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第16話 とにかく本音で語らえば何もかも全てが解決するのが道理

ー/ー



「――キミが信じなくてもいいさ。だけど、ボクはこの真実を抱えて生きていく」

 酷く、突き放されたように感じた。実際にマベルは私を突き放したいのだろう。
 何故ってクレプリーズ家は、パエデロス領に償いきれないほどの罪を犯したから。

 和平のためだといって私の妹リノンとマベルの弟ペウルが政略結婚させられたのも密輸問題をより誤魔化しやすい状況にするためだとも考えられる。

 全部騙されていた。全部嘘だった。
 自ら黒塗りにした歴史を都合の良いように改竄する所業。

 今なら分かる。マベルがパエデロス領に物資の支援をしていた、その理由が。
 クレプリーズ家の血を引く者としての贖罪のつもりだったのだろう。

 途端に、世界が丸ごと逆さまになってしまったかのように思えた。

 だって、クレプリーズ家は騎士の名家で、私の憧れで、そのために女を捨ててまでどんなに辛くても、血反吐を吐いても騎士という身分にしがみついて、頑張ってきて、やっと今の自分を誇らしいって思えてきたのに。

 その中心にあったものが、こんなものだったのか。

「……馬鹿げた話だ」
「いっそのこと、笑ってくれた方がボクの気が楽になる」

 焚火という、心もとない薄闇の向こうで、マベルはどんな顔をしていたのだろう。
 これをどんな気持ちで抱え続けていたのだろう。
 それを思うと、こみ上げるものもある。

「アーッハッハッハ!! 笑い飛ばしてやろうじゃないか!! アッハッハぁ!!」

 洞窟中に響き渡るくらいの大声量で、わざとらしいくらいに笑う。
 そして、立ち上がり、マベルに向かって距離を詰める。
 両手で肩を押し、そのまま倒す。

「一番馬鹿げているのは貴様だ、マベル。それでも騎士の端くれか、軟弱者め!」
「……分かっている、分かっているさ。ボク自身が一番分かっていることなんだ」

 地面を背に、歯を剥き出しに泣き崩れそうな顔を見せる。
 洞窟の闇に遮られ、その瞳の奥までは覗き込めない。

「騎士としての誇りを、騎士としての強さを、父さんから学ばされてきたボクには、クレプリーズ家の抱え込んでいた闇を受け入れる覚悟を持てなかった……」
「違うだろマベル・クレプリーズ! 貴様は貴様自身のことも何も分かっていない」
「……? ボクが、何を分かっていないというんだい?」

 私は、どんな顔をして、この言葉を紡ごうとしているのだろう。
 ただ、マベルを前にしては、言わなければならないと思った。

「貴様は――、騎士だ。父親がどうであったとしても、剣を持たなかったとしても、戦いに出たことがなかったとしても、その胸に秘めているのは騎士道精神だ」

 騎士とは、強くあるべき者。弱気を助け、強きをくじく。
 どうやらクレプリーズ家はそうではなかったらしいが、私の心に掲げていた志は、決してニセモノなんかではない。そして、それはマベルの中にも存在している。

「貴様は己の弱さを恥じているようだが、本当に弱いものが他人を助けられるか? 己の身を顧みず、命を懸けてまで他人を助けたいと思うのか? 誰がなんと言おうとマベル、貴様は騎士だ。私の理想としていた、騎士なんだ!」

 これをウソだとは言わせない。決して、偽善なんかではない。

「だがボクは逃げ出してしまった。父さんの思惑をこれ以上成就させたくないから」
「それは……、お見合いパーティの話か?」
「アイノナイト家の娘をクレプリーズ家に迎え入れればパエデロス領を掌握できる。君に父ビパリーを動かすことも、塗り潰した歴史を闇に葬ることも」

 普通に考えれば、一番分かりやすいことだ。
 結婚して子供まで儲ければ、領主同士が固く結ばれる。

 娘である私やリノン、そしてその子供を盾にすれば父も従わざるを得ない。
 裏で糸を引くことも可能であり、仮にいずれ悪行がバレたとしても両家道連れか、はたまた尻尾切りにも使えるという算段だ。

「本当の騎士なら、逃げ出したりしないはずだ。立ち向かうべきだ。それでもボクはキミを、キミたちの家族を守る術を持たなかったばっかりに」
「だから――笑わせるなと言っているだろ、マベル!!」

 実は、心の奥底で私は少しだけ安堵していた。
 それは、あのお見合いパーティですっぽかされたあの日。

 私と結婚したくない理由は、私が婚期スレスレの行き遅れ女だからではないか、と内心で思っていたからだ。
 あるいは女でありながら騎士である私に嫌悪があったのではないかと。

