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第五十九話:リリアの告白(愛と影の救済)

ー/ー



 夜明け前、教団本部跡に設営された仮司令部の簡易医務室には、ヒカルと、奇跡の生還を果たした幼馴染のリリア・シャイニングの二人だけだ。

 シエル、ユグドラ、そしてシェイドと言った竜の幹部たちは、ヒカルの大切な人との再会の時間を邪魔すまいと、少し距離を置いた場所で待機していた。

 リリアの身体はテラとルーナの光土ユニゾンによる再生の光を受け、暗殺者の一撃を受けた時の傷は癒えていたが、彼女の顔には深い疲労と、ヒカルを失った日々の苦痛が見て取れた。ヒカルは、リリアの手を握りしめ、言葉を詰まらせた。

「リリア。お前は……お前はあの夜、俺を庇って谷底に……」

 ヒカルの脳裏には、彼女を救えなかった後悔と、人間社会への絶望が、黒い影となって蘇る。その影こそが、六龍姫の愛の調律をもってしても完全に拭い去れなかった、ヒカルの魂の最も深い傷だった。

 リリアは、ヒカルの掌に自分の頬を優しく押し当てた。その仕草は、竜姫たちの情熱的なスキンシップとは異なり、静かで、水面のような穏やかな献身に満ちていた。

「ええ、ヒカル様。あの夜……私は確かに濁流に飲まれました。濁流の中で、体が引き裂かれるような痛みと、ヒカル様との二度と戻らない幸せな日々の記憶だけが、私を現実に引き留めていました」

 リリアは静かに語り始めた。その物語は、あまりにも劇的で、ヒカルの「優しさ」の信念に深く共鳴するものだった。

 ◇◆◇◆◇

「意識を失う寸前、私は岸辺に打ち上げられました。そこを通りかかった遠方の地方貴族の領主とその家族に救われ、領地の屋敷で身分を隠し、静かに傷を癒やす日々が続いたのです」

 リリアは、優しく、しかし確固たる口調で続けた。

「その貴族の方々は、ヒカル様と同じく、分け隔てなく優しく、私の傷ついた心に安寧を与えてくれました。彼らは、教団のプロパガンダを信じず、『人類の憎悪こそが世界を乱している』と静かに憤る、高潔な人々でした。ヒカル様の優しさが、人間社会で孤立した光ではないことを、私はそこで知ったのです」

 リリアの瞳に宿る光は、ヒカルが失ったリリアの面影そのものだった。ヒカルの「絆の共感者」の異能は、リリアの心から放たれる「ヒカルへの絶対的な愛と、人間の優しさへの感謝」という、極めて純粋で穏やかな音色を感知していた。

 ヒカルは、竜姫たちの愛の音色とは異なる、この「人間的な愛の調律」に、魂の根源から癒やされるのを感じた。

「そうか、リリア……。お前が生きていてくれた。そして、お前を救ってくれた高潔な人間がいた……。お前が生きていてくれたという事実だけで、俺の優しさが間違いではないと証明された」

 リリアは、ヒカルの心にある憎悪の影が薄れていくのを感じ取り、静かな満足感を覚えた。

 ◇◆◇◆◇

「私が、あのまま貴族の屋敷で暮らすこともできました。ですが、ヒカル様が竜族の王となり、人類と戦っているという噂を耳にした時、私は居ても立ってもいられなくなったのです」

 リリアは、テーブルに置かれていた細い短剣を手に取り、その刃先をじっと見つめた。

「卑劣な罠が、ヒカル様を再び裏切りの絶望に陥れるのではないかと、夜も眠れませんでした。ヒカル様が竜族に囲まれ、孤独な戦いを強いられているのなら、リリアが王の命と安寧を護る『最も身近な盾』にならなければならない。それが、私の王への唯一の忠誠心です」

 リリアは、その短剣をヒカルに差し出し、瞳に涙を浮かべた。

「あの暗殺者たちは、私が救われた貴族の屋敷にまで忍び寄っていました。私は身を隠し、その動向を探る中で、彼らがヒカル様を狙っていることを知り、急いでこの司令部へと向かいました。私の暗器術と毒物判別の知識は、竜族の魔力にはない、人間社会の謀略に対抗する唯一の知恵です。どうか、私を王室メイド長として、ヒカル様の隣に置いてください。王の愛を、誰よりも静かに、誰よりも確実に守り抜くことを誓います」

