第九十六話:アウラの証明と王の愛の代償
ー/ー 盟約軍司令部がBPI強化プロジェクトの実行を承認してから二週間――。技術統括のアウラ・アウラム、エルダー・ソフス、そして人類側の代表であるレオーネ皇女、シルヴィアは、昼夜を問わず増幅装置の開発に没頭した。
そして、その全てが結実する日が来た。
アウラは、魔力演算盤の前で深々と頭を下げた。
「ヒカル王。人類の知恵と竜族の魔術を統合したBPI(戦闘能力値 Battle Power Index)増幅装置、通称『調律の剣』が完成しました。当初の予定を上回る二週間での完成です。これは、王妃様方の調律の愛が、技術開発の論理的な困難を乗り越えるエネルギーとなった証明に他なりません」
ヒカルは、その巨大な魔力増幅装置を見つめた。それは、人類の魔導工学と竜族の宝玉技術が融合した、美しくも危険な巨大な結晶体だった。
「アウラ。その『調律の剣』の安全性は。暴走リスクは?」
最高戦略官のアクアが、冷静ながらも鋭い視線でアウラに問いかけた。
「論理的なリスクは残ります。しかし、その安全性を私が自ら証明します」
アウラは、冷徹な理性の奥に、王への献身という熱情を灯らせた。
「王よ。このアウラ・アウラムのBPIは現在、約200。これは古王軍の将クラスに相当します。このBPI増幅装置が真に有効であり、暴走しても人類側の『精神的な安全装置』が機能することを、この身をもって実証します」
アウラは、装置に近づき、シルヴィアが組み込んだ純粋な信仰心という名のマナが流れる『制御宝玉』を装着した。
魔力演算盤の数値が跳ね上がる。
BPI:200 → 250 → 280――。
そして、警告音が一瞬鳴り響いた後、数値は安定した。
BPI:305
場内に静かな驚きが広がった。300超という数値は、六龍姫の中でも屈指の戦闘力を持つフレア・イグニスの平常時のBPIを上回る領域だ。アウラの顔には疲労の色はなく、以前よりもさらに澄んだ知性の光を宿していた。
「成功です。暴走リスクを抑え、BPIを1.5倍以上に増幅させました」
アウラは、その強力な力を制御し、静かにヒカルに報告した。
「この技術は、六龍姫、六天将をはじめとする高位の竜のBPIを全体的に底上げします。魔王軍との戦いにおいて、論理的に優位な戦場を構築できるでしょう」
ヒカルは、その献身的な『技術の愛』に感銘を受け、静かに頷いた。
その瞬間、司令部の奥から、歓喜の咆哮が響いた。
紅蓮の激情竜姫レヴィアが、炎の髪を逆立てて玉座の間へ飛び込んできた。
「なんですって! あ、あのアウラがBPI 300超えですって!? ならば、我ら六龍姫がユニゾン最終強化を施せば…、我もBPI 1000の領域も夢じゃないわ! 夫よ! このレヴィアの愛が、さらに最強の矛となるわ! 魔王軍など、一瞬で焼き尽くしてくれるわ!」
レヴィアの激情の炎は、増幅装置の成功という事実に歓喜し、ヒカルへの愛の独占欲を極限まで高めていた。
そのレヴィアの隣で、爆炎龍将軍フレアもまた、武人としての誇りを胸に熱い炎を燃やす。
「王よ! このフレアの贖罪の炎も、この技術を以てすればBPI 600超えは確実! レヴィア様の矛として、魔王軍を打ち砕き、王への忠誠を証明します!」
そして、普段は孤高の威厳を崩さない闇の王女ヴァルキリアの瞳にも、わずかに熱狂の光が宿った。
「ふっふっふ…。ま、まさかの……! 契約者よ! BPI 1000の領域が…私の論理(ロジック)を崩壊させるほどの優位性だ! 私は、王の忠誠を、この増幅された闇のBPIで、誰よりも深く、誰よりも強固に証明する!」
ヴァルキリアは、珍しく口元を隠す手も忘れ、興奮した表情を晒した。その隣で控えていた漆黒の工作師シェイドが、静かにヴァルキリアの腕に触れる。
「ヴァルキリア姉さま。お気持ちは分かりますが、公的な場でございます。お落ち着きください。王の安寧を護る、冷静な忠誠こそが、闇の王族の務めです」
ヴァルキリアはシェイドの諫めにハッとし、すぐに孤高の仮面を被り直したが、その表情には静かな喜びが残っていた。
しかし、そのシェイドの心もまた、BPI強化の成功により密かに燃え上がっていた。
(私のBPI、平常時250から…強化後はBPI 450まで見えている。この力があれば、王の影として、あらゆる裏切りと脅威から王を完全に護ることができる…!)
