第35話:宇宙への移住(前編)

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 心地よい朝の光が、窓から差し込む。


 二人は、ぐっすりと眠った後、身支度を整え、いつもの日常へと戻っていった。

 旅行を終え、心なしか軽やかな足取りで駅へと向かうアキの姿を見て、ユウキは、温泉旅行の効果を実感していた。

「ユウキ、今日は何時に帰れる?」

 駅の改札口で、アキがユウキに尋ねる。彼の声は、いつものように穏やかで、張り詰めた緊張感は消えていた。

「ん〜、まだ分からないかな。でも、たぶん早く帰れると思うよ!アキくんも、無理しないでね」

 ユウキは、そう言って、アキに微笑んだ。アキは、満足そうに頷き、ユウキの頭を優しく撫でた後、自分の職場へと向かって歩き出した。








 その日、ユウキは、いつも通りコンシェルジュカウンターで、観光客の案内をしていた。

 その日の夕方、彼女の目の前に、一組の家族がやってきた。父親と母親、そして、十歳くらいの女の子の三人家族だった。

「すみません、宇宙コロニーへの移住手続きの件で…」

 父親がそう言って、少し緊張した面持ちでユウキに話しかけた。ユウキは、彼らの言葉に、すぐに笑顔で応じた。

「はい、承知いたしました。こちらへどうぞ」

 ユウキは、カウンターの奥へと家族を案内する。

 その間も、父親は、未来への期待を語り、母親も、新しい生活に胸を膨らませているようだった。

 だが、彼らの隣に立つ女の子は、少し俯き加減で、ユウキの目に、その表情には、どこか寂しさが滲んでいるように見えた。

 ユウキは、そっと女の子に話しかけた。

「ねぇ、宇宙に行くの、楽しみだね!」

 ユウキがそう言うと、女の子は、少しだけ顔を上げて、ユウキを見つめた。

「…うん」

 女の子は、小さく頷く。しかし、その瞳は、何かを我慢しているかのように潤んでいた。

「でも、お母さんたちみたいに、嬉しくないのかな…?」

 ユウキが、そう尋ねると、女の子は、堰を切ったように話し始めた。

「だって、宇宙に行ったら、もう、この景色が見られなくなるんだよ…?学校の友達とも、会えなくなるんだよ…?」

 女の子の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。父親と母親は、慌てて女の子をなだめようとしたが、女の子は、首を横に振るばかりだった。

 ユウキは、そっと女の子の隣に座り、彼女の手を握りしめた。

「大丈夫だよ」

 ユウキの言葉に、女の子は、涙を拭ってユウキを見つめる。

 ユウキは、かつての自分と同じように、宇宙への恐怖と、地上への別れに心を痛めている女の子の姿に、胸が締め付けられる思いがした。

「宇宙に行くことは、地上での思い出を失うことじゃないんだよ。たくさんの思い出を胸に、新しい未来を創造することだよ」

 ユウキは、そう言って、女の子に微笑んだ。ユウキの言葉は、彼女自身のトラウマと向き合い、乗り越える過程で得た、かけがえのないものだった。

「…おばあちゃんの家も、もう行けなくなるの…?」

 女の子が、そう尋ねた。
 ユウキは、その言葉に、少しだけ考え込んだ後、ゆっくりと話し始めた。

「あのね、宇宙には、月のコロニー「ルナステーション」に住んでいる、私の同僚がいるんだけど、彼女は、地球に来るたびに、たくさんの写真を撮るんだって。地球の景色、美味しいご飯、可愛い動物…全部、ルナステーションに持って帰って、思い出を共有してるんだって」

