深い、深い、谷底。
アストレイアとヴァルハラは、もつれ合うように落下し、轟音と共に谷底へと激突した。
巻き上がった土煙が視界を奪い、コックピット内は静まり返っている。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
衝撃で記憶が曖昧だ。
「ユウキ!大丈夫!?」
リアの声が、耳元で響いた。
「ああ…なんとか…」
ユウキは、全身を襲う激しい衝撃に耐えながら、うめくように答えた。
コックピットの計器はほとんどが沈黙し、メインモニターは砂嵐のようなノイズを映している。
アストレイアのコアから放たれる光も、弱々しく点滅するばかりだった。
「アストレイアのコアが…まだ活動しているわ。でも、機体の損傷が激しいわね…」
リアが、弱々しい声で呟く。
彼女の顔には、安堵と同時に、深い疲労の色が浮かんでいた。
その時、ノイズだらけのメインモニターに、一人の女性の顔が映し出された。
「アストレイアのパイロットよ。聞いているか?」
ヴァルキリーの声だ。
その声は、相変わらず冷徹だが、どこか、かすかな焦りを滲ませているようにも聞こえた。
「ヴァルキリー…!お前…!」
ユウキは、怒りに任せて操縦桿を掴もうとした。
しかし、全身の力が抜けている。
「ユウキ、やめて!私に任せて!」
リアが、ユウキの腕を強く掴んだ。彼女は、モニターに映るヴァルキリーの表情を、注意深く観察していた。ヴァルキリーの機体、ヴァルハラもまた、かなりの損傷を負っているようだった。
「…ヴァルキリー…さん…私たちは、あなたの目的が知りたいだけです。どうして、私たちを襲うのですか?」
リアが、震える声で尋ねた。
ヴァルキリーは、リアの言葉に、わずかに眉をひそめた。
「…私の目的だと?それは、貴様らと、この世界を救うためだ」
ヴァルキリーは、静かに言った。
「馬鹿な…!お前が言っていることは、意味が分からない…!お前は、ジェイさんを…!」
ユウキが、再び怒りに任せて叫んだ。
「その男は、私の雷撃によって死んだのではない。愚かにも、自ら命を絶ったのだ。私は、貴様らの未熟な幻晶機を、魔力によって一時的に停止させようとしたに過ぎん」
ヴァルキリーは、淡々と答えた。その言葉に、ユウキは絶句する。
「な、なんだと…?」
「…あなたは、ジェイを殺したわけじゃない、ということですか…?」
リアが、信じられない、という表情でヴァルキリーを見つめた。
「そうだ。私は、貴様らが『クロノス・タイプX』と呼んでいるあれらを止めるために、ここに来た。だが…間に合わなかった」
ヴァルキリーの瞳に、わずかな後悔の色が浮かんだ。
「待って…!どうして…!どうしてあなたは、そんなことを知っているんですか!あなたは…敵でしょう!」
ユウキが、震える声で尋ねた。
ヴァルキリーは、静かに、しかし決意に満ちた声で語り始めた。
「私は、貴様と同じ『召喚者』だからだ。そして、貴様らが戦っているこの戦争は…すべて、『アビス』によって仕組まれたものだからだ。救援が来るまでには、まだ時間がある。貴様らには、この世界の真実を話しておく必要がある」
彼女は何を言っているのか、ユウキは言葉を拾い上げるため、意識をモニターに集中した。
「アビスは、この世界の魔力結晶『コア』を吸収し、世界を滅ぼそうとしている。彼らは、人間を『愚かな存在』と蔑み、力を与えられた人間が、その力に酔いしれ、互いを滅ぼすことを望んでいる。彼らは、帝国と自由同盟の戦争を激化させ、その混沌に乗じて、伝説機に宿るコアを奪おうと画策している。あの『クロノス・タイプX』も、アビスが作り出した、コアを狩るための兵器だ」
ヴァルキリーの言葉に、ユウキとリアは、息を呑んだ。
「…アビス…?」
ユウキがそう呟くと、リアが続けた。
「そうよ、ユウキ!谷を襲った魔竜の群れも、あの歪んだマナ…!あれも、きっとアビスの仕業だったんだわ!」
ヴァルキリーは、静かに語り続けた。
「アビスの幹部たちは、帝国にも自由同盟にも深く浸透している。私を操っていたのは、帝国の皇帝派に潜伏したアビスの幹部だ。私は、故郷を救うという願いを叶えるため、彼らの言葉を信じ、彼らの『駒』として動いていた」
彼女は一瞬、言葉を区切った。
「しかし、私は、アビスの非人道的なやり方と、彼らが本当に故郷を救う気がないことを知った。彼らの真の目的は、故郷の再構築ではなく、この世界の幻晶のコアを吸収し、究極の力である『アビス・コア』を完成させ、この世界の人間を『贄』として全てを破壊しつくすことだったのだ」
ヴァルキリーの言葉は、ユウキとリアの心を深く抉った。
自分たちが、必死に戦ってきた戦争が…すべて、謎の闇の勢力によって仕組まれた茶番だったというのか?
