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第6話:地上から見上げる星空の約束(後編)

ー/ー



 二人は、静かな夜の道を歩き始めた。

 向かう先は、二人だけの秘密の丘だった。

 高層ビル群の明かりが、まるで宝石を散りばめた絨毯(じゅうたん)のように広がる。その中で、一際(ひときわ)大きな光の柱が、夜空に向かって真っすぐ伸びていた。軌道エレベーターの地上駅だ。

 アキは、疲労からか無言で歩き続けていた。

 ユウキは、そんな彼のペースに合わせて、ゆっくりと隣を歩く。

 ユウキがアキの手を握ると、アキは少し驚いたようにユウキを見つめたが、すぐにその手を強く握り返した。

「ねぇ、アキくん」

 ユウキは、静寂を破るように、優しい声で話しかけた。

「今日ね、展望台にすごく面白いお客さんが来たんだよ。火星(かせい)から来たっていう家族でね、みんなで赤い服を着てたんだ。火星の人って、みんな赤い服を着るのかな? それとも、地球に来るから特別に赤くしてるのかな? 楽しそうに笑っていて、見てるだけでこっちまで元気になっちゃった」

 アキは、何も言わずに、ただユウキの言葉を聞いていた。ユウキは、アキの沈黙を気にするでもなく、話を続けた。

「あとね、この間、コンシェルジュの同僚とご飯を食べに行ったの。ルナっていう月のコロニーから来た子でね、たこ焼きを食べたんだけど、熱くてびっくりしてたんだよ。『熱くて丸い星みたいですね』だって。ね、面白いよね?」

 ユウキは、歩きながら楽しそうに笑う。
 アキは、その笑い声を聞いて、ほんの少しだけ口角を上げた。

「ルナはね、地球の重力にまだ慣れてなくて、たこ焼きを食べようと奮闘(ふんとう)してたんだよ。でも、なんだかんだ言って、楽しんでたみたい。ね、アキくん。きっと、ルナも、私たちが頑張って守ってるエレベーターに乗って、地球に来てくれたんだよね」

 ユウキは、アキの返事がないのを分かっていても、話すのをやめなかった。

 ユウキは、アキの隣で、今日あった出来事や、他愛もない話をするだけで、彼が少しずつ元気になっていくような気がしていた。

 アキは、ユウキの言葉を、まるで心地よい子守唄(こもりうた)のように聞いていた。

 ユウキが話す、コンシェルジュの仕事で出会う人々の夢や、同僚たちの些細なやりとり。それは、アキが日々の仕事で向き合っている、膨大(ぼうだい)なデータや機械の数値とは全く違う、温かい現実だった。

「…ありがとう、ユウキ」

 アキが、ぽつりと呟いた。ユウキは、少し驚いてアキを見つめた。

「何が、ありがとうなの?」

「全部だよ。君が話してくれる、全部のことが、僕には大切なんだ」

 アキの言葉に、ユウキは胸が熱くなるのを感じた。

「アキくんが守っているのは、きっと、こういう人たちの夢なんだよね。だから、大丈夫。アキくんの仕事は、ちゃんと誰かの笑顔に繋がってるよ」

 ユウキは、そう言って、アキの手を強く握りしめた。アキは、ユウキの温かさを感じながら、再び歩き始める。





 丘にたどり着くと、眼下には都会の光が広がり、頭上には満天の星空が広がっていた。

 ここは、高層ビル群の光が届かず、星が一番きれいに見える場所として、二人が初めて付き合った頃に見つけた、二人だけの特別な場所だった。

「…アキくん、見て。星、すごくきれいだよ」

 ユウキがそう呟くと、アキはゆっくりと顔を上げた。その目は、少しだけ潤んでいるように見えた。

「…疲れた、かな?」

 ユウキは、そっとアキに寄り添い、肩に頭を乗せる。アキは、ユウキの温かさを感じて、深くため息をついた。

「うん、少しね。…僕、最近、星を見てなかったな」

 アキは、そう言って、まるで初めて見るかのように、じっと星空を見つめた。

「あのさ…ユウキ」

 アキは、ユウキの肩を抱き寄せながら、静かに語り始めた。

「僕たちの祖先が住んでいた日本っていう国では、ここからじゃ見えない星座があったらしいんだ」

「え?そうなの?」

「うん。地球の自転軸が少し傾いているから、緯度(いど)によって見える星が違うんだ。日本はここよりも北にあったから、南十字星(みなみじゅうじせい)とかはほとんど見えなかったんだって。代わりに、北極星(ほっきょくせい)とか、僕たちが見たことない星座が見えたらしい」