 ユウキは、そう言って、女の子の頭を優しく撫でた。

「だから、大丈夫。宇宙へ行っても、思い出は消えないよ。いつでも、心の中に、そして、いつでも見られる写真の中に、ずっと残るんだから」

 ユウキは、そう言って、女の子に優しく微笑んだ。

「さようなら、ではないんだよ。また会おう、だね」

 ユウキの言葉に、女の子は、顔を上げた。

 その瞳には、まだ涙が残っていたが、その奥に、小さな光が灯っているように見えた。




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 心地よい朝の光が、窓から差し込む。
 二人は、ぐっすりと眠った後、身支度を整え、いつもの日常へと戻っていった。
 旅行を終え、心なしか軽やかな足取りで駅へと向かうアキの姿を見て、ユウキは、温泉旅行の効果を実感していた。
「ユウキ、今日は何時に帰れる?」
 駅の改札口で、アキがユウキに尋ねる。彼の声は、いつものように穏やかで、張り詰めた緊張感は消えていた。
「ん〜、まだ分からないかな。でも、たぶん早く帰れると思うよ!アキくんも、無理しないでね」
 ユウキは、そう言って、アキに微笑んだ。アキは、満足そうに頷き、ユウキの頭を優しく撫でた後、自分の職場へと向かって歩き出した。
 その日、ユウキは、いつも通りコンシェルジュカウンターで、観光客の案内をしていた。
 その日の夕方、彼女の目の前に、一組の家族がやってきた。父親と母親、そして、十歳くらいの女の子の三人家族だった。
「すみません、宇宙コロニーへの移住手続きの件で…」
 父親がそう言って、少し緊張した面持ちでユウキに話しかけた。ユウキは、彼らの言葉に、すぐに笑顔で応じた。
「はい、承知いたしました。こちらへどうぞ」
 ユウキは、カウンターの奥へと家族を案内する。
 その間も、父親は、未来への期待を語り、母親も、新しい生活に胸を膨らませているようだった。
 だが、彼らの隣に立つ女の子は、少し俯き加減で、ユウキの目に、その表情には、どこか寂しさが滲んでいるように見えた。
 ユウキは、そっと女の子に話しかけた。
「ねぇ、宇宙に行くの、楽しみだね!」
 ユウキがそう言うと、女の子は、少しだけ顔を上げて、ユウキを見つめた。
「…うん」
 女の子は、小さく頷く。しかし、その瞳は、何かを我慢しているかのように潤んでいた。
「でも、お母さんたちみたいに、嬉しくないのかな…?」
 ユウキが、そう尋ねると、女の子は、堰を切ったように話し始めた。
「だって、宇宙に行ったら、もう、この景色が見られなくなるんだよ…?学校の友達とも、会えなくなるんだよ…?」
 女の子の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。父親と母親は、慌てて女の子をなだめようとしたが、女の子は、首を横に振るばかりだった。
 ユウキは、そっと女の子の隣に座り、彼女の手を握りしめた。
「大丈夫だよ」
 ユウキの言葉に、女の子は、涙を拭ってユウキを見つめる。
 ユウキは、かつての自分と同じように、宇宙への恐怖と、地上への別れに心を痛めている女の子の姿に、胸が締め付けられる思いがした。
「宇宙に行くことは、地上での思い出を失うことじゃないんだよ。たくさんの思い出を胸に、新しい未来を創造することだよ」
 ユウキは、そう言って、女の子に微笑んだ。ユウキの言葉は、彼女自身のトラウマと向き合い、乗り越える過程で得た、かけがえのないものだった。
「…おばあちゃんの家も、もう行けなくなるの…?」
 女の子が、そう尋ねた。
 ユウキは、その言葉に、少しだけ考え込んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「あのね、宇宙には、月のコロニー「ルナステーション」に住んでいる、私の同僚がいるんだけど、彼女は、地球に来るたびに、たくさんの写真を撮るんだって。地球の景色、美味しいご飯、可愛い動物…全部、ルナステーションに持って帰って、思い出を共有してるんだって」
 ユウキは、そう言って、女の子の頭を優しく撫でた。
「だから、大丈夫。宇宙へ行っても、思い出は消えないよ。いつでも、心の中に、そして、いつでも見られる写真の中に、ずっと残るんだから」
 ユウキは、そう言って、女の子に優しく微笑んだ。
「さようなら、ではないんだよ。また会おう、だね」
 ユウキの言葉に、女の子は、顔を上げた。
 その瞳には、まだ涙が残っていたが、その奥に、小さな光が灯っているように見えた。