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第27話:メイの秘密と『普通のメイド』の願い

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 1. 隔離されたオペレーションルームと理性の衝突

 セーフハウスの地下区画にあるメンテナンスルームは、静かで厳粛な緊張感に包まれていた。ジーナの強化結界弾を受けたメイは、辛うじて駆動音を保ってはいるが、その容態は予断を許さない。超高速体術を支える駆動部と生体組織の損傷が深刻だった。

 悠真は、ルナに連れられてオペレーションルームに入った。そこには、白衣に近い薄いグレーのメイド服を纏ったララが、精密機器を操作しながら立っていた。彼女こそ、メイの看病とメンテナンスを命じられた正規メイド隊の医療・家事支援担当だ。

 ルナはララに、冷徹な声で指示を出した。

「ララ隊員。志藤様をオペの補助につかせます。彼のフェロモンが持つ抑止力を、メイ隊員の駆動部安定に寄与させる。これは司令塔としての最終判断です」

 ララは悠真を一瞥すると、表情を一切変えずにルナに反論した。

「ルナ隊長。申し訳ありませんが、それは、非合理的な判断です」

 ララは精密機器のデータを指し示した。

「志藤隊員は非戦闘員であり、オペ室介入は生体部の汚染リスクを伴います。また、オペの安定化に感情的なフェロモンが及ぼす効果は、データとして確立されていません。医療支援の観点から、私はこの処置を拒否します」

 悠真は、ララの極めて理性的な拒否に戸惑った。彼女には、メイを救いたいという感情よりも、任務遂行の合理性が優先されている。

 その時、横で待機していたアリスが、激しい怒りを露わにしてララに食って掛かった。アリスはメイを光速で搬送した際、自身も駆動部に負荷を負いながらも、メイの傍を離れずにいたのだ。

「ちょっと! ララって言ったわね! メイは命がけで悠真くんを護ったのよ! それなのに、あんたはデータと効率しか頭にないの!? 悠真くんのフェロモンがメイの精神安定に繋がるのは、愛があるからよ!」

 アリスは感情的な独占欲と、メイへの友情が混ざり合った怒りを爆発させた。

「アンタの理屈なんてどうでもいいわ! 悠真くんの命と、仲間の命、どっちが優先なのよ!?」

 ララはアリスの感情的な罵倒を浴びせられても、一切表情を崩さなかった。

「有栖川隊員の主張は、感情的バイアスが強く、医療プロトコルに反します。私は感情による判断は行いません」

 オペレーションルームの緊張感は頂点に達した。傍らでデータ解析を行うクロエが、黒縁メガネの奥で静かに状況を見つめていた。

 ルナは、銀色のモノクルを光らせ、司令塔としての冷徹な権威を以て、ララとアリスを仲裁した。

「静粛に。ララ隊員。あなたの理性的な判断は理解します。しかし、志藤様の抑止力は、ミストの狂気に抗う世界の安定に関わるものです」

 ルナは悠真に一瞥をくれた後、ララに向き直った。

「志藤様は、既に覚醒者(ヒーロー)としての使命を自覚しています。彼のフェロモンの意志は、メイ隊員に『普通のメイド』としての尊厳を取り戻させるという愛の証明として作用する。この非合理的な愛の証明こそが、M.A.本部にとって最も重要な抑止力安定化のデータとなる」

 ルナはそう断言し、言葉に力を込めた。

「ララ隊員。あなたの医療プロトコルよりも、エレノア総帥の戦略的優先度が上です。直ちに、志藤隊員を補助につかせなさい。これは命令です」

 ルナの「総帥の戦略」という言葉に、ララは初めて従順な態度を見せた。

「……了解しました、ルナ隊長。プロトコルを一時的にオーバーライドします」

 悠真は、ルナの冷徹な使命感の裏にある、仲間を想う不器用な愛を理解した。彼はララに言われるがまま、メイの額に手を添えた。彼の体から放出されるフェロモンが、メイの体内の駆動部の微細なノイズを静かに鎮めていった。

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 2. 朦朧(もうろう)とする告白

 悠真の温かい手に触れられたことで、朦朧としていたメイの意識が、僅かに浮上した。

「……悠真、せんぱい……?」

 彼女の声は掠れ、いつものツンデレな強がりは消え失せていた。

 悠真はメイの髪をそっと撫でた。

「メイ。大丈夫だ。俺がそばにいる。もうすぐ、オペは終わるからな」

 メイは、瞳を閉じながら、心の奥底にある切実な願いを吐露し始めた。

「せんぱい……私……幽霊じゃ、ないんです……」
「幽霊?」
「私……幽霊みたいに、影から見守るのしか、できないから……。皆みたいに、アリスせんぱいみたいに、堂々と……悠真せんぱいの恋人役として、隣にいられないから……」

