早く告ってくれたらいいのに

ー/ー




麻紀(まき)ーーー、(みなと)くん来たわよーーー」
「入ってもらってーーー」

 さして広い家でもないので、玄関のチャイムが鳴ったことは部屋にいたって気付く。

 全身が映る姿見の前で最終チェックをする。
 前髪おかしくないかな、この服どうかな、張り切り過ぎた格好じゃないかな、部屋着っぽいけど、ちょっとだけ可愛い感じだよね、いいよね、大丈夫だよね?
 さっき塗ったばかりのリップの発色が良くなるように唇を一瞬だけむにっと合わせすぐに離す。色付きのリップくらいは部屋の中で付けてたって普通だよね。おかしくないよね?


「麻紀ー、入るぞー」
 形式的なノックが一つ、無遠慮にドアが開く。


「ん、おつー」
「おーー、おつ、ほい、これやる」
 まるで何でもないみたいに差し出された白いビニール袋、7のマークが印刷されているってことは帰りがけにコンビニに寄ってお土産を調達してくれたのかな。

「あ、嬉しい。イチゴのつぶつぶポッキー」
「んあー、お前それ好きだよな。ガキの頃からよく食ってるし、分かりやすくて助かる」
 好きだよ、子供の頃から。イチゴのつぶつぶポッキーも、それから……湊のことも。


 湊とはマンションの部屋が隣同士で母親同士が仲良しなので、そりゃ当然ずっと一緒だ。小学校も中学校も、その前幼稚園も。
 生まれる前、双方の母親がパンパンのお腹をくっつけて撮った写真まであるのだから、まさに究極の幼なじみだ。

 3つ年上の姉主催のおままごとだって、湊がお父さん役だったり、私がバブちゃんと呼ばれる赤ちゃん役だったり、二人ともペットの犬役だったり、その都度配役は違えども、いつも3人で遊んでいた。

 小学生になって湊のお母さんがお仕事に復帰した後は、うちでお風呂に入ってご飯を食べて、遅くなった時はそのままうちに泊まったりもしていた。
 その頃の湊は身体だって私よりも小さくて、足も遅かった。よく私の後を泣きべそをかきながら追いかけてきた。『麻紀ちゃーーーん、待ってよーーー』って。

 私は湊のその情けない泣き顔を見るのが好きで、わざと少しだけ早歩きをしたりした。

 もっとも中学に入学する頃になると身長も抜かされたし、湊が私の後ろを泣きながらついてくるなんてことはなくなってしまった。
 それでもなんだかんだ言いながら、しょっちゅう我が家にやってくる。もう一人でお留守番が怖いではないくせに。

 多分、きっと、湊も……。ああ、もう早く告ってくれればいいのに。

 湊に告られた時の反応は、何度も何度も頭の中でシミュレーション済みだ。

 私は目を大きく見開いて、両手で口を覆う。『え、ちょ、なんで? 本気? 本当に本当? い、いつから?』
 湊は、きっとぶっきらぼうに『んなこと冗談で言うかよバカ。ってかお前全然気づかなかったのかよ?』って不貞腐れたみたいにプイッと横を向く。
 その頬にそっと口付けた後に言うのだ。『私も、ずっとずっと湊が好き』って。


 少しでも早くこの焦ったい幼なじみという関係を卒業して恋人同士になりたい。

 幼なじみから恋人、そして夫婦になる『杏&影の結婚日記』は私のバイブルだ。お母さんの若い頃の漫画だから、かなり古い作品だし、もう紙の端が茶色になってしまっているけれども、比喩ではなく本当に擦り切れるほど読んだ。


「……おいっ、聞いてんのかよ、麻紀」
「へ? え? ごめん、なんて?」
「いや、おばさんが、今日メシ食っていけって。多分ハンバーグっぽい」
「あ、っ、ああ、そうね、さっきお母さんひき肉こねてた。食べて行きなよハンバーグ」
「おばさんのメシうめーからなぁ、楽しみ、あー、腹減った」
 緊張感のない湊のお腹がグゥーっとなる。子供の頃から兄妹か姉弟みたいに育ってきたから今更お腹の音やオナラなんかじゃ醒めたりもしない。熟年夫婦ってこんな感じなのかな。




