その日は、森野悠希の誕生日だった。
朝、ユウキが目を覚ますと、ベッドサイドには、可愛らしい小ぶりの花束が置かれていた。
花束には、手書きのメッセージカードが添えられている。
「誕生日おめでとう。君に、最高の誕生日をプレゼントするよ」
ユウキは、そのメッセージを何度も読み返し、思わず頬を緩めた。昨夜の出来事以来、アキの不器用ながらも真剣な想いが、ユウキの心を温かく満たしていた。
出勤の時間になっても、アキは、いつもよりソワソワしている。
ユウキが身支度を整えている間も、何度もスマホを確認したり、時計を気にしたりしている。ユウキは、そんなアキの姿を微笑ましく見つめていた。
「アキくん、大丈夫だよ。まだ時間あるよ」
ユウキがそう言うと、アキは、少しだけ照れたように笑った。
「…いや、その、今日は…、ユウキの誕生日だから、早めに会社に行こうと思って…」
アキの言葉に、ユウキは、思わず声を上げて笑った。
「ふふ、アキくん、ソワソワしすぎだよ!でも、ありがとう。すごく嬉しい」
二人は、いつものように電車に乗り、駅に着くと、改札を抜け、それぞれの職場へと向かおうとした。しかし、アキは、ユウキの手を握ったまま、立ち止まった。
「…ユウキ、今日は、エレベーターで行こう」
アキは、そう言って、ユウキを軌道エレベーターの地上駅へと促した。ユウキは、アキの言葉に、少しだけ驚いた表情を浮かべる。地上駅は、普段、観光客でごった返している。地元住民である二人が、わざわざここを通ることはなかった。
ユウキは、アキの意図を測りかねながらも、彼の隣を歩く。
エレベーターの入り口で、ユウキは、慣れた手つきで従業員用カードをスキャンしようとした。その瞬間、ルナが慌ててユウキの隣に駆け寄ってきた。
「あら、ユウキさん、おはようございます!なんだか、お顔が赤いです…熱っぽいですよ」
ルナは、そう言って、ユウキの額に手を当てた。
「え?うそ…別に、そんなことないよ…」
ユウキは、慌ててルナの腕を掴んだ。その隙に、アキはユウキのカードをそっとポケットにしまう。ルナは、ユウキににっこりと微笑む。
「ユウキさん、今日はゆっくり休んでください!サトウさんにも、私が伝えておきましたから!」
「え…?そうなの?」
ユウキは、目を丸くした。ルナの言葉に、アキは、深く頷いた。
「ああ、ユウキの仕事は、ルナが代わってくれることになった。だから、心配しなくていい」
アキの言葉に、ユウキはまだ状況を把握しきれていなかった。そんなユウキの隣に、ベテランコンシェルジュのサトウさんが、いつもの笑顔でやってきた。
「森野さん、今日はいいお天気ですから、ゆっくりお過ごしください。体調が優れないときは、無理をしないのが一番ですからね」
サトウさんは、そう言って、二人に深々と頭を下げた。
アキは、サトウさんの優しい気遣いに、深く頭を下げた。
その時、サトウさんは、アキに向かって、こっそりと親指を立て、小さく「頑張って」と唇を動かした。アキは、そのエールに、心の中で強く頷いた。
二人は、一般客とは別の、特別なエレベーターへと案内された。エレベーターの中は、静かで、二人だけの空間だった。
「…アキくん、どこに行くの?」
ユウキがそう尋ねると、アキは、何も言わずに、ただユウキの手を強く握りしめた。ユウキは、アキの手に込められた強い想いに、胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
エレベーターは、地上を離れ、ぐんぐんと上昇していく。
窓の外には、高層ビル群が、まるでジオラマのように小さくなっていく。ユウキは、この光景に、何度見ても感動してしまう。
やがて、エレベーターは、最上階の展望台へと到着した。展望台のドアが開くと、そこには、満天の星空が広がっていた。
展望台のドアが開くと、そこには、満天の星空が広がっていた。
だがしかし、それは、窓の外に広がる本物の星空ではなかった。
展望台の窓ガラス全体が、まるで巨大なスクリーンのように輝き、そこに映し出されていたのは、アキが密かに開発していた、プラネタリウムのプログラムだった。
「アキくん…これ…」
ユウキは、信じられないといった顔で、アキの顔を見つめた。アキは、そんなユウキの隣で、少しだけ照れくさそうに笑った。
「…リズに、協力してもらったんだ」
アキは、そう言って、ユウキの手を強く握りしめた。
ユウキは、窓に映し出された星空を、じっと見つめた。そこには、地球からは見えないはずの、南十字星や、天の川が、まるで本物のように輝いている。
それは、ユウキが幼い頃、火星のコロニーで見た、故郷の星空を完璧に再現したプログラムだったのだ。
ユウキは、静かに涙を流した。
その涙は、美しさに感動する涙でもあり、アキの深い愛情に触れた涙でもあった。
「…綺麗だね…アキくん」
「…ああ。ユウキ、ごめん。俺…言葉が下手だから、うまく言えなくて」
アキは、そう言って、ユウキの涙を、そっと指で拭った。
「初めてお前に会った高校の時、俺は自分の名前が嫌いだった。父親と同じ名前で、ずっとコンプレックスだった。でも、お前が俺の名前を見て、『陽』の字を見て、『秋みたいだね』って笑ってくれた時、俺は初めて、自分の名前を好きになれたんだ」
アキは、窓に映し出された星空を見上げながら、ゆっくりと語り始めた。
「大学の図書館で、一緒に就職活動をしていた時、俺は運行管理者の志望動機がうまく書けなくて、悩んでた。でも、お前が『アキくんが頑張った分だけ、たくさんの人の夢が宇宙に届くんだよ!』って、俺の夢を自分の夢みたいに語ってくれた。あの言葉が、今でも、俺の仕事の原動力になってる」
ユウキは、アキの言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
「…そして、お前は、エレベーターを、ただの大きな建物じゃなくて、たくさんの人の夢を乗せた『船』だって教えてくれた。俺は、その『船』を守る仕事に、誇りを持てるようになったんだ」
アキは、そこで一度言葉を切り、ユウキの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ユウキ、お前は、俺にたくさんのことを教えてくれた。俺の人生を、光で満たしてくれた。俺は、お前が宇宙に行けなくても、お前を連れていく。俺が、お前の宇宙になる」
アキは、ポケットから、小さな箱を取り出した。箱の中には、軌道エレベーターの素材で作られた、光り輝く指輪が入っていた。
「…俺と、結婚してくれないか」
アキの言葉に、ユウキは、もう声も出せないほど号泣していた。
アキの不器用で、真剣な想いが、ユウキの心を揺さぶっていた。
「…はい…!アキくん…!喜んで…!」
ユウキは、そう言って、アキに抱きついた。
アキは、ユウキを優しく抱きしめ、二人は、宇宙の絶景に包まれながら、温かいキスを交わした。
その夜、ユウキとアキは、エレベーターに乗って、二人で宇宙へ旅立つことを決意した。
ユウキは、アキの存在が、自分にとっての宇宙なのだと実感した。アキは、ユウキの瞳に映る星空を見て、彼女のトラウマが完全に消えたことを確信した。
二人の愛は、この瞬間、永遠を誓ったのだった。