一話 以後お見知りおきを

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 剥き出しで散らばっている金属や鉱物、数々の部品が入った木箱や棚、専用の道具等々が散らばった床。ところどころに一メートル程度の手が六本ある六脚の人型ロボット。

 体育館並みに広いその部屋の中央に大輔と直樹がいた。大輔は白衣に灰色のシャツとズボン。灰色の手袋を身に着けていた。眼鏡は金茶色だった。直樹は和洋折衷ともいえる漆黒のローブと黒装束。

 胡坐で座り、瞑目している。二人の中心には煌々(こうこう)と透明に輝く神珠(しんじゅ)が一つと、天聖結晶が幾つかあった。ドクンドクンと波打つ黒い心臓もあった。

 周囲には百一体の冥土(ギズィア)冥土の慈悲(ギズィア・スファギ)が勢ぞろいしている。黒翼(アーラ)を広げ大輔たちを囲っている姿は壮観だ。一種の神々しささへある。

 また、その外側には北海道のキャンパスにいる佐藤隼人(はやと)を除いた佐藤家と鈴木家の面々(めんめん)がいた。皆、固唾(かたず)を飲んで見守っている。

「「「「「「「「「ハッ」」」」」」」」」

 と、冥土(ギズィア)たちが広げていた黒翼(アーラ)を同時にはためかした。一拍一拍と経つにつれ共振する風は、されど静かに束ねられていく。大輔たちの周囲に渦巻き、一種の結界を作り出す。

 それと同時に闇の魔力が冥土(ギズィア)たちから立ち昇る。最初の一瞬だけ荒々しく感じたそれは、すぐに静寂へと転換し夜の泉のごとく静謐(せいひつ)さを持ったまま波打つ。

 そして。

「「“天元突破[極越(きょくえつ)]”」」

 紡がれたは昇華。全スペックを十倍に押し上げ、神の領域にまで達する“天元突破”の最強技巧(アーツ)、[極越]。時間制限があり、五分しか使えない。

 渦巻く竜巻が割れた。ハラハラと崩れ落ちるのと同時に、金茶色の極光と漆黒の極光が天へと立ち昇る。二人の体から血飛沫が上がる。

「「直樹!」」
「「大輔!」」

 思わず勝彦と彩音、和也と瞳子が飛び出そうとしたが、すぐに足を止めた。直樹と大輔が頼もしく微笑んでいたから。

 畏怖が広がる。自然と(こうべ)を垂れてしまいそうな息吹が広がると同時に、血飛沫を噴き上げる大輔と直樹が、神珠と天聖結晶、黒の心臓に手を(かざ)した。

「“想像付与[共有]”」

 大輔が呟く。それは自身の想像と他人の想像を共有し、付与する技巧(アーツ)。自分で想像するには限界があるから、他人の想像を借りるのだ。

 直樹が眼を真っ黒に染め、瞳に白の華を咲かせる。右目の翡翠の星々を空中に投影し、漆黒が空中に(ひずみ)を作り出していく。

 大輔が目を真っ白に染め、瞳に黒の華を咲かせる。左目の翡翠の星々を空中に投影し、金茶色の幾何学模様が空中に浮かび上がっていく。

 それをきっかけに、漆黒が作り出していた歪が(うごめ)き、直樹たちを包み込むように収束していく。金茶色の幾何学模様は何重にも重なるように空中に現れ、圧縮していく。

 それらは全て二人が手を翳す神珠らに収束していく。まるで泉の波紋が元の場所へと戻るかのように収束し、増幅していく。共振し、共鳴し、神威すら届きそうなほどの力が一点に集中する。