 アキは、まるで授業で習ったことを話すように、淡々(たんたん)と続けた。ユウキは、そんなアキの姿を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。

「アキくん、そういうの、よく覚えてるね」

「まあ、仕事柄(しごとがら)ね。エレベーターの運行にも、地球の自転や天体の動きは関係するから」

 アキは、少し照れくさそうに笑う。

「でも、僕もユウキも、日本からこの街に来たんだよね」

 ユウキは、そう言って、アキに尋ねる。アキは、ユウキの問いに、ゆっくりと(うなず)いた。

「うん。僕の父さんが、軌道エレベーター建設のプロジェクトに参加するために、家族で移住してきたんだ」

 アキは、遠い目をして、故郷(ふるさと)に思いを()せているようだった。

「父さんは、このエレベーターが、人類の未来を切り(ひら)くって、熱心に語っていたよ。僕は、そんな父さんの夢を、この手で守りたかった」

 アキの言葉には、強い決意と、それを支える重圧が混じり合っていた。

「アキくん…」

 ユウキは、アキの手に自分の手を重ねた。

「アキくんは、一人じゃないよ。私だって、アキくんの仕事、応援してるんだから」

 ユウキの言葉に、アキはユウキの顔をじっと見つめ、その表情をゆっくりと(ゆる)ませた。

「…そうだね。ありがとう、ユウキ」

 アキは、そう言って、ユウキの頭を優しく撫でた。

 二人は、地上から見上げる満天の星空を、静かに見つめた。
 かつて祖先が見ていた星空とは違う、新しい星空。

 しかし、そこに込められた人々の夢や希望は、時代を超えて受け継がれている。

「ねえ、アキくん。いつか、この丘から見える景色が、もっともっと明るくなる()が来るかな?」

 ユウキは、未来に希望を(いだ)くように、そう尋ねた。アキは、ユウキの言葉に、力強く(うなず)いた。

「必ず来るよ。僕たちが、このエレベーターを守り続ける限り」

 アキは、ユウキを優しく抱きしめる。


 二人の不器用な愛は、今日もこの星空の下で、静かに育まれていた。




次のエピソードへ進む 第7話:忘れ物の恋文(前編)