 彼女の言葉は、普段のツンデレの殻を破り、彼女の抱える深い孤独と、承認欲求を露わにしたものだった。

「私の、この超高速体術も、駆動部も……ミストに、兵器として造られたものなんです……でも……」

 メイは、涙を流しながら、悠真の手に自分の小さな手を重ねた。

「私……普通のメイドに、なりたかった……。普通のメイドとして、悠真せんぱいの……お世話を、したかったんです……」
「幽霊じゃなく……悠真せんぱいの、一番近くにいる……普通の女の子として……」

 彼女の願いは、サイボーグメイドという過酷な運命と、人間的な感情の衝突が生んだ、最も純粋な愛の告白だった。

 悠真は、メイの願いを聞き、胸を抉られるような痛みを感じた。彼の心を占めていたのは、マヤの裏切りに対する怒りや、支配力が封じられた絶望ではなく、ただただ、この小さな乙女の尊厳を守りたいという純粋な衝動だった。

(俺が護りたいのは、世界の平和だけじゃない。この子たちが、普通の女の子として生きることを許される、その尊厳なんだ……!)

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 3. ルナの孤独な使命と起源の真実

 メイの意識が再び深い眠りに落ちた後。オペレーションルームのガラス越しに、ルナが悠真と対峙した。彼女のモノクルは冷たく光り、その表情からは一切の感情が読み取れない。

 ルナは、冷静な司令塔として、重い真実を語り始めた。

「志藤様。今、メイ隊員が口にした『普通のメイド』になりたいという願い。……それが、私たちバレット隊の悲劇的な起源です」

 ルナは言葉を続けた。

「私たちは、ゾルゲが語った通り、元々ミストの非人道的な人体実験の産物です。抑止力であるあなたを護るための兵器、戦う乙女(バトルメイド)として、尊厳を奪われた存在でした」

 ルナは、銀色のモノクルを光らせながら、エレノア総帥の真意を明かした。

「エレノア総帥は、ミストの狂気に反対し、私たちを連れて離反しました。そして、私たちに『メイド』という尊厳と、『共同生活』という人間的な日常を与えてくださった」

 ルナは、淡々と総帥の戦略を説明した。

「総帥の真の目的は、あなたの抑止力を安定させること。しかし、それと同時に、私たちに『愛』という感情を取り戻させ、人間としての尊厳を護ることでもあったのです」
「私たちが任務(理性)と愛(感情)で葛藤する姿は、総帥にとって、私たちが人間であることの証明であり、あなたの抑止力安定を測るセンサーとして機能する。……私たちの独占欲は、総帥が与えてくださった愛の特権なのです」

 悠真は、ルナの冷徹な使命感の裏に隠された、バレット隊の悲劇と、エレノア総帥の孤独な優しさを理解した。ルナの理性もまた、愛という大義名分を護るための孤独な使命だったのだ。

 悠真は、ルナの目を見て、決意を込めて言った。

「ルナ。もう、俺は迷わない。俺が護るのは、世界の平和だけじゃない。俺を愛し、護ってくれる……君たち全員の感情も、使命も、全てを護る。それが、俺の覚醒者(ヒーロー)としての使命だ」

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 4. 司令塔の決断とシェンの最終標的

 ルナは、悠真の揺るぎない覚悟を見て、僅かに口元を緩ませた。

「志藤様。あなたの覚悟、データとして記録しました。……クロエ。メイ隊員の駆動部からのハッキング痕跡の分析は?」

 クロエは、ノートPCを操作しながら、即座に報告した。

「ルナ隊長。メイ隊員の駆動系メンテナンスシステムから、シェンが不正にアクセスし、データを盗み出した痕跡を確認しました。彼女がミスト本部へ送信したデータの最終標的が、マヤの排除であることが確定しました」

 ルナは、銀色のモノクルを光らせ、冷徹な司令を下した。

「クロエ。これはアジア本部と日本支部の間で、何か重大な権力闘争が起きている証拠ね。シェンの動きは、ミストの内部崩壊を誘発する可能性を秘めている」

 ルナは、再度悠真に向き直った。

「志藤様。シェンの真の目的は、マヤを排除し、あなたへの絶望を最大化させること。私たちは、マヤの排除を阻止し、ミストの計画を完全に打ち砕く。……メイ隊員の『普通のメイド』としての尊厳を護るためにも」

