第18話 忘れてしまえばいい

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 さて、幻惑の腕輪とやらを手に入れてみたものの、結局のところ、今回の収穫はこれだけになってしまった。

 当初の予定では初心者用のダンジョンのつもりで挑んだのだから、あの隠し扉さえ発見できなければそもそも手ぶらで帰るハメになったことを思えば、マシとも言えるのだろうか。

 ひたすらトラップ地獄に翻弄され、格上の夢魔と苦戦を強いられて、腕輪一つというのもなかなか腑に落ちないのだが。

 この腕輪がどの程度まで有用なのかをパエデロスに帰る前に少し回り道をして試してみたのだが、効力に関して言えば、我自身が実体験したものと同等だった。

 腕輪を付けて魔力を放出していれば、とりあえず周囲の相手を誤認識させることはできた。
 例えば、先ほどのダンジョンではトラップによって趣味の悪い服に着替えさせられてしまったわけだが、そこら辺をブラついていた適当な冒険者と接触した感じ、まるでごく自然な服装であるかのように振る舞えた。

 さらに、相手に触れることにより、より誤認識を強めることができた。
 接触すればするほど効力が増すようで、まるで最初から長い付き合いの知り合いのように接することもできた。

 しかも、効力はほぼ永続に近い。初対面だった冒険者と親密に会話し、一瞬は親友かのような関係になったが、その直後には会ったことさえも忘れて、完全な赤の他人となることもできた。なんと恐ろしい効力よ。

 あの夢魔の話を何処まで信用していいのかは分からないが、名のある幻術師が造ったと言うだけのことはある。こんなものがあったら確かに国が滅びるな。

 魔力の消費も結構ハンパない。見た目を誤魔化す程度ならともかく、我の魔力では完全誤認識させるくらいまで使用しているとあっという間に枯渇してしまう。
 当面は、ミモザの魔石との併せ技になるだろう。気軽には使えない。

 さすがに取り扱いが難しいぞ、これは。
 だが、勇者を討つには有用だ。
 できることなら今すぐにでも勇者の首を取りに行ってもいいくらい。

 まあ、さすがに今日は疲れた。
 体力も魔力も使いすぎたし、頭の傷も結構痛む。これは自滅なのだが。
 寄り道をしてしまったが、パエデロスに帰ってゆっくり休むとしよう。
 勇者を倒す作戦を考えるのはまた後日だ。

 ※ ※ ※

 辺境の街パエデロスに帰り着いた頃には、すっかり外は夕暮れだった。
 本当はもう少し早く戻ってくる予定だったのだが、これは屋敷の連中が心配しているかもしれない。

 こっそりと人に見つからないように裏路地に隠れ、ミモザお手製の魔具も外し、いつもの服に着替え、パエデロスに現れた謎のご令嬢、フィーに戻る。
 やれやれ、この姿も馴染んでしまった気がするな。我としてはこの姿こそ仮の姿だというのに。

「フィーしゃあぁん!!!!」
 大通りに出たところで一瞬、ビクッとしたが声のする方を見てみると、ミモザがこっちにトタトタと走ってきていた。

「あだっ!」
 で、転ぶと。まったくコイツはいつもいつも……。

「大丈夫か、ミモザ」
 起き上がらせてみると、顔中涙と鼻水でぐじゅぐじゅになっていた。おまけに転んだせいで泥まみれの汚い面をしている。

「ふぃ……フィーさん……、ふぇえええぇぇぇん!!」
 起き上がりついでとばかりに、ミモザが我にしがみついてきた。
「おいおい、どうしたどうした。そんなに泣くことか?」

「だって……、フィーしゃんいなくなったって聞いて……心配で……。ひょっとしたら冒険の途中で何かあったのかと……」
「ふはははっ、ちょっと遅くなっただけだ。我はこの通り、ピンピンしておるぞ」
 一体いつから探し回っていたんだ。
 この様子だと、相当あちこちをかけずり回っていたようだ。

 ……もし、危うくあの遺跡から帰らなかったらどうなっていたのだろう。
 ふとそんなことを、このぐちゃぐちゃなミモザの顔を見ながら考えてみたら、少し気分が悪くなった。