そして、自分たちが、その駒として利用されていたというのか?
ユウキの顔から、怒りの色が消え、絶望と虚無感が広がっていく。
彼の心は、ジェイを失った悲しみと、ヴァルキリーが語った真実によって、深く傷ついていた。
「…そんな…馬鹿な…」
その時、遠くから、幻晶機のエンジン音が聞こえてきた。
「…救援か…」
ヴァルキリーが、静かに呟いた。
遠くから聞こえてきたのは、帝国の幻晶機が放つエンジン音と、自由同盟軍の偵察機が放つ警報音だった。
後方からは、帝国の幻晶機が数機、アストレイアを捕獲するために急行していた。
「ヴァルキリー少佐!ご無事で何よりです!敵機アストレイアを確認!今すぐ捕獲します!」
帝国兵の声が、通信から響く。
ユウキは、帝国兵の言葉に、ハッとした。
「させるか…!」
ユウキが操縦桿を握りしめると、ヴァルキリーの通信が、再び、ユウキのコックピットに届いた。
しかし、その声は、ユウキだけに聞こえる、パーソナル通信だった。
「…アストレイアのパイロットよ。貴様らでは、まだ、私の前に立つ資格はない。だが、私の言葉を信じ、この戦争の真実を突き止めることができれば…」
ヴァルキリーは、そう言い残すと、ヴァルハラの操縦桿から手を離した。
そして、彼女は、ヴァルハラの炉心に、雷の魔力を集中させ始めた。
「ヴァルキリー…!何を…!」
ユウキが、信じられないといった表情で叫んだ。
「…私は、貴様と同じ『召喚者』だ。そして、私は、この世界で、貴様と同じ『召喚者』としての使命を追求する。それは…故郷を滅ぼした『闇』を、この世界から排除することだ」
ヴァルキリーの言葉は、ユウキの心を、再び深く揺さぶった。
彼女の瞳には、冷徹さだけでなく、故郷を失った悲しみと、強い決意が宿っているのが見えた。
「…お前…もしかして…」
ユウキが、言葉を探そうとした時、ヴァルキリーは、ニヤリと笑った。
「…フン。まだ、私に近づくには早すぎる。だが、いつか、貴様と…真の『召喚者』として、再会できることを楽しみにしているぞ」
ヴァルキリーは、そう言い残すと、ヴァルハラの全身に、雷の魔力を解放した。
その瞬間、ヴァルハラの機体から、眩いばかりの雷光が迸り、周囲の帝国幻晶機を、まるで子供のように弾き飛ばしていく。
雷光は、帝国幻晶機の装甲を焦がし、駆動系をショートさせる。
しかし、コックピットは無傷のままだ。
それは、ヴァルキリーが、ユウキに敬意を表し、命を奪わなかった証だった。
「な、なんだと…!ヴァルキリー少佐が、裏切った…!」
帝国兵の悲鳴が、通信から響く。
「…これで、お前たちも、私の言葉を信じるだろう。アビス…そして、この戦争の真実を…」
ヴァルキリーは、そう呟くと、ヴァルハラのコックピットから静かに降り立った。
彼女は、満身創痍のヴァルハラの隣に立ち、ユウキの操るアストレイアを見つめている。
その表情は、冷徹な仮面を脱ぎ捨て、一人の戦士としての覚悟に満ちていた。