 いずれでもなかった。私は会う前の男にフラれたわけではなかった。
 パエデロス領で初めてマベルに出会った後も、拒絶されるような態度だったから、なおのこと、私という女は男に嫌われているのではないかと心配していた。

 そうではない。それが真実だというのなら、笑わずにはいられまい。

「貴様は逃げ出したのではない。自分の意思で父から背いただけだ!」
「父さんから、背いた……、ウッ!?」
「そうだろう? 貴様は父の長年の悪行を直視できなくなった。だからこそ、独断でパエデロス領への施しに至った。そうではないというのなら弁明してみせろ」
「ぅ……、ぁ、いや、あの……」

 急にまたマベルが言葉に詰まる。ここにきて弱気になるとは。
 何処まで軟弱者なんだ、こいつは。

「口ごもるな! はっきり言えるだろう? 言いたいことを口にしろ!」
「り、リナリー……、その、全部見えている」
「は?」

 一瞬、マベルが何を言っているのか分からなかった。
 一体、何が見えているというのか。マベルは何を見て目を逸らしているのか。

 ハッとして、私は自分がどんな姿をしていたのか、今になって思いだした。

 水に落ちて、甲冑も衣類も脱いで乾かして、布を巻いているだけだった。
 だが、マベルを地面に突き飛ばしたとき、それが緩んでいたらしい。
 あまりにもヒートアップしていて、私はそれに気付いていなかった。

 とどのつまり、どういうことなのかというと――。

「きゃあああああぁぁあぁぁぁぁあっ!!!?」

 自分でもワケが分からないくらい、酷くあられもない悲鳴が出た。

 そう、私は全裸で――すっぽんぽんで、男を真正面から馬乗りになっていた。
 マベルも当然、私と似たような恰好をしている。
 それは、傍から見れば裸同士、男女で絡み合っているのと同義。

 まだ結婚もしていないというのにどうしてこんな姿で絡み合っているのか。
 いや、まだも何も、私とマベルは結婚する予定などないのだが!?
 こんなの、ドスケベな痴女じゃないか!!

「――ナリー、リナリー、落ち着いて。冷静に、冷静に」
「私はヘンタイじゃないぃぃ!!!?」
「落ち着くんだッ!」
「ほわっ!?」

 ……マベルが私に抱き着いてきた。
 私もマベルも、殆ど裸みたいな恰好なのに?
 顔が、火のように猛烈に熱くなってくるのを感じる。

「ごめん……、ボクは心が弱いんだ。だから、見ていられなかったのはよく分かる。女性のキミにこんなにも気を遣わせてしまって……、本当に、軟弱者だ」

 はわわ……、マベルの胸板厚いぃぃ……、凄いなんかポカポカするぅぅ……。

「だけどリナリー、キミのおかげでちょっとだけ、自分に自信が持てた気がするよ。ボクも騎士というものを誤解していたのかもしれない」

 し、至近距離で、ま、マベルの吐息がかかってくるぅぅ……。
 耳が溶けそうだぁぁ……、心臓の音、聞こえていないか? ヤバくないか?
 ちょ、ちょっと待ってくれ、本当に無理、ヤバい、マズい!

「ヌハッ!? ま、マベル、わ、分かったから、も、もう離せ!」
「す、すまない。強く抱きしめすぎたかもしれない……」

 はぁ……、胸がバクバク通り越して、ドックンドックン唸ってる気がする。
 一気に全身から力が抜けてきた……。

 膝の下から力が抜けて行ってしまい、ふにゃふにゃになっていく。
 私は慌てて手を伸ばし、布切れを拾い上げ、もう一度自分の体に巻く。

 こんなにも異性に素肌を晒したのは初めてじゃないか?
 もう、頭が沸騰してしまいそうだ。

「リナリー、勇気づけてくれてありがとう。確かにキミの言う通りだった」

 マベルが何か言っているのだが、正直、頭に入ってこない。

「ボクは、騎士であることを、父さんのようになることなのだと勝手に思っていた。だから誇りを持つこともできなかった。そうなれないこと、逃げ出してしまうことを弱いことだと思い込んでいたみたいだ」

