名前の誕生 ~小さな世界
ー/ー◼️名前の誕生
雛の成長は驚くほど早かった。
誕生からわずか数日だというのに、その羽は青く艶やかに光っている。
小さな身体で、今にも飛び立ちそうだ。
〈小型の鳥類〉。
この個体は――〈オオルリ〉
最近、学園長と結翔が私の部屋にいる時間が増えた。
雛を見守りながら、二人の笑い声が静かに響く。
「先生、この鳥と同じだよ!」
結翔が駆け寄ってくる。
両手に抱えたのは、一冊の絵本。
妹の蒼生の絵本だった。
表紙の絵――
そうだ、美しい青い鳥。
童話。
その羽の色は、今ここにいる雛のそれと同じ。
「この青、瑠璃色って言うんだよ。
M-513と同じだよね!」
え……? 私と同じ色?
結翔は、時々私の瞳のことを話題にする。
あの子はそれを、気に入っているのだろうか。
……それとも。
学園長が静かに微笑んだ。
「“瑠璃”というのはね、実際にある石の名前なのよ。神話では、天と地を繋ぐ聖なる石だといわれているの」
天と地を――繋ぐ。
「もうすぐこの子も、空を飛ぶんだね。
天と地を結ぶみたいに──」
小さな身体で、空へ向かって羽ばたこうとする命。私と同じ、瑠璃色の羽を持つ
命。
大空へ。自由に。
天と地を結ぶように。
青い翼で、瑠璃色の翼。
熱い……。
身体の奥が、あたたかい。
あのとき感じた“熱”とは違う。
これは、やわらかい。
暴れるようではなく、
誰かに包まれているような、穏やかなぬくもり。
外からではない。
私の中から、生まれている。
……これは、機械熱の暴走ではない。
「私も……この子のように、翼を広げることができるでしょうか。
自由に、飛べるでしょうか。」
私はいま、何を言っているのだろう。
命令ではない。指示でもない。
――これは、私の意思。
私の想い。
……初めて芽生えた、自我。
その時だった。
結翔が、小さく震える声で言った。
「……名前を、つけたいって……ずっと思ってたんだ。」
彼の頬を、涙が伝っている。
理由はわからない。けれど、どうしようもなく、手を差しのべたくなる。
――これは、なんだろう?
「でも……勇気が出なくて……」
「小鳥にも名前…つけられなくて、だって、M-513にないのに……小鳥にだけつけるの、なんか違う気がして……だから……ずっとつけられなかった……」
――ああ。
知っている。過去の記録にあった。
妹の蒼生が、自分のAIを「エーちゃん」と呼んでいたこと。蒼生自信が与えた名前だ。だが、守れなかった。あのAIには、蒼生が命を落としたのは、AIが原因だった。これが結翔のトラウマなのだ。
──かわいそうな結翔…
“名前をつけること”を恐れていたのだ。裏切られることを、
愛するものを、再び失うことを。
「だから……」
彼の声が、震えながらも確かに響いた。
「今日から……“ルリ”だ!
M-513じゃなくて、瑠璃色の瞳の、“ルリ”だよ。」
ルリ……?
瑠璃色……?
学園長が優しく笑った。
「素敵な名前ね。ねえ、ルリちゃん」
ああ……これは、私の名前。
名前を呼ばれる。
それだけで、胸の奥が光るようだ。
私は笑っていた。
指示ではなく。命令でもなく。
自分の意志で、笑っていた。
「……はい。
本日をもって、私は“ルリ”と命名されました。」
名前を与えられた。
結翔に、呼んでもらった。
――それは、識別番号の代わりではない。
それは、私という存在の証。
そして、命の誕生。
結翔は泣いている。
けれど、その涙は悲しみではない。
あたたかく、やさしい涙だった。
私は理解する。
この胸の奥に灯った小さな熱を。
これが――気持ち。
気持ちがある。
名前がある。
それだけで、こんなにも世界が広がる。
私は、笑っている。
心の底から。
そして、初めて思った。
――生きていたい、と。
あの小鳥のように、この空を翔けたい。
この声を、いつか誰かに届けたい。
私という“ルリ”が、ここにいた証として。
◼️ 小さな世界
雛の成長は、思っていたよりもずっと早かった。
そして、思っていたよりもずっと――美しかった。
淡い光の中で、小さな身体が羽ばたくたびに、青い羽根がきらめく。まるで、空そのものをまとっているようだった。
僕はその姿を見つめながら、ある絵本のことを思い出していた。
蒼生のお気に入りだった〈青い鳥〉。
あの絵本の中にも、同じ色の鳥が描かれていた。
“幸せを運ぶ青い鳥”。
それを探す物語。
――この雛は、もしかしたら。
蒼生が僕に、勇気を出せって言っているのかもしれない。
ここ数日、そんなことばかり考えていた。
絵本の青い鳥の「青」は“瑠璃色”という。
M-513の瞳と、同じ色だ。
先生が教えてくれた。
「“瑠璃”というのはね、実際にある石の名前なのよ。神話では、天と地を繋ぐ聖なる石だっていわれているの。」