 神珠らが形を変えていく。神が、新たな世界が誕生するかの如く、静謐で神々しく、息吹に溢れていて。

 極限が現れ。世界を改変するほどの力を感じ。

 そして。

「付与」
「解放」

 唸った。



 Φ



 暗い部屋だった。(あや)しげに灯るランプがゆらゆらと辺りを照らし、深紅の絨毯が鮮やかになったり、(くら)くなったりする。

 そんな部屋でカツコツと足音を立てながら、怒鳴る存在がいた。

「くそっ! まだ見つからないのか!」
「あぁんっ!」

 紅い瞳を爛々と輝かせ、泡を飛ばすは貴公子。青白い肌を隠すように上品な黒のタキシードに身を包み、豪華絢爛の装飾品を身に着けていた。

 そんな彼は手に持っていたワイングラスを絨毯に叩きつけ、(ひざまず)いていた青白い顔の妙齢の女性を蹴り飛ばす。(たお)やかで豊満な肢体が地面を転がり、女性は艶やかな呼気を漏らす。

「我を、我らを貶めたあの外道を一刻も早く甚振り殺し尽くさなければならないのに、お前たちときたら!」
「……うぅん。今、全力を(もっ)て捜査に当たっています。それにあの外道が大切にしていた存在を掴みました! ただいま、その存在がいるはずの日本に五人ほど向かわせています! ですので、何卒、何卒ご辛抱を!」

 蹴とばされた妙齢の女性はすぐさまその貴公子に土下座する。影に隠れたその女性の表情は恍惚に歪んでいた。蹴り飛ばされたことに怒りはなく、むしろそれに喜びを感じている様子さえあった。

「………………チッ」

 紅い瞳の貴公子はキングチェアに座り込むと、ゆっくりと溜息を吐いた。煮えたぎる心を何とか落ち着かせ、魅惑的な声で土下座する女性に問いかける。

「リシカ。それであの鬱陶しいハエ共は?」
「本拠地を割り出しました」
「……そうか」

 紅い瞳の貴公子はキングチェアから立ち上がる。そこには王としての畏怖があり、蠱惑的で破滅的な覇気があった。

「我が出る。千年の屈辱、ここで晴らす」
「ハッ、デジール様」

 そんなデジールにリシカは深紅の瞳をトロンと(とろ)けさせ、色気溢れる声音で頷いた。淫靡(いんび)退廃(たいはい)的な雰囲気がそこにはあった。

 そして黒髪の美しい女性が紅いクリスタルに閉じ込められていた。



 Φ



 教室は喧騒に包まれていた。机に寄りかかりながら下の話をする少し派手な男子。彼氏がどうとか話す制服を着崩した女子。部活の話や授業とかマジ無理だわとかの会話が飛び交い、また誰とも関わらずに本を読んだり、携帯をいじっていたりする者もいる。

 黒板の上にある時計を見れば、朝礼はあと数分で始まるだろう。そんな騒がしい中で、肌を差す日差しを浴びるのは直樹と大輔。

 直樹は机に突っ伏し、騒がしい教室でぐーぐーと寝息を立てながら寝ている。大輔は頬杖と突きながらウトウトとしていた。カクンと首を落としては、ハッと顔を上げて横に振り、また数秒もするとカクンと首を落とす。

 二人からとても疲れた雰囲気が漂っていた。だからか、前に座っていた女子生徒二人がとてもげんなりとした表情をしていた。幾分か会話していたが、居心地が悪くなったのか席を立った。

 それを好機と見たか、本来その席に座るはずの暗い女子と男子が忍者のごとく音も立てずに座った。流れるように鞄から漫画とラノベを取り出し、一瞬だけ周囲を見渡した後、読み始める。

 陰キャの鏡である。

 それに(なら)ったのか、ウトウトしていた大輔は怠い体に鞭を打ち、机の横に掛けていたカバンから漫画を取り出した。お隣さんにいる吸血鬼の漫画だ。ついでにエナドリも取り出し、グイっと一杯煽る。

「クー。やっぱり効くな」

 ちょっと中毒を疑うような言葉を平然といった大輔は、ギンギンに冴えた眼で漫画を読み始める。

 そうして時間を潰すこと数分。予鈴が鳴り響き、騒いでいた皆が席に着いていく。それでも(ざわ)めきが無くなることはない。

 そんな中、ギンギンに冴えた眼で漫画を読んでいた大輔が、あれおかしいな? と言った具合に首を捻る。鉛のように重い体や感覚は全くもって役に立たないが、それでも違和感が仕事をする。