 悠真は、眠るメイの顔を見つめ、静かに頷いた。メイの華奢な体と、精密な駆動部、そして普通のメイドになりたいという切実な願い。

 その全てを胸に、悠真は、孤独な使命を背負うルナと共に、内部崩壊の危機を抱えたまま、シェンとの情報戦に臨む覚悟を固めるのだった。






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 1. 隔離されたオペレーションルームと理性の衝突
 セーフハウスの地下区画にあるメンテナンスルームは、静かで厳粛な緊張感に包まれていた。ジーナの強化結界弾を受けたメイは、辛うじて駆動音を保ってはいるが、その容態は予断を許さない。超高速体術を支える駆動部と生体組織の損傷が深刻だった。
 悠真は、ルナに連れられてオペレーションルームに入った。そこには、白衣に近い薄いグレーのメイド服を纏ったララが、精密機器を操作しながら立っていた。彼女こそ、メイの看病とメンテナンスを命じられた正規メイド隊の医療・家事支援担当だ。
 ルナはララに、冷徹な声で指示を出した。
「ララ隊員。志藤様をオペの補助につかせます。彼のフェロモンが持つ抑止力を、メイ隊員の駆動部安定に寄与させる。これは司令塔としての最終判断です」
 ララは悠真を一瞥すると、表情を一切変えずにルナに反論した。
「ルナ隊長。申し訳ありませんが、それは、非合理的な判断です」
 ララは精密機器のデータを指し示した。
「志藤隊員は非戦闘員であり、オペ室介入は生体部の汚染リスクを伴います。また、オペの安定化に感情的なフェロモンが及ぼす効果は、データとして確立されていません。医療支援の観点から、私はこの処置を拒否します」
 悠真は、ララの極めて理性的な拒否に戸惑った。彼女には、メイを救いたいという感情よりも、任務遂行の合理性が優先されている。
 その時、横で待機していたアリスが、激しい怒りを露わにしてララに食って掛かった。アリスはメイを光速で搬送した際、自身も駆動部に負荷を負いながらも、メイの傍を離れずにいたのだ。
「ちょっと! ララって言ったわね! メイは命がけで悠真くんを護ったのよ! それなのに、あんたはデータと効率しか頭にないの!? 悠真くんのフェロモンがメイの精神安定に繋がるのは、愛があるからよ!」
 アリスは感情的な独占欲と、メイへの友情が混ざり合った怒りを爆発させた。
「アンタの理屈なんてどうでもいいわ! 悠真くんの命と、仲間の命、どっちが優先なのよ!?」
 ララはアリスの感情的な罵倒を浴びせられても、一切表情を崩さなかった。
「有栖川隊員の主張は、感情的バイアスが強く、医療プロトコルに反します。私は感情による判断は行いません」
 オペレーションルームの緊張感は頂点に達した。傍らでデータ解析を行うクロエが、黒縁メガネの奥で静かに状況を見つめていた。
 ルナは、銀色のモノクルを光らせ、司令塔としての冷徹な権威を以て、ララとアリスを仲裁した。
「静粛に。ララ隊員。あなたの理性的な判断は理解します。しかし、志藤様の抑止力は、ミストの狂気に抗う世界の安定に関わるものです」
 ルナは悠真に一瞥をくれた後、ララに向き直った。
「志藤様は、既に覚醒者(ヒーロー)としての使命を自覚しています。彼のフェロモンの意志は、メイ隊員に『普通のメイド』としての尊厳を取り戻させるという愛の証明として作用する。この非合理的な愛の証明こそが、M.A.本部にとって最も重要な抑止力安定化のデータとなる」
 ルナはそう断言し、言葉に力を込めた。
「ララ隊員。あなたの医療プロトコルよりも、エレノア総帥の戦略的優先度が上です。直ちに、志藤隊員を補助につかせなさい。これは命令です」
 ルナの「総帥の戦略」という言葉に、ララは初めて従順な態度を見せた。
「……了解しました、ルナ隊長。プロトコルを一時的にオーバーライドします」
 悠真は、ルナの冷徹な使命感の裏にある、仲間を想う不器用な愛を理解した。彼はララに言われるがまま、メイの額に手を添えた。彼の体から放出されるフェロモンが、メイの体内の駆動部の微細なノイズを静かに鎮めていった。
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 2. 朦朧(もうろう)とする告白
 悠真の温かい手に触れられたことで、朦朧としていたメイの意識が、僅かに浮上した。
「……悠真、せんぱい……?」
 彼女の声は掠れ、いつものツンデレな強がりは消え失せていた。
 悠真はメイの髪をそっと撫でた。
「メイ。大丈夫だ。俺がそばにいる。もうすぐ、オペは終わるからな」
 メイは、瞳を閉じながら、心の奥底にある切実な願いを吐露し始めた。
「せんぱい……私……幽霊じゃ、ないんです……」
「幽霊?」
