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第2楽章〜アダージョ〜⑨

ー/ー



「そうですね。では、具体的に問題点を指摘していきましょう」

 上田先輩の言葉を受けた桜井先生は、演奏の心構えについて確認するように言葉を発した。

「全体の合奏と言っても、最初の演奏は、全体のサウンドを整え、リズム感やハーモニー、サウンド感などの共通理解を形成する場であることは、今さら、2年生や3年生のメンバーには説明する間でもないでしょう? 皆さんは、先ほどの練習で、そのことを意識していましたか? ここであらためて、言うことになると思いませんでしたが……監督役の諸先輩方からアドバイスをいただきましょう」

 指揮台から軽くうながされ、一瞬だけ面食らったような表情をした中村先輩は、頭をかきながら部員たちにメッセージを送る。

「クラリネットの担当からは、ロングトーンやバランスを意識して練習に取り組んでほしい、ってことだ。バンド全体で自然で豊かな良い音を出すため、音程や音の響きを合わせるように。これは、いつも、クラリネットのパート練習のときにも言っていることだが、そのことに注意して練習すること」

「はい! ありがとうございます!」

 OBの先輩に言葉に、部員たちは即座に反応する。

 パート練習のときの風景を変わらない一糸乱れぬ(?)その返答ぶりに、心の中で苦笑していると、桜井先生は、同じように指揮台から次のアドバイスをうながす。

「続いて、リズムパートからは、何かありませんか?」

 自分にも話が振られることが予測できていたからだろうか、上田先輩は、落ち着き払った表情で答える。

「オレからのアドバイスは、音階とリズムに関してだ。奏者全体で集まるからには、特に練習の最初のうちは、 曲で使う音階や、バンド全体で揃ったリズム感を養うための時間だと思ってほしい。体や耳で、正しい音程やバランスなどを自然に覚えるようになれたら、OKだ」

「はい! ありがとうございます!」

 即応する部員たちにうなずきながら、桜井先生は、少しだけ表情を崩し、OGの先輩に意見を求める。

「それでは、部内で()()()()()()()()()だった桑島さんに締めてもらいましょう」

 現役の顧問教師の一言に肩をすくめた桑島先輩は、コホンと咳払いをしてから言葉を発した。

「私からは、一言。『練習のための練習』にならないように意識してください。『良い演奏をするための技術を磨く』これこそが、全体練習を行う目的です。その意識を全員で共有するように! 良いですか?」

「はい! ありがとうございます!」

 またも声を揃える部員一同に満足したように、

「えぇ、がんばってね」

と、微笑む桑島先輩の表情は、オレたち広報部の代表者でもある花金鳳花先輩の顔とダブって見えて、桜井先生が語った「部内で()()()()()()()()()だった」という言葉は、あらためて、皮肉交じりのものだったのだろう、と認識することができた。

 諸先輩方の愛ある叱咤激励を受け、表情が引き締まる部員たち一同を眺めながら、桜井先生はさらに言葉を続ける。

「わたしの方からも一言、先ほどの演奏について、所感を述べさせてもらいます。最初の全体演奏だったことは十分に考慮しますが……トランペットとサックスの紅野さんは、がんばってください。この楽曲の魅力は、トランペットとサックスの演奏に掛かっていると言っても過言ではありません。もっと、伸びやかに…もっと歌うように…演奏の表現力を高めてください」

「はい! ありがとうございます」

 今度は、部員全員ではなく、トランペットの奏者たちと紅野が返答する。
 自分が聞いてみて感じたことが、顧問教師の口から注意をうながすかたちで指摘されたことに驚きつつ、同時に、クラスメートでもあり、クラス委員のパートナーでもある女子生徒のことが気にかかり、彼女の表情を確認しようと目を向ける。

 すると、彼女のそばにいた上級生が、スッと手を上げた。

「そのことについては、私から一言、良いでしょうか?」

「なんですか? 寿さん」

「はい、実は、午後の練習が始まる直前に、ちょっと、部活動以外の方面のことで、プレッシャーを掛けてしまいまして……パートリーダーである私の指導力不足です。申し訳ありませんでした」

「そうですか。皆さんのプライベートに立ち入るつもりはありませんが、合宿中は、良い音を出すことに注力してください。それでは、始めましょう。もう一度、最初から通して、具体的な修正点の指摘はその後にしましょう」

「はい!」

 声を揃える部員たちの返事に反応するように、指揮者は、ふたたびタクトを振る準備に入る。

 すると、それまで、先輩方の部員へのアドバイスそっちのけで、持ち込んだノートPCに接続したヘッドフォンを耳にあてながら、先ほどの全体演奏の映像を確認していた壮馬がポツリとつぶやいた。