 う~ん、う~んと首を捻りながら直樹を見た。直樹は相も変わらず寝息を立てている。たぶん、今日の授業を受けるつもりなどないのだろう。現状発動するのも一苦労の“隠密隠蔽[薄没]”すら使っているのだから。

 それにやや呆れながらも、まぁいっかと思ったところでガラガラと教室の前の扉が開いた。大輔たちの担任、烏丸(からすま)(くるわ)だ。

 ダボっとしたパーカーに手を入れ、脇に名簿帳を挟んでいる。天パ気味のボサボサした黒髪は相変わらずで、けれどおしゃべりしていた生徒たちは皆、シーンと静まり返る。

 郭は生徒たちに慕われているが、舐められてはいない。締めるところはキッチリと締めているためか、ある程度規律が保たれている。

 そんな中、ぐーぐーと寝息が響くが誰も注目しない。後で、悪戯(いたずら)でもしようかなと思いながらも、やっぱり違和感を拭えない大輔は“天元突破[極越]”を使った反動で大幅に効力の落ちた能力(スキル)を発動しようとして。

「ああ、こほん。さて、今日から新しい週が始まるのだが、ここで皆にお知らせがある」

 スッと耳に入る郭の声でそれを中断した。まぁ後でいいや、とエナドリの効果が切れかかり鈍くなった頭でそう思いながら、大輔は郭の方を見た。

 そして。

「入ってきてくれ」

 開きっぱなしだった前の扉から、大輔にとってありえない人物が入ってきた。カツコツと上品な足音が響き、教室は騒めく。

「へっ?」
「……………………はい?」

 ウトウトしていたり、エナドリを飲んでいたりしていた大輔を心配気にこっそりと見ていた杏は思わず大きな声を上げる。大輔は掠れるような声で呆けながら、目を点にした。眼鏡がずり落ちる。

 杏がバッと大輔を見た。大輔はブンブンと顔を横に振る。必死に振る。何も知らないんだけど、え、どういうこと?

 杏は、直樹の方を見る。寝ている。気持ちよさそうだ。

 混乱する杏と大輔を他所に、その入ってきた人物は郭のすぐ隣に立った。

「手続きが遅れてな。数週遅れだが転校生だ。……じゃあ、自己紹介よろしく」
「かしこまりました」

 その人物――女性は金属のような光沢を放つ艶やかな黒髪を(なび)かせ、反転する。チョークを手に取り、カツカツとテンポよく音を立てながら達筆な名前を書いていく。

 そして書き終わったら、これまた上品に反転し皆を見た。

「ギズィア・ファースト・スファギでございます。家庭の事情により、急遽こちらに転校してまいりました。以後お見知りおきを」

 直樹と取引をして転校してきた女性――冥土(ギズィア)は制服のスカートの端を持ち、カーテシーをした。

 生徒全員がその冥土(ギズィア)の洗練されたカーテシーと、認識阻害ですら隠しきれない美貌に息を飲み、静まり返った。

 杏は頭痛が痛いと言った具合に天を仰ぎ、大輔は後ろに倒れた。






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公開可能情報

天元突破:全スペックを三倍に押し上げる能力(スキル)。また、あらゆる上限を取り払う。人間という上限すらも取り払う。

“天元突破[極越]”:全スペックを十倍に押し上げ、神の領域にまで達する。時間制限があり、五分しか使えない。ただし、最高で五分使用できるだけで、五分使用すれば瀕死状態に陥る。またそうでなくとも反動が酷く、ステータス値や能力(スキル)等々も大幅に下がり、数日間寝込むこともしばしばある。休む以外で回復方法はない。魔法をや能力(スキル)を使っても意味はない。

“想像付与[共有]”:自分の想像と他人の想像を共有する。想像した力を付与する“想像付与”において、これ以上のない力。大輔が想像すらできない力を付与することができる。