「私……幽霊みたいに、影から見守るのしか、できないから……。皆みたいに、アリスせんぱいみたいに、堂々と……悠真せんぱいの恋人役として、隣にいられないから……」
 彼女の言葉は、普段のツンデレの殻を破り、彼女の抱える深い孤独と、承認欲求を露わにしたものだった。
「私の、この超高速体術も、駆動部も……ミストに、兵器として造られたものなんです……でも……」
 メイは、涙を流しながら、悠真の手に自分の小さな手を重ねた。
「私……普通のメイドに、なりたかった……。普通のメイドとして、悠真せんぱいの……お世話を、したかったんです……」
「幽霊じゃなく……悠真せんぱいの、一番近くにいる……普通の女の子として……」
 彼女の願いは、サイボーグメイドという過酷な運命と、人間的な感情の衝突が生んだ、最も純粋な愛の告白だった。
 悠真は、メイの願いを聞き、胸を抉られるような痛みを感じた。彼の心を占めていたのは、マヤの裏切りに対する怒りや、支配力が封じられた絶望ではなく、ただただ、この小さな乙女の尊厳を守りたいという純粋な衝動だった。
(俺が護りたいのは、世界の平和だけじゃない。この子たちが、普通の女の子として生きることを許される、その尊厳なんだ……!)
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 3. ルナの孤独な使命と起源の真実
 メイの意識が再び深い眠りに落ちた後。オペレーションルームのガラス越しに、ルナが悠真と対峙した。彼女のモノクルは冷たく光り、その表情からは一切の感情が読み取れない。
 ルナは、冷静な司令塔として、重い真実を語り始めた。
「志藤様。今、メイ隊員が口にした『普通のメイド』になりたいという願い。……それが、私たちバレット隊の悲劇的な起源です」
 ルナは言葉を続けた。
「私たちは、ゾルゲが語った通り、元々ミストの非人道的な人体実験の産物です。抑止力であるあなたを護るための兵器、戦う乙女(バトルメイド)として、尊厳を奪われた存在でした」
 ルナは、銀色のモノクルを光らせながら、エレノア総帥の真意を明かした。
「エレノア総帥は、ミストの狂気に反対し、私たちを連れて離反しました。そして、私たちに『メイド』という尊厳と、『共同生活』という人間的な日常を与えてくださった」
 ルナは、淡々と総帥の戦略を説明した。
「総帥の真の目的は、あなたの抑止力を安定させること。しかし、それと同時に、私たちに『愛』という感情を取り戻させ、人間としての尊厳を護ることでもあったのです」
「私たちが任務(理性)と愛(感情)で葛藤する姿は、総帥にとって、私たちが人間であることの証明であり、あなたの抑止力安定を測るセンサーとして機能する。……私たちの独占欲は、総帥が与えてくださった愛の特権なのです」
 悠真は、ルナの冷徹な使命感の裏に隠された、バレット隊の悲劇と、エレノア総帥の孤独な優しさを理解した。ルナの理性もまた、愛という大義名分を護るための孤独な使命だったのだ。
 悠真は、ルナの目を見て、決意を込めて言った。
「ルナ。もう、俺は迷わない。俺が護るのは、世界の平和だけじゃない。俺を愛し、護ってくれる……君たち全員の感情も、使命も、全てを護る。それが、俺の覚醒者(ヒーロー)としての使命だ」
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 4. 司令塔の決断とシェンの最終標的
 ルナは、悠真の揺るぎない覚悟を見て、僅かに口元を緩ませた。
「志藤様。あなたの覚悟、データとして記録しました。……クロエ。メイ隊員の駆動部からのハッキング痕跡の分析は?」
 クロエは、ノートPCを操作しながら、即座に報告した。
「ルナ隊長。メイ隊員の駆動系メンテナンスシステムから、シェンが不正にアクセスし、データを盗み出した痕跡を確認しました。彼女がミスト本部へ送信したデータの最終標的が、マヤの排除であることが確定しました」
 ルナは、銀色のモノクルを光らせ、冷徹な司令を下した。
「クロエ。これはアジア本部と日本支部の間で、何か重大な権力闘争が起きている証拠ね。シェンの動きは、ミストの内部崩壊を誘発する可能性を秘めている」
 ルナは、再度悠真に向き直った。
「志藤様。シェンの真の目的は、マヤを排除し、あなたへの絶望を最大化させること。私たちは、マヤの排除を阻止し、ミストの計画を完全に打ち砕く。……メイ隊員の『普通のメイド』としての尊厳を護るためにも」
 悠真は、眠るメイの顔を見つめ、静かに頷いた。メイの華奢な体と、精密な駆動部、そして普通のメイドになりたいという切実な願い。
 その全てを胸に、悠真は、孤独な使命を背負うルナと共に、内部崩壊の危機を抱えたまま、シェンとの情報戦に臨む覚悟を固めるのだった。