 よく分からないが、マベルが納得したような顔をしている。
 一応私の言葉で元気が出たらしい。ぶっちゃけ何を言ったのかもう覚えてないが。

「ボクは、向き合うことにしたよ。クレプリーズ家の持つ罪と」

 覚悟を決めた顔で、マベルが言い放つ。
 どうして男の人ってこんな半裸の姿で格好つけられるのだろう。

 そんなことを思いながらも、疲弊からか意識が途切れそうだった。
 次に目を覚ましたとき、とんでもないことになろうとは思いもせず。


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「――キミが信じなくてもいいさ。だけど、ボクはこの真実を抱えて生きていく」
 酷く、突き放されたように感じた。実際にマベルは私を突き放したいのだろう。
 何故ってクレプリーズ家は、パエデロス領に償いきれないほどの罪を犯したから。
 和平のためだといって私の妹リノンとマベルの弟ペウルが政略結婚させられたのも密輸問題をより誤魔化しやすい状況にするためだとも考えられる。
 全部騙されていた。全部嘘だった。
 自ら黒塗りにした歴史を都合の良いように改竄する所業。
 今なら分かる。マベルがパエデロス領に物資の支援をしていた、その理由が。
 クレプリーズ家の血を引く者としての贖罪のつもりだったのだろう。
 途端に、世界が丸ごと逆さまになってしまったかのように思えた。
 だって、クレプリーズ家は騎士の名家で、私の憧れで、そのために女を捨ててまでどんなに辛くても、血反吐を吐いても騎士という身分にしがみついて、頑張ってきて、やっと今の自分を誇らしいって思えてきたのに。
 その中心にあったものが、こんなものだったのか。
「……馬鹿げた話だ」
「いっそのこと、笑ってくれた方がボクの気が楽になる」
 焚火という、心もとない薄闇の向こうで、マベルはどんな顔をしていたのだろう。
 これをどんな気持ちで抱え続けていたのだろう。
 それを思うと、こみ上げるものもある。
「アーッハッハッハ!! 笑い飛ばしてやろうじゃないか!! アッハッハぁ!!」
 洞窟中に響き渡るくらいの大声量で、わざとらしいくらいに笑う。
 そして、立ち上がり、マベルに向かって距離を詰める。
 両手で肩を押し、そのまま倒す。
「一番馬鹿げているのは貴様だ、マベル。それでも騎士の端くれか、軟弱者め!」
「……分かっている、分かっているさ。ボク自身が一番分かっていることなんだ」
 地面を背に、歯を剥き出しに泣き崩れそうな顔を見せる。
 洞窟の闇に遮られ、その瞳の奥までは覗き込めない。
「騎士としての誇りを、騎士としての強さを、父さんから学ばされてきたボクには、クレプリーズ家の抱え込んでいた闇を受け入れる覚悟を持てなかった……」
「違うだろマベル・クレプリーズ! 貴様は貴様自身のことも何も分かっていない」
「……? ボクが、何を分かっていないというんだい?」
 私は、どんな顔をして、この言葉を紡ごうとしているのだろう。
 ただ、マベルを前にしては、言わなければならないと思った。
「貴様は――、騎士だ。父親がどうであったとしても、剣を持たなかったとしても、戦いに出たことがなかったとしても、その胸に秘めているのは騎士道精神だ」
 騎士とは、強くあるべき者。弱気を助け、強きをくじく。
 どうやらクレプリーズ家はそうではなかったらしいが、私の心に掲げていた志は、決してニセモノなんかではない。そして、それはマベルの中にも存在している。
「貴様は己の弱さを恥じているようだが、本当に弱いものが他人を助けられるか? 己の身を顧みず、命を懸けてまで他人を助けたいと思うのか? 誰がなんと言おうとマベル、貴様は騎士だ。私の理想としていた、騎士なんだ!」
 これをウソだとは言わせない。決して、偽善なんかではない。
「だがボクは逃げ出してしまった。父さんの思惑をこれ以上成就させたくないから」
「それは……、お見合いパーティの話か?」
「アイノナイト家の娘をクレプリーズ家に迎え入れればパエデロス領を掌握できる。君に父ビパリーを動かすことも、塗り潰した歴史を闇に葬ることも」
 普通に考えれば、一番分かりやすいことだ。
 結婚して子供まで儲ければ、領主同士が固く結ばれる。
 娘である私やリノン、そしてその子供を盾にすれば父も従わざるを得ない。
 裏で糸を引くことも可能であり、仮にいずれ悪行がバレたとしても両家道連れか、はたまた尻尾切りにも使えるという算段だ。
「本当の騎士なら、逃げ出したりしないはずだ。立ち向かうべきだ。それでもボクはキミを、キミたちの家族を守る術を持たなかったばっかりに」
「だから――笑わせるなと言っているだろ、マベル!!」