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 剥き出しで散らばっている金属や鉱物、数々の部品が入った木箱や棚、専用の道具等々が散らばった床。ところどころに一メートル程度の手が六本ある六脚の人型ロボット。
 体育館並みに広いその部屋の中央に大輔と直樹がいた。大輔は白衣に灰色のシャツとズボン。灰色の手袋を身に着けていた。眼鏡は金茶色だった。直樹は和洋折衷ともいえる漆黒のローブと黒装束。
 胡坐で座り、瞑目している。二人の中心には|煌々《こうこう》と透明に輝く|神珠《しんじゅ》が一つと、天聖結晶が幾つかあった。ドクンドクンと波打つ黒い心臓もあった。
 周囲には百一体の|冥土《ギズィア》、|冥土の慈悲《ギズィア・スファギ》が勢ぞろいしている。|黒翼《アーラ》を広げ大輔たちを囲っている姿は壮観だ。一種の神々しささへある。
 また、その外側には北海道のキャンパスにいる佐藤|隼人《はやと》を除いた佐藤家と鈴木家の|面々《めんめん》がいた。皆、|固唾《かたず》を飲んで見守っている。
「「「「「「「「「ハッ」」」」」」」」」
 と、|冥土《ギズィア》たちが広げていた|黒翼《アーラ》を同時にはためかした。一拍一拍と経つにつれ共振する風は、されど静かに束ねられていく。大輔たちの周囲に渦巻き、一種の結界を作り出す。
 それと同時に闇の魔力が|冥土《ギズィア》たちから立ち昇る。最初の一瞬だけ荒々しく感じたそれは、すぐに静寂へと転換し夜の泉のごとく|静謐《せいひつ》さを持ったまま波打つ。
 そして。
「「“天元突破[|極越《きょくえつ》]”」」
 紡がれたは昇華。全スペックを十倍に押し上げ、神の領域にまで達する“天元突破”の最強|技巧《アーツ》、[極越]。時間制限があり、五分しか使えない。
 渦巻く竜巻が割れた。ハラハラと崩れ落ちるのと同時に、金茶色の極光と漆黒の極光が天へと立ち昇る。二人の体から血飛沫が上がる。
「「直樹!」」
「「大輔!」」
 思わず勝彦と彩音、和也と瞳子が飛び出そうとしたが、すぐに足を止めた。直樹と大輔が頼もしく微笑んでいたから。
 畏怖が広がる。自然と|頭《こうべ》を垂れてしまいそうな息吹が広がると同時に、血飛沫を噴き上げる大輔と直樹が、神珠と天聖結晶、黒の心臓に手を|翳《かざ》した。
「“想像付与[共有]”」
 大輔が呟く。それは自身の想像と他人の想像を共有し、付与する|技巧《アーツ》。自分で想像するには限界があるから、他人の想像を借りるのだ。
 直樹が眼を真っ黒に染め、瞳に白の華を咲かせる。右目の翡翠の星々を空中に投影し、漆黒が空中に|歪《ひずみ》を作り出していく。
 大輔が目を真っ白に染め、瞳に黒の華を咲かせる。左目の翡翠の星々を空中に投影し、金茶色の幾何学模様が空中に浮かび上がっていく。
 それをきっかけに、漆黒が作り出していた歪が|蠢《うごめ》き、直樹たちを包み込むように収束していく。金茶色の幾何学模様は何重にも重なるように空中に現れ、圧縮していく。
 それらは全て二人が手を翳す神珠らに収束していく。まるで泉の波紋が元の場所へと戻るかのように収束し、増幅していく。共振し、共鳴し、神威すら届きそうなほどの力が一点に集中する。
 神珠らが形を変えていく。神が、新たな世界が誕生するかの如く、静謐で神々しく、息吹に溢れていて。
 極限が現れ。世界を改変するほどの力を感じ。
 そして。
「付与」
「解放」
 唸った。
 Φ
 暗い部屋だった。|妖《あや》しげに灯るランプがゆらゆらと辺りを照らし、深紅の絨毯が鮮やかになったり、|昏《くら》くなったりする。
 そんな部屋でカツコツと足音を立てながら、怒鳴る存在がいた。
