんだよ」

 暴力的な衝動を抑えるように頭を掻きながら訊く。

「そっちこそ。もしかして呼び出し食らってた?」
「…………」
「図星だ」
「うるせぇ」

 言いつつ隣へ並ぶ羽柴。
 こいつが自分から話しかけてくるなんてレアな事もあるもんだ。
 だが、あいにく今は相手をしていられるような精神状態じゃない。

「…………じゃ、帰るから」

 言外についてくるなと含めて出口に足を向けた。
 が、

「菊池霞さん」

 その一言で意思とは関係無く足が止まった。

「片桐がそんなにキレてるのって、菊池さんが自殺したから?」
「……だったらなんだよ」

 振り向く。
 菊池という名前は〝自殺〟というインパクトをもって、この学校で知らない奴はいないというほどに知れ渡っている。だからその名前を人付き合いの無い羽柴でも知っているというのはおかしいとは思わない。
 だけど、質問の意図が分からなかった。
 羽柴は「そっか」と思案げに視線を下に遣り、やがて俺の目を見た。

「自殺した理由、知りたい?」
「は?」

 俺は眉根を寄せた。
 何言ってるこいつ。

「僕、心当たりあるんだ」

 その顔に嘘偽りを言っているような様子は見られない。いつもの無気力な瞳ではない、真剣な表情。

「なんのつもりだよ」
「なんのつもりも無いけど。そんなに大事に思ってたんだったら知る権利ぐらいあったっていいって思って。親切心かな」
「あ?ていうかなんでお前が知ってんだよ。胡散臭い」
「信じる信じない聞く聞かないは自由。それで、どうするの?僕今『鞠カー』欲抑えて提案してるんだけど」

 羽柴は平常運転だった。
 正直簡単に信じれる気はしないが、少しでも情報が欲しいのは確かだ。

「嘘だったら殺す」

 睨みつける俺に羽柴は「出たヤンキー」と面倒臭そうにため息をついた。



 # # 


 心は凪いだ水面のように停滞していた。

「来るの、遅かったな」

 昼休み。
 今日初めて姿を見せた辻堂を俺は誰も居ない空き教室へ呼び出していた。
 素直に従ってついてきた辻堂は教室へ入ると迷惑そうに眉間に皺を寄せ、俺を眇める。

「学校には風邪っつってあるよ。サボっただけだけど。で、話ってなんだよ登校早々。オレ鈴木と合コンの話詰めてぇんだけど」
「あっそう。じゃあ早く解放してもらえるように正直に答えろ」
「はぁ?」

 俺は辻堂へ距離を詰めた。

 そして――


「お前、菊池に援交させてたのか?」


 言った。
 自分でも驚くほど、無感情。
 静かに辻堂を見据える。

「…………なんだそりゃあ?」

 だが、決して穏やかではない。
 内心は泥濘が渦を巻いてるように、煮えたぎっていた。


 そう言って、辻堂は(わら)った。

「誰から聞いた?……あ、言わなくてイイわ。羽柴だろ。あいつと客以外その事知ってるやついねぇし」

 いつもと同じ。軽口を言うような調子で、辻堂。

「で、それが何?」

 薄ら笑いを浮かべてすらいる。
 本当に、純粋な疑問を抱いているらしい。

「本気で言ってんのか」

 俺は胸ぐらを掴んで、睨んだ。

「あいつが死んだ理由、分かってんだろ」
「あァ?なんでそうなんの?」
「お前があいつに無理矢理やらせたんだろ。それであいつは耐え切れなくなって……」

 そうだ。そうに決まっている。

「ちょ、待てっつの。オレを無理矢理悪者にすんなよ馬鹿か」

 俺の追求に、辻堂は軽く笑って胸ぐらを掴む手を振り払った。
 そして呆れたように、

「お前さァ、羽柴から聞いてんだろ?」
「…………」
「ああ、何?もしかして認めたくないとかそういうヤツ?あの女に妙に入れ込んでたもんなお前」
「……るせぇ」
「オレ、無理矢理やらせてなんかねーから。菊池(あの女)がオレに
「黙れ!」

 叫んだ。
 心の内の煮えたぎってそれが、徐々に溢れ出ていく。

 昨日羽柴から聞いた話。確かにあいつは菊池が以前から援交に手を出していたらしいと言っていた。それが菊池から辻堂に頼んだ事だとも。
 だが、認められるわけがない。なんであいつが、あいつみたいな奴が自ら進んでそんな薄汚れた事をしなくちゃならないんだ。

