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第4回

ー/ー



「あーあ。やるだけ無駄だって。おまえぜんっぜんその気になってないじゃないか。
 そりゃ犬っころみたく、さかりの時期があるわけじゃないが、おまえにその気がなけりゃできないことだぞ?」

 ほんとに分かってるのか? と、まるで初心者に問うように見据え、最高級の青銀で一筋一筋造られたような豪奢(ごうしゃ)な前髪を雑な仕草でかき上げる。

「大体、なんでいきなり出ようと思ったんだ?」

 俺はてっきりまた教え長をすると思っていたぞ?
 そう言ってくる白悧にどう返せばいいのか分からず、とりあえず苦笑を見せた。

 碧凌が持ちかけてきたことではあるが、あくまできっかけにすぎず、最後は自分で決めた。

「兆しはある」

 詳しく語れないことを詫びるように言う。

「って?」

 実は微妙に問いの本意からは意味をずらした返しだったのだが、そんな細かなことはどうでもいいと言うように、白悧も率直に訊き返す。

「なんとなくだけれどね。感じるんだ。
 だから、大丈夫だよ」

 それは事実だった。刀身として収まる魔導杖との共鳴作用とも思える、不可思議な予感めいた波紋のようなものが自分の中に感じられた。
 弱く、まだまだ不確かではっきりこれと言えるものではないが、どうやら気のせいではないらしい、と思う程度にはなっている。

 ただ、あと一月もないという今になってこれというのは、今ごろに? という疑問符は付くが……。

「へえ。じゃあ今度は一緒にあそこに立てるな」

 碧凌と同じくやはり心配してくれていたのか、先の蒼駕の返しに出した白悧の安心した声に面を上げる。

「きみも出るのかい?」
「ああ。なんとなく、さ。360年操主なしじゃ、いいかげん出ないと錆びつくかもしれないからな」

 とはまるきりの冗談。
 ひとしきり笑い合うと、じゃあと手を上げて別れた。

 室内講義用の教本を手にすたすた歩いて行く、白悧の背から目を放すと、導かれたように横の開いた窓へと手をかける。

 西の奥庭は剣術実技指導の場。刃を潰した練習用の短剣を渡され、持ち方を教わっているところをみると、どうやらつい最近入ったばかりの新期生のようだ。
 それが分かった途端、蒼駕の胸にちょっとした期待が沸き起こった。

 あの少女はいるかな?

 一番人数の多い新期生は、100近くのクラスにふり分けられる。その確率からいって必ずしもこのクラスにいるとは限らなかったが、彼は、人混みの中から容易に少女の姿を捜し出すことができた。
 まるでそちらに目が吸い寄せられるようだった。
 あの、紅茶あめのように滑らかで艶のある、明るい紅褐色の髪が目に入っただけで、口元がほころんでくる。

 少女は、短剣を左手で持って、真剣な目をして正面で説明をする教え長に見入っていた。

「左利きなんだな」

 自分も講義があるのを忘れて、長居を決めこむように枠に頬杖をついてつぶやく。
 大きな目が、まばたきするのも惜しんで食い入るように教え長の手元を見ているのが可愛らしくて、ついつい笑みがこぼれた。

 今いくつかな? 痩せて見えるわりに大柄だから、結構造りはしっかりしているようだけれど。

 距離があるせいか、声ははっきりと聞こえない。もっとも、退屈して雑談を始めた者たちと違い少女は真面目に訓練に集中していて、教え長への返事以外だれにも目もくれていなかったが。

 不意に、少女の髪を後ろの少年が引っ張った。
 少女は最初のうち無視していたが、2度3度と続くいたずらについに堪えかねたらしく、キッとにらみつけるや何か早口で言っている。

 真剣に取り組んでいる者の邪魔をして、と眉を寄せながら蒼駕も身を起こしたそのとき。ぱしんとまた少女の平手が出た。しかも今度は両手を使ってのはさみ打ちである。

 打たれた頬に手をあてている少年が、あの、歓迎式のときにも少女に頬を叩かれた少年と同一人物であると分かると同時に、またもや泣き声が上がった。さすがにあのときよりも距離があるせいか、今度はそれほど響いてはこなかったが、授業が中断されたのは間違いないようだ。

 少女は今度も何か怒鳴っていたが、今回はあのときほど興奮してはいないらしい。担当の教え長も先日の一件を知っていてか、あせる気配はなく、むしろまたかといったように腰に手をあてて少年を見下ろしている。

 その後ろ、胸のところで腕を組んでいた少女がほおをぷっくりふくらませ、何か要らぬことをつぶやいたらしい。しっかり耳にした教え長のげんこつを頭頂部にもらったのを見た瞬間。
 蒼駕は、とうとう我慢できないと吹き出して、声を上げて笑っていた。

 面白い子だ!

