要塞都市『アイアン・フォート』の陥落から一夜明け、帝国の都は静寂に包まれていた。旧帝国軍の残存勢力は武装解除され、盟約軍の厳重な管理下に置かれる中、盟約の王ヒカルと、帝国の全権代表となった皇太子レオナルドとの間で、講和会議が執り行われた。
講和会議の場は、帝国の象徴たる玉座の間。ヒカルは玉座ではなく、議場の中心に置かれた円卓に着席し、周囲を六龍姫と六天将が囲んでいる。対する帝国側は、レオナルド皇太子ただ一人だった。
皇太子レオナルドは、敗者でありながらも、その立ち振る舞いは毅然としていた。彼は、帝国の膨大な行政文書と、DSWの運用データをヒカルの前に提出し、深々と頭を下げた。
「竜の王ヒカル殿。帝国は、貴殿の論理を破壊する愛の和音、そして非情な戦場において兵站を守る優しさの戦略の前に、完全に敗北しました」
レオナルドは、ヒカルが優しさと絆をもって戦争を終わらせたという事実を、冷静に、そして客観的に評価した。
「父である皇帝は、帝国の存続よりも、カインの狂気に囚われていました。我々は、自らの傲慢と憎悪によって、世界を守るという本来の責務を見失っていたのです」
「皇太子レオナルド。あなたの判断は理知的です。しかし、カインの逃亡は、帝国にも、そして世界にもまだ禍根を残しています」
ヒカルは、カインの持つ人類側の謀略知識が魔王軍に渡ることを最も警戒していた。
「カインは、帝国の最高機密、『対魔王軍用・古代技術の封印場所』に関する情報も持っている可能性があります。彼の持つ知識こそが、我々人類連合の最大の戦略的欠陥となり得ます」
「ご懸念、ごもっともです」
レオナルドは頷いた。
「カインは確かにその情報に触れていました。しかし、カインの狂気に最後まで同調せず、彼の動きを密かに監視し、その機密情報の一部を安全な場所に保管し続けた者が、この帝国にはまだ残っています」
レオナルドは、ここで初めて円卓の周囲に立つ盟約軍幹部たちへと視線を向けた。
◇◆◇◆◇
レオナルドが名を呼ぶと、玉座の間の巨大な扉が開き、一人の美しい女性が入室した。それが、レオナルドの妹、レオーネ皇女(Leone Altria)だった。
彼女は、皇帝直系の誇りを示す華美な金色の軍装ではなく、地味な文官の制服を纏っていた。その瞳は、兄レオナルドと同じく理知的な輝きを放っているが、その奥には、長期間の監視と孤立に耐え抜いた深い疲労が刻まれていた。
「盟約の王ヒカル殿。帝国第二皇女、レオーネにございます」
レオーネは、ヒカルに対して深々と頭を下げた。その姿には、敗戦国の皇族としての屈辱よりも、世界平和への献身が強く表れていた。
「私は、カインが帝国を破滅へと導く非合理な道筋を早くから見抜いていました。しかし、父や兄には届かず、宮廷の奥深くで、ただ『帝国行政の論理的な記録』を守り続けることしかできませんでした」
彼女は、カインの陰謀を阻止できなかった自己の無力さを悔やんでいた。
「私が守り抜いたのは、カインが手をつけられなかった帝国の『兵站・経済・外交』に関する全行政文書です。これには、カインが封印場所を知る古代技術の『起動・封印手順書』の抜粋も含まれています」
レオーネは、その文書の束をヒカルの前に提出した。その情報こそが、盟約軍が広大な帝国を、混乱なく即座に統治するための最も重要な戦略的資産だった。
ヒカルは、レオーネの視線から魂の音色(ノイズ)を感知した。それは、六龍姫の激情や論理とは異なる、静かで深い自己犠牲の響きだった。ヒカルの経験と共感力は、その音色を「祖国への深い憂い」と「職務への献身」として理解した。彼女は、王妃たちとは異なる、理性と愛国心に根ざした献身の愛を持っていた。
「レオーネ皇女。貴方の献身は、帝国を、そして人類を救ったと思います。私と同じく『裏切られた立場』でありながら、論理的な職務を全うしたお前の優しさに心から感謝いたします」
