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第21.5話:理性の司令塔と、完璧すぎる後輩たち

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 1. 深夜の駆動音と監視の目

 ミストの総攻撃から三日目の夜。悠真は、自室のベッドで深い眠りにつくことができずにいた。昼間のメイドたちの激しい独占バトルと、戦闘後の彼女たちの疲労が、彼の神経を逆撫でしていた。

 洋館は、静寂に包まれているはずだった。しかし、廊下の奥からは、極めて静かで規則正しい駆動音が微かに聞こえてくる。それは、見習いメイド隊(ネストリング)が、バレット隊のリカバリー期間中、館の隅々まで完璧な清掃と補修を代行している音だった。

(ネストリングの子たちは、まるで音を立てない幽霊みたいだな……。完璧すぎて、ちょっと怖い)

 悠真がそう考えていると、ドアがノックされる音も無く、ルナが部屋に入ってきた。彼女のモノクルが、深夜の薄明かりの中で冷たく光っている。

「志藤様。定時巡回プログラムを実施します」

 ルナはそう告げると、悠真のベッドサイドに立った。彼女の手には、体温計と心拍数計測用の医療用センサーが握られている。

「ルナさん。そんなの、昼間にクロエが散々測ったでしょう」

 悠真は、ルナの顔に昼間の疲労の色が残っているのを見て、心配そうに言った。

「クロエ隊員による計測は感情的バイアスにより信用度が低下しています。司令塔としての私の役目は、あなたの健康状態の純粋なデータを再収集することです」

 ルナはそう言いながら、悠真の腕を掴み、医療用センサーを静脈に接続した。

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 2. 完璧な後輩と揺らぐ司令塔

 ルナは、データが安定していることを確認すると、センサーを外し、無機質な声で報告した。

「心拍数、体温、血中酸素濃度。全て安定値。以上で定時巡回を終了します」

 そう言うルナの視線が、ベッドサイドのテーブルに向けられた。そこには、数時間前にネストリングの一人が交換したばかりの、完璧に磨かれた銀のグラスと、室温を計測して自動で注がれたミネラルウォーターが置かれている。グラスは水滴一つついておらず、ルナが目視でチェックするまでもなく完璧だった。

 ルナの駆動部に、微細なノイズが走った。

「ルナさん? どうしたんですか?」

 悠真が尋ねると、ルナはモノクルを指先で押し上げ、感情の無い声で言った。

「志藤様。ネストリングの家事プログラムは、完璧すぎます。私たちの『愛の独占』による非効率性を、『機能の完璧さ』で凌駕している」
「それが、どうかしたんですか? ルナさんが、そんなことを心配するなんて珍しい」
「司令塔として、私は不安です。戦闘の疲労から回復できていないバレット隊が、家事の領域でネストリングに敗北すれば、私たちの存在意義、そしてあなたの抑止力安定への貢献度が、M.A.本部から再評価される危険性があります」

 ルナの言葉は、他のメイドたちの感情的な嫉妬とは違い、任務の遂行と、バレット隊の地位の維持という、純粋に理性的な危機感に根差していた。

「私たちの感情は、あなたの抑止力に必要不可欠なセンサーであり、動力源です。しかし、その感情が、家事という実務において、完璧な機械に劣るというデータが出れば……」

 ルナは、そこで言葉を詰まらせた。感情を持つことが、司令塔として、バレット隊の機能的な弱点になるかもしれないという、ルナ自身の存在意義に関わる恐怖だった。

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 3. 司令塔の孤独な使命と、人としての優しさ

 ルナのモノクルの奥の瞳が、僅かに揺れている。悠真は、ルナが背負う「バレット隊の司令塔」という、途方もない重圧を理解した。

 悠真はベッドから身を起こし、ルナの手を優しく取った。ルナの皮膚は普段通りだったが、指先に微細な駆動の振動が伝わってくる。彼女が極度の緊張状態にある証拠だった。

「ルナさん。司令塔として、バレット隊全体の評価まで一人で背負い込んでいるんですね。でも、それはルナさんの役割(しごと)じゃないと思います」

「……私の仕事は、バレット隊の指揮と、志藤様の護衛という任務の遂行です。この任務に、私個人の感情は必要ありません」

「本当にそう思いますか?」

 悠真はルナの手を離さず、強く握りしめた。

「俺が欲しいのは、完璧なグラスじゃないんです。ルナさんが、自分の感情的なノイズを抑えつけてまで、俺の健康を確認しに来てくれる、その優しさなんです」

 悠真はルナの指先がわずかに震えているのを感じながら、そっと自分の頬をルナの手に寄せた。

「ネストリングの完璧な家事プログラムは、俺に安心を与えてはくれません。俺が本当に信頼できるのは、ルナさんたちバレット隊が、俺を巡って感情を揺らし、不完全な優しさを見せてくれるその人間らしさです」
「しかし、その不完全さが、任務の非効率性を生み出しているというデータもあります」

