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第五十七話:聖女アリアと憎悪の結界

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 盟約軍が帝国首都への進軍を開始してから、一週間。

 古王討伐で得た勢いと、半年間の入念な準備をもって、ヒカル率いる六龍盟約軍は、憎悪と腐敗が渦巻く人間社会の領域へと足を踏み入れた。

 ヒカルの「絆の共感者」の異能は、帝国領内に満ちる人類の「竜族への根深い憎悪」を、濁った黒いノイズとして感知していた。そのノイズは、かつて彼自身が裏切られた時の「人間の悪意」と重なり、ヒカルの心に重くのしかかる。

「王よ。いよいよ人間の腐敗の核心です。カインが、貴方の過去のトラウマを突いてくるのは確実」

 蒼玉の理性竜姫アクアが、冷静な瞳でヒカルの顔色を窺う。

「奴の狙いは、我々の戦術ではなく、王の精神的安定の核を崩すこと。冷静な判断を」

 その時、進軍ルートの正面、遠くの丘の上に、純白の鎧を纏った一団が立ちはだかった。

 その先頭に立つのは、ドラゴンスレイヤー教団の象徴、聖女アリアだった。彼女は透き通るような金色の髪を緩やかに風になびかせ、その顔立ちは慈愛に満ちた青い瞳と相まって、天界の彫像のように高潔で優雅だ。その立ち居振る舞いには、人類の希望を一身に背負う者の、悲壮なまでの威厳が漂っていた。

 盟約軍の正面に展開した人類連合軍は、聖騎士団約一万、DSW魔導砲部隊約一万に加え、信徒の軍勢五万という圧倒的な数で埋め尽くされていた。

「まさか、聖女アリアが最前線に立つとは……。これも、カインの仕業か」

 アクアが、冷静な瞳にわずかな動揺を滲ませる。

 聖女アリアは、ヒカルたちを悲壮な決意を浮かべ、その聖杖を天に掲げた。

「竜の王、ヒカル・クレイヴよ! 私は聖女アリア。人類に仇なす貴様を、神の御名において断罪する!」

 彼女の声音は、憎悪ではなく、人類を守るという純粋な信仰心と、揺るぎない使命感に満ちていた。その高潔なオーラに、ヒカルの心は一瞬、リリアの面影と重なり、トラウマを刺激される。

 アリアの魔力は、聖騎士団と共鳴し、天空の光を収束させた。

「聖騎士団、究極防御! 光の防御結界(ジャッジメント・シールド)発動!」

 聖騎士団の放つ光の結界は、人類の竜族への憎悪を燃料とし、巨大な鏡のように強固な防御壁となって、盟約軍の進軍ルートを完全に封鎖した。その硬度は、古王軍の「鉄壁の将」の防御魔法すら遥かに凌駕している。

 ◇◆◇◆◇

 紅蓮の激情竜姫レヴィアは、聖女アリアの純粋な信仰心が、ヒカルへの憎悪によって歪められていることに激しく反応した。

「な、なんですって!? この穢れた人間の女が、夫を断罪するなど、許さないわよ! その偽りの光など、私の炎で焼き尽くしてやる!」

 アクアの制止を振り切り、レヴィアは爆炎龍将軍フレアに命じた。

「フレア! 超高圧ブレス(炎+水ユニゾン)を仕掛ける! アクアの理性など待てるものか!」

 レヴィアの激情の炎(トランペット)に、アクアが咄嗟に水の魔力(クラリネット)を合わせるが、調律はわずかに不安定だ。

「ヒカル様! 安定度90%! 超高圧ブレス(炎+水)発射!」

 グオオオオォォッ!

