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第5回

ー/ー



 いよいよ感応式を明日と控えたその夜は、いつになく月が明るかった。

 雲ひとつない夜空で丸い月が黄金色に輝いて浮かんでいる。その強い光を避けるよう引き閉めたカーテンへと顔を埋めながら、蒼駕は歯を噛みしめていた。

 眠るのはもはや苦痛だった。

 新しい操主を得ることへの罪悪感からか、それとも新しく得る操主もまた同じように死なせてしまうのではないかというおびえからか。感応式へ出席すると決めた日から、毎晩のようにルイスの死の場面を夢に見るようになっている。

 魅魎に、魂までも裂かれたルイス。闇に崩れるように倒れ、赤く血に染まった体で自分の名を呼ぶルイス。――自分が殺したも同然だ!

 そんな自分が、本当にまた操主を得てもいいのか? 自分1人おめおめと命を永らえて、償いもせずこうして新しい操主を得ようとしている……それは、罪ではないのか。

 長命種である魔断に比べて人間の一生ははるかに短い。それが退魔師であるならなおさらだ。
 退魔師は魔断を次代に残すことを使命ともしており、必然的に、魔断はその生涯に複数の操主を持つことになる。

 だが、だからといって命を軽んじていいはずがない。それでは、魅魎となんら変わるところがないではないか。

 無用に命を失わせることがいかに罪なことであるかを、蒼駕は知っている。そうしてしまうのはその者の責でも力が弱かったからでもなく、ただひとえに、側にいた自分が愚かだったからだ。

 愚かな自分が感応すること。それは、その者を死に向かわせることではないのか。

 そんな思いにかられて、知らず、こぶしを作る。
 この分では今夜はもう、寝ることはできないだろう。
 そう結論づけると、引いたカーテンを透かせて入ってくる月光から目をそむけ、寝台にかけていた上着を手に、彼は、だれにも気付かれないようにそっと庭へと出た。


 幻聖宮の数多い庭は、奥庭以外すべて回遊式庭園となっている。それは候補生たちの居室のある館とは別になっている、魔断たちの居室のあるこの館の庭も例外でなく、100近い数の常緑樹で造られているのだが、近年来の深刻な費用不足のせいでおざなりにされて長く手入れをされていないため、かなり伸びるがままの荒れ庭となってしまっていた。

 運営の内情を知り、これが木としての自然体と好意を持って見ればそれはそれで風情があると思うこともできるが、やはり見目よいとは言いがたい。おかげでちゃんと小径を進んでいても、すぐ深い緑の照りを見せる葉に邪魔をされる始末だ。

 白い息を吐きながら目の前をふさぐ枝を払い、月の光だけを頼りに黙々と進む。そうしてどれくらい歩いただろうか。どうしても振り払うことのできない重い考えに胸をふさがれたまま、ぼんやりと月を見上げる。

 この地上において、たとえどのような営みが起きようとも関係ないと言わんばかりに昔から少しも変わることのない、その冷たい姿に吐息をついたときだった。

 風もないのにがさりと不自然に葉が擦れる音がする。

 庭でさえこの有り様だ。壁に穴があいていてもおかしくない。
 犬でも紛れこんだかと、軽い考えで音のしたほうへと手をかけたとき。

「来ないで!」

 鋭い警告の声が枝葉の奥から聞こえてきた。
 覚えのある声にもしやと思い、それを確かめようと無視して枝を払う。
 そうして開けた先には、両手で抱き込んだひざに顔を押しつけるようにして身を縮ませた少女がいた。

 あふれるように広がった紅茶色の髪を間近で見て、一瞬息を詰めた蒼駕に、

「来ないでってば!」

 怒気をはらんだ声で少女は小さく叫ぶ。その声は枯れてひび割れ、くぐもってはいたが、確かにあの少女のものだった。

「……どうかしたのかい? こんな所で」

 全く予想もしてなかった出会いに驚き、少しばかり早まった胸の動悸を自覚しつつ、とにかく屈んでそっと頭に手をやる。
 しかしそれすらも拒むようにぱしんと振り払って、少女はますますひざに顔を埋めてしまった。