「何キレてんだよ。家に金が無いからバイトしてたってだけだぜ?生活が苦しいから家計の足しにってさ。弟に美味い物食べさせてぇんだってよ、泣けるよなァ」
「ふざけんな……、ふざけんな屑が……!」

 渦巻く疑問と怒りと悲しみ。
 嘘だと思いたい。だが、今辻堂が言った理由に納得出来てしまうのも事実だった。
 菊池はどうしようもなく自分を顧みない。

『私は、幸せになるべき人のために生きれれば、それでいいんです』

 俺に向かってそう言ってのけた奴だ。自分の優先順位は下で、その生き方を肯定していた。
 きっと家族はあいつの中で〝幸せになるべき人〟で、援交は家族を幸せにするための手段。自分を犠牲にするのは当たり前だったんだ。
 だが、そうやって自分を犠牲にし続けたせいで、菊池は死んだ。自ら死を選んでしまうほどに擦り切れていた。
 それに気づかなかった自分が悔しい。憎い。

 ああ、失って気づくなんてよく聞く言葉だけど、本当にそうだ。俺の中で菊池はいつの間にか大きな存在になっていた。
 真っ直ぐに俺を見てくれるあいつはかけがえのない存在だったんだ。だからこんなにも自分が許せない。
 そして同時に――