「悪かった、我が悪かったよ、ミモザ。心配掛けさせたな」
「フィーしゃん、フィーしゃん……」
 ぎゅうぎゅうと締め付けてくるミモザの頭をやさしく撫でながら、何故だか安心してしまっている自分に気付く。やっと帰ってこれたのだな、と今さら実感した。

 あの遺跡では、散々ミモザの幻影に悩まされたしな。こうやって本物のミモザといられるということだけで、落ち着いた気分になっていた。
 それにしたって、なんであんなにもミモザの幻ばかり見てしまったのだろうな。

 まあ、あれだ。魔王軍の連中とは別段、言うほど親密な輩はいなかった。
 強いて言えば、長い付き合いのセバスチャンくらいのものだが、アレも口は悪いし、すぐに説教するし、顔はガイコツだしで、友人には程遠い。

 我も何千年生きてきたかな。色んな奴らを従えてきたし、それなりに慕われてきたとは思うのだが、ミモザのような友と呼べるものは初めてかもしれん。

 何せ、我は魔王。誰かに不満を抱かれることはあっても、誰かに心配されることなんてなかった。圧倒的な力を誇示して、軍を率いていたのだから。
 つくづく思う。我は弱くなってしまったものだな、と。

「さあミモザ、そろそろ泣くのはやめろ。メガネも曇ってるじゃないか。もう陽も落ちる。今日も温かい食事を用意してやるから機嫌をなおせ」
「ふぁいっ!」
 ずびっと鼻を啜り、そう返事された。

 ※ ※ ※

 夜も更け、ほどよく眠気が意識を遮ろうとする。
 同じベッドの上にいるミモザも、うとうと加減が見てとれる。
 今日はお互い、色々なことがあって疲れてしまったようだな。

「フィーしゃん……、明日は一緒にいてくれましゅか?」
 今にも眠りに就きそうな囁き声で問いかけてくる。
 よっぽど不安だったらしい。寝そべりながらも、そっと身を寄せてきた。
 ミモザの小麦のような髪をやさしく触れ、なぞる。

「ああ、我は何処かに行ったりしないさ」
 だからお前も……と続けようとしたが、そのときにはミモザはとうに目蓋を閉じて、安らかな顔をして寝入っていた。しょうがなく、毛布を掛けてやる。

「さあ、我が腕の中で眠るがよい」

 こんな夜も、あと何回迎えることができるのかは我にも分からない。
 エルフは長命種だが、ミモザの命など、永遠に近い我に比べればほんの一瞬よ。
 こんなにもか細く、か弱い命なんぞ、いつか忘れてしまうのだろうな。

「フィーしゃん……」

 ……忘れてしまうのか?
 そう思った途端、また胸の奥がざわついてきた。
 数千年と生きてきて、今さら他人の命に未練があるというのか?
 馬鹿げているな。今日は疲れすぎたんだ。

 ははっ、どうせ我は偽令嬢に過ぎない魔王だ。
 人間どもにとって悪役にしかなりえない、性悪な令嬢さ。

 ミモザのことだって、利用しているだけ。
 便利だから、都合がいいから、そばに置いているだけなんだ。

 我の心臓を貫いたあの憎き勇者を討ったら、こんな平和な街は壊してしまおう。
 なぁに、邪魔な勇者がいなくなれば後はどうとでもなる。
 元々、欲望のままに流れ着いた愚かな人間たちの集まった街だ。
 負の感情が渦巻く拠点に相応しい場所に造り替えるなど造作もないこと。

