ep5 神の呪い

ー/ー



  【2】


 ほどなくして、執事のパトリスが医者を伴って戻ってきた。
 俺は従順に診断を受けた。

「まさか記憶喪失とは……私も驚きですよ。しかし、今はこうやって再びクロー様が目を覚まされたことを何より喜ぶべきでしょう」

 医者はそう言って、驚きとも哀しみともとれない、名状しがたい表情を浮かべた。
 俺は受診しながら、ふとあることが気になった。今後を考えると非常に重要なことだ。

「あの、俺は、なんでここで寝てたんですか? 日常の睡眠ではないですよね?」

 医者とパトリスは意味ありげにハッとして、顔を見合わす。それからパトリスがうつむき、医者は複雑な感情を物語る目を俺にじっと向けた。

「……クローさま。やはりこれはお伝えしておかなければなりません」

「?」

「あなたがここに寝ていた理由。それは〔神の呪い〕のためです」

「かみののろい?」

「〔神の呪い〕とは、きわめて稀に発症する死の病です。原因は不明。背中にアザができる以外これといった症状もないが、治療法もまったくなく手のほどこしようがない。ハッキリ申し上げます。これは正真正銘の不治の病です」

 ちょっと待て。今、医者はなんと言った。つまり、クロー・ラキアードは不治の病に冒されてここに寝ていたということか? そこへ俺が転生したということか?

「ええと……死の病で不治の病ってことは、近い将来、俺は死ぬってこと?」

 医者は眉根を寄せ、重い間をあけてからゆっくりと首を縦に振った。

「はい……」

「近い将来って……あとどれくらいなんすか?」

「〔神の呪い〕は、発症してから一年以内に例外なく必ず死ぬとされています」

「発症したのは?」

「三か月前です」

「……ということは、長くてあと九か月ってことか……」

「はい……」

「……」

「クロー様」
「ぼっちゃま……」

「……はは、ははは。ハハハハ! ハァッハァッハァ!」

「クローさま!?」
「ぼっちゃま!?」

 トチ狂ったような笑い声が俺の腹から踊り上がった。これが笑わずにいられるか?
 ウケる。マジでウケるぞ。溺れて死にかけて転生して、転生したら今度は病気で死にかけだって?
 バカだ。マジでクソでバカだ。謎の声、あいつは知ってて俺をこんな身体に転生させたってことか?
 そうか。俺は弄ばれただけなんだな。また新たな人生を歩めるなどと一瞬でも浮かれた自分が馬鹿すぎて悲しくなってくる。
 フザケやがって。こんな仕打ちを受けるぐらいなら、あのまま死なせてくれよ!
 なんで今さら知らない世界に来て知らない人間になってからすぐに死ななきゃなんねーんだよ!
 もういい。わかったよ。あと九か月か。いや、長くてそれだから、たぶん実際はもっと早いかもな。
 こうなったら……。
 残りの人生、ムチャクチャに過ごしてやる。医者はこれといって症状はないと言っていたよな。それなら、とりあえず生きている間はフツーに暮らせるはずだよな?
 そしてもうひとつ。このクローとかいうヤツは、おそらく金持ちのおぼっちゃんなんだよな?
 以上のことから……。
 執るべき方針が固まった。簡単だ。この家の金を使いまくって、死ぬまで遊びまくってやる!
 元の世界での俺は、そんなこともまったくできないままで終わっちまったんだ。それこそ彼女すら一度もできずに中年になっちまった。そもそもマトモな友達すらいるかどうか怪しかった。だからこそ、やってやる。こうなりゃヤケだ。やってやってやってやって、ヤリまくってやる!

