表示設定
表示設定
目次 目次




第2話 探偵が来りてパスタを食う

ー/ー



「なんだよ、お嬢ちゃん。急に変なことを言い出して」

 胸毛もじゃの男が怪訝そうな顔で私を見下ろしてくる。

「私、分かりましたよ。あなたの財布を盗んだ本当の犯人、そしてその財布が今どこにあるのか」

「はぁぁあ? おいおい、いい加減なこと言うなよ。犯人はコイツで、財布もコイツが持っているんだ。それ以外に答えがあるもんか」

 それはイラっとした顔というよりかは、呆れはてた顔だったと思う。助け船を出したはずのひげもじゃ男の方も同じような顔をしている。

「アンタはオレの味方をしてくれるのか? 何処の誰だか知らんが、ふざけていっているだけなら勘弁してほしいぜ。猫を抱えてる時点でかなりふざけてるが」

 猫ちゃんのことは一先ず置いておいてほしい。私だってふざけて猫ちゃんを抱っこしてるわけじゃないんだから。

「いいえ、ちゃんと、しっかり、はっきり、バッチリ!」

 ここまで言ってのけたのだけれども、二人の男は全く以て理解しがたいという表情のままで、あたかも子供の戯言を聞かされたかのよう。

「はいはい、分かった、分かったよ。じゃあ言ってみな、お嬢ちゃん。どいつがオレの財布を盗んじまったんだ?」

「あの人です。壁際で特盛りのパスタがテーブルに置いてあるあの人です」

 指さし確認。でもやっぱり男は依然として呆れた顔。

「はんっ! あのなぁ、あの男も身体検査したんだぜ? そりゃあもうよ、身ぐるみ全部とっぱらって調べたが、財布なんて持ってなかった」

「じゃあ、それ以外の場所は調べなかったんですか?」

「なにぃ? 他に何処を調べろってんだ」

 今にも胸毛もじゃ男が殴りかかってきそうな雰囲気になってきたので、私は距離をとりたい一心で、壁際のその男のもとに近寄る。

 いきなり犯人に仕立て上げられてしまった男は、大層不機嫌な顔をしていたが、ケンカしていた荒くれ者の二人と比べてしまうと、なんとも貧相な感じ。

 あ、いや、その人のことを悪く言うつもりはないのだけど。

「な……なんだい。ぼ、僕が犯人とか、何を言い出すんだ……っ」

 パスタ男、めっちゃくちゃ挙動不審な態度をとってくる。

「では、訊ねてもいいですか? どうしてあなたはパスタを食べないんですか?」

 壁際のテーブルの上には、特盛りのパスタがどっさりと乗っている。見た感じ、冷めているのに、手を付けられた様子もない。

「しょ、食欲がなくなったんだよ。急に服をひっぺがされたしさ」

「じゃあ、私、お腹ぺこぺこなんで、ちょっともらってもいいですか? おじさん、もうパスタを食べる気はないんでしたら、勿体ないですもんね」

 私は抱きかかえる猫を持ち替えて、テーブルの上のほとんどよごれていないフォークを拝借し、その特盛りのパスタの山にずぶずぶっと刺してみる。

「あ、こ、こらっ、それは僕のパスタで……っ」

 パスタ男の慌てっぷりが加速がかっていく。赤の他人に許可もなくパスタを奪われるというそのシチュエーションに対して焦っているというわけでもなさそうだ。

「おい! ちょっと待て! こいつぁオレの財布じゃねえか!!」

 胸毛もじゃの男がガオーっと吼える。何せ、特盛りのパスタの中からどろりとした濃厚なソースにまみれた財布が姿を現したのだから。

「マジかよ。てめぇが盗んでたのかよ。てめぇのせいでオレが! こンの野郎!」

「ひいいぃぃぃぃごめんなさいいぃぃぃぃっ!!」

 いきりたったひげもじゃ男がパスタ男に怒鳴り散らす。

「はぁ……オレの財布がこんなとこに隠されてたとはなぁ……」

 ソースでべったりとした財布を拾い上げ、胸毛もじゃ男は複雑そうな顔をする。こんなになってしまっては洗っても油染みも落ちそうにないだろう。

「なあ、アンタ。どうして分かった? アンタ、アンタはよ、今さっきこの店に入ってきたばっかじゃねえか。この男とも知り合い、ってわけでもないみてえだし、一体何の魔法を使ったんだ?」