 ……そうなったらミモザはどうなる。
 我が魔王だと知ったら軽蔑するかもしれないな。
 もう二度と、こんなふうに一緒に寝ることもないだろう。

 何故なら、我は人間どもを糧にして生きる魔王。
 最初っから相容れない存在なのだから、当然だ。

 ああ、馬鹿馬鹿しい。なんて馬鹿馬鹿しい。
 我は一体、何に対して苛立ちを覚えているのだ。

 疲れた。嗚呼、疲れた。
 もう眠ってしまおう。そうして忘れてしまえばいい。


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 さて、幻惑の腕輪とやらを手に入れてみたものの、結局のところ、今回の収穫はこれだけになってしまった。
 当初の予定では初心者用のダンジョンのつもりで挑んだのだから、あの隠し扉さえ発見できなければそもそも手ぶらで帰るハメになったことを思えば、マシとも言えるのだろうか。
 ひたすらトラップ地獄に翻弄され、格上の夢魔と苦戦を強いられて、腕輪一つというのもなかなか腑に落ちないのだが。
 この腕輪がどの程度まで有用なのかをパエデロスに帰る前に少し回り道をして試してみたのだが、効力に関して言えば、我自身が実体験したものと同等だった。
 腕輪を付けて魔力を放出していれば、とりあえず周囲の相手を誤認識させることはできた。
 例えば、先ほどのダンジョンではトラップによって趣味の悪い服に着替えさせられてしまったわけだが、そこら辺をブラついていた適当な冒険者と接触した感じ、まるでごく自然な服装であるかのように振る舞えた。
 さらに、相手に触れることにより、より誤認識を強めることができた。
 接触すればするほど効力が増すようで、まるで最初から長い付き合いの知り合いのように接することもできた。
 しかも、効力はほぼ永続に近い。初対面だった冒険者と親密に会話し、一瞬は親友かのような関係になったが、その直後には会ったことさえも忘れて、完全な赤の他人となることもできた。なんと恐ろしい効力よ。
 あの夢魔の話を何処まで信用していいのかは分からないが、名のある幻術師が造ったと言うだけのことはある。こんなものがあったら確かに国が滅びるな。
 魔力の消費も結構ハンパない。見た目を誤魔化す程度ならともかく、我の魔力では完全誤認識させるくらいまで使用しているとあっという間に枯渇してしまう。
 当面は、ミモザの魔石との併せ技になるだろう。気軽には使えない。
 さすがに取り扱いが難しいぞ、これは。
 だが、勇者を討つには有用だ。
 できることなら今すぐにでも勇者の首を取りに行ってもいいくらい。
 まあ、さすがに今日は疲れた。
 体力も魔力も使いすぎたし、頭の傷も結構痛む。これは自滅なのだが。
 寄り道をしてしまったが、パエデロスに帰ってゆっくり休むとしよう。
 勇者を倒す作戦を考えるのはまた後日だ。
 ※ ※ ※
 辺境の街パエデロスに帰り着いた頃には、すっかり外は夕暮れだった。
 本当はもう少し早く戻ってくる予定だったのだが、これは屋敷の連中が心配しているかもしれない。
 こっそりと人に見つからないように裏路地に隠れ、ミモザお手製の魔具も外し、いつもの服に着替え、パエデロスに現れた謎のご令嬢、フィーに戻る。
 やれやれ、この姿も馴染んでしまった気がするな。我としてはこの姿こそ仮の姿だというのに。
「フィーしゃあぁん!!!!」
 大通りに出たところで一瞬、ビクッとしたが声のする方を見てみると、ミモザがこっちにトタトタと走ってきていた。
「あだっ!」
 で、転ぶと。まったくコイツはいつもいつも……。
「大丈夫か、ミモザ」
 起き上がらせてみると、顔中涙と鼻水でぐじゅぐじゅになっていた。おまけに転んだせいで泥まみれの汚い面をしている。
「ふぃ……フィーさん……、ふぇえええぇぇぇん!!」
 起き上がりついでとばかりに、ミモザが我にしがみついてきた。
「おいおい、どうしたどうした。そんなに泣くことか?」
「だって……、フィーしゃんいなくなったって聞いて……心配で……。ひょっとしたら冒険の途中で何かあったのかと……」
