第4話 地元の治安が悪すぎる上に住民たちにも嫌われてるっぽい
ー/ー パエデロス領は治安が悪い。これは共通認識でいいと思う。
何処へ行っても貧困に喘ぐ声ばかりで、結果として荒くれ者ばかり集まる。
聞いた話によれば、前領主オレロ氏がアミトライン領から密輸を繰り返した結果、経済制裁を食らい、国境間の関係が険悪になったのだという。
貧困が悪いとはいえ、全く迷惑な話である。その尻ぬぐいをやらされているのが、現領主――つまり私の父ビパリーなわけだ。
もちろん、私も騎士としてこのパエデロスでは色々と仕事を任せてもらっている。
そのうちの一つが治安維持だ。今まさにやろうとしていることでもある。
盗賊やら蛮族やら悪徳商人やらをひっ捕らえるのが今の私の任務。
悪い連中に限りはないのだからキリのない仕事のようにも思える。
これはこれでやりがいもあるし、着任当初から見ると治安もかなり良くなった。
……と思う。
「おいおい、そこの下衆男ども。何を騒いでいるんだ」
私は大通りのポツポツとした人だかりを避けて、見るからに恐喝の現場と思われる集団を目の当たりにする。またかという気分だ。
旅帰りで甲冑を身に着けてはいなかったが、腰の剣一本で十分だろう。
「なんだ? う、うおっ、アンタは、リ、リナリーさん!」
「そんな……しばらく帰ってこないはずじゃ……やっべぇ、逃げるぞ!」
「うひぃ! 勘弁してくれぇー!」
人の顔を見るなり、蜘蛛の子を散らすみたいに男どもが逃げていく。
ここいらでは私も大分幅を利かせたものだ。最初こそ突っかかる者も多かったが、みんな叩きのめしてやったからこの通りだ。
野次馬たちも喧嘩が見れないと分かってか、しぶしぶ散っていく。
騒ぎを鎮圧したのだから多少なり感謝してもらってもおかしくはないところだが、まあ元々部外者である私を歓迎する空気には期待していない。
やっていることは治安維持だが、悪く言えば牽制。
ここ数年にやってきたばかりの新参が威張り散らしていると解釈されても自然だ。
私が悪い連中を追っ払ったところで飯が食えるわけでもない。
領主の娘としては支援したい気持ちも山々だが、今は国境整備で手一杯。
特に、関所の向こう側が別世界のように賑やかだから余計に気まずさもある。
「おい、そこの。立てるか?」
私は、悪党どもに襲われていた男に声をかける。
既に数度殴られているようで顔も腫れていた。なんと情けない姿。
「……あ、ああ、すまない。大丈夫だ。この通り、自分で立てる」
そんなことを言いながらよれよれと立ち上がる。なんともひょろっとした男だ。
少なくとも騎士には見えない。身なりも良くないし、商人見習いだろうか。
「見ない顔だが、アミトラインの人間か?」
「ええと、まあ、そんな感じだ。一応何度もこっちには来てるんだけどね」
「せめて護身用の武器ぐらい携帯すべきだ。何故丸腰なんだ」
パエデロス領にまたいできて不用心が過ぎる。盗賊たちの恰好の的だ。
腕っぷしが強いならまだしも、集団でボコボコにされているし。
「武器は……持たない主義なんだ」
とんだ変わり者もいたもんだ。ここを何だと思っている。パエデロスだぞ。
男は未だ足元がおぼつかない。軟弱にもほどがある。
「助けていただいたことには感謝する。このご恩は、いずれまた」
踵を返すも、酷くフラフラっとした足取りで何処かへと去ろうとするものだから、私もついつい手が伸びる。
「待て、何をそんなに急いでいる。そんな状態じゃまた変なのに絡まれるぞ」
そそくさとこの場を早く去りたいという意思をくみ取れる。
そんなに私のことが嫌いなのだろうか。いや、初対面でそれもないと思うが。
いずれにせよ、さっきのアレではあまり関わりたくないのかもしれない。
「この先に診療所がある。まずはそこで診てもらえ。それくらいの猶予はあるだろ」
私のことをどう思われていようが知ったことか。
こんな軟弱な怪我人を見過ごして野垂れ死なれたら騎士の恥だ。
「……あ、ああ、分かった」
やはり、何処となく忌避の態度を感じられる。
嫌われるような態度をとったつもりはないが、気に障ることでもあったのか。
それとも、他に何か理由でもあるのか。
まあ、今の私の恰好は旅用の軽装だから騎士とは思われていないのかもしれない。剣を腰に差した、眼光だけで男を追い払う女だと思えばこんな態度になるか。
「大丈夫、ボクは一人で歩けます」