 リリアの献身的な愛の告白は、ヒカルの心を完全に掴んだ。彼のトラウマは消え去り、リリアという人間側の「光の支柱」を得たことで、ヒカルの精神的安寧は最高潮に達した。

「リリア。お前の愛は、俺の最高の盾だ。お前を王室メイド長として任命する。王の命と安寧は、お前に託された」

 ヒカルはリリアを優しく抱きしめた。その抱擁は、激情的な愛を求めるレヴィアや、理性的な愛を求めるアクアとは全く異なる、「王の孤独を癒やすための、人間的な安息」に満ちていた。

 ◇◆◇◆◇

 リリアの告白の一部始終を、司令部の影に潜んでいた闇の特務機関のヴァルキリアとシェイドは、冷静に監視していた。

「契約者(ヒカル)は、完全にあの人間の女に心を許したわね」

 ヴァルキリアは、闇に溶け込むような声で、冷徹に呟いた。

 シェイドは、魔力分析盤に残されたリリアの魔力残滓を解析していた。

「ヴァルキリア姉さま。リリア殿の心から発せられる『愛の調律』の音色は、論理的に見て不自然すぎます」

 シェイドは、リリアの愛の音色が、ルーナの調律のように「あまりにも完璧すぎる」ことに違和感を覚えていた。

「愛と憎悪、そして孤独を乗り越えたにしては、その音色には『生身の感情の揺らぎ』が一切ありません。まるで、完全に調律され、論理的に構築された模範的な音階のように聞こえます」

 ヴァルキリアの血のような瞳が、冷徹な光を放つ。

「フン。作られた愛、ですわね。リリアの愛は、王の魂の傷を癒やすでしょう。だけど、その完璧すぎる音色は、呪いにも似た不調和のノイズを秘めているわ。シェイド。貴様の論理的な監視を、あの女に集中なさい」
「わかりました、ヴァルキリア姉さま。リリア殿の愛は、王への最大の貢献者となるでしょう。ですが、その裏側にある『真の裏切り』が、王の優しさを最も深く抉る毒となり得ます。私の孤高の忠誠は、王の心の闇を護衛する義務があります」
「ええ、シェイド。我が姪として、恥じぬ成果を期待しているわ」

 闇の王族だけが感知した「偽りの愛の音色」は、リリアの感動的な帰還の裏で、ヒカルの「優しさが最強の力」という理念を根底から崩壊させる、最大の伏線となった。リリアの「王の命を守る献身的な愛」こそが、王の優しさを最も試す、黒い謀略の核となる。