「……」

 やがて半狂乱の笑い祭りが閉幕した俺は、一転してむっつりと押し黙った。

「あの、クローさま?」
「ぼっちゃま? 大丈夫ですか?」

 しばらくじっとうつむいてから、俺はゾンビのようにむくっと顔を起こすと、確かな視線をべったりと執事に向けた。

「……パトリス。記憶喪失の俺に、家のこととか社会のこととか、色々と教えてくれないか?」


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  【2】
 ほどなくして、執事のパトリスが医者を伴って戻ってきた。
 俺は従順に診断を受けた。
「まさか記憶喪失とは……私も驚きですよ。しかし、今はこうやって再びクロー様が目を覚まされたことを何より喜ぶべきでしょう」
 医者はそう言って、驚きとも哀しみともとれない、名状しがたい表情を浮かべた。
 俺は受診しながら、ふとあることが気になった。今後を考えると非常に重要なことだ。
「あの、俺は、なんでここで寝てたんですか? 日常の睡眠ではないですよね?」
 医者とパトリスは意味ありげにハッとして、顔を見合わす。それからパトリスがうつむき、医者は複雑な感情を物語る目を俺にじっと向けた。
「……クローさま。やはりこれはお伝えしておかなければなりません」
「?」
「あなたがここに寝ていた理由。それは〔神の呪い〕のためです」
「かみののろい?」
「〔神の呪い〕とは、きわめて稀に発症する死の病です。原因は不明。背中にアザができる以外これといった症状もないが、治療法もまったくなく手のほどこしようがない。ハッキリ申し上げます。これは正真正銘の不治の病です」
 ちょっと待て。今、医者はなんと言った。つまり、クロー・ラキアードは不治の病に冒されてここに寝ていたということか? そこへ俺が転生したということか?
「ええと……死の病で不治の病ってことは、近い将来、俺は死ぬってこと?」
 医者は眉根を寄せ、重い間をあけてからゆっくりと首を縦に振った。
「はい……」
「近い将来って……あとどれくらいなんすか?」
「〔神の呪い〕は、発症してから一年以内に例外なく必ず死ぬとされています」
「発症したのは?」
「三か月前です」
「……ということは、長くてあと九か月ってことか……」
「はい……」
「……」
「クロー様」
「ぼっちゃま……」
「……はは、ははは。ハハハハ! ハァッハァッハァ!」
「クローさま!?」
「ぼっちゃま!?」
 トチ狂ったような笑い声が俺の腹から踊り上がった。これが笑わずにいられるか?
 ウケる。マジでウケるぞ。溺れて死にかけて転生して、転生したら今度は病気で死にかけだって?
 バカだ。マジでクソでバカだ。謎の声、あいつは知ってて俺をこんな身体に転生させたってことか?
 そうか。俺は弄ばれただけなんだな。また新たな人生を歩めるなどと一瞬でも浮かれた自分が馬鹿すぎて悲しくなってくる。
 フザケやがって。こんな仕打ちを受けるぐらいなら、あのまま死なせてくれよ!
 なんで今さら知らない世界に来て知らない人間になってからすぐに死ななきゃなんねーんだよ!
 もういい。わかったよ。あと九か月か。いや、長くてそれだから、たぶん実際はもっと早いかもな。
 こうなったら……。
 残りの人生、ムチャクチャに過ごしてやる。医者はこれといって症状はないと言っていたよな。それなら、とりあえず生きている間はフツーに暮らせるはずだよな?
 そしてもうひとつ。このクローとかいうヤツは、おそらく金持ちのおぼっちゃんなんだよな?
 以上のことから……。
 執るべき方針が固まった。簡単だ。この家の金を使いまくって、死ぬまで遊びまくってやる!
 元の世界での俺は、そんなこともまったくできないままで終わっちまったんだ。それこそ彼女すら一度もできずに中年になっちまった。そもそもマトモな友達すらいるかどうか怪しかった。だからこそ、やってやる。こうなりゃヤケだ。やってやってやってやって、ヤリまくってやる!
「……」
 やがて半狂乱の笑い祭りが閉幕した俺は、一転してむっつりと押し黙った。
「あの、クローさま?」
「ぼっちゃま? 大丈夫ですか?」
 しばらくじっとうつむいてから、俺はゾンビのようにむくっと顔を起こすと、確かな視線をべったりと執事に向けた。
「……パトリス。記憶喪失の俺に、家のこととか社会のこととか、色々と教えてくれないか?」