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第5話 ルック(ホームレス)の冒険

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「へえ、ルックさんっていうんっすか。若いのに大変っすねぇ」

 甲冑男さんに宿まで案内されることとなった私だけれども、この人、見た目がゴッツい鎧装備だというのに中身は気さくなこと、気さくなこと。

「さあ、着きましたよ。ここがギルド公認の宿っす」

「本当に何から何までありがとうございます」

 と、着いた先は先ほどまでのギルドの内装を見てしまうと見劣りしてしまう程度には小さな建物だった。包み隠さずに言うのであれば、オンボロの木造家屋のよう。

 いやいや、そもそもタダで泊めさせてくれるというのだからそんなことを口に出すのは失礼だし、むしろこれで高級ホテルに案内されてたら逆に驚いていた。

「この町もようやくギルドが結成して、家無しや食いっぱぐれもどうにか拾い上げられるようにはなってきたっすけど、いやはやそれを目当てにした乞食も多くなってホント、ホント……あ、いや、ルックさんのことを言ってるわけじゃないっす」

「あはは……、別にいいですよ。いつも苦労されているんですね」

 多分、この人の本音なのだろう。

 話を聞いた限りでは、あのギルドでは仕事の斡旋もしているし、失業者などの手当なんかも全面的に支援しているらしい。こんな世界だと、怪我も病気も当たり前のように身近で、冒険者にせよ行商人にせよ、あっさり職を失ってしまうからだそう。

 魔法があるなら腕の一本や二本ちょん切れても治せそう、とか思ってしまった私はゲーム脳だろうか。

 まあ、それを言い出したら医療技術の発展している私の世界ですらお金がなくて病に倒れる人もいるわけで、勝手に万能を想像するものでもないか。

 とにかく、この世界ではギルドの仕事は数え切れないほど沢山だということだ。

「まあま、これも仕事なんで」

 この甲冑男さんも、そういう人たちに声を掛けたり、こうやって私みたいな得体の知れない流れ者なんかを助ける仕事を頑張ってきたんだろうなぁ、なんて。

 他人事のように言ってしまうのだけれど、私だって人を助ける仕事を持っているんだ。今はちょっとうっかり異世界転移してしまったからアレな状況に置かれているわけなんだけれども。

 異世界にこれたということは逆に、異世界から帰る手段も少なからずともあるということだ。今日のところは、ギルド公認の宿屋に一泊して、明日から頑張るとしよう。きっと明日は大冒険が待っているのだから。

 この世界のお金もなければ家もない。いざ、元の世界を目指して。

 さあ、ルック(ホームレス)の冒険の始まり始まり。

 ……やれやれ、気が重いよ。

「それでは自分はここで。おやすみなさいませ」

「うん、おやすみなさい」

 敬礼する甲冑男さんが立ち去るのを見送り、私は宿の中へと入っていった。

 扉がギィィと不穏な音を立てたが、幽霊屋敷というほどでもなく、なんとまあ、素朴な内装をしていた。でも、管理はしっかりしているのか、塵一つ落ちていない程度にはキレイではあった。