「ていうか、マジでなんで仕事紹介してやったオレが悪いみたいになってんの?迷惑なんだけど」

 菊池を死に追いやる原因を作ったこいつが、

「じゃあなんで死んだ」
「あ?」
以外に、あいつが自殺する理由なんて無いだろうが!!」

 憎い。

「自分で死ぬような馬鹿の考えなんざ知るかよ」

 あいつの死を嘲笑うこいつが、憎い。

「――――――っ!!」

 内に渦巻いていたソレが爆発した。

 叫んだ。ただ、殺意のままに。




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「本当に何もしてないんだな?」
「…………」
「おい片桐!」
「……してねぇよ」
「ですが事件の前日、中庭のあたりで菊池さんが片桐君に泣かされていたと言っている生徒がいるんですよ。普段の素行も悪いようですし、何かがあったんじゃないんですか?」
「何もない。あいつが変なやつだから、俺の不幸自慢で泣いただけだ」
「不幸自慢とは?」
「……それ、お前らに話す義理ある?」
「ちょっと片桐君、さっきから目上の人に対する言動ってものがなっていないんじゃないですか!?」
「まあまあ東野先生。とりあえず今日はこのくらいで。片桐にも頭を冷やす時間が必要でしょうし」
「………………………」
 …………………
 ……………
 ……
 # # #
 菊池が死んだ。
 警察は自殺と判断したらしい。
 その事実は臨時の全校集会で校長によって淡々と語られた。
 白々しい悲哀の言葉と、押し付けられた形だけの黙祷をもって、菊池の死は締め括られた。
 それだけで、終わってしまった。
 ふざけるなと思う。
 クラスの連中……いや、全校生徒は菊池の自殺についてクソみたいな憶測を言い並べた。聞くに耐えなくて、俺は一日のほとんどを人気のない場所で過ごした。いっそ休んで家に篭ろうかと思ったほどだ。
 それでも学校に行き続けたのは、知りたかったからだ。
 なぜ、ああなってしまったのか。ならなければならなかったのか。その答えがが学校《ここ》のどこかにある気がしたんだ。
 今でも、脳裏に鮮明に焼き付いている。
 床に倒れ、壁にもたれかかった菊池。その脇に落ちた血濡れた果物ナイフ。そして、深く抉れた左手首。広がる血溜まり。
 誰が見ても「自殺」という言葉が思い浮かぶような、最悪な光景だった。
 だからこそ、疑問が残った。
 なんであいつは自ら死を選んだんだ。
 だって虐めは終わったはずで、あいつを苦しめていたものは消えたんだ。
 なのにどうして。
 そう考えたのは教師達も同じだったらしい。
 だから、警察が撤退した今も俺への疑いが晴れていなかった。
 菊池はあの女共から虐めにあっていた。それが終わったのに自殺した。ならば何か裏があるのではないか。
 そこに至った時、真っ先に俺に疑いの目が向いた。
 今まで大した接点もないのに急に特定の人物と話し始め、それが素行の悪い奴なら真っ先に疑いの目が来るのは必至だった。
 警察からも事情聴取を受けた。警察には菊池と俺に関する事を洗いざらい正直に話したらその後は特に何も言われなくなったのだが、学校の教師共は違った。ともかく俺が虐めていたということにしたいようだ。
 ふざけてやがる。
 そんなわけあるわけが無いだろうが。
 だって俺は――
「……」
 放課後。教師達に詰められ、ようやく解放され、帰る途中。茜色に染まった下駄箱。
「ぐ…………」
 頭が沸騰しそうだった。
 怒りと、悲しみと、それらがない混ぜになった負の感情によって。
「ふざけんな……くそっ!」
 どうしようもない衝動が頭を渦巻き、下駄箱を思い切り蹴りつけた。
 スチール製のそれが歪み、鳴り響いた音に通りがかった奴らが何事かとこちらを見る。
 頭に浮かび上がるのは、菊池の笑った顔。赤くなった顔。俺の不幸話で泣いた顔。そして、動かなくなった、あの姿。
「なんでだよ……」
 お前はそんな事するやつじゃねぇだろ。虐められても馬鹿みたいに耐えて、「それでいいんです」とか言ってる奴だっただろうが。
「っ!」
 床に落ちていた鉛筆を蹴り飛ばす。
 蹴飛ばした先にいたカップルらしき男女の間をすり抜けていき、そいつらが振り向いた。
 が、俺の顔を見た瞬間走って逃げて行く。
 ああそうだ、消えてくれ。明るい声なんて今聞きたくないんだよ。機嫌悪いんだ。
 このままじゃ誰かに八つ当たりでもしてしまいそうだ。
 思い、上履きを脱いで外靴を履き、さっさと帰ってしまおうと思い切り下駄箱の扉を閉める。
「めっちゃキレてんね」
「…………あ……?」
 そんな俺に声をかけてくる、どこか無機質な声が横合いから聞こえた。その方向を見る。
 鞄を肩に下げ、整った容姿で髪をきっちりとセットした知り合い。
 羽柴翔《はしばかける》。
 この時間に残っているのは珍しい奴だった。
「……お前こんな時間に何してんだよ」
 暴力的な衝動を抑えるように頭を掻きながら訊く。
「そっちこそ。もしかして呼び出し食らってた?」
「…………」
「図星だ」
「うるせぇ」
 言いつつ隣へ並ぶ羽柴。
 こいつが自分から話しかけてくるなんてレアな事もあるもんだ。
 だが、あいにく今は相手をしていられるような精神状態じゃない。
「…………じゃ、帰るから」
 言外についてくるなと含めて出口に足を向けた。
 が、
