第20話:ユウキの秘密とアキの想い(後編)
ー/ー ユウキの告白は、カフェの穏やかな空気を一瞬で凍りつかせた。
アキは何も言えず、ただ静かにユウキの言葉を待った。
アキは、ユウキが幼い頃に宇宙飛行士を夢見ていたこと、そしてある理由でその夢を諦めたことを知っていた。その理由が、父親が宇宙開発に携わっていたことと関係があるのではないか、と薄々勘付いてはいた。
アキの父もまた、エレベーター建設の過程で、宇宙開発にまつわる多くの事故やトラブルを目の当たりにしてきた。
アキの父が、ある日、ぼんやりと口にした「火星で、小さな事故があったそうだ」という言葉。そして、その事故に巻き込まれた家族の中に、ユウキの両親がいたことを、アキは偶然、父の資料で知ってしまったのだ。
しかし、アキは、そのことをユウキに尋ねることはしなかった。
ユウキが自ら語るのを、アキはただじっと待っていたのだ。
ユウキは、窓の外の軌道エレベーターから視線を外すことなく、震える声で語り続けた。
「…私のお父さんは、宇宙の資源開発のエンジニアだったの。それで、小さい頃、家族で火星のコロニーに住んでいたんだ。地球に帰ってくる時、乗っていた船が、デブリの衝突で…」
ユウキはそこで言葉を詰まらせた。
その時の衝撃が、フラッシュバック《ふらっしゅばっく》のようにユウキの脳裏に蘇る。真っ暗な船内、鳴り響く警報、そして、無重力空間に放り出された恐怖。
アキは、そっとユウキの手に自分の手を重ねた。アキの温かい手に触れて、ユウキは安堵したように、再び話し始めた。
「…幸い、家族は全員無事だった。でも、私はその時の衝撃で、閉所恐怖症と、宇宙への恐怖症になっちゃって…」
ユウキは、ようやくアキの方に顔を向けた。彼女の瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙が浮かんでいる。
「だから、私は、エレベーターのコンシェルジュになっても、運行管理室で働くアキくんみたいに、宇宙に行くことはできないの…」
ユウキは、そう言って、下を向いた。
アキは、ユウキの告白を聞いて、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
ユウキがなぜ、宇宙への憧れを抱きながらも、その道を諦めたのか、ようやく理解できたからだ。アキは、テーブルに置かれたパンケーキに目をやった。
ユウキが楽しそうに勧めてくれた、温かいパンケーキ。
「…アキくん、ごめんね。変な話、しちゃって…」
ユウキが謝ると、アキは、ユウキの手をさらに強く握りしめた。
アキは、口を開く代わりに、パンケーキを一口、口に運んだ。
一口食べただけで、アキは、パンケーキがユウキが作る料理と同じくらい、甘く、温かい味がすることを知った。
そして、ユウキの過去の痛みが、この甘さの中に溶け込んでいるように感じられた。
「…大丈夫だ」
アキは、そう言って、ユウキの瞳を真っ直ぐに見つめた。彼の言葉は、いつものように短く、素っ気ない。
しかし、その言葉の裏側には、誰よりも強い、ユウキへの想いが込められていることを、ユウキは感じていた。
「大丈夫だよ、ユウキ。俺が、宇宙への安全な旅を、自分たちで守るから」
アキは、そう言って、ユウキの頭を優しく撫でた。
「お前が宇宙に行けなくても、俺は、お前を連れていく。俺が、お前の宇宙になる」
アキの不器用で、しかし、深い愛情のこもった言葉に、ユウキの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「な、なに言ってるのよ、アキくん…」
ユウキは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、そう言って、アキの腕の中に顔をうずめた。アキは、ただ黙って、ユウキの頭を優しく撫で続けた。
二人は、窓の外の軌道エレベーターを、再び見つめた。
その光の柱は、もはやユウキにとって、恐怖の対象ではなかった。アキが、自分のために、その光を守ってくれている。そう思うと、ユウキの胸に、温かい希望の光が灯るのを感じた。
そして、アキにとって、軌道エレベーターは、ユウキの夢を守るための、大切な存在に変わっていた。
この日、二人は初めて、お互いの心の奥深くに触れ、その絆をさらに深く、強く結びつけた。