「こんばんは~……あの~、私、ギルドの紹介で来たんですけどぉ~」

 宿屋のカウンターに向かってそっと声を掛けてみる。

 すると、向こうの方からトットットと駆けてくる音が聞こえてきた。

「……は~い、いらっしゃいませ。ええと、ああ、予約入ってましたね。んんと、猫を連れて、女の子で~……、あら、名前が書いてない」

 この宿のおかみさんだろうか。多分私より若干年上だろうけど、かなり若い。

 ズレたメガネを直し直し、宿帳をめくりめくり、私の情報を探ってくれているようだ。というか、猫を連れているところまでメモされてしまっているのか、私。

「あ、私、ルックっていいます」

「ルックさん。はい、こんな夜遅くまでお疲れ様です。今日の宿泊代はギルドが負担しますので、はい」

 そういって、カウンターの下に潜り込んで、何かを探っている。なんだか、慌ただしいおかみさんだな。

「はいっ、今日の部屋の鍵です! お部屋までご案内しますね!」

 鍵をちゃらんと取り出し、カウンターからスタスタと若おかみが出てくる。

 そういった段取りのテキパキ具合から、こういう急な客の対応も頻繁にあるのだろう、ということが何となく察せてしまった。

 ごめんなさい、急なお客さんで。本当に、本当に、ごめんなさい。

「お嬢さんは、旅人さん? それとも猫売りの商人さん?」

 軋む木造の床をゆったりと踏みしめながらも若おかみが訪ねてくる。

 ここはあまり下手なことを言うものではないと思うが……。

「ちょっと人に頼まれて猫探しをしていたら遠くの知らない土地にまで迷いこんだ普通の女の子です」

 という、もはやテンプレートと化した自己紹介に帰結してしまった。

「そりゃあまあ、なんといったらいいか……おマヌケさんねぇ。あ、いえ、すみません。大変でしたね。えっへっへへ」

 半笑いで返されてしまったよ。

 もう少し言い訳のネタを練っておこうかしら。

 なんだったら美少女名探偵とかそういう文句を考えるのもいいかもしれない。

 二十二歳で少女を名乗るのは少し厳しい気もするけど、ここにきてから大体子供扱いされているからそういうのも許容範囲内ってことでいいよね、もう。

「はい、迷子のルックさん。今夜はこちらにお泊まりください」

 ニヤニヤとした顔でその部屋の扉の鍵がカチャリと開かれる。

 かなり必死に笑いをこらえていると見た。

 名探偵どころか、迷子の探偵、迷探偵のレッテルが貼られてしまいそうだ。

「ありがとうございます。おじゃまします」

 変な自己紹介をしてしまった自分が悪いんだ。文句も言うまい。

 部屋の中は実にシンプル。ベッドと小さなテーブルのある一部屋。

 見た感じ、素泊まり専用の部屋だろうか。

 凝った内装ではない分、逆にキレイな感じがする。勿論、良い意味で。

「夕飯はお済みでしょうか? 簡単なお夜食でしたら用意できますが」

 実はさっき酒場で特盛りのパスタをたいらげたばかりでお腹もパンパンなんです。とか言い出したらこの若おかみは堪えきれずに吹きだしてしまうだろうか。いや、さすがにそこまで笑いの沸点が低くはないと思いたいが。