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 夜明け前、教団本部跡に設営された仮司令部の簡易医務室には、ヒカルと、奇跡の生還を果たした幼馴染のリリア・シャイニングの二人だけだ。
 シエル、ユグドラ、そしてシェイドと言った竜の幹部たちは、ヒカルの大切な人との再会の時間を邪魔すまいと、少し距離を置いた場所で待機していた。
 リリアの身体はテラとルーナの光土ユニゾンによる再生の光を受け、暗殺者の一撃を受けた時の傷は癒えていたが、彼女の顔には深い疲労と、ヒカルを失った日々の苦痛が見て取れた。ヒカルは、リリアの手を握りしめ、言葉を詰まらせた。
「リリア。お前は……お前はあの夜、俺を庇って谷底に……」
 ヒカルの脳裏には、彼女を救えなかった後悔と、人間社会への絶望が、黒い影となって蘇る。その影こそが、六龍姫の愛の調律をもってしても完全に拭い去れなかった、ヒカルの魂の最も深い傷だった。
 リリアは、ヒカルの掌に自分の頬を優しく押し当てた。その仕草は、竜姫たちの情熱的なスキンシップとは異なり、静かで、水面のような穏やかな献身に満ちていた。
「ええ、ヒカル様。あの夜……私は確かに濁流に飲まれました。濁流の中で、体が引き裂かれるような痛みと、ヒカル様との二度と戻らない幸せな日々の記憶だけが、私を現実に引き留めていました」
 リリアは静かに語り始めた。その物語は、あまりにも劇的で、ヒカルの「優しさ」の信念に深く共鳴するものだった。
 ◇◆◇◆◇
「意識を失う寸前、私は岸辺に打ち上げられました。そこを通りかかった遠方の地方貴族の領主とその家族に救われ、領地の屋敷で身分を隠し、静かに傷を癒やす日々が続いたのです」
 リリアは、優しく、しかし確固たる口調で続けた。
「その貴族の方々は、ヒカル様と同じく、分け隔てなく優しく、私の傷ついた心に安寧を与えてくれました。彼らは、教団のプロパガンダを信じず、『人類の憎悪こそが世界を乱している』と静かに憤る、高潔な人々でした。ヒカル様の優しさが、人間社会で孤立した光ではないことを、私はそこで知ったのです」
 リリアの瞳に宿る光は、ヒカルが失ったリリアの面影そのものだった。ヒカルの「絆の共感者」の異能は、リリアの心から放たれる「ヒカルへの絶対的な愛と、人間の優しさへの感謝」という、極めて純粋で穏やかな音色を感知していた。
 ヒカルは、竜姫たちの愛の音色とは異なる、この「人間的な愛の調律」に、魂の根源から癒やされるのを感じた。
「そうか、リリア……。お前が生きていてくれた。そして、お前を救ってくれた高潔な人間がいた……。お前が生きていてくれたという事実だけで、俺の優しさが間違いではないと証明された」
 リリアは、ヒカルの心にある憎悪の影が薄れていくのを感じ取り、静かな満足感を覚えた。
 ◇◆◇◆◇
「私が、あのまま貴族の屋敷で暮らすこともできました。ですが、ヒカル様が竜族の王となり、人類と戦っているという噂を耳にした時、私は居ても立ってもいられなくなったのです」
 リリアは、テーブルに置かれていた細い短剣を手に取り、その刃先をじっと見つめた。
「卑劣な罠が、ヒカル様を再び裏切りの絶望に陥れるのではないかと、夜も眠れませんでした。ヒカル様が竜族に囲まれ、孤独な戦いを強いられているのなら、リリアが王の命と安寧を護る『最も身近な盾』にならなければならない。それが、私の王への唯一の忠誠心です」
 リリアは、その短剣をヒカルに差し出し、瞳に涙を浮かべた。
「あの暗殺者たちは、私が救われた貴族の屋敷にまで忍び寄っていました。私は身を隠し、その動向を探る中で、彼らがヒカル様を狙っていることを知り、急いでこの司令部へと向かいました。私の暗器術と毒物判別の知識は、竜族の魔力にはない、人間社会の謀略に対抗する唯一の知恵です。どうか、私を王室メイド長として、ヒカル様の隣に置いてください。王の愛を、誰よりも静かに、誰よりも確実に守り抜くことを誓います」
 リリアの献身的な愛の告白は、ヒカルの心を完全に掴んだ。彼のトラウマは消え去り、リリアという人間側の「光の支柱」を得たことで、ヒカルの精神的安寧は最高潮に達した。
「リリア。お前の愛は、俺の最高の盾だ。お前を王室メイド長として任命する。王の命と安寧は、お前に託された」
 ヒカルはリリアを優しく抱きしめた。その抱擁は、激情的な愛を求めるレヴィアや、理性的な愛を求めるアクアとは全く異なる、「王の孤独を癒やすための、人間的な安息」に満ちていた。
 ◇◆◇◆◇
 リリアの告白の一部始終を、司令部の影に潜んでいた闇の特務機関のヴァルキリアとシェイドは、冷静に監視していた。
「契約者(ヒカル)は、完全にあの人間の女に心を許したわね」
 ヴァルキリアは、闇に溶け込むような声で、冷徹に呟いた。
 シェイドは、魔力分析盤に残されたリリアの魔力残滓を解析していた。
「ヴァルキリア姉さま。リリア殿の心から発せられる『愛の調律』の音色は、論理的に見て不自然すぎます」
 シェイドは、リリアの愛の音色が、ルーナの調律のように「あまりにも完璧すぎる」ことに違和感を覚えていた。
「愛と憎悪、そして孤独を乗り越えたにしては、その音色には『生身の感情の揺らぎ』が一切ありません。まるで、完全に調律され、論理的に構築された模範的な音階のように聞こえます」
 ヴァルキリアの血のような瞳が、冷徹な光を放つ。
「フン。作られた愛、ですわね。リリアの愛は、王の魂の傷を癒やすでしょう。だけど、その完璧すぎる音色は、呪いにも似た不調和のノイズを秘めているわ。シェイド。貴様の論理的な監視を、あの女に集中なさい」
「わかりました、ヴァルキリア姉さま。リリア殿の愛は、王への最大の貢献者となるでしょう。ですが、その裏側にある『真の裏切り』が、王の優しさを最も深く抉る毒となり得ます。私の孤高の忠誠は、王の心の闇を護衛する義務があります」
「ええ、シェイド。我が姪として、恥じぬ成果を期待しているわ」
 闇の王族だけが感知した「偽りの愛の音色」は、リリアの感動的な帰還の裏で、ヒカルの「優しさが最強の力」という理念を根底から崩壊させる、最大の伏線となった。リリアの「王の命を守る献身的な愛」こそが、王の優しさを最も試す、黒い謀略の核となる。