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ユウキの告白は、カフェの穏やかな空気を一瞬で凍りつかせた。
アキは何も言えず、ただ静かにユウキの言葉を待った。
アキは、ユウキが幼い頃に宇宙飛行士を夢見ていたこと、そしてある理由でその夢を諦めたことを知っていた。その理由が、父親が宇宙開発に携わっていたことと関係があるのではないか、と薄々《うすうす》勘付《かんづ》いてはいた。
アキの父もまた、エレベーター建設の過程で、宇宙開発にまつわる多くの事故やトラブルを目の当たりにしてきた。
アキの父が、ある日、ぼんやりと口にした「火星で、小さな事故があったそうだ」という言葉。そして、その事故に巻き込まれた家族の中に、ユウキの両親がいたことを、アキは偶然、父の資料で知ってしまったのだ。
しかし、アキは、そのことをユウキに尋ねることはしなかった。
ユウキが自ら語るのを、アキはただじっと待っていたのだ。
ユウキは、窓の外の軌道エレベーターから視線を外すことなく、震える声で語り続けた。
「…私のお父さんは、宇宙の資源開発のエンジニアだったの。それで、小さい頃、家族で火星のコロニーに住んでいたんだ。地球に帰ってくる時、乗っていた船が、デブリの衝突で…」
ユウキはそこで言葉を詰まらせた。
その時の衝撃が、フラッシュバック《ふらっしゅばっく》のようにユウキの脳裏に蘇る。真っ暗な船内、鳴り響く警報、そして、無重力空間に放り出された恐怖。
アキは、そっとユウキの手に自分の手を重ねた。アキの温かい手に触れて、ユウキは安堵したように、再び話し始めた。
「…幸い、家族は全員無事だった。でも、私はその時の衝撃で、閉所恐怖症《へいしょきょうふしょう》と、宇宙への恐怖症《きょうふしょう》になっちゃって…」
ユウキは、ようやくアキの方に顔を向けた。彼女の瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙が浮かんでいる。
「だから、私は、エレベーターのコンシェルジュになっても、運行管理室で働くアキくんみたいに、宇宙に行くことはできないの…」
ユウキは、そう言って、下を向いた。
アキは、ユウキの告白を聞いて、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
ユウキがなぜ、宇宙への憧れを抱きながらも、その道を諦めたのか、ようやく理解できたからだ。アキは、テーブルに置かれたパンケーキに目をやった。
ユウキが楽しそうに勧めてくれた、温かいパンケーキ。
「…アキくん、ごめんね。変な話、しちゃって…」
ユウキが謝ると、アキは、ユウキの手をさらに強く握りしめた。
アキは、口を開く代わりに、パンケーキを一口、口に運んだ。
一口食べただけで、アキは、パンケーキがユウキが作る料理と同じくらい、甘く、温かい味がすることを知った。
そして、ユウキの過去の痛みが、この甘さの中に溶け込んでいるように感じられた。
「…大丈夫だ」
アキは、そう言って、ユウキの瞳を真っ直ぐに見つめた。彼の言葉は、いつものように短く、素っ気ない。
しかし、その言葉の裏側には、誰よりも強い、ユウキへの想いが込められていることを、ユウキは感じていた。
「大丈夫だよ、ユウキ。俺が、宇宙への安全な旅を、自分たちで守るから」
アキは、そう言って、ユウキの頭を優しく撫でた。
「お前が宇宙に行けなくても、俺は、お前を連れていく。俺が、お前の宇宙になる」
アキの不器用で、しかし、深い愛情のこもった言葉に、ユウキの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「な、なに言ってるのよ、アキくん…」
ユウキは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、そう言って、アキの腕の中に顔をうずめた。アキは、ただ黙って、ユウキの頭を優しく撫で続けた。
二人は、窓の外の軌道エレベーターを、再び見つめた。
その光の柱は、もはやユウキにとって、恐怖の対象ではなかった。アキが、自分のために、その光を守ってくれている。そう思うと、ユウキの胸に、温かい希望の光が灯るのを感じた。
そして、アキにとって、軌道エレベーターは、ユウキの夢を守るための、大切な存在に変わっていた。
この日、二人は初めて、お互いの心の奥深くに触れ、その絆をさらに深く、強く結びつけた。