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第15話 本当に知りたいこと、本当は知らなきゃならなかったこと

ー/ー



 遺跡の地下層。そこにパチパチと小さく弾けた音を立てて燃ゆる焚火が一つ。
 それを囲うようにして、私とマベルは座り込んでいた。

 迂闊にも水流の罠に流されて、水没してしまった荷物をどうにか回収するに至り、乾かせるものは乾かして暖をとっているのが現状だ。
 不甲斐ないの言葉だけではとても言い表せない失態としか思えない。

「リナリー、体が震えているが、無茶しているんじゃないか?」

 先ほどから優しい声を掛けてくれるマベルを、私はあまり直視できていなかった。気恥ずかしさもあったが、濡れた甲冑やインナーも脱ぎ去った姿を見れなかった。
 今さら異性の半裸程度のもので動揺するような初心な女ではないつもりなのだが、どうしたものだろう。

「……大丈夫だ。何ら問題はない。まんまと罠に掛かった自分を恥じていただけだ」
「自分に厳しすぎると思うよ。どうしてそんな風に振る舞うんだい?」
「それは……、もちろん、私が騎士だからだ――っくしゅ!」

 思わず、くしゃみしてしまった。情けなさの上塗りだ。これは死にたい。

「騎士だからって何でもかんでも完璧である必要ない。そんな騎士なんていないよ。ボクを見て、同じことを言えるかい?」

 軟弱……とは思っていたが、こうして改めてみると筋肉はないわけでもないのか。鍛え抜かれた男ばかりを目にしていたから、ヒョロヒョロだと思い込んでいた。
 ガリガリというほどでもないし、むしろ逞しい肉付きはしている。
 ……いやいや、マベルが言いたいのはそういうことではないだろう。

「剣もロクに握ったことがなくて、戦闘経験もない騎士か……、はっ、確かにな」

 私の考える騎士の像とは程遠いのは確かだ。だからこそ、そこに苛立ちもある。
 それと同時に、マベルに私の求める騎士の像も兼ね備えているように感じている。矛盾としか言いようがない。だからモヤモヤして仕方ないのだ。

「ボクも、自分で自分のことを騎士だとは認めたくないんだ。でも、ボクは騎士だ。誰が認めなくとも、その立場にあり、責任を負う側の人間だ」
「私と比較するつもりか――ふん。だが、私は生まれついての騎士ではなかった。貴族に生まれて、自らの意志で騎士を目指した身。家族にも友人にも笑われたよ。それでもなお、騎士にまで成り上がったのはこの理想があったからだ」

 私の言葉を聞いて、マベルの顔が少し暗く見えた。
 焚火が弱まったせいなんかでは決してない。

「あ、いや、私は別にマベルを責めているわけでは……、ただ私の理想は高いと」
「……違う、そうじゃない」

 引き攣るような声で言う。違うとは。一体何が違うというのか。
 何処か、私とマベルで酷く嚙み合わないものがある。それが何か分からない。

「何が違うというのだ。私はクレプリーズ家のような誇り高き騎士になるべくして、この剣に誓い、理想の騎士を目指してきたのだぞ」

 艱難辛苦を乗り越えてきたのもこの理想を目指していたからこそ。

「君は、クレプリーズ家が立派な騎士の名家だと、本気で思っているのか?」
「何の話だ、藪から棒に。それは事実じゃないか。クレプリーズ家こそ理想の――」
「――違うっ! 違うんだ!」

 遺跡の空洞にマベルのつんざくような叫びが響く。
 マベルには珍しい大声に、私も思わず一瞬怯んでしまった。

 私にとっての理想の騎士とは、まさしくクレプリーズ家。
 代々騎士の血を引き、アミトライン領を治めてきた、偉大な一族のはずだ。

「すまない、リナリー。突然大きな声を出してしまって……」
「それはいい。だが、どういうことか説明してくれ」

 マベルは少し目を伏せ、考え込む。そこまで悩むことなのだろうか。

「キミにはずっと言いたかったことがあった。そしてずっと言えなかったことだ」

 そのマベルの表情からは、どう取り繕っても明るくなりえない感情が滲んでいた。喉の奥に大きな何かをつっかえたような、酷い顔だ。

「とっとと言え。話して楽になるなら聞こう。広めたくないのなら私も黙る」

 面と向かって言い放つが、それでもマベルは煮え切らない。
 クレプリーズ家のことだというのなら、私にとって無関係な話ではない。

「キミが傷つくことになる話だ。キミの持つ理想もプライドも、全て壊してしまう」
「おいおい、また随分大きく出てきたな。だが、冗談のつもりではないのだろう? だとしたらなおさら吐き出した方がいいんじゃないのか」