 触られたくないと、全身が言葉を発している。どうやら本気で彼の登場をいやがっているようだ。

 へたに手出しをしてきらわれることを避けるなら言葉どおりにしたほうがいいとは思うが、しかしだからといってまさか泣いている少女1人をこの場に置いていくわけにもいかない。

 とりあえず横の草地に腰を下ろして、蒼駕は、こんな寂しい場所にこの少女はいつからいたのだろうと、ぼんやり考えていた。

「……どうして来たの」

 立ち去りもせず、また一言も喋べろうとしない蒼駕に、やがて少女がそう尋ねてきた。
 初めて少女から話しかけられたことに、緊張したように胸の鼓動が少し早まる。

「どうして行ってくれないの」
「……ここは今の時間、生徒が立ち入る場ではないよ。そんな場所にいるのがほかのだれかに見つかったとき、きみ1人だと困るだろう?
 それに、それを訊くのは私のほうじゃないかな」

 違う? と、なるだけ優しく――何にかは分からないが、深く傷ついてしまっている少女をこれ以上傷つけてしまわないように――細心の注意を払って蒼駕は訊き返す。

「ここなら、だれも来ないと思ったからよ」

 そう答えて、少女はようやく顔を上げた。
 泣いていると思ったのに、不思議とその目は乾いていた。
 目の下が赤く、こすれていたが、涙は流れていない。

「だって寮にある庭は小さくて、どこに行っても生徒たちだらけで1人になんかなれないし、ここならあの意気地なしの泣き虫レーンだって近寄ってこれないもの」

 その名称に、ふとあのほおを叩かれた少年の姿が浮かんだ。

「きみの友達?」
「……幼なじみなの」

 弱々しくつぶやく。それっきり、少女はまたもやうなだれてしまった。
 横に落ちた髪が面を隠してしまい、蒼駕には彼女が今どんな思いでいるのか分からなくなってしまう。
 声をかけず、静かに待っていると、再び彼女が口を開いた。

「あたしね、お嫁さんになりたかったの。
 3年前、ティアサ姉さんとってもきれいなドレスを着て、お嫁さんになったの。白くて、細かいレースがすてきで、いろんな所にいっぱい花飾りがついてて……。
 あんなきれいな服、あたし初めて見たわ。それに、みんな笑顔でおめでとうって声をかけて、優しくしてるの。だれも無視なんてしない、邪魔だなんて追い払おうとしない。お祝いの主役で、ずーっとチヤホヤされてて。
 それがとっても羨ましくて、あたしもいつか大きくなったらあんなふうにドレスを着て、お嫁さんになるんだって、決めてたの。でも――」
「退魔師になれって言われたんだね」

 その言葉に、こくり、少女はうなずく。

 それはこの子に限ってでなく、よくあることだった。
 貧しい家の者が子を差し出して月々の生活援助金を受け取る。子どもは幻聖宮で退魔師としての訓練・教育を受けるのみならず、充分な庇護を受けられるのだし、家のほうも食いぶちが減って少しなりと裕福になれるのだから、だれもが得をする良い制度だと考えられている。

 合理的だが、それは当事者となる子どもの意志を無視した考えではある。

 自国の退魔師となるか、その資格なしと送り返されるか。そのどちらかでしか戻ることも会うこともできない。それでは親や親族に見捨てられたと思ってもしかたのないことだ。

「でも、あたしは自分で決めたわ。しかたないから、なんて言葉を口にするの、大きらい。それくらいなら自分で選んだほうがずっとましよ。結果は同じだって言う人もいるけど、自分で選ぶか流されてかは、全然違うわ」

