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第33話:二人で過ごす休日(前編)

ー/ー



 その日の夜、高遠陽樹は、いつものように遅く帰宅した。

 リビングの照明は消え、静まり返った部屋に、彼の疲れた足音だけが響く。

 運行管理室での、連日の複雑なトラブル対応は、アキの心身を蝕んでいた。表情は常に険しく、ユウキとの会話も、必要最低限のものに留まっていた。

「おかえり、アキくん」

 ソファで眠ってしまっていた森野悠希が、アキの声に目を覚ました。アキは、ユウキの隣に座り、何も言わずに、ただぼんやりと天井を見つめている。

「…疲れた、かな?」

 ユウキがそう尋ねると、アキは、何も言わずに、ただユウキの頭を優しく撫でた。その手は、冷たく、そして、僅かに震えていた。

 ユウキは、アキの手の感触に、彼の疲労が、想像をはるかに超えるものであることを知った。




 ユウキは、どうすればアキを元気にしてあげられるだろうか、と頭を悩ませた。

 温かい料理?
 マッサージ?
 それとも、ただ、そっとしておいてあげることだろうか。

 どれも、彼の仕事の重圧を、根本的に解決するものではないような気がした。

「アキくん、実はね…!」

 ユウキは、アキの手をそっと握りしめ、まるで小さな秘密を打ち明けるように、静かに語りかけた。

「じゃっじゃ〜ん!」

 ユウキは、そう言って、手のひらに隠していた一枚のチケットを、アキの目の前に突き出した。そこには、「一泊二日、豪華スパリゾートご招待券」と書かれている。

「この間、商店街の福引で、一等賞を当てたんだ!すごくない!?」

 ユウキは、まるで子供のように、無邪気な笑顔でアキに語りかけた。

「ねぇ、このスパ、日本の旅館を模した、すごく素敵な場所なんだって!お部屋に露天風呂が付いてて、そこから月が見えるんだって!アキくん、露天風呂から月を見ながら、ビール飲むの、好きでしょ?」

 ユウキは、まるで自分が旅行に行ってきたかのように、キラキラと目を輝かせながら、プランを語り始めた。

「あと、近くに、美味しいお蕎麦屋さんがあるらしいの!アキくん、お蕎麦も好きでしょ?たくさん食べて、たくさん温泉に入って、たくさん寝て…アキくんの疲れ、全部吹き飛ばしてあげるからね!」

 ユウキは、そう言って、アキの腕に自分の腕を絡ませた。

 アキは、そのチケットをじっと見つめている。アキは、仕事から離れて、どこかへ出かけることなど、考えたこともなかったからだ。

「…いや、俺は、仕事が…」

 アキは、そう言って、少しだけ躊躇(ためら)った。

 アキは、自分の代わりに誰かが運行管理室にいるとしても、何かが起きたら、すぐに駆けつけなければならない、という責任感に縛られていた。

「大丈夫だよ!私たちが、軌道エレベーターの管理人さんだもん。毎日、たくさんの人の旅を、安全にサポートしてるんだから、たまには、私たち自身の旅も、楽しんでいいんだよ。上司さんとカイさんにしっかり言っておけば、大丈夫じゃないの?」

 ユウキは、そう言って、アキに微笑んだ。ユウキの言葉は、アキの心を、少しずつ解きほぐしていった。

「…それに、アキくんがいないと、私、寂しいもん」

 ユウキがそう言うと、アキは、ユウキの頭を優しく抱きしめた。

「…分かった。行こう」

 アキの言葉に、ユウキは満面の笑みを浮かべた。
 二人は、仕事の重圧から解放され、ただの恋人同士として、ゆっくりと過ごす、特別な休日を、楽しみにしていた。






 翌朝、二人は自動運転の車に乗り込み、スパリゾートへと向かった。

 車は静かに、そして滑らかに、幹線道路を走っていく。

 車窓の外には、高層ビル群が後方へ流れていく。ユウキは、まるで遠足に行く子供のように、車窓の外の景色を飽きることなく眺めていた。アキは、そんなユウキの隣で、ただ静かに座っている。

「ねぇ、アキくん!見て見て!あのビル、前にテレビで見たんだよ!すごく有名なお店が入ってるんだって!」

 ユウキは、そう言って、楽しそうにアキに話しかける。アキは、小さく頷く。彼の疲労は、一朝一夕で回復するものではない。しかし、ユウキの楽しそうな声が、張り詰めていた彼の心を、少しずつ解きほぐしていく。

「…アキくん、眠い?無理しなくていいからね。着くまで、ゆっくり寝てていいから」

 ユウキは、そう言って、アキの手に自分の手を重ねた。ユウキの温かい手のひらが、アキの冷えた手を包み込む。

「…大丈夫。お前が楽しそうにしてるから、俺も嬉しいんだ」

 アキは、そう言って、ユウキの手をそっと握り返した。

 二人の乗った車は、高層ビル群を抜け、緑豊かな郊外へと入っていく。ユウキは、初めて見る田園風景に、目を輝かせていた。

「見て!アキくん!空が、すごく広いよ!」

 ユウキの声に、アキは、そっと目を閉じた。


 彼の心は、ユウキと共に、仕事の重荷から解放されていくのを感じていた。




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次のエピソードへ進む 第34話:二人で過ごす休日(後編)