シェイドは、誰にも見られぬよう、手のひらの中で小さくガッツポーズをした。
その瞬間、疾風の遊撃竜姫セフィラが、まるで風のようにシェイドの隣に現れた。
「おや、おや? シェイド。今、ちっちゃく『勝利のポーズ』しなかった? 冷静沈着、完璧無比の闇の工作師が、まさかそんな可愛らしいことするなんて!最高の冒険の種を見つけちゃったわ!」
セフィラに無邪気な好奇心で揶揄され、シェイドは顔を赤らめてすぐに無表情に戻った。
アクアは、この激情と興奮の渦を冷徹な瞳で一瞥する。
「レヴィア、ヴァルキリア。感情的な興奮は非効率です。BPI強化の真の価値は、ユニゾンの安定性にあります。私の理性的な愛が、このBPIの増幅を永続的な統治の力へと転換させます」
ヒカルは、姫たちの愛が、技術の成功という事実に呼応し、愛のユニゾンがさらに強固になっていることを確信した。
◇◆◇◆◇
BPI強化が成功し、戦闘能力値の底上げが確実になったことで、ヒカルの心には再び「完全な竜化」への誘惑が湧き上がった。
ヒカルは、古代の知識の守護者であるエルダー・ソフスを呼び寄せた。
「ソフス。BPI強化で俺の人間性を守れるのは理解した。だが、魔王軍を真に打ち砕くには、さらなる力が必要だ。『完全な竜化』を選んだ場合、その代償の詳細を、今こそ聞かせてくれ」
エルダー・ソフスは、深く、そして厳かに玉座の前に跪いた。
「ヒカル王。貴方を完全な竜の王とする、『種の再構築』は、確かにこの世界で最強の力を貴方にもたらします。しかし、その代償は、貴方が築こうとしている王国にとって、あまりに大きすぎます」
「代償とは何か?」
ソフスは、息を吸い込んだ。
「その代償とは、『人間という種の生殖能力との引き換え』です」
ヒカルの顔に、明確な動揺が走る。
「…生殖能力、だと?」
「はい。完全な竜化は、貴方の遺伝子を『感情エネルギー増幅機能』に特化させる、太古の生命兵器オリジン・コードへの完全回帰を意味します。そのコードは、種の存続よりも『力の増幅』を最優先するように設計されているため、人間としての生殖機能は99%以上低下し、事実上の停止に至ります。加えて、肉体の急激な変異は精神への非可逆的な負荷(ノイズ)をもたらすリスクもございます」
ソフスは、ヒカルの愛のユニゾンを知る故に、その論理的なリスクを強調した。
「王よ。貴方は六龍姫という竜族の女王たちを娶りました。竜族は元来、繁殖力が極端に低い種族です。にもかかわらず、貴方という『絆の共感者』の種を待ち望み、愛の結晶を願っています。王の最大の責務は、この新たな王国の『種の存続』を確約することに他なりません」
ソフスは、王の愛の形を定義する。
「現時点で、王の血を引く次世代の王族、特に女系が優先される竜族社会において重要な皇女はまだ誕生していません。故に、生殖能力との引き換えとなる完全竜化は、王国の未来という戦略的リスクを拡大させます」
ヒカルは、目を閉じ、愛する妻たちの笑顔を思い浮かべた。アクアの理性的な愛、ルーナの献身的な愛、レヴィアの激情的な愛。彼女たちの愛の和音は、単なる戦闘力ではなく、この世界に新たな命の旋律をもたらすことを願っている。
(俺の愛は、世界を護ることだけではない。この愛する妻たちとの間に、命の絆を残すことこそ、王としての、男としての、俺の最大の義務だ…!)
ヒカルは、静かに目を開き、完全竜化を拒否する王の決断を下した。
「ソフス。わかった。俺は、部分的な強化に留まることにする。俺の愛の結晶を諦めるわけにはいかない。俺の最大の力は、愛のユニゾンだ。その愛が、未来へと繋がる命を失う代償を、俺は支払うことはできない」
この決断は、ヒカルが人間という生命の限界を認めつつ、愛の力によってその限界を超えようとする、王の新たなる誓いとなった。
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