 膝を抱いた指に力をこめ、きり、と唇を噛みしめる。
 周りを囲む闇から受ける孤独感を拒絶するように、必死に、できるだけ小さくなろうとしているその姿がひどく痛々しく、手を差しのべて「独りじゃないよ」と肩を抱いてやりたかったが、先の折り、振り払われたことを思うとためらわれた。

 そんな自分の不甲斐なさに落ちこむ傍らの蒼駕に気付かず、それどころかちらりとも目を向けようともせずに、少女は返事など期待していないといった様子でフンと鼻を鳴らして話を続ける。

「あたしはそれでいいの。自分で選んだんだから。
 ……でも、でもね。でも、レーンは違う。レーンは……あたしを、追ってきてくれたの。
 ばかよね。泣き虫で甘ったれで、手足もあんなに細くて、全然強くなんかないくせに。
 昔っからそうよ。あたしのうしろばかりついてきて、いつだって貧乏クジ引いて。今度だって……さっさとあきらめて帰っちゃえばいいって、何度も思ったわ。あんなグズでばかですぐ泣く弱い子が退魔師になんて、なれるわけないもの。それなら早くお母さんやお父さんのいる、あったかい大きな家に戻っちゃえばいいんだわ。援助金なんか、全然必要じゃない家なんだから」
「本当に?」

 そうは見えないけれど。

「……なによっ。あなたに何が分かるっていうの! 何も知らないくせに!」

 蒼駕の柔らかな物言いに含まれた意味に敏感に気付き、反応してにらんでくる。
 髪と同じ、なめらかな艶を含んだその瞳はしかし、初めて自分を見つめる蒼駕の深い青藍色の瞳を見上げた瞬間、独りという孤独とともに装っていた、ぎりぎりの強がりからさえ解き放たれてしまったかのように、それまで全身をおおっていた、ぴんと張りつめた見えない空気の壁をあっという間に消滅させて、みるみるうちに目尻に大粒の涙を盛り上げると、わっと蒼駕の腕に顔を埋めるようにすがりついて泣き始めた。