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「|麻紀《まき》ーーー、|湊《みなと》くん来たわよーーー」
「入ってもらってーーー」
 さして広い家でもないので、玄関のチャイムが鳴ったことは部屋にいたって気付く。
 全身が映る姿見の前で最終チェックをする。
 前髪おかしくないかな、この服どうかな、張り切り過ぎた格好じゃないかな、部屋着っぽいけど、ちょっとだけ可愛い感じだよね、いいよね、大丈夫だよね?
 さっき塗ったばかりのリップの発色が良くなるように唇を一瞬だけむにっと合わせすぐに離す。色付きのリップくらいは部屋の中で付けてたって普通だよね。おかしくないよね?
「麻紀ー、入るぞー」
 形式的なノックが一つ、無遠慮にドアが開く。
「ん、おつー」
「おーー、おつ、ほい、これやる」
 まるで何でもないみたいに差し出された白いビニール袋、7のマークが印刷されているってことは帰りがけにコンビニに寄ってお土産を調達してくれたのかな。
「あ、嬉しい。イチゴのつぶつぶポッキー」
「んあー、お前それ好きだよな。ガキの頃からよく食ってるし、分かりやすくて助かる」
 好きだよ、子供の頃から。イチゴのつぶつぶポッキーも、それから……湊のことも。
 湊とはマンションの部屋が隣同士で母親同士が仲良しなので、そりゃ当然ずっと一緒だ。小学校も中学校も、その前幼稚園も。
 生まれる前、双方の母親がパンパンのお腹をくっつけて撮った写真まであるのだから、まさに究極の幼なじみだ。
 3つ年上の姉主催のおままごとだって、湊がお父さん役だったり、私がバブちゃんと呼ばれる赤ちゃん役だったり、二人ともペットの犬役だったり、その都度配役は違えども、いつも3人で遊んでいた。
 小学生になって湊のお母さんがお仕事に復帰した後は、うちでお風呂に入ってご飯を食べて、遅くなった時はそのままうちに泊まったりもしていた。
 その頃の湊は身体だって私よりも小さくて、足も遅かった。よく私の後を泣きべそをかきながら追いかけてきた。『麻紀ちゃーーーん、待ってよーーー』って。
 私は湊のその情けない泣き顔を見るのが好きで、わざと少しだけ早歩きをしたりした。
 もっとも中学に入学する頃になると身長も抜かされたし、湊が私の後ろを泣きながらついてくるなんてことはなくなってしまった。
 それでもなんだかんだ言いながら、しょっちゅう我が家にやってくる。もう一人でお留守番が怖い《《湊くん》》ではないくせに。
 多分、きっと、湊も……。ああ、もう早く告ってくれればいいのに。
 湊に告られた時の反応は、何度も何度も頭の中でシミュレーション済みだ。
 私は目を大きく見開いて、両手で口を覆う。『え、ちょ、なんで? 本気? 本当に本当? い、いつから?』
 湊は、きっとぶっきらぼうに『んなこと冗談で言うかよバカ。ってかお前全然気づかなかったのかよ?』って不貞腐れたみたいにプイッと横を向く。
 その頬にそっと口付けた後に言うのだ。『私も、ずっとずっと湊が好き』って。
 少しでも早くこの焦ったい幼なじみという関係を卒業して恋人同士になりたい。
 幼なじみから恋人、そして夫婦になる『杏&影の結婚日記』は私のバイブルだ。お母さんの若い頃の漫画だから、かなり古い作品だし、もう紙の端が茶色になってしまっているけれども、比喩ではなく本当に擦り切れるほど読んだ。
「……おいっ、聞いてんのかよ、麻紀」
「へ? え? ごめん、なんて?」
「いや、おばさんが、今日メシ食っていけって。多分ハンバーグっぽい」
「あ、っ、ああ、そうね、さっきお母さんひき肉こねてた。食べて行きなよハンバーグ」
「おばさんのメシうめーからなぁ、楽しみ、あー、腹減った」
 緊張感のない湊のお腹がグゥーっとなる。子供の頃から兄妹か姉弟みたいに育ってきたから今更お腹の音やオナラなんかじゃ醒めたりもしない。熟年夫婦ってこんな感じなのかな。