 胸毛もじゃ男が詰め寄ってくる。うわぁ……なんか余計なことしちゃったかなぁ……。ついうっかり、目の前に謎があるから夢中になって解いてしまった。

 猫ちゃんも早く帰さなきゃいけないし、私も元の世界に帰りたいっていうのに。

「あ、あの……猫ちゃん探して店内を見回したときに、この店には二種類のお客さんがいるって思ったんですよ」

「二種類?」

「ひとつはケンカで盛り上がっている人。あなたと、そこのおじさん。それと、それを楽しそうに眺めていた人たち」

 今も、私の周りの様子をうかがうように野次馬な男たちが集まってきている。

「もうひとつは、テーブルについて食事をとっている人たちです」

 我関せずとビールを空っぽにしている男の人に、空っぽの皿を眺めて帰るタイミングを見計らっている人、そしてひげもじゃの男にたじたじになっているパスタ男だ。

「この人だけケンカに関心があるわけでもなく、ご飯を食べるわけでもなく、それでもテーブルから離れずにジーッとあなたたちの様子をうかがっていたんです」

 わざわざ酒場でご飯を注文しておいて、手を付けずに呆然としている人なんて怪しすぎるって話。

「そんなのが根拠になるか? コイツは犯人だったが、たまたま食欲なかっただけかもしれねえだろ」

「あのですね。このパスタ、でろんでろんに伸びきって冷めちゃってるんですよ? それでも手を付けずになんて勿体ないにもほどがあるでしょ。多分本当はもっと早くこの店から出ていきたかったはず。でもそれができなかった」

「ほーん、そりゃなんでだ?」

「いや、あなたのせいですよ。咄嗟に財布をパスタの中に隠したまではよかったけど、手下を引き連れて、店の外に待機させてるんだから下手に動けるわけがない。勿論、かといってパスタを食べるわけにもいかない。財布が出てきちゃうからね」