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 いよいよ感応式を明日と控えたその夜は、いつになく月が明るかった。
 雲ひとつない夜空で丸い月が黄金色に輝いて浮かんでいる。その強い光を避けるよう引き閉めたカーテンへと顔を埋めながら、蒼駕は歯を噛みしめていた。
 眠るのはもはや苦痛だった。
 新しい操主を得ることへの罪悪感からか、それとも新しく得る操主もまた同じように死なせてしまうのではないかというおびえからか。感応式へ出席すると決めた日から、毎晩のようにルイスの死の場面を夢に見るようになっている。
 魅魎に、魂までも裂かれたルイス。闇に崩れるように倒れ、赤く血に染まった体で自分の名を呼ぶルイス。――自分が殺したも同然だ!
 そんな自分が、本当にまた操主を得てもいいのか? 自分1人おめおめと命を永らえて、償いもせずこうして新しい操主を得ようとしている……それは、罪ではないのか。
 長命種である魔断に比べて人間の一生ははるかに短い。それが退魔師であるならなおさらだ。
 退魔師は魔断を次代に残すことを使命ともしており、必然的に、魔断はその生涯に複数の操主を持つことになる。
 だが、だからといって命を軽んじていいはずがない。それでは、魅魎となんら変わるところがないではないか。
 無用に命を失わせることがいかに罪なことであるかを、蒼駕は知っている。そうしてしまうのはその者の責でも力が弱かったからでもなく、ただひとえに、側にいた自分が愚かだったからだ。
 愚かな自分が感応すること。それは、その者を死に向かわせることではないのか。
 そんな思いにかられて、知らず、こぶしを作る。
 この分では今夜はもう、寝ることはできないだろう。
 そう結論づけると、引いたカーテンを透かせて入ってくる月光から目をそむけ、寝台にかけていた上着を手に、彼は、だれにも気付かれないようにそっと庭へと出た。
 幻聖宮の数多い庭は、奥庭以外すべて回遊式庭園となっている。それは候補生たちの居室のある館とは別になっている、魔断たちの居室のあるこの館の庭も例外でなく、100近い数の常緑樹で造られているのだが、近年来の深刻な費用不足のせいでおざなりにされて長く手入れをされていないため、かなり伸びるがままの荒れ庭となってしまっていた。
 運営の内情を知り、これが木としての自然体と好意を持って見ればそれはそれで風情があると思うこともできるが、やはり見目よいとは言いがたい。おかげでちゃんと小径を進んでいても、すぐ深い緑の照りを見せる葉に邪魔をされる始末だ。
 白い息を吐きながら目の前をふさぐ枝を払い、月の光だけを頼りに黙々と進む。そうしてどれくらい歩いただろうか。どうしても振り払うことのできない重い考えに胸をふさがれたまま、ぼんやりと月を見上げる。
 この地上において、たとえどのような営みが起きようとも関係ないと言わんばかりに昔から少しも変わることのない、その冷たい姿に吐息をついたときだった。
 風もないのにがさりと不自然に葉が擦れる音がする。
 庭でさえこの有り様だ。壁に穴があいていてもおかしくない。
 犬でも紛れこんだかと、軽い考えで音のしたほうへと手をかけたとき。
「来ないで!」
 鋭い警告の声が枝葉の奥から聞こえてきた。
 覚えのある声にもしやと思い、それを確かめようと無視して枝を払う。
 そうして開けた先には、両手で抱き込んだひざに顔を押しつけるようにして身を縮ませた少女がいた。
 あふれるように広がった紅茶色の髪を間近で見て、一瞬息を詰めた蒼駕に、
「来ないでってば!」
 怒気をはらんだ声で少女は小さく叫ぶ。その声は枯れてひび割れ、くぐもってはいたが、確かにあの少女のものだった。
「……どうかしたのかい? こんな所で」
 全く予想もしてなかった出会いに驚き、少しばかり早まった胸の動悸を自覚しつつ、とにかく屈んでそっと頭に手をやる。
 しかしそれすらも拒むようにぱしんと振り払って、少女はますますひざに顔を埋めてしまった。
 触られたくないと、全身が言葉を発している。どうやら本気で彼の登場をいやがっているようだ。
 へたに手出しをしてきらわれることを避けるなら言葉どおりにしたほうがいいとは思うが、しかしだからといってまさか泣いている少女1人をこの場に置いていくわけにもいかない。
 とりあえず横の草地に腰を下ろして、蒼駕は、こんな寂しい場所にこの少女はいつからいたのだろうと、ぼんやり考えていた。
「……どうして来たの」
 立ち去りもせず、また一言も喋べろうとしない蒼駕に、やがて少女がそう尋ねてきた。
 初めて少女から話しかけられたことに、緊張したように胸の鼓動が少し早まる。