そういって、私の手をやさしく退けた。
「……ところで、あなたは先ほど、リナリーと呼ばれていましたが、ひょっとして、パエデロスの領主の娘、リナリー・アイノナイトさん、ですか?」
恐る恐る訊ねてくる。さすがに知らないということもなかったか。
ここはわざわざあえて隠す必要もないだろう。後ろめたくもない。
「ああ、そうだ。すまないな、私の父もこの地の治安の悪さには頭を痛めている」
「いや、あなたが気に病むことはない。ボクが不甲斐なかっただけなんだ」
なんと卑屈な態度だろう。それとも私を気遣っているつもりなのだろうか。
こうも弱々しい男を見たのも久しいように思う。
そんなとき、私の脳裏にふと過ぎったのは、マベルのことだった。
結局、昨晩は散々悶々とさせられた挙句に、結局、会うこともなかったわけだが、彼だったらこの状況をどう潜り抜けていたのだろう、なんて考えてしまう。
やはり、騎士の家系であるクレプリーズ家の長男だ。
悪党の方から近付いてくることもないくらい、屈強な男に違いない。
仮に複数に囲まれたとしても、腕っぷし一つで返り討ちなのだろうな。
武器を持たない主義だか何だか知らないが、丸腰で一方的にやられるだけの男など論外といえるだろう。マベルとは違う。やはり一度会っておきたかった。
「ところで名前を聞いたついでだ。お前の名は何という?」
「ははは、領主の娘、騎士様の前とあっちゃ、ボクに名乗る名もないさ」
今、私は拒絶されたのだろうか。
どうしてこんなにもこの男は私を避けようとするのだろう。
何故だか、少しの悔しさも込み上げてくる。
「さて、じゃあボクは行かせてもらうよ。もちろん、診療所にね。ありがとう」
「あ、ああ。道中、気を付けるんだぞ」
ここは「いや、私が連れて行ってやる!」と強引でもついていくつもりだったが、こうも突き放したような態度ではそういう気になれなかった。
別に、私は嫌われたくて騎士をやっているわけじゃない。
どうせ診療所も既に見えている距離だ。変な奴らに絡まれることもあるまい。
よれよれおぼつかない男の背中を見届けながらも、私は何度か躊躇った踵を返す。
なんで私がこんなモヤモヤとした気持ちにならなきゃならないのか。
返した足はそのまま、帰路へと就く。
この集落で最も目立つ、唯一のレンガ造りの屋敷こそ、私の今の自宅。
父ビパリーも私の帰りを待ってソワソワしていることだろう。
※ ※ ※
「おかえり、リナ。予定より少し早かったようだね」
「ただいま戻りました、父上」
「まあまあ積もる話もあるかな。茶を飲みながらゆっくりリノの話も聞かせてくれ」
穏やかな雰囲気を身にまとう初老の男。我が父ビパリー・アイノナイトだ。
頬が溶けそうなほどの笑顔をまとっているが、くたびれた顔は隠しきれていない。
インクで黒く汚れた手をこっそり隠しつつ、私を迎え入れてくれた。
「リナリーお嬢様、おかえりなさいませ。ただいまお茶をお持ちいたします」
「うむ、ありがとう」
執事に挨拶だけくれて、父を先頭に私は談話室へと移動する。
お気に入りのソファに腰を落とし、旅の疲労がここでワッと出てきた。
「長旅も疲れたろう。ここはお前の家だ。ゆっくり休みなさい」
私も顔に出ていたらしい。
少し恥ずかしくなるが、やはり気も緩む。
それからしばらくは父と取り留めのない話をしながらカップを空にした。
リノンが幸せそうだったこと。子供ももう生まれたこと。
旦那のペウルも優しく頼れる男だったこと。
……そして、パーティでマベルが失踪したことも父に打ち明けた。
「――そうか。それは残念だったというべきか。いやリナの気持ちもあるだろうから一概にはそうとは言えないか」
父は変わらぬ優しい顔で言ってくれる。
父としては、リノンと同じように私がクレプリーズ家に嫁ぐことは異議がない。
とはいえ、私以上にかなり複雑に考えてはいてくれているようだ。
「結婚なんて私には……」
濁る茶もないが、茶を濁す。
「娘が幸せになってくれれば、父としては十分さ。お前にはこれまで苦労も掛けた。好きなように生きてくれた方が嬉しいに決まってる」
随分と遠い目で言う。まあ、私が騎士になるのには相当反対していたしな。
今さら言うこともないのだろう。
「ところでリナ。話があるのだが」
急に父が声のトーンを落とす。珍しく真剣な眼差しも見せる。
一体なんなんだろうか。