ヒカルは、かつて人類に裏切られた自身のトラウマと、レオーネの境遇を重ね、深く共感した。
「皇太子レオナルド。レオーネ皇女は、盟約軍の学術顧問団に、帝国行政の最高責任者として迎え入れたい。帝国の広大な行政と経済の統合には、彼女の知識が不可欠だと考えます」
レオナルドは、妹の献身が報われたことに、目には見えない安堵の表情を浮かべ、深く礼をした。
◇◆◇◆◇
帝国との講和が成立し、レオーネ皇女が盟約軍の「行政・経済・後方戦略担当」として正式に迎え入れられることになった。
この決定に対し、六龍姫たちの間に、新たな波紋が広がる。
蒼玉の理性竜姫アクアは、レオーネの「論理的な愛」と、彼女が持つ帝国の行政知識を極めて高く評価した。
「王よ。レオーネ皇女は、我々の軍事的な勝利を、永続的な統治へと転換させるための最も重要な論理的要素です。彼女を私の直属の副官とし、帝国の資産統合を一任させてください」
紅蓮の激情竜姫レヴィアは、新しい人間側の女性の登場に、早速火花を散らす。
「待ちなさい、アクア! 王の周りに、また新しい人間側の女官を増やすなど、王妃会議の論理的な承諾を得ていない! 王よ! その行政文書(論理)より、我の激情(感情)を信じなさい! 新たな妃の座は、我の愛の火力によって燃やし尽くしてやるわ!」
純白の調和聖女ルーナは、レヴィアの激情の炎に対し、静かな声で口を挟んだ。
「静粛に、レヴィア姉さま。わたくしからも、盟約軍の統治に不可欠な人材を一人、ご紹介させてください」
そのルーナの言葉と同時に、一人の女性が玉座の間に姿を現した。彼女は純粋な銀髪と透き通る青い瞳を持ち、純白のローブを纏ったシルヴィア・ラ・フォルトだ。彼女こそ、聖女クラリスの推挙により、この場に参上した元聖女候補である。
レヴィアは、シルヴィアの姿を見て、さらに激情の炎を燃え上がらせた。
「な、なんですって!? ルーナ! その女は誰だ!? また王の周りに人間を増やす気か!? 人間側の裏切り者(カイン)が逃げたばかりだというのに、貴様は……!」
シルヴィアは、ルーナとクラリスの間に静かに進み出ると、優雅に一礼した。
「竜の王ヒカル殿。そして、レオーネ皇女殿。私の純粋な信仰心は、カインの狂気に加担した旧教団の過ちを深く恥じております」
シルヴィアは、純白の調和聖女ルーナへと視線を向ける。
「私は、聖女クラリスの命を受け、この場に参りました。クラリス殿は、国民の信仰を統括する責務を負っております。私の役割は、光の文化担当官ルーナ王妃の布教活動を、旧聖女の血統と筆頭公爵家の権威を以て論理的に支援すること。ルーナ王妃の調和の愛こそが、人類の信仰心を救済する真の光であると、私は国民に布教いたします」
ヒカルは、シルヴィアの登場と、彼女が持つ旧聖女の血統と筆頭公爵家の権威が、行政と信仰という二つの側面から、新王国の統治を強固にすることを悟った。
しかし、ヒカルは、アクアの戦略的な提案と、レオーネの献身的な愛を称え、裁定を下す。
「レヴィア、静粛に。レオーネ皇女とシルヴィアは、愛の妃の座を求めるのではない。 彼女たちの愛は、祖国の復興にある。アクア、お前の提言を受け入れ、レオーネを『後方戦略の最高行政官』として任命する。そして、シルヴィアは、『人類信仰統合顧問』としてルーナの直属とする。これにより、我々は、魔王軍との最終決戦へと、一切の憂いなく移行できる」
レオーネは、その任命に、涙を堪えるように深く頭を下げた。
「竜の王ヒカル殿。私の論理と愛国心の全てを、貴殿の優しさと絆の統治のために捧げます。カインの狂気が人類の全てではないことを、証明させていただきます」
こうして、盟約軍は、帝国の膨大な領土と行政能力を平和的に統合し、六龍盟約軍を『人類統一軍』へと進化させ、魔王軍との最終決戦へと向かうのだった。