 世界を焼き尽くすかのような紅蓮のブレスが、光の防御結界に激突する。しかし、結界はブレスの熱量を憎悪の力で吸収し、一瞬閃光を放った後、びくともしない。

「馬鹿な……硬すぎる! テラ、ガイア! 防御の土台を固めろ! セフィラ、ゼファー、大地シールド加速(土+風ユニゾン)で側面を強襲せよ!」

 ヒカルは即座に戦術を切り替えた。

 磐石の守護龍テラと不動の防衛将ガイアは、結界の基盤への干渉を狙う。

 テラの献身(チェロ)と風の遊撃女王セフィラの自由(ヴァイオリン)がユニゾンし、土の防御壁が風の力で加速しながら結界の側面を突き崩そうと試みる。

 その瞬間、六天将も独自の攻撃を仕掛ける。

 闇の特務機関長ヴァルキリアの補佐、漆黒の工作師シェイドが、闇の魔力を纏い、結界の構造的な弱点を見抜くため、最前線に潜入する。

 純白の調和聖女ルーナの補佐、無垢なる浄化使アウラは、ルーナと共に結界の魔力パターンを解析し、その信仰の源を特定しようとする。

 空虚の斥候王ゼファーは、セフィラと連携し、高速機動で聖騎士団の後方への攪乱を試みる。

 しかし、聖女アリアの結界は、盟約軍のユニゾンと六天将の集団戦法という、古王軍との戦いを通じて磨き上げられた最強の攻撃の全てを受け止めていた。

「王よ。その結界は、人類の裏切りの憎悪を燃料としている。憎悪を力で打ち破ることはできません。憎悪を増幅させるだけです!」

 アクアの冷静な声が、ヒカルに冷徹な現実を突きつける。レヴィアは、自身の絶対的な火力が通用しなかったという事実に、屈辱と激しい焦燥を覚える。

 その時、盟約軍内部で教団のプロパガンダによる動揺が発生した。聖騎士団は、ヒカルの「裏切りの過去」を、声の魔術で増幅させ、盟約軍の中立派出身の兵士たちに向けて拡散していたのだ。

『ヒカル王は、人類の敵に寝返った裏切り者に過ぎない。彼の愛は偽りであり、竜族を再び戦乱の世に導く悪の根源だ』

 ヒカルの「絆の共感者」は、兵士たちの心に巣食う「不信」という名のノイズを、激しい頭痛として感知した。

 純白の調和聖女ルーナが、その光の力を弱々しく揺らがせた。

「ヒカル様……私の調律の光が、憎悪による不調和に押し負けそうになっています。光の力は、憎悪によって歪められる。このままでは、兵士たちの士気が完全に崩壊してしまいます」

 ルーナは、聖女アリアの光の力が、憎悪という名の燃料によって、自らの調和の光を凌駕していることに、心を痛めた。

 ヒカルは、ルーナの光を失うことを恐れ、静かに命令を下した。

「ルーナ、アウラ。以前から準備してきた教団のプロパガンダを覆す世論戦の実行を決定する機会だ。ルーナの光の力は、憎悪を癒やし、新王国の正当性を人類に示す準備を進めろ!」