「ふはははっ、ちょっと遅くなっただけだ。我はこの通り、ピンピンしておるぞ」
 一体いつから探し回っていたんだ。
 この様子だと、相当あちこちをかけずり回っていたようだ。
 ……もし、危うくあの遺跡から帰らなかったらどうなっていたのだろう。
 ふとそんなことを、このぐちゃぐちゃなミモザの顔を見ながら考えてみたら、少し気分が悪くなった。
「悪かった、我が悪かったよ、ミモザ。心配掛けさせたな」
「フィーしゃん、フィーしゃん……」
 ぎゅうぎゅうと締め付けてくるミモザの頭をやさしく撫でながら、何故だか安心してしまっている自分に気付く。やっと帰ってこれたのだな、と今さら実感した。
 あの遺跡では、散々ミモザの幻影に悩まされたしな。こうやって本物のミモザといられるということだけで、落ち着いた気分になっていた。
 それにしたって、なんであんなにもミモザの幻ばかり見てしまったのだろうな。
 まあ、あれだ。魔王軍の連中とは別段、言うほど親密な輩はいなかった。
 強いて言えば、長い付き合いのセバスチャンくらいのものだが、アレも口は悪いし、すぐに説教するし、顔はガイコツだしで、友人には程遠い。
 我も何千年生きてきたかな。色んな奴らを従えてきたし、それなりに慕われてきたとは思うのだが、ミモザのような友と呼べるものは初めてかもしれん。
 何せ、我は魔王。誰かに不満を抱かれることはあっても、誰かに心配されることなんてなかった。圧倒的な力を誇示して、軍を率いていたのだから。
 つくづく思う。我は弱くなってしまったものだな、と。
「さあミモザ、そろそろ泣くのはやめろ。メガネも曇ってるじゃないか。もう陽も落ちる。今日も温かい食事を用意してやるから機嫌をなおせ」
「ふぁいっ!」
 ずびっと鼻を啜り、そう返事された。
 ※ ※ ※
 夜も更け、ほどよく眠気が意識を遮ろうとする。
 同じベッドの上にいるミモザも、うとうと加減が見てとれる。
 今日はお互い、色々なことがあって疲れてしまったようだな。
「フィーしゃん……、明日は一緒にいてくれましゅか?」
 今にも眠りに就きそうな囁き声で問いかけてくる。
 よっぽど不安だったらしい。寝そべりながらも、そっと身を寄せてきた。
 ミモザの小麦のような髪をやさしく触れ、なぞる。
「ああ、我は何処かに行ったりしないさ」
 だからお前も……と続けようとしたが、そのときにはミモザはとうに目蓋を閉じて、安らかな顔をして寝入っていた。しょうがなく、毛布を掛けてやる。
「さあ、我が腕の中で眠るがよい」
 こんな夜も、あと何回迎えることができるのかは我にも分からない。
 エルフは長命種だが、ミモザの命など、永遠に近い我に比べればほんの一瞬よ。
 こんなにもか細く、か弱い命なんぞ、いつか忘れてしまうのだろうな。
「フィーしゃん……」
 ……忘れてしまうのか?
 そう思った途端、また胸の奥がざわついてきた。
 数千年と生きてきて、今さら他人の命に未練があるというのか?
 馬鹿げているな。今日は疲れすぎたんだ。
 ははっ、どうせ我は偽令嬢に過ぎない魔王だ。
 人間どもにとって悪役にしかなりえない、性悪な令嬢さ。
 ミモザのことだって、利用しているだけ。
 便利だから、都合がいいから、そばに置いているだけなんだ。
 我の心臓を貫いたあの憎き勇者を討ったら、こんな平和な街は壊してしまおう。
 なぁに、邪魔な勇者がいなくなれば後はどうとでもなる。
 元々、欲望のままに流れ着いた愚かな人間たちの集まった街だ。
 負の感情が渦巻く拠点に相応しい場所に造り替えるなど造作もないこと。
 ……そうなったらミモザはどうなる。
 我が魔王だと知ったら軽蔑するかもしれないな。
 もう二度と、こんなふうに一緒に寝ることもないだろう。
 何故なら、我は人間どもを糧にして生きる魔王。
 最初っから相容れない存在なのだから、当然だ。
 ああ、馬鹿馬鹿しい。なんて馬鹿馬鹿しい。
 我は一体、何に対して苛立ちを覚えているのだ。
 疲れた。嗚呼、疲れた。
 もう眠ってしまおう。そうして忘れてしまえばいい。