 むしろそこまで焦らされて聞かされない方が私にも苦痛だ。

「マベル。貴様、それをいつから悩んでいる? つい最近でもないのだろ?」
「……そうだ。キミの妹とペウルが結婚する以前からずっと」

 酷く、きな臭い話が出てくる予感しかない。
 領土間に亀裂に入りそうな、引き返すことのできない話かもしれない。

「私も引っかかっていたことはあった。私の口から出まかせの修行に付き合う理由。その場で適当に断るか、適当に合わせてから逃げ出すこともできたはずだろう」

 私に言いたいことがあった。そう考えるのが自然だ。
 だが、その時点では会ったこともない私に伝えたいこととは何だというのか。

「そこまで引きずっているなら言え。貴様のクレプリーズ家に何があるというのだ」
「察しのいいキミに、これ以上、隠し続けるのも、さすがに辛くなってきたね」

 マベルが、酷く大きな溜め息をつき、さらに大きく深呼吸する。

「リナリー、まずはキミに聞きたい。隣のアミトライン領は、どうして裕福なのか。そして、このパエデロス領は貧困に苦しんでいるのか。その理由を知っているか?」
「この私を試すのか? 残念だがその程度の知識は子供でも知っていることだろう。アミトライン領にはこのダンジョンのような豊富な地下資源が存在していたからだ。それを狙い、パエデロス領の者が盗掘し、密輸を繰り返した。これが要因だ」

 前領主はその事実を黙認していたか、見過ごしていたため、アミトライン領側から経済制裁を食らい、たんまりと資源を返還され、多額の関税で肥えた。

 ファンシトム国とレッドアイズ国の国交断絶になりかねない大失態。
 これにより長いことアミトライン領とパエデロス領は一触即発の関係だった。
 領土間に巨大な壁を設けられたのもそれが理由。

 こうして、ただでさえ辺境の地でしかなかったパエデロス領はやせ細っていって、こじんまりとした貧困の領土、治安の悪い土地となってしまったわけだ。

「じゃあ、それが逆だとしたら、どう思う?」
「ぎゃ、逆? どういうことだ?」
「確かにアミトライン領にもダンジョンは存在している。資源豊富な人工の貯蔵庫。同様にパエデロス領にも多くのダンジョンが点在している」

 パエデロス領がアミトライン領のダンジョンから盗掘し密輸していたのではなく、その逆ということはアミトライン領側パエデロス領から盗掘ということ。

「馬鹿な。確かに、パエデロス領は最近になってダンジョンが発見されていったが、経済制裁やら国交断絶寸前の問題はもっと時期的に前の話じゃないか」
「パエデロス領の地下資源が発見されたのは最近じゃない、としたら?」

 そんなはずは、といいたいところだが、それを否定する厳密な証拠はない。
 遺跡にしても古の時代からあるものなのだから、いつかなんて証明しようがない。
 最近発展してきたパエデロス領の集落が賑わったのが最近のことだからと言って、即ちダンジョンが認知されたことも最近とは限らない。

「まあ、待てマベル。それだとおかしなことになるではないか」
「そう、でもこれは実際に起こったことなんだ」
「資源を盗まれた側が経済制裁を食らい、盗んだ側が私腹を肥やしたというのか?」

 馬鹿げている。あまりにも馬鹿げた話だ。
 どうしてそんなあべこべなことになってしまうのか。

「ボクがこのことを知ったのは偶然だった。父さんの隠していた書類から分かった。アミトライン領のダンジョンは、元々枯渇しかけていたんだ。それを隠蔽した上で、パエデロス領側から密輸される資源を黙認していた」
「クレプリーズは……お前の父、シロイ・クレプリーズは密輸を黙認してただと?」

 それでは私の持っている常識が、そのままひっくり返ってしまう。

「長年、父さんは計上を誤魔化し続けていたんだ。パエデロス領の資源がなければ、アミトライン領は経済破綻することが予見されていたから」
「密輸で領土の経済を回していたらバレるではないか!」
「だから、事実を逆にしたんだ。幸か不幸か、パエデロス領のダンジョンの存在は、当時でも公にはなっていなかったからね」