何処へ行っても貧困に喘ぐ声ばかりで、結果として荒くれ者ばかり集まる。
聞いた話によれば、前領主オレロ氏がアミトライン領から密輸を繰り返した結果、経済制裁を食らい、国境間の関係が険悪になったのだという。
貧困が悪いとはいえ、全く迷惑な話である。その尻ぬぐいをやらされているのが、現領主――つまり私の父ビパリーなわけだ。
もちろん、私も騎士としてこのパエデロスでは色々と仕事を任せてもらっている。
そのうちの一つが治安維持だ。今まさにやろうとしていることでもある。
盗賊やら蛮族やら悪徳商人やらをひっ捕らえるのが今の私の任務。
悪い連中に限りはないのだからキリのない仕事のようにも思える。
これはこれでやりがいもあるし、着任当初から見ると治安もかなり良くなった。
……と思う。
「おいおい、そこの下衆男ども。何を騒いでいるんだ」
私は大通りのポツポツとした人だかりを避けて、見るからに恐喝の現場と思われる集団を目の当たりにする。またかという気分だ。
旅帰りで甲冑を身に着けてはいなかったが、腰の剣一本で十分だろう。
「なんだ? う、うおっ、アンタは、リ、リナリーさん!」
「そんな……しばらく帰ってこないはずじゃ……やっべぇ、逃げるぞ!」
「うひぃ! 勘弁してくれぇー!」
人の顔を見るなり、蜘蛛の子を散らすみたいに男どもが逃げていく。
ここいらでは私も大分幅を利かせたものだ。最初こそ突っかかる者も多かったが、みんな叩きのめしてやったからこの通りだ。
野次馬たちも喧嘩が見れないと分かってか、しぶしぶ散っていく。
騒ぎを鎮圧したのだから多少なり感謝してもらってもおかしくはないところだが、まあ元々部外者である私を歓迎する空気には期待していない。
やっていることは治安維持だが、悪く言えば牽制。
ここ数年にやってきたばかりの新参が威張り散らしていると解釈されても自然だ。
私が悪い連中を追っ払ったところで飯が食えるわけでもない。
領主の娘としては支援したい気持ちも山々だが、今は国境整備で手一杯。
特に、関所の向こう側が別世界のように賑やかだから余計に気まずさもある。
「おい、そこの。立てるか?」
私は、悪党どもに襲われていた男に声をかける。
既に数度殴られているようで顔も腫れていた。なんと情けない姿。
「……あ、ああ、すまない。大丈夫だ。この通り、自分で立てる」
そんなことを言いながらよれよれと立ち上がる。なんともひょろっとした男だ。
少なくとも騎士には見えない。身なりも良くないし、商人見習いだろうか。
「見ない顔だが、アミトラインの人間か?」
「ええと、まあ、そんな感じだ。一応何度もこっちには来てるんだけどね」
「せめて護身用の武器ぐらい携帯すべきだ。何故丸腰なんだ」
パエデロス領にまたいできて不用心が過ぎる。盗賊たちの恰好の的だ。
腕っぷしが強いならまだしも、集団でボコボコにされているし。
「武器は……持たない主義なんだ」
とんだ変わり者もいたもんだ。ここを何だと思っている。パエデロスだぞ。
男は未だ足元がおぼつかない。軟弱にもほどがある。
「助けていただいたことには感謝する。このご恩は、いずれまた」
踵を返すも、酷くフラフラっとした足取りで何処かへと去ろうとするものだから、私もついつい手が伸びる。
「待て、何をそんなに急いでいる。そんな状態じゃまた変なのに絡まれるぞ」
そそくさとこの場を早く去りたいという意思をくみ取れる。
そんなに私のことが嫌いなのだろうか。いや、初対面でそれもないと思うが。
いずれにせよ、さっきのアレではあまり関わりたくないのかもしれない。
「この先に診療所がある。まずはそこで診てもらえ。それくらいの猶予はあるだろ」
私のことをどう思われていようが知ったことか。
こんな軟弱な怪我人を見過ごして野垂れ死なれたら騎士の恥だ。
「……あ、ああ、分かった」
やはり、何処となく忌避の態度を感じられる。
嫌われるような態度をとったつもりはないが、気に障ることでもあったのか。
それとも、他に何か理由でもあるのか。
まあ、今の私の恰好は旅用の軽装だから騎士とは思われていないのかもしれない。剣を腰に差した、眼光だけで男を追い払う女だと思えばこんな態度になるか。
「大丈夫、ボクは一人で歩けます」
そういって、私の手をやさしく退けた。