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 その日の夜、高遠陽樹は、いつものように遅く帰宅した。
 リビングの照明は消え、静まり返った部屋に、彼の疲れた足音だけが響く。
 運行管理室での、連日の複雑なトラブル対応は、アキの心身を蝕んでいた。表情は常に険しく、ユウキとの会話も、必要最低限のものに留まっていた。
「おかえり、アキくん」
 ソファで眠ってしまっていた森野悠希が、アキの声に目を覚ました。アキは、ユウキの隣に座り、何も言わずに、ただぼんやりと天井を見つめている。
「…疲れた、かな?」
 ユウキがそう尋ねると、アキは、何も言わずに、ただユウキの頭を優しく撫でた。その手は、冷たく、そして、僅かに震えていた。
 ユウキは、アキの手の感触に、彼の疲労が、想像をはるかに超えるものであることを知った。
 ユウキは、どうすればアキを元気にしてあげられるだろうか、と頭を悩ませた。
 温かい料理?
 マッサージ?
 それとも、ただ、そっとしておいてあげることだろうか。
 どれも、彼の仕事の重圧を、根本的に解決するものではないような気がした。
「アキくん、実はね…!」
 ユウキは、アキの手をそっと握りしめ、まるで小さな秘密を打ち明けるように、静かに語りかけた。
「じゃっじゃ〜ん!」
 ユウキは、そう言って、手のひらに隠していた一枚のチケットを、アキの目の前に突き出した。そこには、「一泊二日、豪華スパリゾートご招待券」と書かれている。
「この間、商店街の福引で、一等賞を当てたんだ!すごくない!?」
 ユウキは、まるで子供のように、無邪気な笑顔でアキに語りかけた。
「ねぇ、このスパ、日本の旅館を模した、すごく素敵な場所なんだって!お部屋に露天風呂が付いてて、そこから月が見えるんだって!アキくん、露天風呂から月を見ながら、ビール飲むの、好きでしょ?」
 ユウキは、まるで自分が旅行に行ってきたかのように、キラキラと目を輝かせながら、プランを語り始めた。
「あと、近くに、美味しいお蕎麦屋さんがあるらしいの!アキくん、お蕎麦も好きでしょ?たくさん食べて、たくさん温泉に入って、たくさん寝て…アキくんの疲れ、全部吹き飛ばしてあげるからね!」
 ユウキは、そう言って、アキの腕に自分の腕を絡ませた。
 アキは、そのチケットをじっと見つめている。アキは、仕事から離れて、どこかへ出かけることなど、考えたこともなかったからだ。
「…いや、俺は、仕事が…」
 アキは、そう言って、少しだけ躊躇《ためら》った。
 アキは、自分の代わりに誰かが運行管理室にいるとしても、何かが起きたら、すぐに駆けつけなければならない、という責任感に縛られていた。
「大丈夫だよ!私たちが、軌道エレベーターの管理人さんだもん。毎日、たくさんの人の旅を、安全にサポートしてるんだから、たまには、私たち自身の旅も、楽しんでいいんだよ。上司さんとカイさんにしっかり言っておけば、大丈夫じゃないの?」
 ユウキは、そう言って、アキに微笑んだ。ユウキの言葉は、アキの心を、少しずつ解きほぐしていった。
「…それに、アキくんがいないと、私、寂しいもん」
 ユウキがそう言うと、アキは、ユウキの頭を優しく抱きしめた。
「…分かった。行こう」
 アキの言葉に、ユウキは満面の笑みを浮かべた。
 二人は、仕事の重圧から解放され、ただの恋人同士として、ゆっくりと過ごす、特別な休日を、楽しみにしていた。
 翌朝、二人は自動運転の車に乗り込み、スパリゾートへと向かった。
 車は静かに、そして滑らかに、幹線道路を走っていく。
 車窓の外には、高層ビル群が後方へ流れていく。ユウキは、まるで遠足に行く子供のように、車窓の外の景色を飽きることなく眺めていた。アキは、そんなユウキの隣で、ただ静かに座っている。
「ねぇ、アキくん!見て見て!あのビル、前にテレビで見たんだよ!すごく有名なお店が入ってるんだって!」
 ユウキは、そう言って、楽しそうにアキに話しかける。アキは、小さく頷く。彼の疲労は、一朝一夕で回復するものではない。しかし、ユウキの楽しそうな声が、張り詰めていた彼の心を、少しずつ解きほぐしていく。
「…アキくん、眠い?無理しなくていいからね。着くまで、ゆっくり寝てていいから」
 ユウキは、そう言って、アキの手に自分の手を重ねた。ユウキの温かい手のひらが、アキの冷えた手を包み込む。
「…大丈夫。お前が楽しそうにしてるから、俺も嬉しいんだ」
 アキは、そう言って、ユウキの手をそっと握り返した。
 二人の乗った車は、高層ビル群を抜け、緑豊かな郊外へと入っていく。ユウキは、初めて見る田園風景に、目を輝かせていた。
「見て!アキくん!空が、すごく広いよ!」
 ユウキの声に、アキは、そっと目を閉じた。
 彼の心は、ユウキと共に、仕事の重荷から解放されていくのを感じていた。