「くそっ! まだ見つからないのか!」
「あぁんっ!」
 紅い瞳を爛々と輝かせ、泡を飛ばすは貴公子。青白い肌を隠すように上品な黒のタキシードに身を包み、豪華絢爛の装飾品を身に着けていた。
 そんな彼は手に持っていたワイングラスを絨毯に叩きつけ、|跪《ひざまず》いていた青白い顔の妙齢の女性を蹴り飛ばす。|嫋《たお》やかで豊満な肢体が地面を転がり、女性は艶やかな呼気を漏らす。
「我を、我らを貶めたあの外道を一刻も早く甚振り殺し尽くさなければならないのに、お前たちときたら!」
「……うぅん。今、全力を|以《もっ》て捜査に当たっています。それにあの外道が大切にしていた存在を掴みました! ただいま、その存在がいるはずの日本に五人ほど向かわせています! ですので、何卒、何卒ご辛抱を!」
 蹴とばされた妙齢の女性はすぐさまその貴公子に土下座する。影に隠れたその女性の表情は恍惚に歪んでいた。蹴り飛ばされたことに怒りはなく、むしろそれに喜びを感じている様子さえあった。
「………………チッ」
 紅い瞳の貴公子はキングチェアに座り込むと、ゆっくりと溜息を吐いた。煮えたぎる心を何とか落ち着かせ、魅惑的な声で土下座する女性に問いかける。
「リシカ。それであの鬱陶しいハエ共は?」
「本拠地を割り出しました」
「……そうか」
 紅い瞳の貴公子はキングチェアから立ち上がる。そこには王としての畏怖があり、蠱惑的で破滅的な覇気があった。
「我が出る。千年の屈辱、ここで晴らす」
「ハッ、デジール様」
 そんなデジールにリシカは深紅の瞳をトロンと|蕩《とろ》けさせ、色気溢れる声音で頷いた。|淫靡《いんび》で|退廃《たいはい》的な雰囲気がそこにはあった。
 そして黒髪の美しい女性が紅いクリスタルに閉じ込められていた。
 Φ
 教室は喧騒に包まれていた。机に寄りかかりながら下の話をする少し派手な男子。彼氏がどうとか話す制服を着崩した女子。部活の話や授業とかマジ無理だわとかの会話が飛び交い、また誰とも関わらずに本を読んだり、携帯をいじっていたりする者もいる。
 黒板の上にある時計を見れば、朝礼はあと数分で始まるだろう。そんな騒がしい中で、肌を差す日差しを浴びるのは直樹と大輔。
 直樹は机に突っ伏し、騒がしい教室でぐーぐーと寝息を立てながら寝ている。大輔は頬杖と突きながらウトウトとしていた。カクンと首を落としては、ハッと顔を上げて横に振り、また数秒もするとカクンと首を落とす。
 二人からとても疲れた雰囲気が漂っていた。だからか、前に座っていた女子生徒二人がとてもげんなりとした表情をしていた。幾分か会話していたが、居心地が悪くなったのか席を立った。
 それを好機と見たか、本来その席に座るはずの暗い女子と男子が忍者のごとく音も立てずに座った。流れるように鞄から漫画とラノベを取り出し、一瞬だけ周囲を見渡した後、読み始める。
 陰キャの鏡である。
 それに|倣《なら》ったのか、ウトウトしていた大輔は怠い体に鞭を打ち、机の横に掛けていたカバンから漫画を取り出した。お隣さんにいる吸血鬼の漫画だ。ついでにエナドリも取り出し、グイっと一杯煽る。
「クー。やっぱり効くな」
 ちょっと中毒を疑うような言葉を平然といった大輔は、ギンギンに冴えた眼で漫画を読み始める。
 そうして時間を潰すこと数分。予鈴が鳴り響き、騒いでいた皆が席に着いていく。それでも|騒《ざわ》めきが無くなることはない。
 そんな中、ギンギンに冴えた眼で漫画を読んでいた大輔が、あれおかしいな? と言った具合に首を捻る。鉛のように重い体や感覚は全くもって役に立たないが、それでも違和感が仕事をする。