「……ところで、あなたは先ほど、リナリーと呼ばれていましたが、ひょっとして、パエデロスの領主の娘、リナリー・アイノナイトさん、ですか?」
恐る恐る訊ねてくる。さすがに知らないということもなかったか。
ここはわざわざあえて隠す必要もないだろう。後ろめたくもない。
「ああ、そうだ。すまないな、私の父もこの地の治安の悪さには頭を痛めている」
「いや、あなたが気に病むことはない。ボクが不甲斐なかっただけなんだ」
なんと卑屈な態度だろう。それとも私を気遣っているつもりなのだろうか。
こうも弱々しい男を見たのも久しいように思う。
そんなとき、私の脳裏にふと過ぎったのは、マベルのことだった。
結局、昨晩は散々悶々とさせられた挙句に、結局、会うこともなかったわけだが、彼だったらこの状況をどう潜り抜けていたのだろう、なんて考えてしまう。
やはり、騎士の家系であるクレプリーズ家の長男だ。
悪党の方から近付いてくることもないくらい、屈強な男に違いない。
仮に複数に囲まれたとしても、腕っぷし一つで返り討ちなのだろうな。
武器を持たない主義だか何だか知らないが、丸腰で一方的にやられるだけの男など論外といえるだろう。マベルとは違う。やはり一度会っておきたかった。
「ところで名前を聞いたついでだ。お前の名は何という?」
「ははは、領主の娘、騎士様の前とあっちゃ、ボクに名乗る名もないさ」
今、私は拒絶されたのだろうか。
どうしてこんなにもこの男は私を避けようとするのだろう。
何故だか、少しの悔しさも込み上げてくる。
「さて、じゃあボクは行かせてもらうよ。もちろん、診療所にね。ありがとう」
「あ、ああ。道中、気を付けるんだぞ」
ここは「いや、私が連れて行ってやる!」と強引でもついていくつもりだったが、こうも突き放したような態度ではそういう気になれなかった。
別に、私は嫌われたくて騎士をやっているわけじゃない。
どうせ診療所も既に見えている距離だ。変な奴らに絡まれることもあるまい。
よれよれおぼつかない男の背中を見届けながらも、私は何度か躊躇った踵を返す。
なんで私がこんなモヤモヤとした気持ちにならなきゃならないのか。
返した足はそのまま、帰路へと就く。
この集落で最も目立つ、唯一のレンガ造りの屋敷こそ、私の今の自宅。
父ビパリーも私の帰りを待ってソワソワしていることだろう。
※ ※ ※
「おかえり、リナ。予定より少し早かったようだね」
「ただいま戻りました、父上」
「まあまあ積もる話もあるかな。茶を飲みながらゆっくりリノの話も聞かせてくれ」
穏やかな雰囲気を身にまとう初老の男。我が父ビパリー・アイノナイトだ。
頬が溶けそうなほどの笑顔をまとっているが、くたびれた顔は隠しきれていない。
インクで黒く汚れた手をこっそり隠しつつ、私を迎え入れてくれた。
「リナリーお嬢様、おかえりなさいませ。ただいまお茶をお持ちいたします」
「うむ、ありがとう」
執事に挨拶だけくれて、父を先頭に私は談話室へと移動する。
お気に入りのソファに腰を落とし、旅の疲労がここでワッと出てきた。
「長旅も疲れたろう。ここはお前の家だ。ゆっくり休みなさい」
私も顔に出ていたらしい。
少し恥ずかしくなるが、やはり気も緩む。
それからしばらくは父と取り留めのない話をしながらカップを空にした。
リノンが幸せそうだったこと。子供ももう生まれたこと。
旦那のペウルも優しく頼れる男だったこと。
……そして、パーティでマベルが失踪したことも父に打ち明けた。
「――そうか。それは残念だったというべきか。いやリナの気持ちもあるだろうから一概にはそうとは言えないか」
父は変わらぬ優しい顔で言ってくれる。
父としては、リノンと同じように私がクレプリーズ家に嫁ぐことは異議がない。
とはいえ、私以上にかなり複雑に考えてはいてくれているようだ。
「結婚なんて私には……」
濁る茶もないが、茶を濁す。
「娘が幸せになってくれれば、父としては十分さ。お前にはこれまで苦労も掛けた。好きなように生きてくれた方が嬉しいに決まってる」
随分と遠い目で言う。まあ、私が騎士になるのには相当反対していたしな。
今さら言うこともないのだろう。
「ところでリナ。話があるのだが」
急に父が声のトーンを落とす。珍しく真剣な眼差しも見せる。
一体なんなんだろうか。
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