 そこのひげもじゃ男と言い争いでもなんでもして、結局財布が見つからなくて諦めて手下共々帰る。そのタイミングを狙っていたに違いない。

 ところがいつまで経っても二人は帰る様子もなく、待ちに待ちすぎて、その結果、パスタは伸びて冷めてしまった、と。

「はぁぁ~……適当なことを言ってんのかと思ったら筋が通ってんな」

 ようやくして、胸毛もじゃ男も落ち着いてきた様子だ。無駄なケンカをしていたと分かったせいで無駄な体力を消耗してしまったのだろう。火が消えたみたいだ。

「まあいい。何にせよ、オレの財布はこんなだが手元に戻ってきた。アンタのおかげだよ、ちっこいお嬢ちゃん。ありがとうな」

「いえいえ、どういたしまして……えへへ」

「お礼といっちゃ何だが、パスタを奢らせてくれ。この店のパスタは絶品なんだ。その冷めたパスタじゃあ食えたもんじゃないだろ?」

「ほ、本当ですか!? 私、この猫ちゃんをずっと探し回っててお昼ご飯も食べてなかったんですよ……」

 そう考えたら急にお腹がキュルリと鳴りだした。やだ、恥ずかしい。

「おう、それはよかった。存分に食うといい。その猫は……そうだな、オレの手下にでも預けておくといい。悪いようにはしねぇさ。へっへっへ」

 そんな悪そうな顔で言われると信憑性に欠ける。まるでこっそり何処かで売りさばいて食べられちゃうんじゃないかって気もしてくるくらいだ。

 ケンカはしてたけど思ってたより悪い人でもないのかな。

「ああそうだ、今さら訊くのもなんだが、アンタ、名前なんていうんだ?」

「私は――新海(あらみ)ルック。探偵です」

 意気揚々、自信たっぷりにそう自己紹介したんだけど、今ひとつピンとこない顔で返事をされてしまった。


次のエピソードへ進む 第3話 そして誰かいなくなった


みんなのリアクション

「なんだよ、お嬢ちゃん。急に変なことを言い出して」
 胸毛もじゃの男が怪訝そうな顔で私を見下ろしてくる。
「私、分かりましたよ。あなたの財布を盗んだ本当の犯人、そしてその財布が今どこにあるのか」
「はぁぁあ? おいおい、いい加減なこと言うなよ。犯人はコイツで、財布もコイツが持っているんだ。それ以外に答えがあるもんか」
 それはイラっとした顔というよりかは、呆れはてた顔だったと思う。助け船を出したはずのひげもじゃ男の方も同じような顔をしている。
「アンタはオレの味方をしてくれるのか? 何処の誰だか知らんが、ふざけていっているだけなら勘弁してほしいぜ。猫を抱えてる時点でかなりふざけてるが」
 猫ちゃんのことは一先ず置いておいてほしい。私だってふざけて猫ちゃんを抱っこしてるわけじゃないんだから。
「いいえ、ちゃんと、しっかり、はっきり、バッチリ!」
 ここまで言ってのけたのだけれども、二人の男は全く以て理解しがたいという表情のままで、あたかも子供の戯言を聞かされたかのよう。
「はいはい、分かった、分かったよ。じゃあ言ってみな、お嬢ちゃん。どいつがオレの財布を盗んじまったんだ?」
「あの人です。壁際で特盛りのパスタがテーブルに置いてあるあの人です」
 指さし確認。でもやっぱり男は依然として呆れた顔。
「はんっ! あのなぁ、あの男も身体検査したんだぜ? そりゃあもうよ、身ぐるみ全部とっぱらって調べたが、財布なんて持ってなかった」
「じゃあ、それ以外の場所は調べなかったんですか?」
「なにぃ? 他に何処を調べろってんだ」
 今にも胸毛もじゃ男が殴りかかってきそうな雰囲気になってきたので、私は距離をとりたい一心で、壁際のその男のもとに近寄る。
 いきなり犯人に仕立て上げられてしまった男は、大層不機嫌な顔をしていたが、ケンカしていた荒くれ者の二人と比べてしまうと、なんとも貧相な感じ。
 あ、いや、その人のことを悪く言うつもりはないのだけど。
「な……なんだい。ぼ、僕が犯人とか、何を言い出すんだ……っ」
 パスタ男、めっちゃくちゃ挙動不審な態度をとってくる。
「では、訊ねてもいいですか? どうしてあなたはパスタを食べないんですか?」
 壁際のテーブルの上には、特盛りのパスタがどっさりと乗っている。見た感じ、冷めているのに、手を付けられた様子もない。
「しょ、食欲がなくなったんだよ。急に服をひっぺがされたしさ」
「じゃあ、私、お腹ぺこぺこなんで、ちょっともらってもいいですか? おじさん、もうパスタを食べる気はないんでしたら、勿体ないですもんね」
 私は抱きかかえる猫を持ち替えて、テーブルの上のほとんどよごれていないフォークを拝借し、その特盛りのパスタの山にずぶずぶっと刺してみる。
「あ、こ、こらっ、それは僕のパスタで……っ」