 荒唐無稽なホラ話を聞かされているみたいな気分だ。
 悪ふざけでも度が過ぎているとしか思えない。
 マベルに限って、こんな大嘘を平気で吐くとも思えない。

「これがクレプリーズ家と、そしてパエデロス領の真実なんだ」


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 それを囲うようにして、私とマベルは座り込んでいた。
 迂闊にも水流の罠に流されて、水没してしまった荷物をどうにか回収するに至り、乾かせるものは乾かして暖をとっているのが現状だ。
 不甲斐ないの言葉だけではとても言い表せない失態としか思えない。
「リナリー、体が震えているが、無茶しているんじゃないか?」
 先ほどから優しい声を掛けてくれるマベルを、私はあまり直視できていなかった。気恥ずかしさもあったが、濡れた甲冑やインナーも脱ぎ去った姿を見れなかった。
 今さら異性の半裸程度のもので動揺するような初心な女ではないつもりなのだが、どうしたものだろう。
「……大丈夫だ。何ら問題はない。まんまと罠に掛かった自分を恥じていただけだ」
「自分に厳しすぎると思うよ。どうしてそんな風に振る舞うんだい?」
「それは……、もちろん、私が騎士だからだ――っくしゅ!」
 思わず、くしゃみしてしまった。情けなさの上塗りだ。これは死にたい。
「騎士だからって何でもかんでも完璧である必要ない。そんな騎士なんていないよ。ボクを見て、同じことを言えるかい?」
 軟弱……とは思っていたが、こうして改めてみると筋肉はないわけでもないのか。鍛え抜かれた男ばかりを目にしていたから、ヒョロヒョロだと思い込んでいた。
 ガリガリというほどでもないし、むしろ逞しい肉付きはしている。
 ……いやいや、マベルが言いたいのはそういうことではないだろう。
「剣もロクに握ったことがなくて、戦闘経験もない騎士か……、はっ、確かにな」
 私の考える騎士の像とは程遠いのは確かだ。だからこそ、そこに苛立ちもある。
 それと同時に、マベルに私の求める騎士の像も兼ね備えているように感じている。矛盾としか言いようがない。だからモヤモヤして仕方ないのだ。
「ボクも、自分で自分のことを騎士だとは認めたくないんだ。でも、ボクは騎士だ。誰が認めなくとも、その立場にあり、責任を負う側の人間だ」
「私と比較するつもりか――ふん。だが、私は生まれついての騎士ではなかった。貴族に生まれて、自らの意志で騎士を目指した身。家族にも友人にも笑われたよ。それでもなお、騎士にまで成り上がったのはこの理想があったからだ」
 私の言葉を聞いて、マベルの顔が少し暗く見えた。
 焚火が弱まったせいなんかでは決してない。
「あ、いや、私は別にマベルを責めているわけでは……、ただ私の理想は高いと」
「……違う、そうじゃない」
 引き攣るような声で言う。違うとは。一体何が違うというのか。
 何処か、私とマベルで酷く嚙み合わないものがある。それが何か分からない。
「何が違うというのだ。私はクレプリーズ家のような誇り高き騎士になるべくして、この剣に誓い、理想の騎士を目指してきたのだぞ」
 艱難辛苦を乗り越えてきたのもこの理想を目指していたからこそ。
「君は、クレプリーズ家が立派な騎士の名家だと、本気で思っているのか?」
「何の話だ、藪から棒に。それは事実じゃないか。クレプリーズ家こそ理想の――」
「――違うっ! 違うんだ!」
 遺跡の空洞にマベルのつんざくような叫びが響く。
 マベルには珍しい大声に、私も思わず一瞬怯んでしまった。
 私にとっての理想の騎士とは、まさしくクレプリーズ家。
 代々騎士の血を引き、アミトライン領を治めてきた、偉大な一族のはずだ。
「すまない、リナリー。突然大きな声を出してしまって……」
「それはいい。だが、どういうことか説明してくれ」
 マベルは少し目を伏せ、考え込む。そこまで悩むことなのだろうか。
「キミにはずっと言いたかったことがあった。そしてずっと言えなかったことだ」
 そのマベルの表情からは、どう取り繕っても明るくなりえない感情が滲んでいた。喉の奥に大きな何かをつっかえたような、酷い顔だ。
「とっとと言え。話して楽になるなら聞こう。広めたくないのなら私も黙る」
 面と向かって言い放つが、それでもマベルは煮え切らない。
 クレプリーズ家のことだというのなら、私にとって無関係な話ではない。
「キミが傷つくことになる話だ。キミの持つ理想もプライドも、全て壊してしまう」