 う~ん、う~んと首を捻りながら直樹を見た。直樹は相も変わらず寝息を立てている。たぶん、今日の授業を受けるつもりなどないのだろう。現状発動するのも一苦労の“隠密隠蔽[薄没]”すら使っているのだから。
 それにやや呆れながらも、まぁいっかと思ったところでガラガラと教室の前の扉が開いた。大輔たちの担任、|烏丸《からすま》|郭《くるわ》だ。
 ダボっとしたパーカーに手を入れ、脇に名簿帳を挟んでいる。天パ気味のボサボサした黒髪は相変わらずで、けれどおしゃべりしていた生徒たちは皆、シーンと静まり返る。
 郭は生徒たちに慕われているが、舐められてはいない。締めるところはキッチリと締めているためか、ある程度規律が保たれている。
 そんな中、ぐーぐーと寝息が響くが誰も注目しない。後で、|悪戯《いたずら》でもしようかなと思いながらも、やっぱり違和感を拭えない大輔は“天元突破[極越]”を使った反動で大幅に効力の落ちた|能力《スキル》を発動しようとして。
「ああ、こほん。さて、今日から新しい週が始まるのだが、ここで皆にお知らせがある」
 スッと耳に入る郭の声でそれを中断した。まぁ後でいいや、とエナドリの効果が切れかかり鈍くなった頭でそう思いながら、大輔は郭の方を見た。
 そして。
「入ってきてくれ」
 開きっぱなしだった前の扉から、大輔にとってありえない人物が入ってきた。カツコツと上品な足音が響き、教室は騒めく。
「へっ?」
「……………………はい?」
 ウトウトしていたり、エナドリを飲んでいたりしていた大輔を心配気にこっそりと見ていた杏は思わず大きな声を上げる。大輔は掠れるような声で呆けながら、目を点にした。眼鏡がずり落ちる。
 杏がバッと大輔を見た。大輔はブンブンと顔を横に振る。必死に振る。何も知らないんだけど、え、どういうこと?
 杏は、直樹の方を見る。寝ている。気持ちよさそうだ。
 混乱する杏と大輔を他所に、その入ってきた人物は郭のすぐ隣に立った。
「手続きが遅れてな。数週遅れだが転校生だ。……じゃあ、自己紹介よろしく」
「かしこまりました」
 その人物――女性は金属のような光沢を放つ艶やかな黒髪を|靡《なび》かせ、反転する。チョークを手に取り、カツカツとテンポよく音を立てながら達筆な名前を書いていく。
 そして書き終わったら、これまた上品に反転し皆を見た。
「ギズィア・ファースト・スファギでございます。家庭の事情により、急遽こちらに転校してまいりました。以後お見知りおきを」
 直樹と取引をして転校してきた女性――|冥土《ギズィア》は制服のスカートの端を持ち、カーテシーをした。
 生徒全員がその|冥土《ギズィア》の洗練されたカーテシーと、認識阻害ですら隠しきれない美貌に息を飲み、静まり返った。
 杏は頭痛が痛いと言った具合に天を仰ぎ、大輔は後ろに倒れた。
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公開可能情報
天元突破:全スペックを三倍に押し上げる|能力《スキル》。また、あらゆる上限を取り払う。人間という上限すらも取り払う。
“天元突破[極越]”:全スペックを十倍に押し上げ、神の領域にまで達する。時間制限があり、五分しか使えない。ただし、最高で五分使用できるだけで、五分使用すれば瀕死状態に陥る。またそうでなくとも反動が酷く、ステータス値や|能力《スキル》等々も大幅に下がり、数日間寝込むこともしばしばある。休む以外で回復方法はない。魔法をや|能力《スキル》を使っても意味はない。
“想像付与[共有]”:自分の想像と他人の想像を共有する。想像した力を付与する“想像付与”において、これ以上のない力。大輔が想像すらできない力を付与することができる。