 パスタ男の慌てっぷりが加速がかっていく。赤の他人に許可もなくパスタを奪われるというそのシチュエーションに対して焦っているというわけでもなさそうだ。
「おい! ちょっと待て! こいつぁオレの財布じゃねえか!!」
 胸毛もじゃの男がガオーっと吼える。何せ、特盛りのパスタの中からどろりとした濃厚なソースにまみれた財布が姿を現したのだから。
「マジかよ。てめぇが盗んでたのかよ。てめぇのせいでオレが! こンの野郎!」
「ひいいぃぃぃぃごめんなさいいぃぃぃぃっ!!」
 いきりたったひげもじゃ男がパスタ男に怒鳴り散らす。
「はぁ……オレの財布がこんなとこに隠されてたとはなぁ……」
 ソースでべったりとした財布を拾い上げ、胸毛もじゃ男は複雑そうな顔をする。こんなになってしまっては洗っても油染みも落ちそうにないだろう。
「なあ、アンタ。どうして分かった? アンタ、アンタはよ、今さっきこの店に入ってきたばっかじゃねえか。この男とも知り合い、ってわけでもないみてえだし、一体何の魔法を使ったんだ?」
 胸毛もじゃ男が詰め寄ってくる。うわぁ……なんか余計なことしちゃったかなぁ……。ついうっかり、目の前に謎があるから夢中になって解いてしまった。
 猫ちゃんも早く帰さなきゃいけないし、私も元の世界に帰りたいっていうのに。
「あ、あの……猫ちゃん探して店内を見回したときに、この店には二種類のお客さんがいるって思ったんですよ」
「二種類?」
「ひとつはケンカで盛り上がっている人。あなたと、そこのおじさん。それと、それを楽しそうに眺めていた人たち」
 今も、私の周りの様子をうかがうように野次馬な男たちが集まってきている。
「もうひとつは、テーブルについて食事をとっている人たちです」
 我関せずとビールを空っぽにしている男の人に、空っぽの皿を眺めて帰るタイミングを見計らっている人、そしてひげもじゃの男にたじたじになっているパスタ男だ。
「この人だけケンカに関心があるわけでもなく、ご飯を食べるわけでもなく、それでもテーブルから離れずにジーッとあなたたちの様子をうかがっていたんです」
 わざわざ酒場でご飯を注文しておいて、手を付けずに呆然としている人なんて怪しすぎるって話。
「そんなのが根拠になるか? コイツは犯人だったが、たまたま食欲なかっただけかもしれねえだろ」
「あのですね。このパスタ、でろんでろんに伸びきって冷めちゃってるんですよ? それでも手を付けずになんて勿体ないにもほどがあるでしょ。多分本当はもっと早くこの店から出ていきたかったはず。でもそれができなかった」
「ほーん、そりゃなんでだ?」
「いや、あなたのせいですよ。咄嗟に財布をパスタの中に隠したまではよかったけど、手下を引き連れて、店の外に待機させてるんだから下手に動けるわけがない。勿論、かといってパスタを食べるわけにもいかない。財布が出てきちゃうからね」
 そこのひげもじゃ男と言い争いでもなんでもして、結局財布が見つからなくて諦めて手下共々帰る。そのタイミングを狙っていたに違いない。
 ところがいつまで経っても二人は帰る様子もなく、待ちに待ちすぎて、その結果、パスタは伸びて冷めてしまった、と。
「はぁぁ~……適当なことを言ってんのかと思ったら筋が通ってんな」
 ようやくして、胸毛もじゃ男も落ち着いてきた様子だ。無駄なケンカをしていたと分かったせいで無駄な体力を消耗してしまったのだろう。火が消えたみたいだ。
「まあいい。何にせよ、オレの財布はこんなだが手元に戻ってきた。アンタのおかげだよ、ちっこいお嬢ちゃん。ありがとうな」
「いえいえ、どういたしまして……えへへ」
「お礼といっちゃ何だが、パスタを奢らせてくれ。この店のパスタは絶品なんだ。その冷めたパスタじゃあ食えたもんじゃないだろ?」
「ほ、本当ですか!? 私、この猫ちゃんをずっと探し回っててお昼ご飯も食べてなかったんですよ……」
 そう考えたら急にお腹がキュルリと鳴りだした。やだ、恥ずかしい。
「おう、それはよかった。存分に食うといい。その猫は……そうだな、オレの手下にでも預けておくといい。悪いようにはしねぇさ。へっへっへ」
 そんな悪そうな顔で言われると信憑性に欠ける。まるでこっそり何処かで売りさばいて食べられちゃうんじゃないかって気もしてくるくらいだ。
 ケンカはしてたけど思ってたより悪い人でもないのかな。
「ああそうだ、今さら訊くのもなんだが、アンタ、名前なんていうんだ?」
「私は――新海《あらみ》ルック。探偵です」
 意気揚々、自信たっぷりにそう自己紹介したんだけど、今ひとつピンとこない顔で返事をされてしまった。