みんなのリアクション

 二人は、静かな夜の道を歩き始めた。
 向かう先は、二人だけの秘密の丘だった。
 高層ビル群の明かりが、まるで宝石を散りばめた絨毯《じゅうたん》のように広がる。その中で、一際《ひときわ》大きな光の柱が、夜空に向かって真っすぐ伸びていた。軌道エレベーターの地上駅だ。
 アキは、疲労からか無言で歩き続けていた。
 ユウキは、そんな彼のペースに合わせて、ゆっくりと隣を歩く。
 ユウキがアキの手を握ると、アキは少し驚いたようにユウキを見つめたが、すぐにその手を強く握り返した。
「ねぇ、アキくん」
 ユウキは、静寂を破るように、優しい声で話しかけた。
「今日ね、展望台にすごく面白いお客さんが来たんだよ。火星《かせい》から来たっていう家族でね、みんなで赤い服を着てたんだ。火星の人って、みんな赤い服を着るのかな? それとも、地球に来るから特別に赤くしてるのかな? 楽しそうに笑っていて、見てるだけでこっちまで元気になっちゃった」
 アキは、何も言わずに、ただユウキの言葉を聞いていた。ユウキは、アキの沈黙を気にするでもなく、話を続けた。
「あとね、この間、コンシェルジュの同僚とご飯を食べに行ったの。ルナっていう月のコロニーから来た子でね、たこ焼きを食べたんだけど、熱くてびっくりしてたんだよ。『熱くて丸い星みたいですね』だって。ね、面白いよね?」
 ユウキは、歩きながら楽しそうに笑う。
 アキは、その笑い声を聞いて、ほんの少しだけ口角を上げた。
「ルナはね、地球の重力にまだ慣れてなくて、たこ焼きを食べようと奮闘《ふんとう》してたんだよ。でも、なんだかんだ言って、楽しんでたみたい。ね、アキくん。きっと、ルナも、私たちが頑張って守ってるエレベーターに乗って、地球に来てくれたんだよね」
 ユウキは、アキの返事がないのを分かっていても、話すのをやめなかった。
 ユウキは、アキの隣で、今日あった出来事や、他愛もない話をするだけで、彼が少しずつ元気になっていくような気がしていた。
 アキは、ユウキの言葉を、まるで心地よい子守唄《こもりうた》のように聞いていた。
 ユウキが話す、コンシェルジュの仕事で出会う人々の夢や、同僚たちの些細なやりとり。それは、アキが日々の仕事で向き合っている、膨大《ぼうだい》なデータや機械の数値とは全く違う、温かい現実だった。
「…ありがとう、ユウキ」
 アキが、ぽつりと呟いた。ユウキは、少し驚いてアキを見つめた。
「何が、ありがとうなの?」
「全部だよ。君が話してくれる、全部のことが、僕には大切なんだ」
 アキの言葉に、ユウキは胸が熱くなるのを感じた。
「アキくんが守っているのは、きっと、こういう人たちの夢なんだよね。だから、大丈夫。アキくんの仕事は、ちゃんと誰かの笑顔に繋がってるよ」
 ユウキは、そう言って、アキの手を強く握りしめた。アキは、ユウキの温かさを感じながら、再び歩き始める。
 丘にたどり着くと、眼下には都会の光が広がり、頭上には満天の星空が広がっていた。
 ここは、高層ビル群の光が届かず、星が一番きれいに見える場所として、二人が初めて付き合った頃に見つけた、二人だけの特別な場所だった。
「…アキくん、見て。星、すごくきれいだよ」
 ユウキがそう呟くと、アキはゆっくりと顔を上げた。その目は、少しだけ潤んでいるように見えた。
「…疲れた、かな?」
 ユウキは、そっとアキに寄り添い、肩に頭を乗せる。アキは、ユウキの温かさを感じて、深くため息をついた。
「うん、少しね。…僕、最近、星を見てなかったな」
 アキは、そう言って、まるで初めて見るかのように、じっと星空を見つめた。
「あのさ…ユウキ」
 アキは、ユウキの肩を抱き寄せながら、静かに語り始めた。
「僕たちの祖先が住んでいた日本っていう国では、ここからじゃ見えない星座があったらしいんだ」
「え?そうなの?」
「うん。地球の自転軸が少し傾いているから、緯度《いど》によって見える星が違うんだ。日本はここよりも北にあったから、南十字星《みなみじゅうじせい》とかはほとんど見えなかったんだって。代わりに、北極星《ほっきょくせい》とか、僕たちが見たことない星座が見えたらしい」
 アキは、まるで授業で習ったことを話すように、淡々《たんたん》と続けた。ユウキは、そんなアキの姿を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「アキくん、そういうの、よく覚えてるね」
「まあ、仕事柄《しごとがら》ね。エレベーターの運行にも、地球の自転や天体の動きは関係するから」
 アキは、少し照れくさそうに笑う。
「でも、僕もユウキも、日本からこの街に来たんだよね」
 ユウキは、そう言って、アキに尋ねる。アキは、ユウキの問いに、ゆっくりと頷《うなず》いた。
「うん。僕の父さんが、軌道エレベーター建設のプロジェクトに参加するために、家族で移住してきたんだ」
 アキは、遠い目をして、故郷《ふるさと》に思いを馳《は》せているようだった。
「父さんは、このエレベーターが、人類の未来を切り拓《ひら》くって、熱心に語っていたよ。僕は、そんな父さんの夢を、この手で守りたかった」
 アキの言葉には、強い決意と、それを支える重圧が混じり合っていた。
「アキくん…」
 ユウキは、アキの手に自分の手を重ねた。
「アキくんは、一人じゃないよ。私だって、アキくんの仕事、応援してるんだから」
 ユウキの言葉に、アキはユウキの顔をじっと見つめ、その表情をゆっくりと緩《ゆる》ませた。
「…そうだね。ありがとう、ユウキ」
 アキは、そう言って、ユウキの頭を優しく撫でた。
 二人は、地上から見上げる満天の星空を、静かに見つめた。
 かつて祖先が見ていた星空とは違う、新しい星空。
 しかし、そこに込められた人々の夢や希望は、時代を超えて受け継がれている。
「ねえ、アキくん。いつか、この丘から見える景色が、もっともっと明るくなる日《ひ》が来るかな?」
 ユウキは、未来に希望を抱《いだ》くように、そう尋ねた。アキは、ユウキの言葉に、力強く頷《うなず》いた。
「必ず来るよ。僕たちが、このエレベーターを守り続ける限り」
 アキは、ユウキを優しく抱きしめる。
 二人の不器用な愛は、今日もこの星空の下で、静かに育まれていた。