「どうして行ってくれないの」
「……ここは今の時間、生徒が立ち入る場ではないよ。そんな場所にいるのがほかのだれかに見つかったとき、きみ1人だと困るだろう?
 それに、それを訊くのは私のほうじゃないかな」
 違う? と、なるだけ優しく――何にかは分からないが、深く傷ついてしまっている少女をこれ以上傷つけてしまわないように――細心の注意を払って蒼駕は訊き返す。
「ここなら、だれも来ないと思ったからよ」
 そう答えて、少女はようやく顔を上げた。
 泣いていると思ったのに、不思議とその目は乾いていた。
 目の下が赤く、こすれていたが、涙は流れていない。
「だって寮にある庭は小さくて、どこに行っても生徒たちだらけで1人になんかなれないし、ここならあの意気地なしの泣き虫レーンだって近寄ってこれないもの」
 その名称に、ふとあのほおを叩かれた少年の姿が浮かんだ。
「きみの友達?」
「……幼なじみなの」
 弱々しくつぶやく。それっきり、少女はまたもやうなだれてしまった。
 横に落ちた髪が面を隠してしまい、蒼駕には彼女が今どんな思いでいるのか分からなくなってしまう。
 声をかけず、静かに待っていると、再び彼女が口を開いた。
「あたしね、お嫁さんになりたかったの。
 3年前、ティアサ姉さんとってもきれいなドレスを着て、お嫁さんになったの。白くて、細かいレースがすてきで、いろんな所にいっぱい花飾りがついてて……。
 あんなきれいな服、あたし初めて見たわ。それに、みんな笑顔でおめでとうって声をかけて、優しくしてるの。だれも無視なんてしない、邪魔だなんて追い払おうとしない。お祝いの主役で、ずーっとチヤホヤされてて。
 それがとっても羨ましくて、あたしもいつか大きくなったらあんなふうにドレスを着て、お嫁さんになるんだって、決めてたの。でも――」
「退魔師になれって言われたんだね」
 その言葉に、こくり、少女はうなずく。
 それはこの子に限ってでなく、よくあることだった。
 貧しい家の者が子を差し出して月々の生活援助金を受け取る。子どもは幻聖宮で退魔師としての訓練・教育を受けるのみならず、充分な庇護を受けられるのだし、家のほうも食いぶちが減って少しなりと裕福になれるのだから、だれもが得をする良い制度だと考えられている。
 合理的だが、それは当事者となる子どもの意志を無視した考えではある。
 自国の退魔師となるか、その資格なしと送り返されるか。そのどちらかでしか戻ることも会うこともできない。それでは親や親族に見捨てられたと思ってもしかたのないことだ。
「でも、あたしは自分で決めたわ。しかたないから、なんて言葉を口にするの、大きらい。それくらいなら自分で選んだほうがずっとましよ。結果は同じだって言う人もいるけど、自分で選ぶか流されてかは、全然違うわ」
 膝を抱いた指に力をこめ、きり、と唇を噛みしめる。
 周りを囲む闇から受ける孤独感を拒絶するように、必死に、できるだけ小さくなろうとしているその姿がひどく痛々しく、手を差しのべて「独りじゃないよ」と肩を抱いてやりたかったが、先の折り、振り払われたことを思うとためらわれた。
 そんな自分の不甲斐なさに落ちこむ傍らの蒼駕に気付かず、それどころかちらりとも目を向けようともせずに、少女は返事など期待していないといった様子でフンと鼻を鳴らして話を続ける。
「あたしはそれでいいの。自分で選んだんだから。
 ……でも、でもね。でも、レーンは違う。レーンは……あたしを、追ってきてくれたの。
 ばかよね。泣き虫で甘ったれで、手足もあんなに細くて、全然強くなんかないくせに。
 昔っからそうよ。あたしのうしろばかりついてきて、いつだって貧乏クジ引いて。今度だって……さっさとあきらめて帰っちゃえばいいって、何度も思ったわ。あんなグズでばかですぐ泣く弱い子が退魔師になんて、なれるわけないもの。それなら早くお母さんやお父さんのいる、あったかい大きな家に戻っちゃえばいいんだわ。援助金なんか、全然必要じゃない家なんだから」
「本当に?」
 そうは見えないけれど。
「……なによっ。あなたに何が分かるっていうの! 何も知らないくせに!」
 蒼駕の柔らかな物言いに含まれた意味に敏感に気付き、反応してにらんでくる。
 髪と同じ、なめらかな艶を含んだその瞳はしかし、初めて自分を見つめる蒼駕の深い青藍色の瞳を見上げた瞬間、独りという孤独とともに装っていた、ぎりぎりの強がりからさえ解き放たれてしまったかのように、それまで全身をおおっていた、ぴんと張りつめた見えない空気の壁をあっという間に消滅させて、みるみるうちに目尻に大粒の涙を盛り上げると、わっと蒼駕の腕に顔を埋めるようにすがりついて泣き始めた。