 ルナは、悠真の意外な態度に首を傾げた。悠真は「でもね」と、ルナの眼をまっすぐに見ながら続けた。

「例えば、アリスの焦げ付いたハンバーグや、メイの出汁が効きすぎたオムライス。クロエが理性を失って作る謎のバランス栄養食。ソフィアさんの母性という名の色気牽制。その全てが、俺の抑止力にとって、冷たいデータよりも遥かに正確で信頼できるセンサーなんです」
「……それは、合理的な判断とは言えません」

「ルナさん。司令塔だからといって、みんなの感情やミスまで、全部ご自分の責任にしなくても大丈夫です。俺にとって、ルナさんたちバレット隊の皆さんは、対等のメイド、いいえ、もはや大切な家族です。司令塔としてのルナさんじゃなく、ルナさん自身が俺を護りたいと思ってくれるだけで、それだけで十分すぎるほど心強いんです」

 悠真の率直な言葉に、ルナのサイボーグボディが一瞬、完全に停止した。彼女のモノクルの光が消え、全身の駆動音が一瞬途切れる。

「……それは、やはりバグです。志藤様」

 ルナはそう呟くと、再び駆動を再開し、悠真から手を引き離した。

「感情的バイアスによる心拍数の異常な上昇を確認。このデータを元に、『司令塔ルナによる志藤様への奉仕禁止プログラム』を一時的に起動します」

 ルナはそう言って、逃げるように部屋を出て行った。その足音は、先ほどの規則正しい駆動音とは違い、わずかに不安定な、人間的なものだった。

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 4. 孤独な司令塔の愛のデータ

 ルナは、自室に戻ると、静かにベッドに倒れ込んだ。彼女の瞳には、昼間の激戦でも見せなかった、人間的な涙が浮かんでいる。

(私の愛(独占欲)は、理性的でなければならない。私の使命は、バレット隊を指揮し、完璧な任務を遂行すること。……しかし)