「菊池霞さん」
 その一言で意思とは関係無く足が止まった。
「片桐がそんなにキレてるのって、菊池さんが自殺したから?」
「……だったらなんだよ」
 振り向く。
 菊池という名前は〝自殺〟というインパクトをもって、この学校で知らない奴はいないというほどに知れ渡っている。だからその名前を人付き合いの無い羽柴でも知っているというのはおかしいとは思わない。
 だけど、質問の意図が分からなかった。
 羽柴は「そっか」と思案げに視線を下に遣り、やがて俺の目を見た。
「自殺した理由、知りたい?」
「は?」
 俺は眉根を寄せた。
 何言ってるこいつ。
「僕、心当たりあるんだ」
 その顔に嘘偽りを言っているような様子は見られない。いつもの無気力な瞳ではない、真剣な表情。
「なんのつもりだよ」
「なんのつもりも無いけど。そんなに大事に思ってたんだったら知る権利ぐらいあったっていいって思って。親切心かな」
「あ?ていうかなんでお前が知ってんだよ。胡散臭い」
「信じる信じない聞く聞かないは自由。それで、どうするの?僕今『鞠カー』欲抑えて提案してるんだけど」
 羽柴は平常運転だった。
 正直簡単に信じれる気はしないが、少しでも情報が欲しいのは確かだ。
「嘘だったら殺す」
 睨みつける俺に羽柴は「出たヤンキー」と面倒臭そうにため息をついた。
 # # 
 心は凪いだ水面のように停滞していた。
「来るの、遅かったな」
 昼休み。
 今日初めて姿を見せた辻堂を俺は誰も居ない空き教室へ呼び出していた。
 素直に従ってついてきた辻堂は教室へ入ると迷惑そうに眉間に皺を寄せ、俺を眇める。
「学校には風邪っつってあるよ。サボっただけだけど。で、話ってなんだよ登校早々。オレ鈴木と合コンの話詰めてぇんだけど」
「あっそう。じゃあ早く解放してもらえるように正直に答えろ」
「はぁ?」
 俺は辻堂へ距離を詰めた。
 そして――
「お前、菊池に援交させてたのか?」
 言った。
 自分でも驚くほど、無感情。
 静かに辻堂を見据える。
「…………なんだそりゃあ?」
 だが、決して穏やかではない。
 内心は泥濘が渦を巻いてるように、煮えたぎっていた。
「《《今更かよ》》」
 そう言って、辻堂は嗤《わら》った。
「誰から聞いた?……あ、言わなくてイイわ。羽柴だろ。あいつと客以外その事知ってるやついねぇし」
 いつもと同じ。軽口を言うような調子で、辻堂。
「で、それが何?」
 薄ら笑いを浮かべてすらいる。
 本当に、純粋な疑問を抱いているらしい。
「本気で言ってんのか」
 俺は胸ぐらを掴んで、睨んだ。
「あいつが死んだ理由、分かってんだろ」
「あァ?なんでそうなんの?」
「お前があいつに無理矢理やらせたんだろ。それであいつは耐え切れなくなって……」
 そうだ。そうに決まっている。
「ちょ、待てっつの。オレを無理矢理悪者にすんなよ馬鹿か」
 俺の追求に、辻堂は軽く笑って胸ぐらを掴む手を振り払った。
 そして呆れたように、
「お前さァ、羽柴から聞いてんだろ?」
「…………」
「ああ、何?もしかして認めたくないとかそういうヤツ?あの女に妙に入れ込んでたもんなお前」
「……るせぇ」
「オレ、無理矢理やらせてなんかねーから。菊池《あの女》がオレに《《ウリやらせて下さいって頼んできたんだよ》》」
「黙れ!」
 叫んだ。
 心の内の煮えたぎってそれが、徐々に溢れ出ていく。
 昨日羽柴から聞いた話。確かにあいつは菊池が以前から援交に手を出していたらしいと言っていた。それが菊池から辻堂に頼んだ事だとも。
 だが、認められるわけがない。なんであいつが、あいつみたいな奴が自ら進んでそんな薄汚れた事をしなくちゃならないんだ。
「何キレてんだよ。家に金が無いからバイトしてたってだけだぜ?生活が苦しいから家計の足しにってさ。弟に美味い物食べさせてぇんだってよ、泣けるよなァ」
「ふざけんな……、ふざけんな屑が……!」
 渦巻く疑問と怒りと悲しみ。
 嘘だと思いたい。だが、今辻堂が言った理由に納得出来てしまうのも事実だった。
 菊池はどうしようもなく自分を顧みない。
『私は、幸せになるべき人のために生きれれば、それでいいんです』
 俺に向かってそう言ってのけた奴だ。自分の優先順位は下で、その生き方を肯定していた。
 きっと家族はあいつの中で〝幸せになるべき人〟で、援交は家族を幸せにするための手段。自分を犠牲にするのは当たり前だったんだ。
 だが、そうやって自分を犠牲にし続けたせいで、菊池は死んだ。自ら死を選んでしまうほどに擦り切れていた。
 それに気づかなかった自分が悔しい。憎い。
 ああ、失って気づくなんてよく聞く言葉だけど、本当にそうだ。俺の中で菊池はいつの間にか大きな存在になっていた。
 真っ直ぐに俺を見てくれるあいつはかけがえのない存在だったんだ。だからこんなにも自分が許せない。
 そして同時に――
「ていうか、マジでなんで仕事紹介してやったオレが悪いみたいになってんの?迷惑なんだけど」
 菊池を死に追いやる原因を作ったこいつが、
「じゃあなんで死んだ」
「あ?」
「《《それ》》以外に、あいつが自殺する理由なんて無いだろうが!!」
 憎い。
「自分で死ぬような馬鹿の考えなんざ知るかよ」
 あいつの死を嘲笑うこいつが、憎い。
「――――――っ!!」
 内に渦巻いていたソレが爆発した。
 叫んだ。ただ、殺意のままに。