「そうですね。喉が渇いてしまっていて……パンと水だけお願いしてもいいですか?」

「はい、分かりました。少々お待ち下さい」

 無難な要望に、無難な返答がくる。とりあえず若おかみに笑われずに済んだ、ということにしておこう。

 若おかみが部屋から出ていき、私はこの宿屋の一室に取り残された。

 途端に、なんだか寂しさのような何かが込み上げてきたような気がする。

 ああ、自分の置かれた状況というものが、今ようやくして解凍されてきたかのように脳内にどろどろと溢れかえってくるみたいだ。

 どうしよう。これからどうしよう。異世界ってなんなんだ、本当にもう。

 帰る手段なんてあるんだろうか。

 ああ、どうしたらいいんだろう。何をどうすればいいんだろう。

 溢れる。溢れる。溢れる。

 ネガティブな考えばかりが洪水のように脳みそをじゃぶじゃぶに満たして、今にも泣いてしまいそうな気持ちでいっぱいだった。

 よくもさっきまでずっとあんなヘラヘラと笑っていられたものだと、我ながら感心する。

 私は堪らず、猫ちゃんの入ったカゴを床に放り出し、ベッドの方にうつぶせで倒れ込み、枕に頭を突っ込んだ。

 こうしていると心の奥底からブワアァァっと色んな感情が吐き出されてきているみたいだった。

 これは夢か何かで、こうやってベッドの上で一夜を明かしたら、現実の世界に戻ってきている。そんな一縷の希望を抱いている自分がいた。


次のエピソードへ進む 第6話 怪奇は二重に面倒


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「へえ、ルックさんっていうんっすか。若いのに大変っすねぇ」
 甲冑男さんに宿まで案内されることとなった私だけれども、この人、見た目がゴッツい鎧装備だというのに中身は気さくなこと、気さくなこと。
「さあ、着きましたよ。ここがギルド公認の宿っす」
「本当に何から何までありがとうございます」
 と、着いた先は先ほどまでのギルドの内装を見てしまうと見劣りしてしまう程度には小さな建物だった。包み隠さずに言うのであれば、オンボロの木造家屋のよう。
 いやいや、そもそもタダで泊めさせてくれるというのだからそんなことを口に出すのは失礼だし、むしろこれで高級ホテルに案内されてたら逆に驚いていた。
「この町もようやくギルドが結成して、家無しや食いっぱぐれもどうにか拾い上げられるようにはなってきたっすけど、いやはやそれを目当てにした乞食も多くなってホント、ホント……あ、いや、ルックさんのことを言ってるわけじゃないっす」
「あはは……、別にいいですよ。いつも苦労されているんですね」
 多分、この人の本音なのだろう。
 話を聞いた限りでは、あのギルドでは仕事の斡旋もしているし、失業者などの手当なんかも全面的に支援しているらしい。こんな世界だと、怪我も病気も当たり前のように身近で、冒険者にせよ行商人にせよ、あっさり職を失ってしまうからだそう。
 魔法があるなら腕の一本や二本ちょん切れても治せそう、とか思ってしまった私はゲーム脳だろうか。
 まあ、それを言い出したら医療技術の発展している私の世界ですらお金がなくて病に倒れる人もいるわけで、勝手に万能を想像するものでもないか。
 とにかく、この世界ではギルドの仕事は数え切れないほど沢山だということだ。
「まあま、これも仕事なんで」
 この甲冑男さんも、そういう人たちに声を掛けたり、こうやって私みたいな得体の知れない流れ者なんかを助ける仕事を頑張ってきたんだろうなぁ、なんて。
 他人事のように言ってしまうのだけれど、私だって人を助ける仕事を持っているんだ。今はちょっとうっかり異世界転移してしまったからアレな状況に置かれているわけなんだけれども。
 異世界にこれたということは逆に、異世界から帰る手段も少なからずともあるということだ。今日のところは、ギルド公認の宿屋に一泊して、明日から頑張るとしよう。きっと明日は大冒険が待っているのだから。
 この世界のお金もなければ家もない。いざ、元の世界を目指して。
 さあ、ルック(ホームレス)の冒険の始まり始まり。
 ……やれやれ、気が重いよ。
「それでは自分はここで。おやすみなさいませ」
「うん、おやすみなさい」
 敬礼する甲冑男さんが立ち去るのを見送り、私は宿の中へと入っていった。
 扉がギィィと不穏な音を立てたが、幽霊屋敷というほどでもなく、なんとまあ、素朴な内装をしていた。でも、管理はしっかりしているのか、塵一つ落ちていない程度にはキレイではあった。