 いつ見ても飽きない、としみじみ思う。

 名は、何というんだろう?
 ふと、そんなことが浮かんだ。
 今度担当の教え長に訊いてみようか。
 などと思いつつ、ようやく笑いをおさめたとき。いつまでも講義室に来ない蒼駕を捜しに来たらしい生徒の呼び声に気がついた。

 まだ見ていたいような、後ろ髪引かれる思いながらも、蒼駕はそちらのほうへと歩き出したのだった。


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 そりゃ犬っころみたく、さかりの時期があるわけじゃないが、おまえにその気がなけりゃできないことだぞ?」
 ほんとに分かってるのか? と、まるで初心者に問うように見据え、最高級の青銀で一筋一筋造られたような|豪奢《ごうしゃ》な前髪を雑な仕草でかき上げる。
「大体、なんでいきなり出ようと思ったんだ?」
 俺はてっきりまた教え長をすると思っていたぞ?
 そう言ってくる白悧にどう返せばいいのか分からず、とりあえず苦笑を見せた。
 碧凌が持ちかけてきたことではあるが、あくまできっかけにすぎず、最後は自分で決めた。
「兆しはある」
 詳しく語れないことを詫びるように言う。
「って?」
 実は微妙に問いの本意からは意味をずらした返しだったのだが、そんな細かなことはどうでもいいと言うように、白悧も率直に訊き返す。
「なんとなくだけれどね。感じるんだ。
 だから、大丈夫だよ」
 それは事実だった。刀身として収まる魔導杖との共鳴作用とも思える、不可思議な予感めいた波紋のようなものが自分の中に感じられた。
 弱く、まだまだ不確かではっきりこれと言えるものではないが、どうやら気のせいではないらしい、と思う程度にはなっている。
 ただ、あと一月もないという今になってこれというのは、今ごろに? という疑問符は付くが……。
「へえ。じゃあ今度は一緒にあそこに立てるな」
 碧凌と同じくやはり心配してくれていたのか、先の蒼駕の返しに出した白悧の安心した声に面を上げる。
「きみも出るのかい?」
「ああ。なんとなく、さ。360年操主なしじゃ、いいかげん出ないと錆びつくかもしれないからな」
 とはまるきりの冗談。
 ひとしきり笑い合うと、じゃあと手を上げて別れた。
 室内講義用の教本を手にすたすた歩いて行く、白悧の背から目を放すと、導かれたように横の開いた窓へと手をかける。
 西の奥庭は剣術実技指導の場。刃を潰した練習用の短剣を渡され、持ち方を教わっているところをみると、どうやらつい最近入ったばかりの新期生のようだ。
 それが分かった途端、蒼駕の胸にちょっとした期待が沸き起こった。
 あの少女はいるかな?
 一番人数の多い新期生は、100近くのクラスにふり分けられる。その確率からいって必ずしもこのクラスにいるとは限らなかったが、彼は、人混みの中から容易に少女の姿を捜し出すことができた。
 まるでそちらに目が吸い寄せられるようだった。
 あの、紅茶あめのように滑らかで艶のある、明るい紅褐色の髪が目に入っただけで、口元がほころんでくる。
 少女は、短剣を左手で持って、真剣な目をして正面で説明をする教え長に見入っていた。
「左利きなんだな」
 自分も講義があるのを忘れて、長居を決めこむように枠に頬杖をついてつぶやく。
 大きな目が、まばたきするのも惜しんで食い入るように教え長の手元を見ているのが可愛らしくて、ついつい笑みがこぼれた。
 今いくつかな? 痩せて見えるわりに大柄だから、結構造りはしっかりしているようだけれど。
 距離があるせいか、声ははっきりと聞こえない。もっとも、退屈して雑談を始めた者たちと違い少女は真面目に訓練に集中していて、教え長への返事以外だれにも目もくれていなかったが。
 不意に、少女の髪を後ろの少年が引っ張った。
 少女は最初のうち無視していたが、2度3度と続くいたずらについに堪えかねたらしく、キッとにらみつけるや何か早口で言っている。
 真剣に取り組んでいる者の邪魔をして、と眉を寄せながら蒼駕も身を起こしたそのとき。ぱしんとまた少女の平手が出た。しかも今度は両手を使ってのはさみ打ちである。
 打たれた頬に手をあてている少年が、あの、歓迎式のときにも少女に頬を叩かれた少年と同一人物であると分かると同時に、またもや泣き声が上がった。さすがにあのときよりも距離があるせいか、今度はそれほど響いてはこなかったが、授業が中断されたのは間違いないようだ。
 少女は今度も何か怒鳴っていたが、今回はあのときほど興奮してはいないらしい。担当の教え長も先日の一件を知っていてか、あせる気配はなく、むしろまたかといったように腰に手をあてて少年を見下ろしている。
 その後ろ、胸のところで腕を組んでいた少女がほおをぷっくりふくらませ、何か要らぬことをつぶやいたらしい。しっかり耳にした教え長のげんこつを頭頂部にもらったのを見た瞬間。
 蒼駕は、とうとう我慢できないと吹き出して、声を上げて笑っていた。
 面白い子だ!
 いつ見ても飽きない、としみじみ思う。
 名は、何というんだろう?
 ふと、そんなことが浮かんだ。
 今度担当の教え長に訊いてみようか。
 などと思いつつ、ようやく笑いをおさめたとき。いつまでも講義室に来ない蒼駕を捜しに来たらしい生徒の呼び声に気がついた。
 まだ見ていたいような、後ろ髪引かれる思いながらも、蒼駕はそちらのほうへと歩き出したのだった。