「そりゃ、練習が始まる前に、あんなことを言われたらね……」

 なんだ、寿先輩の話は聞いていたのか、と感じつつ……。

 親友が紅野と先輩の間で起こった出来事について、

「なにか知っているのか」

と、たずねてみようにも、本格的な演奏の練習が始まってしまったために、オレはそのことを聞き出せないでいた。


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「そうですね。では、具体的に問題点を指摘していきましょう」
 上田先輩の言葉を受けた桜井先生は、演奏の心構えについて確認するように言葉を発した。
「全体の合奏と言っても、最初の演奏は、全体のサウンドを整え、リズム感やハーモニー、サウンド感などの共通理解を形成する場であることは、今さら、2年生や3年生のメンバーには説明する間でもないでしょう? 皆さんは、先ほどの練習で、そのことを意識していましたか? ここであらためて、言うことになると思いませんでしたが……監督役の諸先輩方からアドバイスをいただきましょう」
 指揮台から軽くうながされ、一瞬だけ面食らったような表情をした中村先輩は、頭をかきながら部員たちにメッセージを送る。
「クラリネットの担当からは、ロングトーンやバランスを意識して練習に取り組んでほしい、ってことだ。バンド全体で自然で豊かな良い音を出すため、音程や音の響きを合わせるように。これは、いつも、クラリネットのパート練習のときにも言っていることだが、そのことに注意して練習すること」
「はい! ありがとうございます!」
 OBの先輩に言葉に、部員たちは即座に反応する。
 パート練習のときの風景を変わらない一糸乱れぬ(?)その返答ぶりに、心の中で苦笑していると、桜井先生は、同じように指揮台から次のアドバイスをうながす。
「続いて、リズムパートからは、何かありませんか?」
 自分にも話が振られることが予測できていたからだろうか、上田先輩は、落ち着き払った表情で答える。
「オレからのアドバイスは、音階とリズムに関してだ。奏者全体で集まるからには、特に練習の最初のうちは、 曲で使う音階や、バンド全体で揃ったリズム感を養うための時間だと思ってほしい。体や耳で、正しい音程やバランスなどを自然に覚えるようになれたら、OKだ」
「はい! ありがとうございます!」
 即応する部員たちにうなずきながら、桜井先生は、少しだけ表情を崩し、OGの先輩に意見を求める。
「それでは、部内で|も《・》|っ《・》|と《・》|も《・》|優《・》|し《・》|い《・》|先《・》|輩《・》だった桑島さんに締めてもらいましょう」
 現役の顧問教師の一言に肩をすくめた桑島先輩は、コホンと咳払いをしてから言葉を発した。
「私からは、一言。『練習のための練習』にならないように意識してください。『良い演奏をするための技術を磨く』これこそが、全体練習を行う目的です。その意識を全員で共有するように! 良いですか?」
「はい! ありがとうございます!」
 またも声を揃える部員一同に満足したように、
「えぇ、がんばってね」
と、微笑む桑島先輩の表情は、オレたち広報部の代表者でもある花金鳳花先輩の顔とダブって見えて、桜井先生が語った「部内で|も《・》|っ《・》|と《・》|も《・》|優《・》|し《・》|い《・》|先《・》|輩《・》だった」という言葉は、あらためて、皮肉交じりのものだったのだろう、と認識することができた。
 諸先輩方の愛ある叱咤激励を受け、表情が引き締まる部員たち一同を眺めながら、桜井先生はさらに言葉を続ける。
「わたしの方からも一言、先ほどの演奏について、所感を述べさせてもらいます。最初の全体演奏だったことは十分に考慮しますが……トランペットとサックスの紅野さんは、がんばってください。この楽曲の魅力は、トランペットとサックスの演奏に掛かっていると言っても過言ではありません。もっと、伸びやかに…もっと歌うように…演奏の表現力を高めてください」
「はい! ありがとうございます」
 今度は、部員全員ではなく、トランペットの奏者たちと紅野が返答する。
 自分が聞いてみて感じたことが、顧問教師の口から注意をうながすかたちで指摘されたことに驚きつつ、同時に、クラスメートでもあり、クラス委員のパートナーでもある女子生徒のことが気にかかり、彼女の表情を確認しようと目を向ける。
 すると、彼女のそばにいた上級生が、スッと手を上げた。
「そのことについては、私から一言、良いでしょうか?」
「なんですか? 寿さん」
「はい、実は、午後の練習が始まる直前に、ちょっと、部活動以外の方面のことで、プレッシャーを掛けてしまいまして……パートリーダーである私の指導力不足です。申し訳ありませんでした」
「そうですか。皆さんのプライベートに立ち入るつもりはありませんが、合宿中は、良い音を出すことに注力してください。それでは、始めましょう。もう一度、最初から通して、具体的な修正点の指摘はその後にしましょう」
「はい!」
 声を揃える部員たちの返事に反応するように、指揮者は、ふたたびタクトを振る準備に入る。
 すると、それまで、先輩方の部員へのアドバイスそっちのけで、持ち込んだノートPCに接続したヘッドフォンを耳にあてながら、先ほどの全体演奏の映像を確認していた壮馬がポツリとつぶやいた。
「そりゃ、練習が始まる前に、あんなことを言われたらね……」
 なんだ、寿先輩の話は聞いていたのか、と感じつつ……。
 親友が紅野と先輩の間で起こった出来事について、
「なにか知っているのか」
と、たずねてみようにも、本格的な演奏の練習が始まってしまったために、オレはそのことを聞き出せないでいた。