 ルナは、自分の胸元に手を当てた。そこには、悠真に手を握られた時の、異常な心拍数のデータが、未だにメインシステムに記録されていた。

 そのデータは、ルナのすべての理性を凌駕する、愛の証明だった。

「志藤悠真……あなたは、本当に重大なバグです」

 ルナはそう呟き、その夜、誰にも悟られることなく、駆動部のノイズが静まるまで静かに眠りにつくのだった。






みんなのリアクション

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 1. 深夜の駆動音と監視の目
 ミストの総攻撃から三日目の夜。悠真は、自室のベッドで深い眠りにつくことができずにいた。昼間のメイドたちの激しい独占バトルと、戦闘後の彼女たちの疲労が、彼の神経を逆撫でしていた。
 洋館は、静寂に包まれているはずだった。しかし、廊下の奥からは、極めて静かで規則正しい駆動音が微かに聞こえてくる。それは、見習いメイド隊(ネストリング)が、バレット隊のリカバリー期間中、館の隅々まで完璧な清掃と補修を代行している音だった。
(ネストリングの子たちは、まるで音を立てない幽霊みたいだな……。完璧すぎて、ちょっと怖い)
 悠真がそう考えていると、ドアがノックされる音も無く、ルナが部屋に入ってきた。彼女のモノクルが、深夜の薄明かりの中で冷たく光っている。
「志藤様。定時巡回プログラムを実施します」
 ルナはそう告げると、悠真のベッドサイドに立った。彼女の手には、体温計と心拍数計測用の医療用センサーが握られている。
「ルナさん。そんなの、昼間にクロエが散々測ったでしょう」
 悠真は、ルナの顔に昼間の疲労の色が残っているのを見て、心配そうに言った。
「クロエ隊員による計測は感情的バイアスにより信用度が低下しています。司令塔としての私の役目は、あなたの健康状態の純粋なデータを再収集することです」
 ルナはそう言いながら、悠真の腕を掴み、医療用センサーを静脈に接続した。
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 2. 完璧な後輩と揺らぐ司令塔
 ルナは、データが安定していることを確認すると、センサーを外し、無機質な声で報告した。
「心拍数、体温、血中酸素濃度。全て安定値。以上で定時巡回を終了します」
 そう言うルナの視線が、ベッドサイドのテーブルに向けられた。そこには、数時間前にネストリングの一人が交換したばかりの、完璧に磨かれた銀のグラスと、室温を計測して自動で注がれたミネラルウォーターが置かれている。グラスは水滴一つついておらず、ルナが目視でチェックするまでもなく完璧だった。
 ルナの駆動部に、微細なノイズが走った。
「ルナさん? どうしたんですか?」
 悠真が尋ねると、ルナはモノクルを指先で押し上げ、感情の無い声で言った。
「志藤様。ネストリングの家事プログラムは、完璧すぎます。私たちの『愛の独占』による非効率性を、『機能の完璧さ』で凌駕している」
「それが、どうかしたんですか? ルナさんが、そんなことを心配するなんて珍しい」
「司令塔として、私は不安です。戦闘の疲労から回復できていないバレット隊が、家事の領域でネストリングに敗北すれば、私たちの存在意義、そしてあなたの抑止力安定への貢献度が、M.A.本部から再評価される危険性があります」
 ルナの言葉は、他のメイドたちの感情的な嫉妬とは違い、任務の遂行と、バレット隊の地位の維持という、純粋に理性的な危機感に根差していた。
「私たちの感情は、あなたの抑止力に必要不可欠なセンサーであり、動力源です。しかし、その感情が、家事という実務において、完璧な機械に劣るというデータが出れば……」
 ルナは、そこで言葉を詰まらせた。感情を持つことが、司令塔として、バレット隊の機能的な弱点になるかもしれないという、ルナ自身の存在意義に関わる恐怖だった。
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 3. 司令塔の孤独な使命と、人としての優しさ
 ルナのモノクルの奥の瞳が、僅かに揺れている。悠真は、ルナが背負う「バレット隊の司令塔」という、途方もない重圧を理解した。
 悠真はベッドから身を起こし、ルナの手を優しく取った。ルナの皮膚は普段通りだったが、指先に微細な駆動の振動が伝わってくる。彼女が極度の緊張状態にある証拠だった。
「ルナさん。司令塔として、バレット隊全体の評価まで一人で背負い込んでいるんですね。でも、それはルナさんの役割(しごと)じゃないと思います」
「……私の仕事は、バレット隊の指揮と、志藤様の護衛という任務の遂行です。この任務に、私個人の感情は必要ありません」
「本当にそう思いますか?」
 悠真はルナの手を離さず、強く握りしめた。
「俺が欲しいのは、完璧なグラスじゃないんです。ルナさんが、自分の感情的なノイズを抑えつけてまで、俺の健康を確認しに来てくれる、その優しさなんです」
 悠真はルナの指先がわずかに震えているのを感じながら、そっと自分の頬をルナの手に寄せた。
「ネストリングの完璧な家事プログラムは、俺に安心を与えてはくれません。俺が本当に信頼できるのは、ルナさんたちバレット隊が、俺を巡って感情を揺らし、不完全な優しさを見せてくれるその人間らしさです」
「しかし、その不完全さが、任務の非効率性を生み出しているというデータもあります」
 ルナは、悠真の意外な態度に首を傾げた。悠真は「でもね」と、ルナの眼をまっすぐに見ながら続けた。
「例えば、アリスの焦げ付いたハンバーグや、メイの出汁が効きすぎたオムライス。クロエが理性を失って作る謎のバランス栄養食。ソフィアさんの母性という名の色気牽制。その全てが、俺の抑止力にとって、冷たいデータよりも遥かに正確で信頼できるセンサーなんです」
「……それは、合理的な判断とは言えません」
「ルナさん。司令塔だからといって、みんなの感情やミスまで、全部ご自分の責任にしなくても大丈夫です。俺にとって、ルナさんたちバレット隊の皆さんは、対等のメイド、いいえ、もはや大切な家族です。司令塔としてのルナさんじゃなく、ルナさん自身が俺を護りたいと思ってくれるだけで、それだけで十分すぎるほど心強いんです」
 悠真の率直な言葉に、ルナのサイボーグボディが一瞬、完全に停止した。彼女のモノクルの光が消え、全身の駆動音が一瞬途切れる。
「……それは、やはりバグです。志藤様」
 ルナはそう呟くと、再び駆動を再開し、悠真から手を引き離した。
「感情的バイアスによる心拍数の異常な上昇を確認。このデータを元に、『司令塔ルナによる志藤様への奉仕禁止プログラム』を一時的に起動します」
 ルナはそう言って、逃げるように部屋を出て行った。その足音は、先ほどの規則正しい駆動音とは違い、わずかに不安定な、人間的なものだった。
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 4. 孤独な司令塔の愛のデータ
 ルナは、自室に戻ると、静かにベッドに倒れ込んだ。彼女の瞳には、昼間の激戦でも見せなかった、人間的な涙が浮かんでいる。
(私の愛(独占欲)は、理性的でなければならない。私の使命は、バレット隊を指揮し、完璧な任務を遂行すること。……しかし)
 ルナは、自分の胸元に手を当てた。そこには、悠真に手を握られた時の、異常な心拍数のデータが、未だにメインシステムに記録されていた。
 そのデータは、ルナのすべての理性を凌駕する、愛の証明だった。
「志藤悠真……あなたは、本当に重大なバグです」
 ルナはそう呟き、その夜、誰にも悟られることなく、駆動部のノイズが静まるまで静かに眠りにつくのだった。