「おいおい、また随分大きく出てきたな。だが、冗談のつもりではないのだろう? だとしたらなおさら吐き出した方がいいんじゃないのか」
 むしろそこまで焦らされて聞かされない方が私にも苦痛だ。
「マベル。貴様、それをいつから悩んでいる? つい最近でもないのだろ?」
「……そうだ。キミの妹とペウルが結婚する以前からずっと」
 酷く、きな臭い話が出てくる予感しかない。
 領土間に亀裂に入りそうな、引き返すことのできない話かもしれない。
「私も引っかかっていたことはあった。私の口から出まかせの修行に付き合う理由。その場で適当に断るか、適当に合わせてから逃げ出すこともできたはずだろう」
 私に言いたいことがあった。そう考えるのが自然だ。
 だが、その時点では会ったこともない私に伝えたいこととは何だというのか。
「そこまで引きずっているなら言え。貴様のクレプリーズ家に何があるというのだ」
「察しのいいキミに、これ以上、隠し続けるのも、さすがに辛くなってきたね」
 マベルが、酷く大きな溜め息をつき、さらに大きく深呼吸する。
「リナリー、まずはキミに聞きたい。隣のアミトライン領は、どうして裕福なのか。そして、このパエデロス領は貧困に苦しんでいるのか。その理由を知っているか?」
「この私を試すのか? 残念だがその程度の知識は子供でも知っていることだろう。アミトライン領にはこのダンジョンのような豊富な地下資源が存在していたからだ。それを狙い、パエデロス領の者が盗掘し、密輸を繰り返した。これが要因だ」
 前領主はその事実を黙認していたか、見過ごしていたため、アミトライン領側から経済制裁を食らい、たんまりと資源を返還され、多額の関税で肥えた。
 ファンシトム国とレッドアイズ国の国交断絶になりかねない大失態。
 これにより長いことアミトライン領とパエデロス領は一触即発の関係だった。
 領土間に巨大な壁を設けられたのもそれが理由。
 こうして、ただでさえ辺境の地でしかなかったパエデロス領はやせ細っていって、こじんまりとした貧困の領土、治安の悪い土地となってしまったわけだ。
「じゃあ、それが逆だとしたら、どう思う?」
「ぎゃ、逆? どういうことだ?」
「確かにアミトライン領にもダンジョンは存在している。資源豊富な人工の貯蔵庫。同様にパエデロス領にも多くのダンジョンが点在している」
 パエデロス領がアミトライン領のダンジョンから盗掘し密輸していたのではなく、その逆ということはアミトライン領側パエデロス領から盗掘ということ。
「馬鹿な。確かに、パエデロス領は最近になってダンジョンが発見されていったが、経済制裁やら国交断絶寸前の問題はもっと時期的に前の話じゃないか」
「パエデロス領の地下資源が発見されたのは最近じゃない、としたら?」
 そんなはずは、といいたいところだが、それを否定する厳密な証拠はない。
 遺跡にしても古の時代からあるものなのだから、いつかなんて証明しようがない。
 最近発展してきたパエデロス領の集落が賑わったのが最近のことだからと言って、即ちダンジョンが認知されたことも最近とは限らない。
「まあ、待てマベル。それだとおかしなことになるではないか」
「そう、でもこれは実際に起こったことなんだ」
「資源を盗まれた側が経済制裁を食らい、盗んだ側が私腹を肥やしたというのか?」
 馬鹿げている。あまりにも馬鹿げた話だ。
 どうしてそんなあべこべなことになってしまうのか。
「ボクがこのことを知ったのは偶然だった。父さんの隠していた書類から分かった。アミトライン領のダンジョンは、元々枯渇しかけていたんだ。それを隠蔽した上で、パエデロス領側から密輸される資源を黙認していた」
「クレプリーズは……お前の父、シロイ・クレプリーズは密輸を黙認してただと?」
 それでは私の持っている常識が、そのままひっくり返ってしまう。
「長年、父さんは計上を誤魔化し続けていたんだ。パエデロス領の資源がなければ、アミトライン領は経済破綻することが予見されていたから」
「密輸で領土の経済を回していたらバレるではないか!」
「だから、事実を逆にしたんだ。幸か不幸か、パエデロス領のダンジョンの存在は、当時でも公にはなっていなかったからね」
 荒唐無稽なホラ話を聞かされているみたいな気分だ。
 悪ふざけでも度が過ぎているとしか思えない。
 マベルに限って、こんな大嘘を平気で吐くとも思えない。
「これがクレプリーズ家と、そしてパエデロス領の真実なんだ」