 実は、心の奥底で私は少しだけ安堵していた。
 それは、あのお見合いパーティですっぽかされたあの日。
 私と結婚したくない理由は、私が婚期スレスレの行き遅れ女だからではないか、と内心で思っていたからだ。
 あるいは女でありながら騎士である私に嫌悪があったのではないかと。
 いずれでもなかった。私は会う前の男にフラれたわけではなかった。
 パエデロス領で初めてマベルに出会った後も、拒絶されるような態度だったから、なおのこと、私という女は男に嫌われているのではないかと心配していた。
 そうではない。それが真実だというのなら、笑わずにはいられまい。
「貴様は逃げ出したのではない。自分の意思で父から背いただけだ!」
「父さんから、背いた……、ウッ!?」
「そうだろう? 貴様は父の長年の悪行を直視できなくなった。だからこそ、独断でパエデロス領への施しに至った。そうではないというのなら弁明してみせろ」
「ぅ……、ぁ、いや、あの……」
 急にまたマベルが言葉に詰まる。ここにきて弱気になるとは。
 何処まで軟弱者なんだ、こいつは。
「口ごもるな! はっきり言えるだろう? 言いたいことを口にしろ!」
「り、リナリー……、その、全部見えている」
「は?」
 一瞬、マベルが何を言っているのか分からなかった。
 一体、何が見えているというのか。マベルは何を見て目を逸らしているのか。
 ハッとして、私は自分がどんな姿をしていたのか、今になって思いだした。
 水に落ちて、甲冑も衣類も脱いで乾かして、布を巻いているだけだった。
 だが、マベルを地面に突き飛ばしたとき、それが緩んでいたらしい。
 あまりにもヒートアップしていて、私はそれに気付いていなかった。
 とどのつまり、どういうことなのかというと――。
「きゃあああああぁぁあぁぁぁぁあっ!!!?」
 自分でもワケが分からないくらい、酷くあられもない悲鳴が出た。
 そう、私は全裸で――すっぽんぽんで、男を真正面から馬乗りになっていた。
 マベルも当然、私と似たような恰好をしている。
 それは、傍から見れば裸同士、男女で絡み合っているのと同義。
 まだ結婚もしていないというのにどうしてこんな姿で絡み合っているのか。
 いや、まだも何も、私とマベルは結婚する予定などないのだが!?
 こんなの、ドスケベな痴女じゃないか!!
「――ナリー、リナリー、落ち着いて。冷静に、冷静に」
「私はヘンタイじゃないぃぃ!!!?」
「落ち着くんだッ!」
「ほわっ!?」
 ……マベルが私に抱き着いてきた。
 私もマベルも、殆ど裸みたいな恰好なのに?
 顔が、火のように猛烈に熱くなってくるのを感じる。
「ごめん……、ボクは心が弱いんだ。だから、見ていられなかったのはよく分かる。女性のキミにこんなにも気を遣わせてしまって……、本当に、軟弱者だ」
 はわわ……、マベルの胸板厚いぃぃ……、凄いなんかポカポカするぅぅ……。
「だけどリナリー、キミのおかげでちょっとだけ、自分に自信が持てた気がするよ。ボクも騎士というものを誤解していたのかもしれない」
 し、至近距離で、ま、マベルの吐息がかかってくるぅぅ……。
 耳が溶けそうだぁぁ……、心臓の音、聞こえていないか? ヤバくないか?
 ちょ、ちょっと待ってくれ、本当に無理、ヤバい、マズい!
「ヌハッ!? ま、マベル、わ、分かったから、も、もう離せ!」
「す、すまない。強く抱きしめすぎたかもしれない……」
 はぁ……、胸がバクバク通り越して、ドックンドックン唸ってる気がする。
 一気に全身から力が抜けてきた……。
 膝の下から力が抜けて行ってしまい、ふにゃふにゃになっていく。
 私は慌てて手を伸ばし、布切れを拾い上げ、もう一度自分の体に巻く。
 こんなにも異性に素肌を晒したのは初めてじゃないか?
 もう、頭が沸騰してしまいそうだ。
「リナリー、勇気づけてくれてありがとう。確かにキミの言う通りだった」
 マベルが何か言っているのだが、正直、頭に入ってこない。
「ボクは、騎士であることを、父さんのようになることなのだと勝手に思っていた。だから誇りを持つこともできなかった。そうなれないこと、逃げ出してしまうことを弱いことだと思い込んでいたみたいだ」
 よく分からないが、マベルが納得したような顔をしている。
 一応私の言葉で元気が出たらしい。ぶっちゃけ何を言ったのかもう覚えてないが。
「ボクは、向き合うことにしたよ。クレプリーズ家の持つ罪と」
 覚悟を決めた顔で、マベルが言い放つ。
 どうして男の人ってこんな半裸の姿で格好つけられるのだろう。
 そんなことを思いながらも、疲弊からか意識が途切れそうだった。
 次に目を覚ましたとき、とんでもないことになろうとは思いもせず。