「こんばんは~……あの~、私、ギルドの紹介で来たんですけどぉ~」
 宿屋のカウンターに向かってそっと声を掛けてみる。
 すると、向こうの方からトットットと駆けてくる音が聞こえてきた。
「……は~い、いらっしゃいませ。ええと、ああ、予約入ってましたね。んんと、猫を連れて、女の子で~……、あら、名前が書いてない」
 この宿のおかみさんだろうか。多分私より若干年上だろうけど、かなり若い。
 ズレたメガネを直し直し、宿帳をめくりめくり、私の情報を探ってくれているようだ。というか、猫を連れているところまでメモされてしまっているのか、私。
「あ、私、ルックっていいます」
「ルックさん。はい、こんな夜遅くまでお疲れ様です。今日の宿泊代はギルドが負担しますので、はい」
 そういって、カウンターの下に潜り込んで、何かを探っている。なんだか、慌ただしいおかみさんだな。
「はいっ、今日の部屋の鍵です! お部屋までご案内しますね!」
 鍵をちゃらんと取り出し、カウンターからスタスタと若おかみが出てくる。
 そういった段取りのテキパキ具合から、こういう急な客の対応も頻繁にあるのだろう、ということが何となく察せてしまった。
 ごめんなさい、急なお客さんで。本当に、本当に、ごめんなさい。
「お嬢さんは、旅人さん? それとも猫売りの商人さん?」
 軋む木造の床をゆったりと踏みしめながらも若おかみが訪ねてくる。
 ここはあまり下手なことを言うものではないと思うが……。
「ちょっと人に頼まれて猫探しをしていたら遠くの知らない土地にまで迷いこんだ普通の女の子です」
 という、もはやテンプレートと化した自己紹介に帰結してしまった。
「そりゃあまあ、なんといったらいいか……おマヌケさんねぇ。あ、いえ、すみません。大変でしたね。えっへっへへ」
 半笑いで返されてしまったよ。
 もう少し言い訳のネタを練っておこうかしら。
 なんだったら美少女名探偵とかそういう文句を考えるのもいいかもしれない。
 二十二歳で少女を名乗るのは少し厳しい気もするけど、ここにきてから大体子供扱いされているからそういうのも許容範囲内ってことでいいよね、もう。
「はい、迷子のルックさん。今夜はこちらにお泊まりください」
 ニヤニヤとした顔でその部屋の扉の鍵がカチャリと開かれる。
 かなり必死に笑いをこらえていると見た。
 名探偵どころか、迷子の探偵、迷探偵のレッテルが貼られてしまいそうだ。
「ありがとうございます。おじゃまします」
 変な自己紹介をしてしまった自分が悪いんだ。文句も言うまい。
 部屋の中は実にシンプル。ベッドと小さなテーブルのある一部屋。
 見た感じ、素泊まり専用の部屋だろうか。
 凝った内装ではない分、逆にキレイな感じがする。勿論、良い意味で。
「夕飯はお済みでしょうか? 簡単なお夜食でしたら用意できますが」
 実はさっき酒場で特盛りのパスタをたいらげたばかりでお腹もパンパンなんです。とか言い出したらこの若おかみは堪えきれずに吹きだしてしまうだろうか。いや、さすがにそこまで笑いの沸点が低くはないと思いたいが。
「そうですね。喉が渇いてしまっていて……パンと水だけお願いしてもいいですか?」
「はい、分かりました。少々お待ち下さい」
 無難な要望に、無難な返答がくる。とりあえず若おかみに笑われずに済んだ、ということにしておこう。
 若おかみが部屋から出ていき、私はこの宿屋の一室に取り残された。
 途端に、なんだか寂しさのような何かが込み上げてきたような気がする。
 ああ、自分の置かれた状況というものが、今ようやくして解凍されてきたかのように脳内にどろどろと溢れかえってくるみたいだ。
 どうしよう。これからどうしよう。異世界ってなんなんだ、本当にもう。
 帰る手段なんてあるんだろうか。
 ああ、どうしたらいいんだろう。何をどうすればいいんだろう。
 溢れる。溢れる。溢れる。
 ネガティブな考えばかりが洪水のように脳みそをじゃぶじゃぶに満たして、今にも泣いてしまいそうな気持ちでいっぱいだった。
 よくもさっきまでずっとあんなヘラヘラと笑っていられたものだと、我ながら感心する。
 私は堪らず、猫ちゃんの入ったカゴを床に放り出し、ベッドの方にうつぶせで倒れ込み、枕に頭を突っ込んだ。
 こうしていると心の奥底からブワアァァっと色んな感情が吐き出されてきているみたいだった。
 これは夢か何かで、こうやってベッドの上で一夜を明かしたら、現実の世界に戻ってきている。そんな一縷の希望を抱いている自分がいた。