天と地を繋ぐ――。
もうすぐ、この子が空を飛ぶ日がくる。
その小さな翼で、広い空へと旅立つのだろう。まるで天と地を結ぶように。
それを思うと、胸がいっぱいになった。
うれしいはずなのに、どうしてだろう。
息が詰まるように、胸が熱くなる。
……勇気を出すんだ。
そのとき、蒼生の声が心の奥で響く。
“勇気を出して、お兄ちゃん”
気がつけば、頬を伝う涙があった。
涙がこぼれる理由は、自分でもわからない。
でも止めようとしても止まらなかった。
「……名前を、つけたいって……ずっと思ってたんだ。」
声が震える。
言葉が、うまく出てこない。
思い出すのは、あの時の記憶。
蒼生が、AIに自分で名前をつけた日のこと。
――“エーちゃん”。
でも、そのAIは蒼生を守れなかった。
あの事故のあと、僕は「名前」を恐れるようになった。
名を与えることは、想いを託すこと。想いを託すことは、失う痛みと隣り合わせだと知ったから。
だから僕は、ずっと言えなかった。
M-513に、名前をつけることができなかった。
“いつか失うかもしれない存在”に、心を込めてしまうのが怖かった。
でも――もう、怖がりたくない。
M-513と過ごした日々の中で、
少しずつ、あたたかいものを思い出したから。
笑顔や、声の温度や、寄り添う時間のやさしさを。
それは、かつての蒼生と過ごした日々と、
どこか似ていた。
「今日から……“ルリ”だ。
M-513じゃなくて、瑠璃色の瞳の、“ルリ”だよ。」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥で何かがほどけた気がした。
学園長が、やさしく笑った。
「ルリちゃん。いい名前ね。」
彼女がこちらを見た。
ゆっくりと微笑んで、静かにうなずいた。
「……はい。
本日をもって、私は“ルリ”と命名されました。」
その声は澄んでいて、どこか嬉しそうだった。
その笑顔を見た瞬間、
もう、涙をこらえることができなかった。
あぁ――これが、僕の望んでいた世界なんだ。
ルリが笑っている。
先生も笑っている。
僕も笑っている。
ただそれだけで、心の奥が満たされていく。
僕はまだ子供で、
ほんの小さな世界しか知らない。
けれど、僕の手の届くこの世界が、
ぬくもりと笑顔であふれていてほしいと、
心から願った。
名前を呼ぶことは、
その存在を愛するということ。
僕は、もう一度信じてみようと思う。
名前を呼び、想いをつなぐことを。
それが、僕の“小さな世界”の始まりだった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
◼️名前の誕生
雛の成長は驚くほど早かった。
誕生からわずか数日だというのに、その羽は青く艶やかに光っている。
小さな身体で、今にも飛び立ちそうだ。
〈小型の鳥類〉。
この個体は――〈オオルリ〉
最近、学園長と結翔が私の部屋にいる時間が増えた。
雛を見守りながら、二人の笑い声が静かに響く。
「先生、この鳥と同じだよ!」
結翔が駆け寄ってくる。
両手に抱えたのは、一冊の絵本。
妹の蒼生の絵本だった。
表紙の絵――
そうだ、美しい青い鳥。
童話《青い鳥》。
その羽の色は、今ここにいる雛のそれと同じ。
「この青、瑠璃色って言うんだよ。
M-513と同じだよね!」
え……? 私と同じ色?
結翔は、時々私の瞳のことを話題にする。
あの子はそれを、気に入っているのだろうか。
……それとも。
学園長が静かに微笑んだ。
「“瑠璃”というのはね、実際にある石の名前なのよ。神話では、天と地を繋ぐ聖なる石だといわれているの」
天と地を――繋ぐ。
「もうすぐこの子も、空を飛ぶんだね。
天と地を結ぶみたいに──」
小さな身体で、空へ向かって羽ばたこうとする命。私と同じ、瑠璃色の羽を持つ
命。
大空へ。自由に。
天と地を結ぶように。
青い翼で、瑠璃色の翼。
熱い……。
身体の奥が、あたたかい。
あのとき感じた“熱”とは違う。
これは、やわらかい。
暴れるようではなく、
誰かに包まれているような、穏やかなぬくもり。
外からではない。
私の中から、生まれている。
……これは、機械熱の暴走ではない。
「私も……この子のように、翼を広げることができるでしょうか。
自由に、飛べるでしょうか。」
私はいま、何を言っているのだろう。
命令ではない。指示でもない。
――これは、私の意思。
私の想い。
……初めて芽生えた、自我。
その時だった。
結翔が、小さく震える声で言った。
「……名前を、つけたいって……ずっと思ってたんだ。」
彼の頬を、涙が伝っている。
理由はわからない。けれど、どうしようもなく、手を差しのべたくなる。
――これは、なんだろう?