 無垢なる浄化使アウラが、ルーナの隣で冷静に頷いた。

「御意。光の力による広報戦の実行こそ、論理的に見て士気を回復させる最善手です」

 一方、磐石の守護龍テラは、進軍によるヒカルの肉体的疲弊と精神的なトラウマを敏感に察知していた。

「主(あるじ)。お休みにすら、憎悪のノイズが流れ込んでいる。このままでは、貴方の心が壊れてしまう」

 テラは、母性的な愛を込めた眼差しでヒカルを見つめた。

「レヴィア姉上やアクア姉上の愛は、王の心を焦がし、凍らせる。ですが、わらわの愛は大地です。揺るぎない安寧を、貴方の肉体に捧げます」

 テラは、ヒカルにそっと薬草入りの温かい飲み物を差し出した。テラの母性的な愛は、ヒカルの心を静かに慰め、精神的な疲弊を和らげた。

 ヒカルの心は、激しい憎悪の応酬と、妻たちの愛の駆け引きという二重の戦場で、孤独な安息を求めていた。



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 盟約軍が帝国首都への進軍を開始してから、一週間。
 古王討伐で得た勢いと、半年間の入念な準備をもって、ヒカル率いる六龍盟約軍は、憎悪と腐敗が渦巻く人間社会の領域へと足を踏み入れた。
 ヒカルの「絆の共感者」の異能は、帝国領内に満ちる人類の「竜族への根深い憎悪」を、濁った黒いノイズとして感知していた。そのノイズは、かつて彼自身が裏切られた時の「人間の悪意」と重なり、ヒカルの心に重くのしかかる。
「王よ。いよいよ人間の腐敗の核心です。カインが、貴方の過去のトラウマを突いてくるのは確実」
 蒼玉の理性竜姫アクアが、冷静な瞳でヒカルの顔色を窺う。
「奴の狙いは、我々の戦術ではなく、王の精神的安定の核を崩すこと。冷静な判断を」
 その時、進軍ルートの正面、遠くの丘の上に、純白の鎧を纏った一団が立ちはだかった。
 その先頭に立つのは、ドラゴンスレイヤー教団の象徴、聖女アリアだった。彼女は透き通るような金色の髪を緩やかに風になびかせ、その顔立ちは慈愛に満ちた青い瞳と相まって、天界の彫像のように高潔で優雅だ。その立ち居振る舞いには、人類の希望を一身に背負う者の、悲壮なまでの威厳が漂っていた。
 盟約軍の正面に展開した人類連合軍は、聖騎士団約一万、DSW魔導砲部隊約一万に加え、信徒の軍勢五万という圧倒的な数で埋め尽くされていた。
「まさか、聖女アリアが最前線に立つとは……。これも、カインの仕業か」
 アクアが、冷静な瞳にわずかな動揺を滲ませる。
 聖女アリアは、ヒカルたちを悲壮な決意を浮かべ、その聖杖を天に掲げた。
「竜の王、ヒカル・クレイヴよ! 私は聖女アリア。人類に仇なす貴様を、神の御名において断罪する!」
 彼女の声音は、憎悪ではなく、人類を守るという純粋な信仰心と、揺るぎない使命感に満ちていた。その高潔なオーラに、ヒカルの心は一瞬、リリアの面影と重なり、トラウマを刺激される。
 アリアの魔力は、聖騎士団と共鳴し、天空の光を収束させた。
「聖騎士団、究極防御! |光の防御結界《ジャッジメント・シールド》発動!」
 聖騎士団の放つ光の結界は、人類の竜族への憎悪を燃料とし、巨大な鏡のように強固な防御壁となって、盟約軍の進軍ルートを完全に封鎖した。その硬度は、古王軍の「鉄壁の将」の防御魔法すら遥かに凌駕している。
 ◇◆◇◆◇
 紅蓮の激情竜姫レヴィアは、聖女アリアの純粋な信仰心が、ヒカルへの憎悪によって歪められていることに激しく反応した。
「な、なんですって!? この穢れた人間の女が、夫を断罪するなど、許さないわよ! その偽りの光など、私の炎で焼き尽くしてやる!」
 アクアの制止を振り切り、レヴィアは爆炎龍将軍フレアに命じた。
「フレア! 超高圧ブレス(炎+水ユニゾン)を仕掛ける! アクアの理性など待てるものか!」
