藤城皐月の友人で、同じ班のメンバーの
神谷秀真と
岩原比呂志が遅れて登校してきた。この二人は始業時間ギリギリに教室に入ってくることが多い。二人は慌ててランドセルを片付けて、皐月たちの話の輪に入ってきた。
「藤城さんも月花さんたちみたいに観光地に行きたいって言ってたね」
二橋絵梨花は皐月の言ったことを憶えていた。
「でも秀真や岩原氏がマニアックなところを攻めてくるからな……」
「なんだよ、マニアックって」
「やっぱり藤城氏はあっち側に寝返ったんだね」
自分の席に着くなり秀真と比呂志が憤慨した。本気で怒っていないことはわかっていたので、こういう突っ込みがただ楽しかった。
「俺たちの班は女子がフォトジェニックなところに行きたがってるみたいだ。ただの観光地だけじゃ満足しないだろうな……」
月花博紀が絵梨花を意識して、「映える」と言わずにフォトジェニックなんて格好つけたのがおかしい。
「どこに行こうか決める時間って、楽しいよね」
絵梨花がきれいにまとめてくれたのを聞いて、博紀は自分の席に戻って行った。その直後に担任の前島先生が教室に入って来た。
食後の掃除を終えた昼休み、皐月は外で遊ばずに、借りている古い『るるぶ』を持って図書室へ返却をしに行った。今日だけは一人で図書室に行きたかったので、同じ班のみんなには何も話さないで、こっそりと教室から消えた。
図書室に入ると昨日と同様、今日の待ち合わせの相手と同じクラスの
月映冴子が一人でカウンターに座っていた。時間が早かったからか、図書室には冴子の他には誰もいなかった。
「返却お願いします」
「はい」
冴子は淡々と返却作業を済ませた。図書室にはまだ六年生の図書委員の
野上実果子は来ていなかった。いい機会だと思い、皐月は冴子に話しかけてみた。
「月映さんって来るの、早いんだね」
「図書委員の時はがんばって早く来るようにしてるんです。藤城さんのような本好きの人を待たせたくないですから」
「待たせちゃえばいいじゃん。それに、俺は別に本好きじゃないし……。野上はまだ来ていないんだね」
「今週は時間のかかるところの掃除当番だから、少し遅れると言っていました」
「そうなんだ。ありがとう」
本当は教室での
入屋千智の様子を聞いてみたかったが、変に勘繰られそうで聞けなかった。冴子とはまだ軽々しく会話のできる間柄ではない。冴子は皐月より年下なのに気高さを感じさせる。
皐月は冴子に千智のことを聞くのをあきらめ、日本文学のコーナーへ行った。
皐月は江嶋華鈴の部屋で見た太宰治の『人間失格』が気になっていた。書店に行く前に図書室で探してみて、もしあれば借りようと思っていた。
だが、太宰治の小説は『少年少女日本文学館』シリーズの一冊があるだけだった。この本には表題の『走れメロス』の他に短編小説がいくつか収録されている。しかし、皐月のお目当ての『人間失格』は入っていない。
前に川端康成の『雪国』を探した時も図書室に置いていなかったので、今回のこともあり、皐月は学校の図書室は使えないと判断した。
図書室には児童の数が増えてきた。低学年の少年少女が少しずつ本の返却に集まって来る。冴子が忙しそうに仕事をさばいていると、六年の図書委員の野上実果子が遅れてやってきた。
実果子に少し遅れて入屋千智も図書室に入って来た。皐月のことを見つけると、返却カウンターに寄らずに皐月のところまでやって来た。
「先輩、待った? ごめんね」
「全然。俺もついさっき来たところだよ。千智の今日のパーカー、かっこいいね。初音ミクの色って好きだよ、俺」
「ホント? よかった」
浅葱色のジップアップパーカーは千智にはオーバーサイズだが、だらしなくは見えず、いい感じだった。デニムのショートパンツを合わせているが、パーカーでパンツが隠れ過ぎていないので、健康的に脚を見せている。
「今日はキャップじゃないんだね」
「うん、バケットハット」
顔隠しでキャップを被ることが多かった千智だが、最近はより顔を隠せるバケットハットを被るようになった。マスクをすればもっと顔を隠せるが、息苦しいから嫌だと言う。
「俺といる時くらい帽子取ってよ」
「うん」
ハットを取ると千智は暑くもないのに顔を赤くしていた。頬を染めた千智を見た瞬間、皐月の頬もまた赤く染まった。
「やっぱりメッセージや電話より、直接会って話をする方がいいね」
「うん」
及川祐希の言った通りだった。祐希に言われた「ちょっと会えるだけでも嬉しいと思うよ」というのは千智の気持ちを言ったことだと思っていたが、まさか自分のことだとは思わなかった。
本当に「会える時は会わないとダメ」なのかもしれない。これからは恋愛経験者の祐希の言うことをよく聞くようにしようと思った。