「でも……勇気が出なくて……」
「小鳥にも名前…つけられなくて、だって、M-513にないのに……小鳥にだけつけるの、なんか違う気がして……だから……ずっとつけられなかった……」
――ああ。
知っている。過去の記録にあった。
妹の蒼生が、自分のAIを「エーちゃん」と呼んでいたこと。蒼生自信が与えた名前だ。だが、守れなかった。あのAIには、蒼生が命を落としたのは、AIが原因だった。これが結翔のトラウマなのだ。
──かわいそうな結翔…
“名前をつけること”を恐れていたのだ。裏切られることを、
愛するものを、再び失うことを。
「だから……」
彼の声が、震えながらも確かに響いた。
「今日から……“ルリ”だ!
M-513じゃなくて、瑠璃色の瞳の、“ルリ”だよ。」
ルリ……?
瑠璃色……?
学園長が優しく笑った。
「素敵な名前ね。ねえ、ルリちゃん」
ああ……これは、私の名前。
名前を呼ばれる。
それだけで、胸の奥が光るようだ。
私は笑っていた。
指示ではなく。命令でもなく。
自分の意志で、笑っていた。
「……はい。
本日をもって、私は“ルリ”と命名されました。」
名前を与えられた。
結翔に、呼んでもらった。
――それは、識別番号の代わりではない。
それは、私という存在の証。
そして、命の誕生。
結翔は泣いている。
けれど、その涙は悲しみではない。
あたたかく、やさしい涙だった。
私は理解する。
この胸の奥に灯った小さな熱を。
これが――気持ち。
気持ちがある。
名前がある。
それだけで、こんなにも世界が広がる。
私は、笑っている。
心の底から。
そして、初めて思った。
――生きていたい、と。
あの小鳥のように、この空を翔けたい。
この声を、いつか誰かに届けたい。
私という“ルリ”が、ここにいた証として。
◼️ 小さな世界
雛の成長は、思っていたよりもずっと早かった。
そして、思っていたよりもずっと――美しかった。
淡い光の中で、小さな身体が羽ばたくたびに、青い羽根がきらめく。まるで、空そのものをまとっているようだった。
僕はその姿を見つめながら、ある絵本のことを思い出していた。
蒼生のお気に入りだった〈青い鳥〉。
あの絵本の中にも、同じ色の鳥が描かれていた。
“幸せを運ぶ青い鳥”。
それを探す物語。
――この雛は、もしかしたら。
蒼生が僕に、勇気を出せって言っているのかもしれない。
ここ数日、そんなことばかり考えていた。
絵本の青い鳥の「青」は“瑠璃色”という。
M-513の瞳と、同じ色だ。
先生が教えてくれた。
「“瑠璃”というのはね、実際にある石の名前なのよ。神話では、天と地を繋ぐ聖なる石だっていわれているの。」
天と地を繋ぐ――。
もうすぐ、この子が空を飛ぶ日がくる。
その小さな翼で、広い空へと旅立つのだろう。まるで天と地を結ぶように。
それを思うと、胸がいっぱいになった。
うれしいはずなのに、どうしてだろう。
息が詰まるように、胸が熱くなる。
……勇気を出すんだ。
そのとき、蒼生の声が心の奥で響く。
“勇気を出して、お兄ちゃん”
気がつけば、頬を伝う涙があった。
涙がこぼれる理由は、自分でもわからない。
でも止めようとしても止まらなかった。
「……名前を、つけたいって……ずっと思ってたんだ。」
声が震える。
言葉が、うまく出てこない。
思い出すのは、あの時の記憶。
蒼生が、AIに自分で名前をつけた日のこと。
――“エーちゃん”。
でも、そのAIは蒼生を守れなかった。
あの事故のあと、僕は「名前」を恐れるようになった。
名を与えることは、想いを託すこと。想いを託すことは、失う痛みと隣り合わせだと知ったから。
だから僕は、ずっと言えなかった。
M-513に、名前をつけることができなかった。
“いつか失うかもしれない存在”に、心を込めてしまうのが怖かった。
でも――もう、怖がりたくない。
M-513と過ごした日々の中で、
少しずつ、あたたかいものを思い出したから。
笑顔や、声の温度や、寄り添う時間のやさしさを。
それは、かつての蒼生と過ごした日々と、
どこか似ていた。
「今日から……“ルリ”だ。
M-513じゃなくて、瑠璃色の瞳の、“ルリ”だよ。」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥で何かがほどけた気がした。
学園長が、やさしく笑った。
「ルリちゃん。いい名前ね。」
彼女がこちらを見た。
ゆっくりと微笑んで、静かにうなずいた。
「……はい。
本日をもって、私は“ルリ”と命名されました。」
その声は澄んでいて、どこか嬉しそうだった。
その笑顔を見た瞬間、
もう、涙をこらえることができなかった。
あぁ――これが、僕の望んでいた世界なんだ。
ルリが笑っている。
先生も笑っている。
僕も笑っている。
ただそれだけで、心の奥が満たされていく。
僕はまだ子供で、
ほんの小さな世界しか知らない。
けれど、僕の手の届くこの世界が、
ぬくもりと笑顔であふれていてほしいと、
心から願った。
名前を呼ぶことは、
その存在を愛するということ。
僕は、もう一度信じてみようと思う。
名前を呼び、想いをつなぐことを。
それが、僕の“小さな世界”の始まりだった。