 レヴィアの激情の炎(トランペット)に、アクアが咄嗟に水の魔力(クラリネット)を合わせるが、調律はわずかに不安定だ。
「ヒカル様! 安定度90%! 超高圧ブレス(炎+水)発射!」
 グオオオオォォッ!
 世界を焼き尽くすかのような紅蓮のブレスが、光の防御結界に激突する。しかし、結界はブレスの熱量を憎悪の力で吸収し、一瞬閃光を放った後、びくともしない。
「馬鹿な……硬すぎる! テラ、ガイア! 防御の土台を固めろ! セフィラ、ゼファー、大地シールド加速(土+風ユニゾン)で側面を強襲せよ!」
 ヒカルは即座に戦術を切り替えた。
 磐石の守護龍テラと不動の防衛将ガイアは、結界の基盤への干渉を狙う。
 テラの献身(チェロ)と風の遊撃女王セフィラの自由(ヴァイオリン)がユニゾンし、土の防御壁が風の力で加速しながら結界の側面を突き崩そうと試みる。
 その瞬間、六天将も独自の攻撃を仕掛ける。
 闇の特務機関長ヴァルキリアの補佐、漆黒の工作師シェイドが、闇の魔力を纏い、結界の構造的な弱点を見抜くため、最前線に潜入する。
 純白の調和聖女ルーナの補佐、無垢なる浄化使アウラは、ルーナと共に結界の魔力パターンを解析し、その信仰の源を特定しようとする。
 空虚の斥候王ゼファーは、セフィラと連携し、高速機動で聖騎士団の後方への攪乱を試みる。
 しかし、聖女アリアの結界は、盟約軍のユニゾンと六天将の集団戦法という、古王軍との戦いを通じて磨き上げられた最強の攻撃の全てを受け止めていた。
「王よ。その結界は、人類の裏切りの憎悪を燃料としている。憎悪を力で打ち破ることはできません。憎悪を増幅させるだけです!」
 アクアの冷静な声が、ヒカルに冷徹な現実を突きつける。レヴィアは、自身の絶対的な火力が通用しなかったという事実に、屈辱と激しい焦燥を覚える。
 その時、盟約軍内部で教団のプロパガンダによる動揺が発生した。聖騎士団は、ヒカルの「裏切りの過去」を、声の魔術で増幅させ、盟約軍の中立派出身の兵士たちに向けて拡散していたのだ。
『ヒカル王は、人類の敵に寝返った裏切り者に過ぎない。彼の愛は偽りであり、竜族を再び戦乱の世に導く悪の根源だ』
 ヒカルの「絆の共感者」は、兵士たちの心に巣食う「不信」という名のノイズを、激しい頭痛として感知した。
 純白の調和聖女ルーナが、その光の力を弱々しく揺らがせた。
「ヒカル様……私の調律の光が、憎悪による不調和に押し負けそうになっています。光の力は、憎悪によって歪められる。このままでは、兵士たちの士気が完全に崩壊してしまいます」
 ルーナは、聖女アリアの光の力が、憎悪という名の燃料によって、自らの調和の光を凌駕していることに、心を痛めた。
 ヒカルは、ルーナの光を失うことを恐れ、静かに命令を下した。
「ルーナ、アウラ。以前から準備してきた教団のプロパガンダを覆す世論戦の実行を決定する機会だ。ルーナの光の力は、憎悪を癒やし、新王国の正当性を人類に示す準備を進めろ!」
 無垢なる浄化使アウラが、ルーナの隣で冷静に頷いた。
「御意。光の力による広報戦の実行こそ、論理的に見て士気を回復させる最善手です」
 一方、磐石の守護龍テラは、進軍によるヒカルの肉体的疲弊と精神的なトラウマを敏感に察知していた。
「主《あるじ》。お休みにすら、憎悪のノイズが流れ込んでいる。このままでは、貴方の心が壊れてしまう」
 テラは、母性的な愛を込めた眼差しでヒカルを見つめた。
「レヴィア姉上やアクア姉上の愛は、王の心を焦がし、凍らせる。ですが、わらわの愛は大地です。揺るぎない安寧を、貴方の肉体に捧げます」
 テラは、ヒカルにそっと薬草入りの温かい飲み物を差し出した。テラの母性的な愛は、ヒカルの心を静かに慰め、精神的な疲弊を和らげた。
 ヒカルの心は、激しい憎悪の応酬と、妻たちの愛の駆け引きという二重の戦場で、孤独な安息を求めていた。